ローチェリーナは体育祭で勝利する2

  


 その後も競技は続き、昼地点での得点は、

 赤組 150点

 青組 180点

 黄組 80点

 緑組 85点

 桃組 60点



 勝負はほぼ赤組、青組の優勝争いになった。って赤組負けてんじゃんか。どうすんだよ。



「お~い、千賀人民よぉ! お昼ご飯を一緒に食べるぞ~~!!」



 ムカデ競争を終えたローチェリーナが遠くの方から走ってきた。右手に握られたランチボックスがぐるっぐるんと回転している。

 昼休憩、俺は多野さんとローチェリーナの3人で飯を食うことになった。昼食用に敷かれたブルーのシートがなんともむなしい。



「おい、ローチェリーナ。本当に青組に勝てるんだろうな? 30点も離されてるんだが。紙屋先輩に負けたら思考部本当になくなっちまうぞ?」



 成り行きで入部した部活ではあるが、このひと月ほど青春を過ごした部だ。こいつの勝手なロ約束のせいであっさりと消滅してしまうのも悔しい。何より向谷に何言われるか分らんしな。



「問題ない。先ほどのムカデ競争は不甲斐ふがいない前方の人民らのせいで負けてしまったわけだが、午後の騎馬戦、リレーで逆転して見せる」



 左こぶしを強くぎゅっと握りしめ自信に満ちた顔。その肘には擦りむき傷。いや、さっきのムカデ競争で負けたのはお前のせいだろ。あんな後ろからぐいぐい押すように走ってたら前の奴らはこけるっつーの。



「頑張ってくださいね、ローチェリーナさん」

「ああ、無論だ」 

「……ん? どうかしたか?」



 ローチェリーナは多野さんのお弁当箱の中を見つめたまま動かなくなった。



「そ、その可愛い食べ物は……なんだ? 多野人民よ」

「え? あっ、これはタコさんウインナーです」

「た、タコさんウインナー……」

「はい。見たことないですか?」

「……ない」



 ない、と一言。そしてその後もタコさんウインナーから視線を動かさなくなった。



「……よ、よかったら、おひとつどうぞ」

「何!? い、いいのか!?」



 まぁ、そんだけ凝視してりゃ欲しいことはまるわかりなんだがな。多野さんは黄色のピックが刺さったタコさんウインナーを手渡した。



「ほう、これは……」

「気に入りましたか?」

「うむ。実に愛らしい形をしているな」



 ローチェリーナはピックに刺さったタコさんをくるくると回して上機嫌だ。意外な一面も持っているんだな。こういうところは普通の女子高生のようだ。が、その他は女子高生の基準から著しくずれているがな。



「ところで千賀人民よ。なぜ貴様はパンを食べているのだ?」

「ん? ああ、俺は両親働いてるから弁当持ってきてないんだよ。だから購買で買ったパンを――なんだよ?」



 俺の言葉を聞いたローチェリーナは目を丸くしてこちらを見続けている。



「それはいかんぞ、千賀人民よ。やはりパンでは栄養面で弱かろう。よしっ、ここは我が持ってきたおにぎりを3つほどやろう。ほらっ!」

「えっ……なにこれ?」

「おにぎりだ」



 でかくね? 俺のこぶしよりも二回りくらいでかいんだけど。これを3つも食えってか?



「どうひた? しぇんがじんひにょ。えんりょふふな」



 ふと手渡されたおにぎりから視線を上げるとローチェリーナ頬がぱんぱんに膨らんでいた。リスみたいにいっぺんに頬張るくせは向谷ゆずりらしい。

 


 ♦︎



「ふぅ……腹も満たされたことだし、我は午後の準備をしてくる。まだ最後の対抗リレーが残っているからな。おいっ、千賀人民。そのおにぎりを3つしっかりと食うのだぞ? それは我が朝早く起きて作ったおにぎりだ。残すことは許さん」

「は……ふぁい…………」



 こぶし大のおにぎり2つとタコさんウインナーを食べ終えたローチェリーナはすくっと立ち上がり、俺と多野さんを見下ろす。見下みおろされているだけなのに見下みくだされているような気分になるのは、なぜだろう。



 てか手作りなのか、このおにぎり。どおりで梅干しが10個も入ってるわけだ。大人が作っていたらこんなふざけた仕上がりにはならんだろうからな。種がまんま入ってやがる。

 


