向谷栞は美少女が苦手



 昨日の部活から1日。今週もようやく終わりだ。

 今日の思考部のテーマは、「SNSに毒された日本人たちに思考させるためにはどうしたらいいか?」、というとりとめのないもの。



 んなもん、知らん。思考したら楽しいって思ってもらったらいんじゃねぇの。俺は昨日、ちっとも楽しくなかったがな。2時間かけて思考した結果得られるものがトド賞とかいうふざけた賞なら、VtuberとかインフルエンサーとかをSNSで追っかけてた方がはるかに有意義だろうよ。と、俺もひっそりと机の下のスマホでSNSに興じる。多野さんが積極的に教壇上で向谷と黒板に向かって会話している今。奴にバレることもあるまい。



「私たち思考部で思考したテーマを毎日SNSにアップしていったらどうですか?」

「う~~。不本意ねぇ。SNSにあげるって言うのがなんかいや。SNSに負けたみたいになるじゃない」



 そうだね、やめてくれよな。俺たちは一応県内有数の進学校。そしてお前は一応模試で名前が載るほどの才女。そんな奴が、「昨日はトド賞っていう賞を思考しました!!」なんて発信してみろ。「え?」、「ん?」。「はい?(笑)」とかの反応が返ってくるだけだ。――――にしても、可愛いよな、この人。同じ校内にいるはずなのに俺にとってはSNS上の人物だ。



「あっ、じゃあ思考新聞みたいなのを作って、それを毎朝駅前で配ったらどうですか?」

「おおっ、なかなかにいいアイデアだわ。椎菜!」 

「えへへっ……」

「煤被先生は何かありますか?」

「えっ、あたし!? そうねぇ……」



 思考新聞かぁ、いいねぇ。巫さんは今日も来てて暇だねぇ。紙屋綺羅は可愛いねぇ……。



「たの~~もぉ~~~~!!」



 突然、教室の前の扉が勢いよく開き、大声が響き渡る。道場破りかな? もはや驚きすらしない。

 先週の公安の大突入に比べたらどうということもない。構うことなくスマホのスクロールを続ける。



「おーす! あっ、いたいた!」



 どすどすどす、と足音が聞こえる。複数人で入ってきたのか。女子生徒か。向谷の知り合いかね。



「えっと……栞ちゃんだよね? 可愛いじゃぁ~~ん!!」



 可愛いっすかね、それ。そいつはトリニトロベンゼンなんだよ。見た目は可愛いけど、しっかり見張っとかないとそのうちエクスプロージョンするよ、多分。



「……誰ですか? あなた達?」

「お? あらら、あたしのこと知らない子っているんだね。あっ、ごめんね。なんか天狗みたいになっちゃった! あたし、紙屋。3年E組の紙屋かみや綺羅きらら。よろしくね、栞ちゃん♪」



 のんきにスクロールしていた手を止める。正面を見る。今の今までスマホで見ていた顔がある。

 ――――マジか。本当に紙屋先輩だ。俺は目の前に突如として現れた美人にくぎ付けになる。紙屋綺羅。この翡翠高校の女子生徒だ。綺羅と書いてキララ。文字通りのキラキラネームだ。

 


 普通ならそんなキラキラネームに名前負けしてしまうとこ、紙屋先輩はその名前を打ち負かすほどの美貌。美少女と言う言葉がぴったりの容姿をしている。高校生でありながらSNSで8万人のフォロワーを持つインフルエンサーだ。



 その持ち前の明るさと活発さであれよあれよと紙屋先輩の存在は知れ渡り、芸能人でもないにもかかわらずこのフォロワー数に至ったのだという話を同じクラスでフォローしてる奴から聞いた。なんでそんなに詳しいんだ、お前はストーカーかって? 違う、俺もフォロワーになったのだ。今、目の前にいる紙屋綺羅先輩のな。リアルでもイケイケなんだな。明るい赤髪に長いまつげ。後ろで逆立った紅葉髪もみじヘアーがお似合いだ。両脇には同じくイケイケな感じの侍女じじょ2人を引き連れている。



「はぁ。で、あたしに何か用ですか? 紙屋先輩」

「あ、うん。いやぁねぇ。来週体育祭あるでしょ? で、あたしらのダンス部が各チームを応援するんだけど、今年は1年生の入部が少なくってさぁ。んで、1年生で良さげな子たちがいないかな? ってみんなに聞いたところ、なんと毎日教室に入り浸って何もしていない子たちがいるって聞いて来たわけだぁよ!」



