在りし日の思い出②
――だが残酷なことに、四年も経てば、人の心も変わる。
否、あの時の怒りに任せた俺は、悲しいほどにあまりにも無知だった。
【
なにより決定的だったのは、【エス】と化す
生活に支障をきたすレベルで心を病んでいなければ、【エス】は発症しない……裏を返せば、【エス】として歪み果てるには、相応の
つまるところ、暴漢に襲われた美月が、どれほどの恐怖と絶望に晒されたかを意味している……その『病因』が引き金となって現れたのが、苦痛すら快感に変わるほどの皮膚感覚の暴走という『変質』。健全な精神が
――後に残ったのは、哀れな男が一人だけ。
言うまでもなく、俺の悲痛な叫びは、
それを臆面もなく年下の少女にぶつけたのだから、厚顔無恥も
それを酷く羞恥したわけではない。だが、人間が心を病んだ末に怪物と化すというおぞましい現実を知って尚、俺は日常に戻れるほど、心残りはとうになくなってしまっていた。
……愛していた美月がいた、愛すべき日常は、もうない。
美月の存在は俺の過去、現在、そして未来へと食い込んでいた――かけがえのない恋人だった。すっかり忘れられるほど、俺の未練は薄くはなかった。
そんな俺の行く末など、
聞き及んでいた、『三条』の名前。表沙汰になっていない奇病……道標に辿れば、すぐに三条グループへと辿り着いた。 政財界では名の知られた大家。美月の事件も、表面上は暴行殺人事件として処理されたところから、握り潰して
そして事件時に渡された名刺から、俺は【ギロチン】へと至ったのだ。
――「
応じてくれたのは、品のいいスーツと撫でつけた髪が良く似合う、貫禄のある壮年の男性だった。
――「君はこれから、【ギロチン】というバケモノの首切り役人になろうとしている。当たり前の生活は失われるが……それでもいいのかい?」
「構いません」――俺は即答した。
既に俺は、
――「紹介しよう。私の娘に当たる養女だ」
そう思って、俺は死神の手を取った――のだが。
――「彼女が新しい君の
【ギロチン】になってから三年後。
そして、今から一年前。
出会った。
否、出会ってしまった。
――「ボクは鬼頭咲弥」
お辞儀をすると、
まるで化け物退治をするべく、伝奇世界から飛び出してきたようないで立ちの少女だ。浮世離れした美しさが、尚のことそのような非常識じみた空想を引き寄せる。
――「これからよろしくお願いね。ヤマト」
死神の手を取ったはずが、現れた悪魔は天使のような微笑みを浮かべていた。
――「約束どおり……ボクをちゃあーんと、殺してね?」
握手で顔を寄せたほんの一瞬、成長して大人びた悪魔は舌なめずりをしながら、子供じみたチョコレートのように甘く囁いた。
それが、
【ギロチン】などという日常をかなぐり捨てた愚か者は、【エス】事件関係者……特に親しい人間が被害者となった場合が大半。
それは俺も、咲弥も例外ではないと知ったのは、まだ少し先のこと。
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