巫神奈は監視する2



「――と、いうわけであなた達をこれから任意聴取します。全員、速やかに立ちなさい」



 その命令口調の声とともに、椅子に座っていた俺は腰を浮かす。多野さん、大野先輩も同じように椅子から立ち上がろうとした、その時――



「従うなぁ!! 座っていろぉ!!!」



 励声叱咤れいせいしったが教室に響き渡る。その命令に俺たちは浮かした腰を再び椅子に付ける。



「あなた……一体どういうつもりなの?」

「それはこちらの台詞だ。貴様らこそ、勝手にこの教室へやってきて、何のつもりだ?」



 俺たちに怒声を放ったローチェリーナは勇ましく巫さんと睨み合っている。身長では完敗だが、気迫では圧倒しているように見える。



「何のつもりだって、我々はこうあ――」

「それがどうしたぁ!!」

「そ、それがどうしたって……国家の治安と国民の安全を守ることが我々の仕事。それを守るために活動することが我々の仕事なの!」

「そうか、ならば我らと同じではないか」

「は、はぁ!? な、何言ってるの、あなた。ここは共産主義団体なんでしょ!? それが何であたし達と同じなのよ!」



 「違います!」、と声を大にしていいたい。が、言葉が出ない。こいつ、ローチェリーナの言葉には多くの人が魅かれるような気がしてならないのだ。ほらっ、実際、今、公安の皆さんも固まっちゃってるしね。

 


 ひょっとしたらこれは、いけるかもしれん。この状況をひっくり返せるかも。向谷の時もあった。訳の分からん話からいつの間にかそれっぽい話に繋がっていくスタイルが。こいつにも向谷みたいな独裁演説の才能がありまくりそうな気がする。 

 俺は息をのんでローチェリーナの言葉を待つ。



「貴様ら公安は警察とは不仲だろう?」

「そ、それは……今、関係ないでしょ」

「いや、ある! 貴様ら公安は高飛車な振舞いをしていると警察から疎まれ、隠語でハムと揶揄やゆされているな」

「なっ、はぁ!?」



 ――あれ? 大丈夫かな、これ。なんか公安の女の人の顔、ちょっと赤くなってきてない? 



「う、うるさいうるさい!! こ、子どものくせに! なんであんたにそんなこと言われなくちゃいけないの!? もういいわ。連行します!」



 ほ~ら、怒っちゃってるじゃない。どうすんだよ、ローチェリーナ姫。こっからしっかりと逆転してくれるんだろうなぁ、おい!



「だが、互いにいがみ合う存在ではありながら、ともに日本という国家の平和を守るために活動をしているという点では同じだろう」

「そ、それはもちろん。国家の治安を守ることが、我々の仕事です」

「我らも、同じなのだ……」

「……意味が分からないんだけど? 何であなた達とあたし達が同じになるわけ?」

「我らは、この資本主義社会の日本に警鐘を鳴らすアンチテーゼだ。今の日本は資本至上主義国家となり果てた。そしてそれは多くの政治的腐敗、企業の不正、人民の民度の低下を招いている」



 ムズイ言葉がいっぱい出てきた。大人には分かるんだろうか。分かってくれてるといいなぁ、ダメなら俺たち連行されちゃうし。



「そ、それはそうかもしれないけど……それがあなた達のような共産主義団体とは無関係の話じゃない!」



 良かった、分かってくれてたみたいだ。でも、完全に共産主義団体に認定されちゃったよ、俺たち。



「無関係などではない。我らのような、資本主義社会へのアンチテーゼは民主主義を守るためにも必要な存在なのだぞ?」

「う、嘘をつくんじゃないわよ!」

「嘘などではない。本当だ。そもそも、民主主義とは何だ?」

「そ、それは……国民全員で、国の未来を、つくっていく。……みたいな?」



 「みたいな?」って、あんた。疑問形はやめてくれよ、そこはビシッ、と断言してくれ。不安になるよ。



「そうだ。民主主義、英語ではデモクラシーだ。日本では大正デモクラシー運動によって多くの自由を獲得した。だが、そのデモクラシーは今、再び壊されようとしている」

「……壊される? 誰によ」

「資本家たちによってだ」

「……資本家?」

「そうだ。今、多くの民主主義を掲げる資本主義社会は危機に瀕している。資本を持つものが政治に介入し、政府はその資本家たちの傀儡くぐつに成り果てる。デモクラシー体制が、かつて貴族のような権力者たちが支配したアリストクラフィア体制に戻りつつある」



 お、おお……。なんかよく分からん用語がいっぱい出てきた。調べたいが、この状況じゃ厳しいか。スマホに風穴開きそうだ。何言ってるかは知らんが、頑張れ、ローチェリーナ!



