向谷栞は灌仏会を思考する3

 


 向谷、どら焼き

 多野さん、たい焼き

 俺、金つば



 結果はこうだった。うん。どら焼き、うまいよな。たい焼き、分かるよ、おいしいよね。金つば、って……何? 聞いたことないんだけど。これって俺が和菓子に疎いだけなのかな。ねぇ、金つばって何? 誰か教えてよ。



「それじゃあ今から買って来ましょう。みんなお金あるわね?」

「はい、大丈夫です」

「だいたい30分を目安にまたここに集合しましょう。遅れそうなら連絡すること。それじゃあ――」

「ちょ、ちょい待って!」

「何よ千賀。……もしかしてお金ないの?」

「い、いや、そうじゃなくって。金つばって、何?」 

「……なんか、あんこの、和菓子の、やつ」

「いや、あんこの和菓子のやつって! どら焼きもたい焼きもそうだろ!? そうじゃなくって、具体的にどんな和菓子なんだよ?」

「うっさいわねぇ! あたしだってよく知らないもん。なんか聞いたことあるから書いて入れただけ!」



 はぁ、なんじゃそりゃ。聞いたことがある和菓子の名前書いただけってか。まぁ、10種類も書かないといけなかったからそうなったんかもしれんが。そう思い俺は試しにもう1枚目安箱から紙を取り出した。



 カステラ



 和菓子じゃないのが混ざってた。まぁ、仕方がないか。和菓子を引けただけでもくじ運が良かったと喜ぶべきかもしれない。



「た、多野さんは金つばってどんな和菓子か知ってる?」



 俺は記入した張本人に問いただすのを諦め、多野さんに助けを求めた。が、多野さんも顔を小刻みにふるふると振るだけで答えてくれない。仕方がない、スマホで調べてあとは店で聞けば何とかなるだろう。



「じゃあ、早速買って来ましょう」



 向谷の掛け声を合図に俺たちは校門まで足並みをそろえて歩き、そこから散り散りに和菓子探しの旅に出た。



 とまぁ、学校を出てきたのはいいんだが、どこにいこうか? どら焼き、たい焼きってのは売ってるとこを見たことがあるが、金つばなんて和菓子は未知だ。どうしよう。とりあえず駅前の商店街にでも行くか、1kmくらいあるけどまぁ何とかなるだろう。



 そう思って俺は駅前の商店街までやってきた。よしっ、あとは和菓子屋で金つばなるものを購入してミッションコンプリートだ。と思っていたのだが、誤算が生じた。駅前商店街に軒を連ねる和菓子屋にはなんと金つばが売っていなかったのだ。



「おや? 何かお探しかい?」

「えっ、いや、その……金つばを探しにきたんですけど」

「金つば? ごめんねぇ、金つばは月曜日と水曜日しか作ってなくてねぇ」

「そ、そうなんですか」

「いやねぇ、今は和菓子なんて食べる人がめっきり減ってねぇ。みんな甘いケーキとかの方が好きでしょう? 坊やみたいな若い子がここに来るなんて珍しいくらいだよ」

「は、はは……そうっすか。なんか同級生が今日は灌仏会だから和菓子でお祝いしようって話になって、それで――」

「おや、若いのに灌仏会なんて知ってるのかい? それはすごいねぇ。私も小さいころには近所のお寺に行って灌仏会を祝ったもんだよ」

「そ、そうなんすね」

「ああ、そりゃあもう。昔は灌仏会と言ったらねぇ――」



 などという話を長々と聞いてしまった。金つばがないのを分かったうえで10分も。まぁ、店のおばあちゃんも他に客もいなくて話し相手が欲しかったのだろう。金曜日の今日は金つばの代わりに桜ようかんが取り揃えられていた。うん、今は4月だからな。季節ものというやつか。同じあんこではあるが、あれではだめだ。



