向谷栞は顧問を探す
「よしっ、あの公園で食べましょう!」
「む、向谷さん。や、やっぱりやめておいた方が……。わ、私、お家に帰って食べますから」
「もうっ、何ビビってんのよ。椎菜が買い食いしてみたいって言ったから、わざわざ学校からちょっと歩いてここまで来たんじゃない」
「わ、私はあれを食べたことがないって言っただけで……買い食いをしたかったわけじゃ」
「はいはい。でももう来ちゃったし。がっつり買い食いして帰りましょう!」
「は、はぇえ……」
俺たちは今、買い食いをするために隣駅近くにいる。2日間の養蜂を終え、本日は月曜日。今日は部室として使用している1年A組の教室が放課後使えないということで、部活動は休みになった。
「鼻が痛ぇ……」
痛む鼻をさする。俺は今、向谷と多野さんと下校している。先ほど、向谷がコンビニにグミを買いに立ち寄ったときのことだ。多野さんがレジ横にあるホットスナックを見ていたので、「どうしたの?」と尋ねると「いえ、おいしそうだなって思って。食べたことがないので気になって」、という仰天発言に俺と向谷は驚いた。そんな高校生がいるのか、と思いつつも多野さんのホットスナックデビューのために皆で1品ずつ買うことにしたのだ。
そこで財布に手を入れた瞬間、突然視界の左下から何かが現れて鼻をかすめやがった。「ここは部長であるあたしが払うわ」ってな。いや、部長風吹かしてご馳走してくれるのはありがたいんだが、いきなり鋭い爪を
ってなわけで、俺たちは買ったホットスナックを食すべく、ちょいと遠くまでくり出してきたのだ。見回りしている教師に見つからないように。
隣では向谷が左手に持った何かを右手の人差し指でいじっている。やれやれ、危険な思考を持つこいつも今どきの女子高生というわけか。
「おいおい、向谷。歩きスマ――じゃないな。何してんだ?」
歩きスマホを注意しようとした俺は手元でするちゃりちゃり、とする音に言葉を止め、手元をのぞき込む。向谷の手元には先ほどの買い物で受け取ったレシートと一緒に小銭が乗っていた。
「何って、レア硬貨探しよ」
「れ、レア硬貨?」
「レア硬貨って、何ですか?」
「レアな硬貨のことよ」
「いや、説明になってないんだが。つか、レア硬貨探しもやめろ。歩きながらだと危ないだろーが」
「わかったわよ。もうっ……」
歩きレア硬貨探しをする女子高生をたしなめているうちに公園に着いた。そして公園のベンチに腰を下ろし、まだ温かいホットスナックを取り出す。
「ん~っ! 良い匂い。やっぱコンビニのホットスナックは最高よねぇ。考えた人ほんとすごいわ」
「まぁな。あんなレジ横に並んでたら買うつもりなくても買っちまうよな」
「そっ。そこなのよ! ああいうとこに置かれるとついつい買いたくなっちゃうのよねぇ……、って。あれ? 何してんのよ、椎菜」
ベンチの端にいる多野さんに視線を向けると多野さんはバッグの中をガサゴソとしながら何かを取り出した。円形と細長い長方形の物体を。
「な、何、それ!?」
多野さんが取り出した物体を見て声をあげる向谷。流石のこいつも驚くか。女子高生のバッグから皿と箸が出てきたら。まぁ、あんな分厚い ”資本論” をバッグに携帯しているお前にその権利はないんだがな。
「マイお皿とマイお箸です」
「「マイお皿とマイお箸!?」」
向谷と声がそろってしまった。そりゃ揃うか。人は聞いたことのない言葉を聞くと思わずオウム返しするもんらしい。
「あ、あんたいっつもそんなの持ち歩いてんの!?」
「はい! エコ活動です」
いや、まぁマイ箸ってのは聞いたことがある。割り箸を使わないようにするエコな活動のことだ。でも、 ”マイお皿” ってのは聞いたことがない。やっぱり多野さんは環境のことを考えているんだなぁ、などと思ったのは俺だけ。
