good-by現世
早朝、いつも起床する時間より、約2時間前に目が覚めた。どうやら昨日帰ってきて着替え、そのまま床についていたらしい。寝起きの状態もあり頭がぼんやりとするので、シャワーを浴びた。この温度が安定しないシャワーとも今日でサヨナラか、と思うと清々とするようなどこか寂しいような不思議な感覚だった。
シャワーを浴び終え、ドライヤーで髪を乾かし終えるとベッドの前の机の上には、昨日佐藤さんに渡されたシール(地獄への直送便に使うシール)が、葉書サイズの台紙いっぱいに貼られていた。
必要な家具、といっても一人暮らしでも容量の少ないと思われる冷蔵庫とベッド、そして小さな机しか持ち合わせがなかった。元々、そんなに物に執着するタイプではなかったし時期はずれの就活もあり、生活に困窮していたのもあって、売れるものを売って生活していた状態だった。
なので、向こうに持っていきたいものといえば、ずっと使っているマグカップと、枕ぐらいだろうか。なので、その2つを捨てるためにひとまとめにしていた大きめの段ボールに、その2つを詰め込み台紙からシールを貼って荷づくりは終了した。
そして、着替えを済ませ朝食を作るのも億劫になり、買いためてストックしていたエナジーバーを数本とゼリーを流し込んだ。
準備を済ませ、ニュースサイトを流していると部屋の呼び鈴が鳴った。玄関のチェーンを外し、鍵を開けるとそこには昨日言った通り、佐藤さんが迎えに来ていた。
「おはようございます、種田さん。準備は出来ましたか?」
「はい、必要な物はそんなになかったのですぐにまとめおわりました。あと、不要な家具はどう処分すればいいですかね?」
「それもこちらに任せてもらえれば。では、行きましょうか。車を用意してますので」
部屋の鍵を閉め、佐藤さんに鍵を渡す。もうこの部屋にも用はない、と頭では思うが今まで過ごした日々の例も兼ねて、扉の前で頭を少し下げた。佐藤さんは何も言わず、ただ静観としていた。
◇◇◇
佐藤さんが用意していたのは、ハイアーやセダンではなく、まさかのスポーツカー。しかもシルバーの2ドアクーペ。わかりやすくいうと、アメリカを舞台にしたSF映画のタイムマシンの原型に使われた車だ。
ノブに手をかけ、ドアを上げる。すごい、これがガルウイング……!!
それに乗ろうとすると、おそらく通勤や通学途中の学生が野次馬となり集まって写真を取り始めたので急いでエンジンをかけ、出発した。こんなに目立つのだったら別のを用意すれば良いのにと思うが佐藤さん曰く、気分が乗るらしい。
「やはり、これは良いですね。無機質な銀のボディにロマンを感じます」
「佐藤さん、あの映画好きなんですか?」
「ええ、個人的には1のワクワク感が好きです。元々、続編は予定されてなかったらしいので」
作品としては観たことあるが、そんな話があったとは知らなかった。そうこうしているうちに、目的地に着いたらしい。奥行きのあるコンクリート打ちっぱなしから察するにどこかの地下駐車場だろうか。佐藤さんが先に降りて、先導する形で歩を進める。
しばらく進むと、例のショッキングピンクの扉が目についた。
「今日はここに扉を用意しました。さぁ、行きますよ。なにか、質問はありますか?」
「佐藤さん、車はあの場所に停めたままでいいんですか?」
「あぁ、大丈夫です。ここは、私の名義で借りている場所ですから。本当はこの地下フロアも買い取っても良かったんですが、さすがに引き止められたので仕方なく貸し切ってる状況です」
‥‥‥買い取ろうとした?フロアごと?佐藤さん、どれだけお金持ってるんだろうかと突っ込みたくなるが聞くだけ野暮か、というか引き止めた人、英断すぎる。さすがに買い取ったと聞いたら、あんまり面識ない状態だったら引かれちゃうって‥‥‥
そう頭では考えながらも口には出さず扉をくぐるとーー
◇◇◇
今回は以前の改札口ではなく、白い空間だった。
ただ、今回は以前と違い机と椅子はなく、本当に何もない空間だった。不思議に思っていると、佐藤さんからタブレットを手渡された。
「さて、種田さんには本日から裁判官の職の業務をして貰おうと思います。ですので、とりあえず必要な机と椅子をカタログに乗せているのでお好きなものを選んでください。それが支給される執務机と椅子になります」
そういうシステムになってるのか、まぁ今更驚くことでもないだろう。タブレットには、カタログのようになっていて、机はクラシックなデザインのものやシンプルな木目、椅子の方はやけに造形が凝った椅子からゲーミングチェアまで選り取り見取りだった。
その中で選んだのは、机は表面が黒のスケート板のもの。椅子は、悩んだ末に黒のゲーミングチェアにした。椅子に関しては、妥協したら後々後悔すると大学時代の知り合い(廃ゲーマー)が口すっぱく言ってたから参考にした。
最後に渡されたのが、タブレットだった。これは、亡者の過去の行いから死ぬまでの情報をわかりやすく表示するらしい。ユーザー登録を済ませ、あとはアプリの説明を佐藤さんに教えてもらうだけになった。
「種田さんには、初日ということで判決の容易なモノを回してもらうようにお願いしています。ですので、容赦無く裁いてください。そして判決終了だと思いましたら、アプリの終了ボタンをタップしてください」
よし、準備は完了した。
「では、始めましょう。まずは最初の亡者からーーー」
佐藤さんがそう言うと、目の前に現れたのは獄卒に両脇を抱えられながら亡者が連行されてきたそれはーー大学時代の悪名高き男、後藤頼龍-ごとうよりたつ-だった。
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