 でも、 ”金つば” なんだから金曜日に売っててくれたって良いじゃないか。

 ということを考えながら俺は今、駅前商店街から来た道を急いで引き返している。和菓子を用意して戻るまでの目安30分のうち、20分を使い果たした。もう間に合わんだろうが、最善は尽くそう。



「うおおおおおああああ!!」



 くそっ、売ってなかった時のことを考えてなかった。甘かった。……あんこだけに。なんてダジャレを浮かべている余裕はない。全力疾走で俺は校門前を通り過ぎ、反対側の商店街を目指す。

 途中の道で紙袋を抱え、ゆっくりと優雅に歩いている向谷とすれ違った。



「あ、おかえり。どうだった? 金つば売っ――」

が、俺をこんな目に合わせている張本人だ。

「あっ、ちょ、ちょっとぉ〜! ねぇ〜ってばぁ!」



 ――――無視をしてやった。



 ♦︎



「はぁ……はぁ……はぁ……」


 

 結局、15分も遅れてしまった。本当ならもう少し早く着けたかもしれなかったが、和菓子屋で再びちょっとしたアクシデントがあったのだ。



 金つばが結構なお値段だった。1個350円。なんでも北海道産のいいあんこを使っているとかなんとかで。「もうちょっと安いのないですか?」と恥ずかしい質問をしてみたものの、金つばはその1個350円のもののみ。月3000円の小遣いの俺にとってはなかなかの出費。1個だけ買ってそれを3人で分けようか、などという愚かな思考が一瞬浮かんだが、多野さんにみみっちい男だと思われたくない。正気を取り戻し、きっかり3個。計1050円を支払い、ようやく戻ってきた。 



 2人は怒っているだろうか。まぁ、仕方がないか。買ってきた和菓子を目の前にして、食べずに俺を待っていてくれているのだ。遅れたことは潔く謝罪しよう。



「た、ただいま。遅くなってごめ――」

「ほはえり、ほほかっははね」

 待ってくれていなかった奴が1名。

「ごめんね、多野さん。ちょっと金つばが駅前の商店街に売ってなくて反対側の商店街に行ってたら遅れちゃったよ」



 俺は口を盛大に膨らませている女の横を通り過ぎ、多野さんへ謝罪する。



「いえ、大丈夫です。おかえりなさい、千賀さん」

「ひょっほ。はんへあはひひはあやはらはいほよ?」

「お前はしっかり待たずして食ってんだろうが!」



 向谷は口いっぱいに何かを詰め込みながら俺を出迎えてくれた。口よりもさらに大きい容積の何かを詰め込んだのだろう。両頬がリスが木の実を口に蓄えているかのごとく、いっぱいに膨らんでいる。



「はっへ、あんはがおほいはらへしょ?」

「お前が金つばなんて書くからだろ! 売ってなくて反対側の商店街の和菓子屋まで走ったわ!」

「はひよ? ひほのへいにひはひへよへ」

 ああ。もう、いいや。何言ってんのかさっぱり分からん。

「ほらっ、金つば」



 俺は手に持つ紙袋から買ってきた金つば3個を取り出す。



「はひはほ」

「千賀さん、ありがとうございます」

「あ、いやいや。そんな……」



 多野さんに向けられた満面の笑みに癒されつつ、俺はすでに灌仏会を祝うために3つの机を三角形に繋げた席の1つにつく。

 目の前には向谷が買ってきたどら焼きと多野さんが買ってきてくれたたい焼きが用意されている。女子からお菓子をもらえる日という目標がこんなにも早くに実現するとは。このリスに感謝しなくてはなるまい。



 では、俺も灌仏会に参加するとしよう。リスがさきほど頬張っていたのはどうやらどら焼きだったらしい。食いしん坊リスは続いて多野さんが買ってきたたい焼きにかぶりついた。そんな様子を横目で眺めつつ、俺は多野さんのたい焼きはもったいないからゆっくりと味わうとして、まずはリス女が買ってきたどら焼きから食すとしよう。

