向谷栞はコンテストを思考する2



「じゃあまずは椎菜! 何かいい案はある?」

 頭の中でふざけている間に部活動は始まっていた。



「はぇ? う~ん。…………あっ。……金賞、銀賞って、金と銀からとってるわけじゃないですかぁ」

「そうね」

「金と銀は化学の原子表の11族で性質が似てるんです。だから新しい賞も同じように似た感じのものに例えた賞がいいと思うんです」

「ふんふん。で? 何がいい?」

「それは……う~、そうですねぇ……似てるもの、にてる、もの……あっ!」

「なになに? なんかあった?」

「アザラシ賞、アシカ賞、オットセイ賞、トド賞……とか、どうですか?」

「アザラシ賞? アザラシってあの水族館にいるアザラシ?」

「はい、そうです。アザラシさんからアシカさん、オットセイさん、トドさんって大きさが違うけど、みんな似てるので賞のすごさを比べやすいかなって」

「なるほどねん♪」



 なるほど。「でも、なら金賞、銀賞、銅賞を使えば良くね?」などというツッコミは無粋ぶすいなのだろう。せっかく多野さんが思考した賞だ。ここはたっぷりとその可愛らしい思考を堪能するべきなのだ。



「あっ!!」



 褒められて嬉しそうな顔の多野さんを見つめていると向谷が声を出した。その声に多野さんの身体がびくっ、と小さく震えた。



「アシカとオットセイって……どっちが大きいの?」

「……はぇ? そ、それは…………」

 


 その後、それぞれの大きさが調査された。結果、アシカ:2m~2.5m、オットセイ:2.5m。わずかにオットセイの方が大きいようではあったが、個体差があるだろうしそれは明確な違いにはならないだろうと結論付けられた。



 さらにはアザラシと言ってもその種類は多種多様で、水族館にいるような愛らしい容姿のものから、ぺんぎんを食すヒョウアザラシという獰猛どうもうなアザラシもいることが判明した。中でも体長約6mというバケモノのようなデカさのミナミゾウアザラシというアザラシが存在することも判明し、残念ながら多野さん案は不採用となった。ミナミゾウアザラシを検索して出てきたときのデカさにはまじでビビった。さすがの向谷もビビったようで多野さんと両手を仲良く握って震えてた。



 次に俺が提案した既存の金賞、銀賞、銅賞に白金賞。つまりプラチナ賞を追加してはどうかという提案もあっさりと却下された。理由は「面白くないから」、と。「プラチナ(Pt)は原子表で10族で他の賞の11族と整合性がとれていないから」、だと。



 今、この場に金賞、銀賞、銅賞なんて何の面白味もない陳腐な賞の発案者がいたのなら、向谷に頭をもぎ取られていたことだろう。



 最後に大野先輩が提案したのは柔道の帯の色と同じにしたらどうかという案。向谷は「面白いけど、ちょっと」、と言葉を選びながら却下していた。まぁ、皆が柔道有段者の帯色の順番を理解しているわけはないし、色のバリエーションが多すぎるから仕方がなかろう。



「もうっ、なんかいい案はないわけ!?」

「無茶言うな。てか、いいんだよ。こんなこと考えなくて」

「椎菜の考えた案は結構いい線言ってたのになぁ。アザラシ、アシカ、オットセイ、トド。……トド? トド。あっ、これだわ!!」

「な、なんだよ?」

「トドよ、トド」

「トド? トドってさっき私が言ったトドですか?」

「そのトドとは違うわ。魚のトドよ。ほらっ、ことわざでトドのつまりって言うじゃない。だから出世魚の並びを賞にしたらどうかしら?」



 そして向谷はスマホで調べ、トドのつまり関係の魚を調べだした。



「――これで良し。上からトド賞、ボラ賞、イナ賞、スバシリ賞、オボコ賞ね」



 トドのつまりのトドとはボラの一番最後の呼び方だ。ボラは生まれてからだんだんと名前が変わっていく出世魚。生まれてから、オボコ、スバシリ、イナ、ボラ、そしてトドと変化する。