「そ、それはあなたの妄想でしょ!? に、日本には選挙制度があるんだから! 立派な国民主権の国よ!」

「そう。そこが罠なのだ」



 ローチェリーナは右手人差し指を公安に向けて突き出す。ああ、指をさす癖、あいつに直させときゃ良かったなぁ。



「わ、罠ですって?」

「そうだ。多くの政治家連中は資本家たちと繋がりを持っている。にもかかわらず、選挙の時にはそれをひた隠すのだ。日本の選挙制度では票という『数』の力が絶対だからだ。そしてその数を得るために、『民主主義を守り抜く』などと聞こえのいいたわけた嘘をほざくのだ。民主主義を破壊しようとしている張本人が、だ。奴らは民主主義を利用し、『数』を獲得する。そして国民から選出された後、再び資本家たちの操り人形となり、今度は『金』を獲得するために奔走するのだ。それがこの日本が腐り果てた根本的な原因だ」



 おお、良い、良い感じだ。周囲の輪が小さくなり、万有引力が増大する。頑張ってください、姫。我ら思考部の民をお救いください! 姫はさらにたたみかける。



「実に卑劣な奴らだ。このまま資本主義の暴走を放置すれば、日本の民主主義は完全に破壊されつくされるのだぞ? 我らはそんな資本主義の暴走を阻止すべく、日々活動を行う高尚こうしょうな部なのだ!」

「ぐっ……な、なるほど。ま、まぁ、いいわ。取り敢えずあなた達の破壊行為は現時点では確認されていないし、我々のマークしているあの男子生徒とは無関係だという言葉を信じましょう」

「当然だ」



 余計なことを言うな。素直に「お分かりいただけましたか」とでも言っとけ。でも、助かった。ありがとうな、ローチェリーナ。俺はずっとすくみ上げていた両肩をほっと撫で下ろす。

 


「ちなみに、この団体は共産主義団体ではない」

「え? そ、そうなの?」



 もっと早くに誤解を解けよ。



「左様。思考部というただの部活だ」

「…………し、思考部?」

「日常のあれこれを思考する部活だ。先ほどそこの千賀人民が貴様に説明した蜂蜜つくりもその部活動の一環なのだ」

「……へぇ。今どきの高校にはそんな部活があるのねぇ」


 

 ないよ? 多分、日本全国探してもここ1だけだと思います。



「他にはどんな活動をしているの?」

 尋ねられたローチェリーナの視線がこちらを見る。また俺が説明すんのかよ。

「えっと……オノマトペを考えたり、灌仏会っていう仏教のイベントを日本で流行らせる方法とか……色々考える活動を、して、ます」

「オノマトペ? 灌仏会? 例えば具体的にはどんなことをしてるの?」

「えっと……ミミズの動きにオノマトペを付けたり、和菓子を持ち寄って灌仏会を祝ったり、してました」

「……ふ~~ん、そう」



 くっ、まぁそういう反応になるよな。俺だってもっと堂々と自分の部活動を語りたいさ。でも、活動内容がさ、ふんわりしすぎなんだよ。だから上手く説明できないし、反応もこんな感じだ。実際、クラスの友達に話した時も同じような反応されたしな。



「でも、そんな部活動してなんか意味あるの?」



 うっ。活動そのものの否定。それだけはやめていただきたい。善良な市民の身だけでなく、しっかりと自尊心も守ってくれよ。そんな不躾ぶしつけな公安の横に立つローチェリーナが不敵な笑みを浮かべた。

