向谷栞は思考する2
「向谷……栞…………っあ!! もしかしてお前、あの向谷か!?」
「どの向谷よ?」
「ぐっ……。だ、だからその……全国模試でいつも名前が載ってる……」
「まぁ、そうね」
向谷栞。名前を聞いて思い出した。いつも模試で上位に名前が載っていた。同じ神奈川県の奴なのは知っていたが、そんな人物が同じ高校にいることに俺は少々驚いた。
「あたしも1つ聞いていいかしら?」
「え? あ、ああ……何だよ」
「何であたしにタメ口利いたの?」
「え、別にいいじゃんか。同じ1年だろ?」
「いや、別にいいけど。ほらっ、あたしが名乗る前にタメ口利いてたでしょ? 先輩かもしれないのに……何で?」
「ああ。それは制服と靴を見てさ」
「制服と靴?」
「ああ。なんかまだ着て新しい感じの制服だし、靴も綺麗だからそうかなって思ったんだ。あっ、あと身長が小さいからってのもある」
「うっさいバカ! …………でも、ふーん。一応それなりに思考してんのね。なら、頭はとらなくてもいいんじゃない?」
「とれるか!! ったく、何なんだよまったく……」
向谷は俺に再び悪態をつく。が、先ほどとは異なり向谷の表情が明るい。口元が少し上がっている。なんだか分からんがどうやら機嫌は良くなったらしい。にしてもこれがあの全国模試で毎回1位、2位を争っている向谷なのか? 俺はてっきりもっと素敵な人間だと思っていたんだが。まさかこんな失礼な女だとは予想もしなかった。
「んで? 何なんだよ、この思考部って? 具体的に何考えてんだ?」
「色んなこと」
「例えば?」
「何? 思考部に興味があるのかしら?」
「いや……特に」
「何よ。まぁ、いいわ。そうね……例えばあたしの中学時代の3年間の思考テーマは、『資本主義や共産主義に代わる第3の主義』ね」
「………………はい?」
「『はい?』じゃないわよ! 聞こえなかったの? 第3の主義について思考してたって言ってんの!!」
「いや、聞こえてましたけど……。聞こえてた上でもう一度言うわ。……はい?」
「だから第3の主義よ。資本主義や共産主義に代わる第3の主義ぃ!! それを考えてたの!」
――はて? こいつは何を言っているのだろう。資本主義とは、「よしっ、競争だ! みんな自由にお金儲けをしていいよ。
一見すると共産主義というのは良さそうな思想であるが、競争が無くなりみんなが働かなくなって国が衰退したという実情がある。さらに悪い場合には平等に管理するとか言ってた奴が金や権力を握って、最初目指していた「みんなのものは、みんなのもの」ではなく、「みんなのものは、俺様のもの」な独裁国家が誕生するリスクさえあるのだ。ゆえに、現在の世界では資本主義が主流なのだ。
「へ、へぇー。そ、そんなの考えて……どうすんだ?」
「どうするって……決まってんじゃない。資本主義や共産主義みたいにあたしが考えた主義を採用してもらうのよ。『あ、この主義いいね。うちの国に取り入れよう』ってね」
「さ、採用って……どこが採用すんだよ」
「う~~ん……そうねぇ。……まずはやっぱり日本がいいわね。ここ日本だし!」
――――なんてこった。俺は今、とんでもない人物を目の前にしている。資本主義や共産主義に代わる第3の主義? そんなのただの高校生に考えられるわけがないだろう。それにこの資本主義や共産主義という社会構造に直結する思想。実はなかなかにヤバい。
あれが起きる確率がすこぶる高いのだ。
そう。―――― ”革命” だ。
実際、フランスでは隣国イギリスの産業革命での大成功で始まった資本主義に感化されフランス革命が。ロシアでは長引く戦争による不満渦巻く中、共産主義に刺激されロシア革命が。それぞれ1791年、1917年に起きている。新しい思想によって革命が発生し、世界の社会構造が大きく変わったという歴史的事実があるのだ。
「まぁ、結局まだ思いついてないからこのテーマは思考部で宿題として思考しようと思ってるんだけどね」
――――ヤバい。こいつはヤバすぎる。フランス革命が1791年、ロシア革命が1917年に起きた。そこからなんやかんやで共産主義を目指した社会主義国ソ連が崩壊してからは、世界の主流は資本主義になり、今に至る。
だが! もし。この向谷が資本主義や共産主義に代わる第3の主義を確立し、それが世界に発表されたなら国家転覆を
何としても阻止しなくては
俺は目の前で呑気にメトロノームのように左右に揺れ動いている向谷を見ながら心に誓う。
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