受け入れる罪 授ける罰
6 受け入れる罪 授ける罰
ーー獄卒に両脇を抱えられるように引っ張られ連れて来られたのは、後藤頼龍(ごとうよりたつ)。 大学時代の同期だった男だ。
後藤を見てみると、亡者らしく天冠を頭につけ、猿轡を咬まされていた。だがその眼はギラついていて、例えると近づくなら触れようものなら容赦なく噛みつく、猛犬のような眼をしていた。
大学時代はおろか社会に出ても関わることのないタイプの人間。そう思っていたが、人間どう関わるかなど分からないものである。一度サークルの新歓か何かで一度関わったぐらいだが、二度と御免被る人間だったのは言うまでもない。
そんな学生時代の嫌な記憶を蘇らせていると、顔に出ていたらしく佐藤さんからは不思議そうな顔をして話を振られていた。
「種田さん、お知り合いですか?」
「ええ、たしか大学時代の同期です。でも、おかしいですね。まだ天寿を全うするような年齢ではないし、少なくとも病気とは無縁の人種でしたが」
「あぁ、それでしたらタブレットを確認してください。詳細が載っていますからーーー」
佐藤さんに教えてもらい、タブレットに表示された情報-亡者の過去の行い-を読み取る。
◆
後藤頼龍:享年23 死因は背部に鋭利な刃物による、刺し傷による失血性ショック死。複数箇所(腹側部、胸部)に種類の違う、刺し傷から見て怨恨の可能性アリ。
罪状:新人歓迎会と称し、未成年にアルコールを提供(この際、アルコールの度数の高い酒を混ぜている)。酩酊状態にさせ、姦淫を行なった模様(被害者は確認できるだけで140人)
また、被害者の中には子を設けたものが少なくとも10人以上確認。その際、後藤は認知せず堕胎させる費用も用意せず放置(その後、被害者からは連絡せず距離を離れている)被害者の中には泣寝入りを余儀なくされたものが少なからずいる模様。
また、酒乱の傾向アリ。酒に酔い、暴力事件を複数回起こしたが実家の権力を使い示談という形で収めていた模様。
◆
タブレットに表示された情報を読み取り、息を吐く。
ーーこれはどうしようもないな‥‥‥在学中の彼を知ってはいたが、ここまで罪状があるとは想定外だった。人の皮を被った畜生、とでも言うべきか。
「さて、種田さん。どうしますか?」
そこまで長い付き合いというわけでもないが、感情をあまり表に出さない佐藤さんの顔にも、憤怒の色が見て取れる。
タブレットの情報だけでもこれだから、もしこれが被害者ーーそれがもし近縁者だったとしたら、とてもじゃないが今持っている感情どころではない気持ちになっているだろう。
「佐藤さんの意見を聞きたいです。判例等は頭に叩き込みましたが、実務経験は今回が初なので。ですので率直な意見をお願いします」
「ここまでの亡者は、久々ですね。4、50年に一度の逸材と言うべきでしょうか。私個人の考えですが、大焦熱送りが妥当だと思われます」
さすがにこれは情状酌量の余地はない、という判断か。それはそうだろう。誰がどう見たってそうするに決まっている。ただ、なにか引っかかるところがある気がするのは気のせいだろうか。
そう考え、タブレットの情報のうち、過去の行いより前ーーー家族との関係性を確認する。資料によると、後藤の家族は、両親と兄が一人、弟が一人の五人家族。
家族関係は、第三者からみても良好とはいえずしがらみが少なからずあるように見える。おそらくだが、両親からの目に見えない圧と、兄弟間の劣等感と言ったところだろうか。
これはもしかすると後藤の中身、触れてはいけない禁断の領域に脚を突っ込むことになるのかもしれない。だが、踏み込んでいかなければ見えない部分が確実にある。
そう考え、佐藤さんに少しだけ話をさせてもらうようにお願いをした。
「……こちらとしてはなにも文句はいえません。ただ、種田さんにその覚悟が出来ているかどうかの問題です。種田さん、その行為をしてそれでも裁くことは出来ますか?」
「覚悟は、出来ています。ただ、もし暴走しそうになったらその時は、佐藤さんが全力で止めてください。俺の体は例のドリンク剤で死ねないんでしょう?」