 ――何もしてない、か。そう見えてたんだなやっぱ。てか、見られてたんだね。知らんかった。



「してますけど、部活」

「え、そなの? でも何もしてなくない? 今だってここで喋ってただけでしょ?」

「ちがいます。思考してたんです」



 向谷は眉間にしわを寄せながら紙屋先輩を睨む。って、もう睨んじゃってるよ。少しは顔に出さない努力をしような。もう高校生なんだから。



「しこう?」

「考えてたってことです。ここは思考部って部活なんで」

「へぇー、そんな部活があるんだぁねぇ。で、どんなことをするんだい?」

「色々。色々なことを頭で思考するんです」

「へぇ、ずっとこの教室にいるって感じ?」

「ま、まぁ…………」

「それはいけない!」

「へ?」

「それは良くないなぁ、栞ちゃん。高校生がこんな教室で身体も動かさすにじっとしててどうする!? もっと身体を動かそう、青春しようよ! さぁ、そうと決まればここにいる全員ダンス部へ入部決定だぁ!!」

「ちょ、ちょっとぉ!」

「はぇええっ」



 紙屋先輩はにこやかにクルクルと2回転し、向谷と多野さんの両手を掴んで高く掲げた。さすがダンス部、回転もあざやかだ。と、回転し終えた紙屋先輩と目が合った。



「あっ、うちは男の子も絶賛大募集中だから。キミも大歓迎だぞ!」



 と、一言。俺も入っていいんだ、ダンス部。いいなぁ、こんなイケイケな女子の先輩と一緒に部活動ができるのならこんなヘンテコな部はとっとと畳んだ方がいいかもしれない。と、思ったが――



「や、やめてください! は、入んないし!」



 部長は当然、これを拒否。



「えぇ~~! なんでよぉ。あたし達と一緒に青春を謳歌おうかしようじゃぁないかぁ、栞ちゃん♪」

「は、入りませんってば! ちょ、椎菜こっち来て!」

「はぇええ。な、なんですか!?」



 向谷は紙屋先輩の手を多野さんから引っぺがし、教壇を飛び降りて俺のもとへ駆けてきた。



「……あいつ。マジやばいわ」

「聞こえるぞ」

「何言ってんのっ! いい? 美少女って言うのは危険なの!」

「危険?」

「そうよ! あの綺麗な容姿には色んな人が集まってきちゃうんだから。そしてそこから怪しいIT社長と関わったり、芸能界の怪しい人脈と繋がったり、気がついたら薬で捕まっちゃう可能性だってあるんだからねぇ!?」

「そ、そうなんですか!?」

「そうなのよ、椎菜。特にあんたみたいにぼう~っとしてる子が一番危ないの。気がついたら牢屋に入ってるかもしれないわよ」

「はぁああ、怖いですぅ!」

「そっ、美少女は怖い。これが世間の一般常識なの。ああ、ほんと怖い!!」



 そう言って向谷は小刻みに震えている。

 ――意外と用心深い奴だな。あと、嘘の常識を教えんな。だが、心配するな。お前はもう巻き込まれてる。もっともっと大きな危険にな。



 日常において我々一般市民が気をつけるべき犯罪がある。万引き、つまり窃盗はしてはならないし、薬物にも絶対に手を出してはならない。そして何より殺人、これはもっとも犯してはならない犯罪であると言えよう。



 が、日本にはこれらよりももっともっと重い罪がある。そう――、外患誘致罪がいかんゆうちざいという重罪が。

 巫さんの話では俺たちがあのバス停で接触した男子生徒。あいつはどうやら国外の組織と繋がっている可能性のある人物であるという。



 つまり、俺たちがもし今後奴と接触し、利用されるようなことがあればこの罪に問われる可能性も十分にあるんだと。ったく、外患誘致罪に問われかねない高校生なんて俺らくらいなもんだぞ。

 適用されたら一発死刑らしいしな。適用された奴はまだいないらしいが。



 紙屋先輩と仲良くした程度で巻き込まれるかもしれん犯罪なんて、その危険に比べれば可愛いもんさ。って、まぁ紙屋先輩はそんな人じゃないけどな。


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