向こう側より愛をこめて②



「――あんにちはー! あんばんはー! 天使やってます、聖辺安慈でーす!」


 配信冒頭の威勢のいい挨拶から想像させられるとおり、聖辺安慈は爽やかな青年だった。


 事務所の公式サイト曰く、『下界の視察に来た天使……だったのだが、すっかり現代日本の文化に染まり、天界に帰ることを忘れてしまっている。根は天使らしく、弱きを助け強きを挫く好青年。』とのこと。

 当人の性格に寄せているのもあるだろうが、なにげない雑談配信でも一言一句に気を遣い、天使と名乗ったのに相違ない好漢だった。


 むしろ悩める子羊である俺の方が、色々と相談に乗ってほしいとすら思う。しかしマイナス思考を巡らせている暇もなく連絡が来たらしく、俺は草薙さんの配信部屋へと招き入れられた。


『――あ、こんにちは』


 テンションの落差こそあれ、予習の甲斐あって想像していたとおりの声が響く。


『えっと、俺は……』

「ああ、安慈くん。名前はVtuberとしてのだけで大丈夫だから」

『そうです? じゃあ遠慮なく……聖辺安慈です』

「こんにちは。く、……どうさんのところで使用人みたいなことをさせてもらってる、巽大和です」


 聖辺さんは『どうもです』と返しつつ、『使用人みたいな……?』といぶかしがる。当然の反応だ。


「カッコつけて使用人って言ってるだけで、ただの家事手伝いですよ」

「はあ、そうですか。でも、あれ? 巽さんってヒバリさんのご親族とかですか? それとも恋人とか?」


 当然の反応に、当然の反応が重ねられる。

 家政婦という呼び方がいまだ根強い昨今、成人した男の身で家事手伝いというのは想像しづらいのだろう。彼が特別性差に鈍いわけではない……と思う。


 草薙さんも流すのははばかられたのか、「はははは、面白いけど違うよ」と端的に否定する。


「雇われ家事手伝い……というか、執事みたいなものだね」

「執事……?」

「うん。本当に執事服着せようとしたら、すげなく断られてしまってね」

「本当に執事服着せようとしたら、断られた……?」

「あんまり拒否されるものだから、仕方なくスーツの上に白衣を着る形で許可したんだよ」

「あんまり拒否されるから、仕方なくスーツの上に白衣を着る形で、許可した……?」


 オウム返しもさもありなん。俺だって言われたら、同じように反芻はんすうして消化を図るだろう。


「俺……この人に相談したの、間違いだったんじゃ……」

「否定しませんよ。この人、同じように使用人として雇ってる女子高生には、メイド服着せてますからね。当人が拒否しなかったのをいいことに」

「えぇ……?」

「ちょっと大和くん! どんどん信頼が失われていってるんだけど!」


 「どう考えても、身から出たサビでしょうが」とは、減給されたくないので言わないでおく。


「ま、まあまあ、今回の正しい相談相手は大和くんだから、そういう点では構わないでしょう?」

「それも、そうですけど……」


 言いくるめられているのは、ひしひしと感じられたのだろうが、相談を持ちかけた側である手前、背に腹は代えられない。そういった思いが感じ取れた。


 「じゃあ、気を取り直して……」と咳払いが一つ、空気に区切りをつけた。


「じゃあ本題です。商売柄、年下の女子と絡むことも多いんですけど、なかなか共通項がないと話が弾まなくて……」

「心中、お察しします」

「ほら、この業界、下手なこと言ったら炎上しますし、どこからがセクハラなのかも分からず……好きなゲームが合えば話も弾むんですが、そうじゃない場合もこれまた多くて」

「俺も、そううまくやれてる方じゃないですが、別に共通項はゲームとかだけでなくてもいいと思いますよ。初対面の相手なら『なにがキッカケで名前を知ったか』とか、何度か顔を合わせてる相手なら『その時やるゲームをどれぐらい知ってるか』とか『前に顔を合わせたのがいつだったのか』とか……って、一般論すぎますかね」

「この間、女子高生の食べかけのパフェを貰って食べたっていう大和くんが、一般論とはねぇ……」


 意趣返しと言わんばかりに、草薙さんが鼻で笑う。

 折角築いた信頼はガラガラと瓦解し、「女子高生の食べかけのパフェを、貰って、食べたって……」とまたもオウム返しされる。なんという既視感。


「えぇ……?」


 当然の反応。


「ちょっと、なんで台無しにするんですか!」

「別に? 女子高生の食べかけたパフェを吞み込んだ口でも、一般論って言えるんだなーって」

「子供かアンタは!」

「大和くんよりは年下だから子供かもね」

「ま、まあまあ……セクハラっぽいですけど、それは置いておきましょう」


 相談している側が、相談された側をなだめるという、なんとも奇妙な光景を経て、落ち着いた調子を取り戻すまで今しばらくの時間を要した。


 まったく、大人が聞いて呆れるが、乗った俺も俺だ。「面目ない」と謝罪すれば、「大丈夫ですよ。実際聞いた話は為になりましたし」と優しくも痛ましい答えが返ってくる。


「というか、今の話から察するに、久遠さんと巽さんも歳が離れてるんですよね。日常会話とかどうされてるんですか?」

「そんな特別なことじゃないですよ。今しがた恥を晒したみたいな痴話喧嘩から、世間話まで、色々です」

「へえ、まるで恋人みたいですけど……違うんですか?」

「違いますよ。男女がいたら恋人恋人って奴、今時流行りませんから」

「ああ失敬。とすると、どんな感じですか?」

「どんな感じと聞かれると困るけど、まあしいて挙げるなら――」


 以降は余談だが、心弾む会話が花咲いた。俺も聖辺さんに好感を抱き、談笑は快く、名残惜しまれながらも終了した。


 ……その後、聖辺安慈こと御園みその幹也みきやは、忽然と姿を消した。


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