「わかりました。ただし、時間は5分間だけです。それ以上はありません。あと何かありましたら骨くらいは拾ってあげます」
佐藤さんに確認は取れたので、後藤とのさし向かいでの面談が始まったーー
◇◇◇
後藤を連れてきた獄卒に目配せして、二人きりで話せるように頼みこむ。最初は不思議そうな顔をしていたが、ピンを見て理解したのか何も言わずに別室に離れてもらえた。その際に、頼んで猿轡も外してもらえるようにも頼んだが、そちらはすんなりと外してもらえたようだ。
そして今、この空間には、俺と後藤の二人きりの状態だ。
二人の間には沈黙が流れていたが、時間は有限なので本題に入ることにする。
「こんにちわ、本日あなたの審問をさせてもらっている種田です。少しだけ、お話よろしいでしょうか?」
「…………」
「沈黙は肯定とみなします。質問は1つだけ。あなたは今までの行いをしてきた時に、少しだけでも罪悪感を感じたことがありますか?」
そう質問すると、後藤は目を見開いて驚愕の表情が見える。おそらく、何かしら引っかかるところがあったのだろう。しばし無言だったが、徐々に口を開いていった。
「……最初は、罪悪感はあった。どう転んだところで、親の敷いたレールを走ることになる。だったら、すこしでも反抗してみようと思ったのが最初のキッカケだ」
やはり、家庭環境がきっかけだったか。後藤を最初見た時と家族関係を確認した時に、そこらへんにしこりがあるとは思っていたが……
「人間不思議なもんでよ。しばらくしたら罪悪感もなにも感じなくなったんだ」
後藤の顔は、最初のような下卑た悪人の顔ではなく、母親に叱られ縋る幼児のようにぐしゃぐしゃの顔に変化していく。
「ーーーその後は、堕ちるところまで堕ちた。人によっちゃ現状から這い上がることもできただろうし、もう少し勇気があれば別の道に行ってたのかもしれねぇ。だけど、それを選ばなかった。刺されたときも、俺はあいつらの顔を思い出せなかった。意識がなくなるときに気づいたよ。その時思った。あぁ、これが自業自得って言うんだなって。だから、今ここにいるのも理解できてる」
話が終わり、しばし無言の空気が場を包む。後藤の顔は、変わらずぐしゃぐしゃだったがその眼は、最初の猛犬のような眼とは打って変わり、濁ってはいたがその奥底には覚悟ができている、そんな眼だった。
この眼を持っているなら、刑罰をきちんと全うできるだろう。もし、地獄に恩赦があるとするならもしかすると多少は希望があるのかもしれない。
「質問は以上です。ありがとうございました」
鼻をすすり、眼から涙を拭こうにも手枷をされているからか見る方にも居た堪れない状況の後藤だったが、何かを言いたそうな空気を感じたのでその場に留まっていると、後藤の口が言葉を発していた。
「おう、1つだけいいか?ーーーあんたとは前にあったことがある気がするんだがな、俺の勘違いか?勘違いならそれはそれでいいんだが。ーーーあんたとおんなじ目をしたやつを昔見たことあるんだよ」
「ーーー今日が初対面ですよ。それでは失礼します」
◇◇◇
「終わりましたか?」
「はい、時間作っていただいてありがとうございます」
「……いえ、かまいませんよ。それでは、判決をお願いします」
タブレットの画面には、いくつかの地獄を選ぶ項目があったが俺はその項目の中で大焦熱地獄 送りを選んだ。それを選ぶと、後藤の後ろに新しい扉が現れ、踵を返すように扉に向かっていく。その時の後藤は、来た時とは違い獄卒を従えず若干胸を張り、自分の脚で去っていった。
俺は、その背中を見つめ罪悪感とでも言えるのだろうか、表現できない苦しみが胸の中で暴れ、心臓の痛みを強く感じる。佐藤さんが覚悟が出来ているかと言っていたのが今になってよくわかった。
本質を覗き判決をする とは、ただ単に亡者を裁くのではなく、この痛みを受け入れなければいけないということ。それがどれだけ辛い痛みだとしてもーーー
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