「うんうん、良い感じ♪ オボコには確か方言で『おぼこい』っていうのがあった気がするわ! 未熟とかって意味の。一番下の賞を意味するのにぴったりね」

「ふ~ん、じゃあスバシリ賞はどんな意味を含んでるんだ?」



 とりあえずすでに黒板に書きあげられたこの賞案で進んでいくようなので俺はスバシリ賞の由来を向谷に質問する。



「へ? うーん、そうね……」

「……素晴らしい、とかでいんじゃねぇか?」

「先輩ナイス! それにしましょう!」



 ああ、大野先輩はもう突っ込んだりはしないんですね。あの奇々怪々ききかいかいな賞を承認するんすね。



「次はイナ賞。これは簡単ね」

「い~~なぁ、ですね」

「その通りよ、椎〜〜菜ぁ」



 やめろ。イラっとすっから。つか、スマホ返せ。コンテスト間に合わねぇだろうが。



 その後もスマホの返却は叶わず、話がどんどん進行し、残すはボラ賞、トド賞の由来のみ。煤被先生はこのアホな会話をどんな顔をして見ているんだろうか。そっと後ろを確認する。――いねぇし。どこ行った、あいつ。扉がちょっと開いている。



「ボラさんはどうしますか? 向谷さん?」

「そうねぇ。ボラ、ボラ……ぼ、ボラ……ぶ、ブラーボラ!!」

「何だよブラーボラって。ブラボーだろ?」



 ボラ賞の半ば強引な由来付けに突っ込む。



「い、いいじゃない、何となく似てるし……」

「じゃあトドは?」

「へ? と、トド?」 

「そうだよ、トド。トドはどうなんだ?」

「そ、それは……えっと…………」



 ふふ、どうした向谷。俺の思考した白金賞をつまらないと捨て掃いたんだ。ならお前のその凄まじい思考力を見せてみろ。向谷は必死にスマホを人差し指で操作しまくっている。そして、しばらくして――、



「あっ! ……トゥーードゥ!!」

「とぅ……トゥードゥ?? ってどういう意味だ?」

「What a to do!! 『一体どうしたらいいんだ!?』って意味よ? どう? 一番上の賞にぴったり! トド賞は最上級の賞なの。そんなトド賞に相応しい逸材いつざいが現れて主催者は大慌て! 『こ、こついぁ、すごい逸材だ! い、一体どうしたらいいんだ!?』ってね。どう? 滅多に出ない賞の名前に相応しいと思わない?」