 ♦︎



「…………ああ、苦しい」

 


 ローチェリーナからもらったおにぎり3つをやっとの思いで食い終えた。午後の競技、騎馬戦が始まった。が、ローチェリーナの姿が見当たらん。どこいったあいつ。次はあいつの出る女子の対抗リレーだぞ。あいつには思考部の存続がかかっているんだ。探しにいくか。



 俺はグラウンドをぐるりとゴーラウンドした。が、いない。ということは室内か? 俺は向谷の教室のある3階の1年A組までやってきた。



 教室の中で何か、もそもそと動いた。やっぱりいやがった。扉をがらり、と開け声をかける。



「いたいた。おい、何して――んだよ、お前!?」



 慌てて一歩踏み込んでいた左足を教室から出し、教室に背を向けて扉の横に直立。扉に遮られて見えていなかったが、ローチェリーナはなぜか上の体操着を脱ぎかけていた。濃いめの青いブラジャーが視界に入ってしまった。



「お、おいっお前。なんでこんなとこで何してんだよ!?」

「ん? その声は千賀人民か。汗をかいたのでな。着替えていた」

「き、着替えていたって。ここ、更衣室じゃねぇから! 着替えるんなら更衣室で着替えろよ」



 一応男子も入ってくる可能性があるんだぞ? ってか、実際俺がこうして入ってきて見てしまっているわけだが。ったく、なんて不用心な奴だ。それとも特に気にしてないのか?



「案ずるな、千賀人民よ。これを見ろ」



 再び教室から聞こえる声。見ろと言われてもまだ半裸だったらどうしよう。でも、見ろって言ってくれてるしなぁ。半裸のままだったとしても言われたから見たってことにすれば――まぁ、いいか。

 視線を教室へ戻す。再び見たローチェリーナの体操着はブラの下までしっかりと下げられ、青ブラを隠していた。少し残念なような気もする。



「何? その恰好?」



 が、なぜか体操着はブラの下付近で器用に留められ、へそが丸出しになっていた。



「次のリレーのための格好だ」

「は?」

「女子は胸があるからな。こうしてブラの下で体操着を留め、空気抵抗を少なくする。これで赤組の勝利は確実だろう」



 と、そんな恰好で言われても。マジでそんな恰好で走るんか。どこに抵抗を受けるんだ? 空気抵抗なんて関係ないと思うぞ、その程度の膨らみなら。てか、青いブラなんてしてるから白い体操着からすっけすけなんだが。



「ふぅ、やはりこの日のために買った新品のブラはいい。気持ちがたかぶる」

「あ、あのさ……」

「ん? なんだ、千賀人民よ?」



 一応言った方がいいよな。男子から女子に言うのもどうかと思うが、このままグラウンドに戻られても恥をかくのは向谷だ。よし、言おう――



「青いブラが体操着から透けてるんだが……」

「ん? それがどうした? なにか問題か?」

「何か問題か? って」



 逆に問題ではないんだろうか。ブラがくっきりと透けていることは。



「いや、恥ずかしくないか?」

「なぜ恥ずかしがるのだ? ブラとは胸が見えないように隠すものだぞ? ほらっ」

「だ、だからめくんなって!」


 

 ローチェリーナは何の問題もないかのようにへそ上に留めていた体操着をぺろんとめくりあげた。再び先ほど直視した青ブラが視界に入る。その晒されたわずかな膨らみにドギマギしてしまう。



「ったく、すぐに隠せよ!」

「ふっ、何を恥ずかしがっているのだ。ブラが透けるのは仕方がないだろう。むしろ白い体操着で透けさせるなという方が無理だ」

「ま、まぁな……」

「そんなことより行くぞ、千賀人民よ! もうすぐ騎馬戦が終わる。我のリレーの番だ」

「えっ、あ、おい……」



 ローチェリーナはへその上で留まった体操服姿で俺を通り過ぎ、廊下へ走り出た。



「ちょ、ちょっと、は、速――」



 慌てて廊下に出た時にはもう姿が見えなくなっていた。グラウンドへ戻ると最終競技の女子リレーが始まろうとしていた。男子の最終競技の騎馬戦はすでに終わっていて赤組は大きく青組を追い上げていた。



