出会いの形は最悪だ 第17話、第18話

「さあ、二人とも顔を上げてください。変人になる前に帰りましょう」

 

 そう言われて僕らはほぼ同時に顔を上げた。早速見えた山河内さんの顔は、妙にすっきりした様子だった。僕はどんな顔を浮かべていたのだろうか。多分だけど、同じようにすっきりした顔を浮かべていたのだろう。何故なら、これで僕の退学は、社会的な死は完全になくなったのだから。はあー、変に心配していたけど、問題が解決してよかった。今日は気分がいいから、いいゲーム日和になりそうだ。あ、でも夜更かしはしないよ。こんな早々から遅刻なんてしたくないからね。

 浮かれていて無意識に電車組とは違う道、本来の僕の帰り道に進もうとしたが、自転車の荷台を如月さんに掴まれえて帰宅を阻止された。

 

「護衛はどうしたのですか? 駅まで送ってくださいよ」

 

 笑顔で荷台を掴んでいたが、眉間にはうっすらと皺がよっていた。それに僕は単純な綱引きならぬ自転車の引き合いに敗北した。だから渋々ではあるが僕は駅まで行くことにした。

 駅まで行くのはいいけど、この空気をまずはどうにかしてほしい。なんで、どちらも何も言わないのだ。ここの横断歩道を渡ってしまえば距離はあと二百メートル。約三分間、無言で歩くのはなんか気まずい。だからと言って不得意なコミュニケーションを僕から始める勇気はない。他人任せになるけどお喋りが得意そうな如月さんに……、任せたいと思ったけど、結局何も話さないまま駅まで着いてしまった。

 

「中田さん、今日はありがとうございました。お陰で私たちの平穏は守られました」

 

 如月さんはまだ何か言いたそうだったけど、僕は突っ込まずにはいられなかった。

 

「平穏もなにも特に何も起きてないだろ?」

 

「それは分かりませんよ。未来は幾多にも別れているので、もしかしたら私たちのような美少女を狙った暴漢に襲われていたかも知れませんよ」

 

 自分で美少女と言うのか。そんなツッコミを入れたいけど今は我慢だ。

 

「僕が暴漢の立場なら、こんなヒョロヒョロがいても襲うけどな。それに、二人を襲ったりはしないと思うが。どう考えても一人の時じゃないとリスクが高すぎるだろ」

 

「おやおや、暴漢の気持ちがお分かりになるとは、さては経験がありますね」

 

「経験がある人間はそうは語らないと思うが」

 

「それは、カモフラージュですよ。殺人現場で同じようなことを言えば、勝手に周りが探偵のような存在だと勘違いして疑われたにくくなるという作法です。犯人はそうして別の人間を犯人へと仕立て上げるものですよ」

 

「その推理には欠点がある」

 

「どこですか?」


「その推理は、僕が犯人である前提だけど、僕はこの街の出身で土地勘はかなりある。そんな僕が、こんな人通りの多い道でそんな暴挙にでる理由がない。そういう犯行は、大抵自分の利益があるからこそ起こすものじゃないのか?」

 

「理由も利益もどちらとも証明するのは簡単ですよ。まずは、利益からになりますが、自分の欲を満たすためです。理由は、突発的な興奮状態で起こしてしまったと言えば、中田さんには反論はできないと思いますよ」

 

 僕は如月さんの言う通り、言い返すことができなかった。

 

「でも、中田さんにそんな度胸がないことは今日一日話していて分かりました。不用意には犯人に仕立て上げたりしないので安心してください」

 

 全く安心できないその言葉に無反応以外の対応が思いつかなかった。

 

「二人とも今日が初めてなのに仲良いね」

 

「同じクラスですからね」

 

 それは関係ない。そんな言葉を口に出しかけて生唾と共に飲み込んだ。

 

「と言うか、今までのは何の話なの?」

 

「何のと言われましても、中田さんが私に戦いを吹っかけてきたじゃないですか。私の責任のように言われましても困ります」

 

 そう言われてみれば、確かにあの時僕がツッコまなければここまで話は発展していなかった。

 

「それでも、如月さんは僕を不用意に犯人扱いした罪はあると思うけど」

 

「異議あり! 疑うのは罪ではありません」

 

「いいやあれは、確信犯の扱いだった」

 

「異議あり! この話飽きました」

 

 異議の申し立てに対しては、正当な反論を行うのが常套手段だが、それに関しては僕も同意見だ。

 

「それでは中田さん。何はともあれ、お見送りありがとうございます。また明日です」

 

「送ってくれてありがとう。また明日ね」

 

 僕らの言い争った物語は、時間通りの電車の到来で幕を閉じたのであった。

 朝何気に学校前の信号で変わるのを自転車を跨いで待っていると、背中に叩かれたような痛みを感じた。こんなことをするのは大抵樹だろうと、振り返るが真後ろには誰もいなかった。違う、真後ろの僕に視線の高さにはいなかったけど、視線を少し落とすとその姿は現れた。赤のリュックサックが目立つ如月さんだ。

 

「中田さん、おはようございます。昨日はぐっすり眠れました?」

 

「おはよう。お陰で嫌な夢を見たよ」

 

「ほうほう、それは大変興味がありますね。どんな夢だったのですか?」

 

 実は僕は嘘をついている。昨日は夢を見ていない。正確に言うなら夢の内容を覚えていない。

 

「思い出したくないけど如月さんになら仕方ないな。実は、ありもしない事件の犯人に仕立て上げられそうになると言う世にも奇妙な夢を見たんだよ」

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