「――嬉しいか?」 

「……え」

「その、トド賞。お前は貰って嬉しいかって聞いてんだ」

「う、嬉しいし……。トド賞はボラの1番上の出世魚だし。う、嬉しいし……」



 嘘だ。向谷は目を泳がせながら、しどろもどろに嬉しいと言い張っている。



「無理に嘘つかなくていいんだぜ?」

「う、嘘じゃないし! 本当だし! ということで、これから日本で使用する賞の名前はトド賞、ボラ賞、イナ賞、スバシリ賞、オボコ賞に決定しました~~!」

「わ~~~~!!」



 謎の決定に拍手する多野さんと大野先輩。そして背後からもう1つの拍手音。戻ってきてたんかい、先生。



「じゃあ、ここからはリハーサルをしましょう!!」



 そして今から、今後の日本国内においてどのようにトド賞からオボコ賞の知名度を上げ、市民権を獲得してゆくかを試行、トゥラァイすることになった。



 受賞者は向谷、司会は多野さん。今、日本初、いや、世界初のトド賞の受賞が行われる――――



「え〜、10年ぶりとなるトド賞の受賞おめでとうございます。向谷さん」

「はい、ありがとうございます!」

「今の率直なお気持ち、お聞かせくださいますかぁ?」

「はい。あのぉ……まさか自分が、トド賞を、いただ、けるなんて。夢にも、思ってな、かったので……すごく、嬉しいですね。ううっ……」



 そんな嬉しいのか? あっ、そうか。トド賞という奇妙な名前だからそう思うだけで実質大賞だもんな、そりゃ嬉しいか。



「子どもの頃からいつか私も……トド賞を、なんて思ってましたし、小さい頃からの夢が叶って本当に嬉しいです」

「トド賞は小さい子ならみんな夢見る賞ですからね。本当におめでとうございます。では、こちら、副賞のトドさんのぬいぐるみでぇす!」



 トドの、ぬいぐるみ。副賞が、か。かねじゃないんだ。



「お、大きいですね……」

 向谷は突然、多野さんからトドのぬいぐるみを受け取るジェスチャーを始めると教壇の上でふらふらとふらつき始める。その様子を見て多野さんも何か察した様子。

「ええ、皆さんおっしゃいます。なにせ、本物のトドと同じ原寸大ですからね。3mありますぅ」



 でかぁ! 3mて。でかくねぇか!? ――あっ、あのトドって魚じゃなくて哺乳類のトドか。多野さん、ボツになった自分の案を無理やりねじ込んできたよ。そんなの貰って帰りどうすんだ、向谷。

 つか、そんなの持ってたらトド賞受賞したのもろバレだよね。帰りの道ですれ違いにみんなから、「おめでトド」って茶化ちゃかされるよ、それ。



 いずれにしてもトド賞を受賞する際には絶対に電車帰宅はできないな。恥ずかしいし。あのデカさだと、乗用車でも厳しかろう。授賞式には4tトラックの同伴がマストになるだろうな。



 ――あの副賞のトドのぬいぐるみは受取りはマストなのだろうか。普通、副賞ってもっと嬉しいものなのにな。金が一番無難だよ。世界一迷惑な副賞だろ、あれ。



「そ、そうですか。お、重い……」

「ええ、でもぬいぐるみですから本物よりは軽いんですよ? 本物は300kgくらいですけどそれは30kgくらいなので」



 重いね。結構ぱんぱんに綿が詰まってやがるんだろうな。いや、ワンチャン金が詰められてる可能性も――――ねぇか。



「な、なるほど、そうなんですね。たいしょ……じゃない。と、トド賞の重みが、よ、よく……分かり、ますね。おっトド……」



 そう言って向谷はふらつくジェスチャーをとった。――そういうのいいよ。すべってるから。にしても多野さんって実はノリが良いんだな。意外な発見だ。



「本当におめでとうございましたぁ! 以上、トド賞を受賞した向谷さんでした」

「あ、ありがとうございました」

「…………」

「………………」



「「いえ~~~い!!」」



 5秒ほど沈黙ののち、向谷と多野さんは互いに見つめあうと手を高く上げ、ハイタッチした。



「なかなか良かったわよ、椎菜。ナイス演技」

「えへへっ、ありがとうございます。向谷さんのトドさんのぬいぐるみを受け取る演技もすごく良かったです」

「そうでしょう、そうでしょう。我ながらナイスアドリブだと思うわ。今後開催されるコンテストのトド賞の副賞にはトドのぬいぐるみが必要ね。目立つわよぉ、すごく」



 だろうね。多分コンテストの受賞作の内容がトドによって蹴散らされるだろうな。メディアが取材に来てたとしてもきっとその注目は全部3mの巨大トドがかっさらっていくだろうよ。



 はぁ。結局スマホも取り上げられたままだし、コンテストの締め切りに間に合いやしねぇよ。ちくしょう。この恨み、どう晴らしてやろうか。――そうだ。



 来年のコンテストにはこいつの高校生活のはちゃめちゃぶりを題材にしたラノベでも送ってやろうか。こいつにたんと恥をかかせてやろう。タイトルは、そうだな。思い切って題名に本名を入れてやろう。 



 『向谷栞は思考する』、ってな。


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