 どうやって大勝したのか気になって多野さんに聞いてみた。すると赤組は全員騎手を柔道部にしていて、相手の体操着の胸倉をつかんで身体を引き寄せ、ハチマキを奪取しまくったのだという。――――合法か? それ。



 赤組 210点

 青組 220点

 黄組 120点

 緑組 105点

 桃組 60点



 桃組の得点だけ微動だにしていないが、もうそこはどうでもいいとしよう。いよいよ最終競技。この結果次第で赤組と青組の勝負が決する。



「位置について――よ~~いっ――――」



 天気と同じようにカラカラに乾いた空砲とともに女子たちが一斉にスタートを切った。



「いっけぇえ~~!」

「頑張れ青組~~!!」

 


 先頭をリードしているのは青組。やはり陸上部がいると言っていただけあって速い。その次に赤組、黄組、緑組が続く。そしてそこから後方10mに桃組。なんだろうな、実力差がえげつねぇな。これもあいつが言っていた資本主義社会の弊害か?



 ♦︎



 そしていよいよ各組走者はアンカーへ。勝利を確信したのか、アンカーで準備する紙屋先輩は余裕の表情だ。



「あっははっ、結構離されちゃったね。これは青組の優勝間違いなしだぁねぇ。明日から一緒にダンス部で頑張ろうね、栞ちゃん♪」

「はっ。それはこちらの台詞だ。貴様こそ、明日から我の配下としてしっかり働いてもらうからな」

「ん? 配下?」



 配下って。そんな話はしてなかったろ。まぁ、絶望的な差がついているにも関わらずローチェリーナは余裕の表情だ。とりあえず自信はあるんだろうな。

 そしてお膳立ての陸上部エースからのバトンが紙屋先輩に渡る。



「きゃあぁー、綺羅さま~!!」

「素敵ぃぃい!」



 周囲の声援がいっそう大きくなる。颯爽さっそうと綺麗に走るその様は、まさに青春漫画の1ページ。2位の黄組とはその差10mほど。赤組は3位。トップの青組からは20mくらい離されてるんだが。本当に大丈夫か、これ。



 そして赤組もようやくアンカーとして出場したローチェリーナへバトンが渡った。と、その瞬間――



「うっ!」



 がっ、と力いっぱいに蹴りだした足がはじいた土が顔にぶっかかった生徒がうめいた。必死にバトンを運んできた仲間にずいぶんな挨拶だな。



 当の本人は土でひるんだ後ろの仲間に一瞥いちべつもくれず、お手製セパレート姿で前方の黄組アンカーをあっという間に抜き去った。めちゃくちゃ速ぇ。



「す、すげぇ……」



 あと半周。周回遅れの桃組女子を抜き去り、紙屋先輩とのその差は5m。



「え、えええっ?!? ちょ、う、うそでしょ〜〜!?!」



 紙屋先輩の大声が聞こえた。そりゃ驚くわな。あんだけあったリードがあっという間に詰められてんだから。先ほどまで魅せていた綺麗な走りはたちまち、羅乱ららんした。



「のわぁああああっ!!」



 ぐいっ、と体操着をたくし上げ、背後の猛追者と同じく腹部をさらけ出した。腹部の上に実った豊かな胸を盛大に狂騒きょうそうさせて必死に走る紙屋先輩。すごい上下運動だな。今にもたゆんっ、と弾け出そうな勢いだ。胸元の激しい揺れに苦悶の表情を浮かべながらも必死にトップを走っている。



「あっ! ま、待、待って!! ひぃっ!」



 が、そんな羅乱美女をそぞろに抜き去ったローチェリーナはそのままオーバートップギアスピードで見事ゴール。



 紙屋先輩に大差をつけてテープを切ったローチェリーナがゴールラインの遥か先で両手を腰にあて、こちらをにやりと見た。空気抵抗の勝利だ。



「は……速すぎるって、ばぁ……」



 ゴール脇にはもう1人のセパレート体操着姿の美女が大の字に倒れている。



「うぉ、すげぇ〜!!」

「な、なんなの……あいつ」



 そんな美女の魅麗露乱みれいろらんを刮目した周囲は、男子たちの色めき声や女子たちの嫉妬声しっとせいまみれている。

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