 おい、何考えてやがる。余計なこと――――



「ふっ。まったく……既知きちの視点からでしか物事を考えられんとは。年増としまとは哀れなものだな」

「と、と、とっと、年増!?」



 ――言いやがった。やりやがったよこいつ。



「あ、あたしはまだ31歳よぉ!?」

「我は16だ。あと1つ加算すればダブルスコアではないか?」

「だ、ダブ、スコ――――も、も~~許さない!! あなた達のことは重要危険監視対象として上に報告させてもらうから!」



 ――はぁ。せっかく誤解が解けたってのに、何してくれてんだ、こいつは。



「まぁ、落ち着け、年増よ」

「誰が年増だぁ!!」



 激高したアラサーが右手の拳銃をローチェリーナへ向ける。が、全く意に介していない。どんな神経してんだ。少しはビビれよ。マジで撃たれるかもしれねぇぞ。



「この思考部とはあらゆる事象を思考する場。わば人間性を育む場なのだ」

「……人間性?」

「左様。道徳と言えば分かりやすいか。我らは皆、小学校において道徳というものを学ぶ」

「それがなに!! あたしが年増だってのとどう関係してんの!」



 まだ根に持ってるよ。ヤバイね、ローチェリーナ。この激高したアラサー女性をお前はどういさめるつもりだい。



「我らは皆、道徳という概念を頭に叩き入れられる。それが重要である、社会で役立つと信じて。ところがどうだ? 実社会は不正にまみれている。議員の汚職、企業の不正、顧客のモラルの低下。いったい小学校で習った道徳はなんだったのだ? かつて道徳を教えた恩師たちも社会に送り出したあとは知らぬ存ぜぬ。そして我らはそこでようやく気が付くのだ。騙されたのだと」

「だ……騙された?」

「そうだ。この日本の実社会において本当に重要なのは金であるという真実を知るのだ。そして小学校で習った道徳という授業はただの虚構きょこうの存在。汚く荒みきった資本主義社会を生きる大人たちが、我らに無理やりに押し付けた『免罪符』であったのだと」

「め、免罪符って……そ、そんなことないわよ? しゃ、社会はそんなに汚いところじゃな――――ひぅ!」

 


 ローチェリーナの言葉に大人として何か思ったのだろうか。巫さんはおもむろに左手で触れようとした。が、ローチェリーナから向けられた凍てつくような視線にたじろいだ。そいつの目を直視しない方がいいですよ。バジリスクみたいな目を向けてきますからね。



「あるはずだ。貴様も知っているはずだ。今の日本社会で重要なもの。それは高い年収、高い地位、絶対的な権力。日本社会においての人間的価値はすべてそこに帰結する。そこに優しさや人としてあるべき姿と教えられた道徳的要素など、ありは、しないのだ! ……うっ…………うう……」



 あれ、あいつ何してんの? なんで両手で目を覆って、――まさか、泣いてるつもりか!? おいおい、冗談はそのふざけた目の上の青いアイシャドウだけにしとけよ。今更ではあるが、今日の向谷は朝から化粧をしていた。しかも目の上のまぶたにはおばさん感あふれる青いアイシャドウが塗りたくられているのだ。



 昼に教室で初見した時はマジで大笑いしそうになったよ。仕事中とは言え、公安の方々はよく笑いもしないものだ。まぁ、俺たちも頑張って我慢してるけども。そんなアイシャドウ女の嘘泣きに公安が騙されるわけが――



「な、泣かなくたっていいじゃない……」



 ――あった。あっさりと騙された。公安向いてないよ、きっと。ほらっ、よく見て。本当に泣いてたらそいつの顔面がまぶたのアイシャドウで真っ青になってるはずだよ。なってないじゃん。わずかににんまりした口によって上げられた口角が血色のいい、赤みのある頬を膨らませてやがるよ。



「我らはそんな社会を憂いている。道徳心の介入の余地がないこの資本主義社会を。悪事を働き肥太る企業がまかり通るこの資本主義社会を!」



 我らって、やめろ。憂いてんのはお前だけだろ。巻き込むなよ。



「この負の連鎖を後世の若者たちに引き継がせぬよう、今の日本社会のあらゆること思考するのが、この思考部だ。そんな崇高すうこうな目標を持った我らを『重要危険監視対象』などと一括ひとくくりに決めつける大人を、どうして年増以外の言葉で言い表せようか!」

「た、確かに……そうね。あたしの頭が固かったのかもしれない。ごめんなさい……」

「うむ。職務を全うしようとするその姿勢は大事だ。だが、花壇を綺麗にしようとするがあまり、雑草と見間違えてこれから咲かんとするつぼみまでみ取ってはならぬのだ」

「…………はい」



 ローチェリーナへ向けられていた銃口は、静かに下ろされた。



 ――――持ってったねぇ、無理やり。

 自分で明後日の方向に蹴り飛ばしたサッカーボールを全力疾走で追いかけてテニスラケットでそのサッカーボールをかっ飛ばしてホームランするくらい訳わからん持ってき方をしやがったよ、こいつ。


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