ローチェリーナは思考する2
「あ、あの~~……それで、ど、どんな御用でしょうか?」
「うむ。封印が解けたのでな。久方ぶりにこの身体を拝借し、ここへ出てきてやったのだ。この国を救うためにな」
む、ローチェリーナは両手を腰にあて、「えっへん」といった感じであごを少し上げている。
「へ、へぇ……。そ、そっすか」
だってよ。封印されてた魔王が勇者気取りで
――ちょっと一発頬をひっぱたいてやろうか。俺も前にひっぱたかれてんだ。なら別にいいんじゃ――? そう思ってふと見下ろした右手は、力いっぱいの握り拳をしたためていた。
いかんいかん。いくら何でも女子を、いや人をグーで力いっぱい殴るのはダメだろう。慌てて右拳に集結したエネルギーを解散させる。
にしても、見上げられてる形なのに、ものすごい威圧感だ。普段の向谷の2倍、5倍、いや、10倍は威圧感がある。気のせいだろうか。心なしか向谷の後頭部でいつも跳ねている髪が逆立っているように見えるのは。
「ところで、千賀人民よ」
「は、はい! な、何でしょうか?」
「なぜ先ほどから我を見下ろしているのだ?」
「えっ。と、それは、俺の方が背が高いんで自然にそうな――」
「不快だ。今すぐ
「えっ、それはちょっと……跪くのは……」
「なぜだ?」
「い、いや、何故って……。あの、せめて椅子に座らせてもらえませんか?」
「そうか。では、そこの席に座れ」
「えっ。あっ、はい……」
良かった。一応話の分かる人間のようだ。いや、まぁ普通の会話が出来ることが分かっただけなんだが。ローチェリーナに
「さて。話を続けよう。我はこの腐敗した国に革新をもたらす。我の考えた、リヴァリューツィヤ・トゥリー・システマでな」
「……ん?」
り、リヴァー――何て? こいつ今、なんて言ったの。すごい巻き舌みたいな早口で聞き取れなかったんだけど。ど、どうしよう。聞き直したら怒られるかな、でも、聞かないで間違えても怒られるしなぁ。
「あ、あの、すみません。よくき、聞き取れなかったんですけど……そ、そのリヴァ――」
「リヴァリューツィヤ・トゥリー・システマだ。我はこれを通称、RTCと呼んでいる」
おっ、良かった。聞いたことのあるワードが出てきた。RTC、これは確かあいつがつくる予定のRorohoなんとかの略称と同じだ。助かった。これであの長ったらしい名前を覚えなくていい。
「な、なるほど……RTC、ですか」
「うむ」
「んで、その……RTCってのは一体どういうものなんですか? ムカチェリーナさん」
「ローチェリーナだ、バカ者が。……指導者の名を間違えるなど、処刑されたいのか? 千賀人民よ」
あっ、ヤバイ。つい。俺は少し気が緩んで徐々にナチュラルな会話を進めているうちについうっかりと口にする必要のない名を口にしてしまった。しかも間違えた。だって、仕方がないだろう。目の前には終始ムカムカしているかのような表情を浮かべ続ける女がいるのだから。
ムカチェリーナと間違えてしまっても。が、ここは冷静に謝罪せねばなるまい。こいつが何をしでかすか分からないし。
「い、いえ、されたくないです! すみませんローチェリーナ、様。あの……も、もう少し分かりやすくせ、説明をお願いします!」
「いいだろう。リヴァリューツィヤ・トゥリー・システマ。つまりは3人の革命家によって国家が統治される共産主義体制のことだ」
「……はぁ。って、きょ、共産主義!?」
「左様。全人民から選出された3人の革命家はそれぞれ、『諸外国との外交を担う指導者』、『市場を監視する指導者』、そして最後に『人民を導く指導者』として国家を統治す――――貴様。なぜ、それほどにやけているのだ?」
「い、いえ……ニヤけて、ないです」
絶対笑っちゃいけない場所だが、笑ってしまいそうになる。急に訳の分からない状況で、唐突にこんな意味不明な話を聞かされて、思わず顔がニヤけていたらしい。人間、非常時には正常性バイアスってやつが働くっていうし、それかもしれない。が、ローチェリーナは俺の前に寄ってきて――、
「我が小さいからと見下しているのか?」
と、トドメの一言。気にしてたんだ、小さいこと。
「い、いえ……ち、違います。ふ、ふふっ」
「それとも我の胸が女にしては薄いと思って見下しているのか?」
さらにトドメのもう一押し。
「い、いえ……断じてそんなこと、あ、あはっ、あ、ありません!」
笑わせようとしてくる言葉に思わず吹き出しそうな口元を必死に閉じる。なかなかに自分の背や胸の小ささを気にしてるらしい。それにしても、さっきこいつ共産主義体制とか言ってたな。こいつの言うリヴァ、RTCってのは共産主義体制のことかよ。それがどんな内容か、もうちょい探りを入れるか。
「……まぁ、良い」
「そ、それでそのRTCってのは具体的にどんなシステムなんです?」
「うむ、このRTCで『諸外国との外交を担う指導者』とは、謂わば総理大臣の位置づけだ。国家のリーダーとして諸外国との外交を行う」
「へぇ……」
思ったより普通?
