第4話 私がいてもいいところ

「そんで…どういうことか、説明して頂いても?」

その青年さんは、笑顔だったけれど目が笑っていなかった。


――――――――――――――――――――


「ははははっ!それで、このような事に…!!」

青年さんは、目に涙を浮かべながら楽しそうにケラケラと笑う。

いや、命が危うかった初対面の人にここまで笑いますか、普通!?

「そ、そんな!笑うことじゃないでしょう!?」

私は、ぷーっと膨れっ面をする。

今、私は、あのやくざ達から私を助けてくれた青年さんが稽古なさっていた道場に上がらせて貰っている。

「ふふっ、そうですね。これは失敬しっけい。おにぎり一つも大事です。」

青年さんは、コホンと咳払いをする。

「でも、娘さんが無事で何よりです。今後は、このような騒ぎを起こすことが無いように。それから、これ!女子おなごがこんな物騒なものを、持っていてはいけませんよ。」

青年さんは、私の隣に風呂敷と一緒に置いてある小刀を指差し、厳しくそう言う。

でも、その後私に優しく微笑んでくれた。

そうだ。私は、この人に助けて頂いたのだから…。

「あ、あの、先程は助けて頂き、本当にありがとうございました。」

私は、両手の指先を床につけて、深くお辞儀をする。

「いやいや、そんな。頭をお上げになって下さいよ。人として、当然のことをしたまでなんですから。」

青年さんは、私が最初に助けを求めた時と同じような、ほんわかとした雰囲気にいつの間にか戻っていた。

それにしても、「人として当然のことをしたまでだ」って恥ずかしがらずに、そんないき(カッコいいということ)なことをすんなり言えるなんて…、なんてすごい人なんだろう…。

私は、頭を上げて青年さんをまじまじと見つめる。

綺麗に青みがかった漆黒色の、大きなくりくりとした瞳。ほんのり茶色の艷やかな髪。少し色黒だけれど、透き通るように美しい肌。さっきのように笑うと、八重歯がちらりと見える愛嬌のある笑顔。

さっきまで慌ただしかったから、気付かなかったけれど、こ、この人…!!!!

とんでもない美男子なのでは…っ!?

弥十郎もかなりの美少年だとは思っていたけれど、それに相当する…いや、もしかすると、弥十郎よりも上かもしれない男の人に出会うのは初めて…!!

私は驚きのあまり、目と口があんぐりと開いてしまう。

そんな私を見て、青年さんは、「ん?」と首を傾げる。

「あれ、私の顔に何か付いてます?」

そんな青年さんは、自分の顔を指さして目を真ん丸にする。

「い、いえっ!!あ、あの!!」

私はぶんぶんと、両手を自分の顔の前で振る。

「あっ、そうです!御名前!はい!御名前!教えて頂けませんか!?」

私は、この場をとにかく切り抜けたくて、思わず前のめりになって青年さんに聞く。

「あっ、え?私ですか?」

しまった、ただ助けて頂いただけなのに、踏み込みすぎただろうか…。

私は、青年さんの顔を見ることが出来なくてうつむく。

「私は、沖田総司と申します。」

私は、青年さんの声を聞いてゆっくりと顔を上げる。

「沖田…総司…さん…。」

答えて…くれた…。

私は、ただ純粋に嬉しくて「沖田さん…。」ともう一度、名前を思わず呼んでしまう。

「はい、何ですか…えっと…」

青年さん…いや、沖田さんは、私の呼びかけに返事をしてくれる。

「あ!わ、私の名前は、三山翠です!」

私は、沖田さんが自分の名前を呼ぼうとしてくれているのを察して、自ら自分の名前を言う。

「三山…スイ…?さん、ですか。スイって、珍しい御名前ですね。漢字はどう書かれるんですか?」

沖田さんは、近くにあった紙と筆を取ってきて、私が名前を書けるようにしてくれた。

「えっと、スイは…」

「ほう…」

ち、近いっ!!近すぎます沖田さん!!!

沖田さんは、筆を走らせる私のすぐ後ろから、顔をひょいっと覗かせてくる。

このお方は、距離感がどうかなさってる…!!

