welcomeようこそ地獄へ

 面接から数日後、佐藤から連絡があり待合わせ場所の喫茶店で落ち合った。そこは風変わりの純喫茶で、今では見かけることも少なくなった占いやゲーム筐体が置いてあり、居心地の良さそうな空間だった。


「この店は裏に入ると地獄に繋がってるんです。わかりやすく言うと中継地点になります」


 そう言うと佐藤さんは、店の関係者通路から奥に入っていった。なんで店のスタッフは何も言ってこないんだろうと思いつつ俺も促されるように店の奥に向かった。


「ではご案内しますね。こちらの扉の方へどうぞ」


 佐藤が向かった先にあったその扉はショッキングピンク色で某未来からきた青いたぬき型のロボットが万能ポケットから出すアレだった。


「こ、これですか?」


「はい。この先が地獄になります」


 はたから聞くととんでもなく物騒だが事実なんだな。受け入れよう。ブラック企業より万倍ましだ。


「あ、あとこれもつけておいてください。向こうに行った際の身分証になるものです」


 それはネクタイピンとチョーカーだった。ネクタイピンは黒の漆塗りに赤と白の彼岸花が交差するように彫ってある。チョーカーに関しては白地に黒のラインがのったシンプルなものだ。


「両方とも無くさないでくださいね?特にチョーカーに関しては亡者との識別も兼ねているので、地獄では外してはいけません。ネクタイピンに関しては無くなった場合すぐ私に報告してください。セキュリティ上の問題もありますので」


 なるほど、これはなくしたらマズそうだ。着てきたスーツにピンをつけ首にチョーカーを着ける。


「似合ってますよ。では行きましょうか」


 扉を開けるとそこはーーーーー


 ◇◇◇


 ---そこは改札口だった。真っ白な空間に自動改札が4つあり周りに人の気配はない。想像していた血の池や針の山などはなく、現世の郊外の駅といったほうがいいかもしれない。


「ここが地獄……ですか?」


「はい、此処は間違いなく地獄です。驚かれるのも無理はないですがみなさんが想像される地獄はもっと下の層にありますのでご安心を。では行きましょう。ネクタイピンに情報が入ってるので何もせず通れます」


 改札口を通りしばらく歩くと其処にはエレベーターホールがあった。

 周りはホコリひとつ汚れひとつなく小綺麗な場所で、そこも自分たち以外誰もいなかった。


「さっきの改札もそうなんですが周りに人がいませんね。何かあったんですか?」


「あぁ、この時間ここを通る人はほぼいないんですよ。それに最近はリモートなんかも進んでて通勤時間なども混むといったことは無くなってきています」


「地獄でもリモートとかあるんですね。そういえば契約の時もタブレットでしたし」


「アナログなのも悪くありませんが、効率面を考えるとデジタル化したほうがいいですから。使えるものは使うのが地獄のやり方です」


 うーん、思った以上に技術導入のレベルが海外資本の企業みたいに効率優先になってるんだな、と考えているとエレベーターが着いたようだ。


「まずは閻魔様のところに顔見せに行きましょうか。この時間ならおそらく昼食だと思われますので…おそらく食堂にいると思われます」


「閻魔様が食堂にいるんですか?なんというか思ったイメージと違いすぎて……」


「以前は、食事をせずぶっ続けで仕事をしてフラフラになってましたからね。食事をとったとしても栄養補給食をかじるとかでしたし。これではいけないとなって、私が補佐官にお願いして、半強制的に食堂で食事をとるようにしてもらっています」


 閻魔様、ワーカーホリック気味なのか。体は資本だよ。


 ◇◇◇


 食堂に向かうと思ていった以上に広い空間に、獄卒たちが昼食をとっていた。獄卒は見た目としては人間とほぼ変わらずツノが生えてたり耳が獣耳だったりそもそも動物だったりで人間を見ても、首元のチョーカーを見て動じずに食事を続けていく。