「はぁ!? それのどこがエコなのよ! 串から揚げをお皿とお箸使って食べようとしてる人間がエコ語るんじゃないわよ!」
確かにな。そう、俺たちが食べているのは串から揚げ。串にから揚げが刺さっているホットスナックだ。そんなものを多野さんはバッグから取り出したマイお皿とマイお箸を使ってお上品に食べようとしている。なかなかぶっ飛んでるよ、多野さん。
「え、でも……私、母から串に刺さったものは串がのどに刺さると危ないから、こうやってお箸で串から外して食べるようにって教わったんですけど……?」
何それ。すごいお母上だよ、多野さん。やっぱいいとこのお嬢様に違いない。もし、もう少し仲が良くなったら多野さんの家へお呼ばれされたいものだ。
「はっ!! そんなお上品な食べ方は高級な比内地鶏のから揚げを食べる時にでもしなさい。いい? 串から揚げってのはねぇ、こうやって食べんのよ!」
と言って、向谷はまるでサバンナのライオンのように大きく口をガオッ、と大きく開き、4個刺さったから揚げの内の2個を1口で串からもぎ取った。そのまま多野さんにかぶりつくんじゃないぞ。
「いい? わはった?」
「は、はぁ。そういう食べ方なんですね」
「ほう。ほういうはべははらの」
「わ、分かりました。はむっ」
向谷に串から揚げの食べ方を指南され、多野さんもマイお皿とマイお箸をしまって串から揚げにかぶりついた。小さく口を開き串についた1個のから揚げを半分にした。
「は~~、おいしかった! やっぱり学校帰りに食べるとより一層おいしさを感じるわ。その名も、背徳感でいつもよりおいしく感じちゃうの法則!」
「なんだ、そりゃ」
「なんかこう……背徳感? みたいな、こういう先生のいない場所で食べるのがなんかたまんないのよね。ん、どったの? 椎菜」
「あ、えっと……何か、誰かに見られてたような気がして……。もしかしたらせ、先生かなって」
「もうっ。ビビりすぎよ、椎菜。こんなとこまで先生だって見張りに来てないってば」
「そ、そうでしょうか?」
「そうよっ」
串から揚げを食べ終え、ベンチで呑気に2人の話を聞いている時、俺はあることを思い出した。
「そういや、向谷?」
「ん、何?」
「思考部の顧問の先生って、見つかったのか?」
「あ、ああ、その話……」
向谷はそう呟くと、バツが悪いといった感じでうつむく。
「まだなんか」
「……まぁね。だって椎菜のクラスの高木先生も、あんたのクラスの志村先生も引き受けてくれなかったんだもん。D組の仲本先生とE組の
「まぁ、そういうなって。先生達も忙しいんだからよ」
「ふんっ! あ~あ、ある日突然、顧問になってくれる先生が来ないかなぁ……来て欲しいなぁ!!」
突然大きな声で周囲を見渡しながら、願望を垂れ流す向谷。遠くで砂遊びやブランコで遊んでいる子どもたち、その
「おい、やめろ! んなこと言って何になるんだよ」
「あら、言葉にするのは大事なことよ?
「そんなもんに頼ってないでちゃんと顧問の先生をさが――」
と、背後に気配を感じ、咄嗟に後ろを振り返った。が、振り返った先には人も、野良猫も、鳩もいなかった。
「ん、どったの?」
「大丈夫ですか? 千賀さん」
「え、ああ、うん。何でもない……」
気のせいだろうか。俺は振り返った首を前に戻し、視線を公園で無邪気に笑う子どもたちに戻した。でも、そんな子どもたちを見つめていた視線はすぐに別の対象へと移った。黄色のスカートに水色のブレザーという、特徴的な翡翠高校の制服を着た女子高生へと。
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