私は「ふぅー…」と、ゆっくりと息を吐きながら、心を落ち着かせる。

落ち着け…落ち着け、三山翠。慎重に、慎重に…。

でも、そう意識すればするほど、人間というのは上手くいかないもので…

「あ。」

私と沖田さんの声が重なる。

三山の「山」の字が、これまたなんといびつな…。

「はははっ、スイさんは人に字を書くとなると、これほどまでに緊張なさるんですか?」

くっ、沖田さん、私が緊張してるの分かってたのか。

「ち、違います!これは!!」

と、私が話していたその時、

「ガラガラガッターン」

本当にすぐ近くから、樽のようなものが落ちる音が聞こえてきた。

え、何の音?

私と沖田さんは、ゆっくりと顔を上げる。

そこには、

「まぁ!!」

「げっ」

これまでに見たことのない、とても綺麗な女の人が立っていた。

女の人が声を上げたと同時に、それを見た沖田さんは顔をしかめる。

「すみません、スイさん。私、ちょっと奥の方見てきます。」

沖田さんは、私にコソッとそう耳打ちして、ソロリソロリと動き始めた。

「あら?どこに行くのかしら、総司。」

それを見た女の人は、美しい笑顔でそう言う。

でも、目は笑っていなくて…。そのどこか恐怖を感じる笑顔にはどこか見覚えがあるような…、本当にさっき見たような顔で…。

「んー?」と私は、頭を悩ませる。

でも、そんな私にお構いなく、その女の人は私に話しかける。

「ねえ!あなた、いつ総司と仲良くなったの!?」

女の人は、若干前のめりになって私に尋ねる。

「えっ!いや、仲が良いという訳では…」

そうだよね、たった今知り合ったばかりだもの。それに、この女の人、沖田さんのことを「総司」と呼び捨てで…、

「ちょっと姉上!いくら何でも詰め寄りすぎです。スイさん、困ってるでしょう?」

沖田さんは、その女の人を私から引き剥がす。

この人、沖田さんのお姉さんだったんだ!!そうか。さっきのお姉さんの目が笑ってなかった笑顔…、どこかで見覚えがあるな、と思ったら沖田さんのさっきの笑顔だったんだ。道理で沖田さんと似てるわけだ…。

「スイちゃんっていうのね!素敵な御名前だわぁ〜!!」

だけど、女の人…じゃなくて、沖田さんのお姉さんは、沖田さんに構わず話し続ける。

「ありがとう…ございます…!!」

初めて、素敵な名前だと言われた。

ただ、単純に…どうしよう…嬉しい…。

「えへへ…」

私は、大切な両親から貰った名前を褒めてもらえたことが嬉しくて、思わず頬をふにゃりと緩めてしまった。

沖田さんと沖田さんのお姉さんが、こっちを見ているとも気づかずに…。


――――――――――――――――――――


「先程はすみません。見苦しい姿をお見せして…。」

沖田さんは、ぺこりと私に頭を下げる。

「ちょっと!見苦しいって何よ!ただ挨拶してただけじゃない!ねっスイちゃん!!」

有無を言わせないすごい圧で、お姉さんは私に話す。

「は、はいっ!全然お見苦しいだなんて…」

「ほーらご覧なさい!」

お姉さんの声が、四畳程の畳の一室に響く。

「はぁ…。もういいです。ところで、スイさんはこれからどうされますか?旅の途中なのでしょ?」

沖田さんは、お姉さんの言動にため息をついた後、突然、私の今後について尋ねてきた。おそらく、私の身なりを見て、遠出をすることを感じ取ったのだろう。

「あ…それが…」

『行く宛がなくて、困ってます。』

これって、言ってもいいことなのだろうか…?

さっき会ったばかりの人に、いきなり「行く宛もない」なんて…。

でも、ここはやはり言うべきなのかな。

「実は…行く宛がなくて…困ってるんです…。」

私は、二人と目を合わすことができず、うつむいてそう言う。

どうしよう、この場合、どうするのがいいの…?