「閻魔様は……あ、いました」


 食堂の角の席、そこには食事が終わったであろう皿の山が高く積んでありテーブルを見ると、食後のパフェを満足そうに食べている中学生にしか見えない女の子がいた。


「閻魔様、先日お話ししました新しい裁判官候補をお連れしました」


「種田柿彦です。今日からよろしくお願いします」


「ん、あー今日連れてくるっていってたね。僕が閻魔のヤミーだよ。今日からよろしくね。種田くん。んー、種田って呼びにくいな。たねちんって呼ぶね」


 そのあだ名はなんか嫌だな……せめて他にいいあだ名はないんだろうか……


「すいません、ヤミー様はネーミングセンスがすこぶるないんです。嫌だったらおっしゃってください。そういうのは寛容なので」


「あっ佐藤ひどーい。僕のネーミングセンスは独自性があって人気なんだよ。みんな言われた後しかめっ面するけど気にいる人は結構いるんだし」


「いえ、別にいいですよ。たねちんは初めて呼ばれますが気にしませんので」


 さすがに上司には逆らえない、なんとも日本人な俺であった。


「そっかそっか〜。あっ、たねちんお昼食べた?食べてないなら食べなよ。ご馳走するよ」


「えっ、いいんですか?ではお任せしてもいいですか?」


「うん、おっけーおっけー。食べれないものとかある?ピーマンとかピーマンとかピーマンとか」


「いえ、特には。閻魔様はピーマン嫌いなんですか?」


「よくわかったねー。あんなものよろこんで食べるやつの気が知れないよまったく。あっ、からあげ定食でいいかい?佐藤もお昼食べてないなら同じやつ注文するけどいい?」


「かまいません。私もお昼は頂いてませんのでお願いします。あっ、あとトマトジュースもお願いします」


「おっけーおっけー。おばちゃーん、からあげ定食2つにトマトジュース1杯よろしくー」


「はいよー。からあげ定食2つにトマトジュースねー」


 食堂のおばちゃんが注文したメニューを厨房で繰り返してる時に閻魔様が話を振ってきた。


「いやー、まさか佐藤が新しい人間つれてくるなんてねー。僕もビックリしたよ」


「佐藤さんが誰か連れてくるのってそんなに珍しいんですか?」


「うん、珍しいどころか初めてじゃなかったかな。他の獄卒が連れてくるのはたまにーあるけど、佐藤がだれかを連れてくるのは僕が記憶してる範囲では初めてだよ」


「そうですね。いままでは率先して連れてくるようなことはしていませんでしたし」


「うんうん、よきかなよきかな」


 へー、佐藤さん、誰も連れてきたことがないのか。地獄とはいえなんかくすぐったいようなうれしいような不思議な感覚が胸の中でくすぶる。途中閻魔様と佐藤さんが、耳打ちしてたのはきになるけど内緒話には聞き耳を立てちゃいけないと思ってるのでスルーした。


 その後、注文していたからあげ定食が届き昼食をすませた。からあげはいままで食べた中でもトップクラスに美味しく箸が止まらなくなり、茶碗におかわりを求めてしまったのは自分でも驚いてしまった。


 食後の茶を飲んでいると、閻魔様は懐から懐中時計を取り出して時間を確認していた。


「じゃ、僕はさきに戻るね〜。たねちん、またあとで〜」


「あっ、はい。よろしくお願いします」


 閻魔様は瞬間移動するかのごとくいなくなってしまい、食堂にも残っているには数人ほどになっていた。


「なんというか台風のような方ですね。人の心の中に入り込むのがうまいというか」


「ええ、それがあの方の長所ですから。一息入れたら我々も仕事に向かいましょう」


「わかりました。そういえば閻魔様っておいくつぐらいなんですか?思った以上におさな……若かったので」


「種田さん、地獄にも知らぬが仏ってあるんですよ?それに女性の年齢は他人はおろか本人にも聞いてはなりません」


 そりゃそうか、当たり前だよな。そういうのは聞くものじゃないというのは常識だと考えればわかるだろうに。


「想像を膨らませるぐらいでしたらヒントは与えます。‥‥‥地獄ってかなり昔からあるんですよ。これがヒントです」



 ‥‥‥‥なるほど、知らぬが仏とはよく言ったものである。

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