出会いの形は最悪だ 第15話、第16話

 決して僕の聞き間違いではない。彼女は、話があると言っておきながらそれを無駄話と語った。無駄話、そうと決まれば僕がここに留まる理由はない。

 

「それは単なる私の主観です。中田さんあなたに話があるのは私じゃありませんよ」

 

 渡り廊下を一人渡りっきた僕に彼女はそう告げた。そう言われても僕は足を止めない。たとえそれが誰であろうと。

 さっきはそんな話であしらったけど、窓から廊下に無理やり入り込んでいる夕明りは確かに綺麗だ。綺麗すぎて眩しいほどに。眩しすぎて道ゆく人の顔はしっかりとは確認できない。確認できないはずなのに、前からやってきた息を切らした少女は僕の前で立ち止まった。

 

「な、中田大智さんですよね。急に話しかけてすみません。話があるって歌恋に引き留められたと思いますけど、用があったのは私だったのです。本当にごめんなさい」

 

 近づいてその少女がやっと誰だか分かった。その少女は僕の学生生活を脅かす存在になりかねない注目の一年生、山河内碧だった。その後ろにいるのは、はっきりと顔が見えないけど、背の低さや小さく手を振っていることを考えると如月さんなのだろ。二人は違うクラスなのにいきなり仲良くなった、なんてことはないだろう。それに如月さんは渡り廊下で僕を足止めしていた。初対面の人間それは頼めないだろ。タイミングよくその場にいないとそれもできないし。つまりは、彼女たちは、中学からの友達。如月さんは、今朝のことを知っているということか。

 動揺しぱなっしの僕は、黙り込んで何も話せずにいた。山河内さんも何も言わないし、冷や汗だけが僕の頬を伝っていた。

 

「まあまあ、こんなところで話し込むのもなんですし、場所を変えましょうか。と言っても私たちは電車組なので道中の護衛も兼ねて一緒に帰りませんか?」

 

 言葉だけなら至って普通のお誘いだけど、顔が脅しにきている。断れば今朝のことをバラすぞ。そんな顔をしていた。

 

「はあー。駅なら僕も途中まで一緒だから。それに僕も話したいことがあるし……」

 

「そうと決まれば早速皆で帰りましょう! 私たちは電車の時間もありますし」

 

 不本意ではあるが、僕にはこの選択肢以外道はなかった。如月さんは要注意人物だ。彼女に絡まれたら逃げ道はない、そう肝に銘じておこう。

 こうなるはずじゃなかったっけど、僕は久しぶりに誰かと下校した。樹も綾人も部活が違うし、中学の時は同じ地区の同級生も先輩も後輩も誰もいなかったからずっと一人だった。だからなのか、今少しだけ気分が浮いている。でも、これから行われる会議では僕の今後の進退に関わることだから決して気は抜けない。 駅への道順は、三通りあるが多分この二人はスタンダードな道順で帰る。校門を出てすぐにある大通りの信号を渡り、車が一台すれすれの細い道を抜け、僕が生まれるよりもっと前に廃線になった路線の跡地に造られた凸凹の遊歩道を通る道。予想通り、その道をゆっくりと二人の歩くペースに合わせて歩くが、僕らに会話はなかった。

 

「あ、あの……や山河内さんは、ぼ、僕に話があるって言っていませんでしたか?」

 

 意識していたつもりはないのに何故か敬語になってしまっていた。

 

「あ! そうだった。ごめんすっかり忘れていた」

 

 山河内さんがそう言ったのは遊歩道にさしかかったところだった。ここの遊歩道には、高速道路のように駅まで何メートルと律儀に表記されている。遊歩道にさしかかったところには、駅まで四百メートルと書かれていた。つまりは、後六分かからないくらいで駅に着いてしまうというわけだ。もう時間がない。なのに山河内さんは焦る様子はなかった。こんな僕らに痺れを切らしたのは、如月さんだった。

 

「はあー。二人とも何しているのですか? もう面倒なので二人同時に謝ってください。はい、どうぞ」

 

 どうぞ。と言われても、素直に謝罪の言葉は出てこない。それはお互い様のようで、山河内さんも言葉に詰まっていた。

 

「碧ちゃん。あなたは、いつもマイペースで酷い言葉で言えば、自分勝手なところがあります。いえ、大いにあります。今回も碧ちゃんが荒れた川のような人混みで突然しゃがんだことが発端ですよね。もっと周りを見渡して、安全が確認できてから物を拾うべきでしたね。それに対して、中田さん。あなたは、そんなしゃがんだかわいい碧ちゃんを蹴ろうとしたのに謝罪の言葉一つもありませんか? あわよくばそのままやり過ごそうとしていますよね。それは人としてどうですか? 私なら友達になりたくないですね」

 

 その辛辣だけど正当な言葉に心動かされたわけではないが、謝らないのは確かに間違いだ。こんなところで変なプライドを掲げる程、僕はプライドの高い人間ではない。

 

「あ、あの、その……今朝は、ごめん……僕もよそ見していたから、君がしゃがんだことに気づかなかって……」

 

 途中でやめたのには理由がある。如月さんに、言い訳はいいから。そんな目を向けられていて僕は喋るのを止めた。

 

「あ、あの、わ、私こそごめんなさい。ハンカチ落として咄嗟に拾おうしたのだけど、確かに歌恋の言う通り周りの安全を確認してから拾うべきだったよ。ごめんなさい」

 

 深々と下げられた頭に合わせるように僕を頭を下げた。ここの遊歩道には、如月さんを中心に置き左右の人間がどちらも頭を下げているという異質な光景が映し出されていた。

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