私は、膝の上にある自分の両拳りょうこぶしをギュッと握りしめる。

その時、

「あらっ、そうなの?じゃあ、ここに住めばいいんじゃない?」

お姉さんがそう言った。

「えっ!?」

その言葉に反応して、バッと顔を上げる私と、お姉さんの方を見る沖田さんの声が重なる。

「ちょっ待って下さいよ!だって、道場ここは!!」

「別にいいじゃない。私の他にも、女子おなごがいた方が華やかでしょ?それにかっちゃんは、困ってる人を放っておけない人だし。」

沖田さんが喋るのを遮って、お姉さんが喋る。

女子おなごがいた方が華やか」?

あっ、そうか。ここは道場だもの。男の人が沢山いて当たり前よね。

「かっちゃん」って、誰のことだろう。

「ですが、ここはただの道場では…。」

沖田さんは、どうも納得がいかないようで、私の方をチラチラと見てくる。

剣の腕前を気にしているのだろうか…?

「剣ならお任せ下さい!!私、これでも幼き頃から剣術を学んでおります!」

私は、胸を張って沖田さん達に言う。

「いや、あの、そうではなくて…その姿では…いけないんです…。」

沖田さんは、私の姿を見て、総髪で結びきれていない前髪を掻き上げる。

「そうねぇ…ちょっとねぇ、あの人がいるからなぁ…。」

今度は、お姉さんまでもため息をつきながら言う。

「どういうことですか?」

私は、そんな沖田さんとお姉さんを見て、不思議に思う。

沖田さんとお姉さんは、目を合わせる。

「んー…詳しくはまだ言うことはできないけれど、スイちゃんが、ここで暮らそうと思うなら、それなりのは必要ってこと。いい?スイちゃん。」

お姉さんが突然、不安そうな顔をするので、私もどこか不安になってくる。

って何の…?」

「と、とにかく、ここにいるのは男ばかりなんです。スイさんには、男装をしてもらいます。」

私の願いも虚しく、沖田さんは私の言葉を遮ってそう言った。

ん…?待てよ。…?

「えぇ!?だ、男装ですか!?」

そんな!!何で男装してまで!

第一、男物の着物など、私は持ってない。

どうしたら…

「はいこれ。総司のおふる。スイちゃんに似合うと思って…」

悶々と悩んでいる私の視界に、綺麗に折りたたまれた美しい着物が入ってくる。

いつの間にか近くの棚からその着物を取り出してくれたお姉さんは、そう笑顔で言ってくれる。

「でも、私…」

やっぱり、私、ここにいてもいいのかな…。

ふと、そう思ってしまう。

もしかしたら、私には良くない疫病神か何かが付いていて、この人たちにまで迷惑をかけたりしたら…。

私の変な様子を見た沖田さんは、

「怖気づいてるんですか、スイさん。他に行く宛もないんでしょ?」

と、私を試すような口調で言ってくる。

「そんな…!!」

私は、そこまで言いかけて口を閉じる。

いつもの私なら、「そんな訳ないじゃないですか!受けて立ちます!」とか言うと思うけれど…、

もう…他の誰にも迷惑をかけたくない…。それも、こんな風に優しくて、いい人たちに。

だから…、

「スイちゃん!女は度胸よ!!」

と、そんな私の真っ暗な頭の中に、お姉さんの声が響いた。

「スイちゃんは、ここにいたいの?いたいと、少しでも思うなら、素直にここにいればいいだけなのよ。」

お姉さんは、私の手を取って優しく微笑む。

「いいんですか…、ここにいても…?」

喉の奥から何か熱いものが込み上げてくる。

私…、この感覚、知ってる…。

「だって、この提案をしたのは私たちなんです。だめだと言うわけないじゃないですか。スイさんは、ここにいてもいいんですよ。」

沖田さんは、そう言って私の頭を優しく撫でてくれる。

沖田さんと、お姉さんの優しさが、手が…、暖かくて…、涙が溢れてくる。

「いたい…。ここに…。」

この人たちと…一緒に…

「沖田さんたちと…一緒にいたいです…!!!」

ぼやける視界の中で、沖田さんとお姉さんは、他の誰でもなく…、私に優しく笑いかけてくれた ―――――――――。


もう、泣くことはないと思っていた。

これ以上ないくらい、大切な人を失ったから…。

けれど…


お父様、お母様、

私は、これから、新しい場所で生きていきます。


一人孤独で、

何もなかった私を、

沖田さんと、お姉さんの二人は受け入れてくれた ――――――――。



























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