「次に『市場を監視する指導者』についてだ。これは富の格差の是正者だ」
「格差の是正者?」
「そうだ。市場を監視し、無限に資本を
「へ、へぇ……具体的には。どうするんすか?」
「資本解放軍を投下するのだ。必要以上の資本を
――――ああ、驚いた。驚いたね。まさか1民間企業に軍事介入が行われる物騒な世界がやってくるなんて誰が思う? 独裁国家でもそんなんしねぇよ。そんなん誰が思考するよ、普通。あいつも半端ないが、こいつも半端ないって。
きっと、頭のネジが10本くらい
「それって泥棒なんじゃないっすかね?」
俺の問いかけに対し、ローチェリーナは顔を一段と不機嫌にし、鋭くにらむ。
「……何を言う。必要以上に不要な資本を抱え込むことこそ、市場の破壊行為だ。謂わば人民と国家に対する反逆行為だぞ?」
「そ、そうなんすか?」
「そうだ。金とは本来、物々交換の
「ま、まぁ……」
「一部の企業に溜められた金は、川に作られたダムのようなものだ。そのダムによって川の流れは
「……暴論ですね」
「はっ。貴様の知能が足りぬだけだ。千賀人民よ」
ローチェリーナは大きな瞳でゴミでも見るように俺を見下げてくる。ゴミとして見るならもうちょい目を細めてくれ、怖すぎるから。
「ま、まぁ……。で、さ、最後の、3番目の指導者は、何をするんですか?」
「うむ。そして最後の『人民を導く指導者』はその名の通り、人民を導く。社会は絶えず変化する。時代の流れとともに社会のニーズは変化していく。その際、著しく人民に対し支払われる給与の割合が低い企業を強制的に破壊し、人民を解放する。そして――」
――――なるほど。ヤバいな。すべてにおいてヤバイ。
でも、なんか悲しいな。こんなめちゃくちゃな奴だが、俺は目の前で壮大な野望を語るローチェリーナに同情する。こいつは向谷なのだ。向谷があの資本論とか資本主義がどうとか言う本を山ほど読んで作り上げてしまった別人格なのだろう。
生まれた時から不況が当たり前。年々国民の所得は下がり続け、この先に明るい未来が見えないような時代に生まれ堕ちた俺たち。これはきっとそんな失われた30年が生み出してしまった悲しきモンスターに違いない。
「――おい、聞いておるのか? 千賀人民よ?」
「えっ、あ、はい。き、聞いてました」
「……今、何か我を
そう言うとローチェリーナは少し口を突き出し、むすっと
「いえ、断じて違います。き、気のせいであります!」
「……そうか? なら、いいが……では話を続けよう。そうして激しい価格競争によって、著しく給料の支払いが悪くなった企業をこっぱ微塵に破壊し、解放された人民たちを需要が不足している業種へ移行させるのだ。まぁ、今言われているリスキリングというものだな」
「り、リスキリング」
リスキリングとは今まで行っていた仕事から新しい技術を学び直し、別の仕事を行うことだ。
分かりやすく言うと黒魔導士としてパーティーにいたが、もっと優秀な黒魔導士がやってきて「お前はもういらない!」とパーティー追放されたので白魔法を学び直して別のパーティーで白魔導士として活躍して「俺を追放した前のパーティーざまぁ(笑)」するようなもんだ。
リスキリングとか、お偉いさんが大好きな今風のカタカナもちゃっかり入れてきてるところが何とも言えん。
「このRTC体制によって、崩れかけた国家の再生に取り掛かる」
低い給与しか与えていない企業を強制的に破壊するというのはどうかと思うのだが、なかなかに3人による統治体制というのは面白いかも知れない。今までの歴史での共産主義国家の指導者ってのは基本1人だし。だから独裁的になったわけだし。うん、なかなか面白そうだ。
しかし、需要が不足している場所に強制的に移動させられるって。ローチェリーナがいうRTCは俺たち人民にもなかなかハードな社会を強いてきそうだ。
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