 そして、どら焼きの包装紙を開け、その1口を口へ入れたとき、俺は気が付いた。



「あっ! お、おい、これ! なんだよ、これは!」

「ん、な、何よ?」

「何よって、なんであんこのどら焼き買ってくんだよ!」

「べ、別になんだっていいでしょ?」

「良くないね! お前、俺に金つばの説明したとき、なんて言った?」

「えっ、とぉ。なんか、あんこの和菓子のやつ」

「だよな? なら、俺があんこの和菓子を買ってくるの分かってたはずだろ!? だったら、あんこ以外のもん買って来いよ。カスタードとか。ほらっ、お前が食ってるそのたい焼き、あんこじゃねぇだろ?」

「え? あ、ほんとだ」



 そう、俺は見ていたのだ。さきほど多野さんがたい焼きを食べている様子を。その時に口元から離れたたい焼きの断面をしっかりと見た。ピンク色のその断面を。



「これは……いちご味?」

「そうだ。多野さんは俺が金つばというあんこの和菓子を買ってくるのが分かっていたからこそ、気を利かせてあんこじゃないたい焼きを買ってきてくれたんだ。ねっ、多野さん」

「え、えへへっ」

「ほらっ、見ろ」

「ぐっ……むぅ」

「それに比べてお前はどうなんだ? 何も考えずにぼっ、としてあんこのどら焼きを買ってきたんだろ。そんなんじゃ、ダメだろ。思考部部長として。俺に前に言っただろ、思考しろって。お前こそ、そういう時に思考しないでどうすんだ。思考しないんならその頭、とったらどうだ?」

「うっ!」



 ふっ、言ってやった。ここへ入部することになった日に言われた屈辱的な言葉。頭をとれ。俺はあの日に味わった雪辱を果たした。言われた側の向谷は唇を力強くかみしめている。その口元のあごにはしわしわとした梅干しが出来上がっている。よほど悔しいのだろうか、反論の声も出ないようだ。と、思った瞬間――、



「むきぃいいい!!」



 奇声が出た。――おや? おかしいな、ここは動物園だったかな。お猿さんの鳴き声が聞こえるよ。まったく、なんて声あげるんだよ。いくら多野さんが気配りのできる女性だからって猿のように両手をあげて奇声を張り上げるな。リスのように頬を膨らませたり、猿のように奇声をあげたり、本当に騒がしい奴だ。



「ああ、もうっ! ムカつくムカつくぅ!!」

「いや、そんなこと言ってもお前の思考不足が原因だしな」

「もう! そもそもあんたのせいよ! 椎菜」

「……は、はぇ!? わ、私ですか!?」

「そ〜よ。あんたよ。あんたがあんこのたい焼きをちゃんと買ってきてたらあたしが気が使えない奴みたいな立場にならなかったんだから! 和菓子って言ったらあんこでしょ!? なぁに、自分だけちゃっかり抜け駆けしてんのよ!!」

「そ、そんなぁ……。わ、私はただ、喜んでもらおうと季節限定のいちご味たい焼きさんを買ってきただけで――」

「あ~あ~! そうやって私は気の使える、で・き・る・女アピぃル!?」

「そ、そんなつもりじゃ」

「まったく、なんて女なの!? 見損なったわよ、椎菜!」

「そ、そんなぁ。ち、違いますぅ!」

「あっ、こら! 逃げんな! 待ちなさい!!」



 向谷に詰め寄られた多野さんはたっ、と椅子から立ち上がり教壇の方に駆け出す。そんな多野さんを追う向谷。多野さんも必死に今度は窓側のルートを通り、部屋の後ろへ逃げようとしたが、素早い向谷にあっという間に回り込まれ、窓際に追い込まれてしまった。



「しゃあああああ!!」

「はぇええ!!」



 灌仏会って、仏教のお祝い事だよな。もっと穏やかなもんだと思ったんだけどな。こうして思考部主催の灌仏会は奇声をあげたり、両手をあげて女の子を威嚇したりする女が支配するお祝い事になってしまった。

 あっ、金つばは美味かったよ。


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