向谷栞は学校を思考する
「にしても、何か……どれもこれもあんたの書いてる内容に似てない?」
そう言いながら向谷は自分のスマホで検索したネット小説の画面を俺に見せつけてきた。まずい……。俺の投稿している小説サイトがばれた。まぁ、今後は別の名前で小説を投稿することにしよう。
「ぐっ……い、いいんだよ。今はそういうのが流行ってんだから。てか、何なんだよ! お前がちゃんと思考してないとかいうから、俺の努力と汗と思考の結晶を見せてやったのによ!」
「いや、そういうのは求めてないわ。……キモイし」
「き、キモイって。そんな、どストレートに。な、なら一体どういう思考をご
俺はメンチを切るように目の前の思考部部長のご希望をお伺いする。
「ん~、そうねぇ。あっ……例えばあの電柱。あの電柱の上に付いてるデッカイ筒が何か。わかる?」
「ん? ……何だろうな?」
向谷は窓から見える電柱の上に付いているデカい謎の物体を指さしている。今まで特に気にしたことはなかったが、電柱の上にあんなデカいバケツみたいな謎物体がついていたんだな。頭に落ちてきたらヤバそうな大きさだという印象をまず第一に持った。が――
「……解らん」
「ほらっ、やっぱ何も思考してないじゃないのよ。あれはトランスよ、ト・ラ・ン・ス」
「トランス?」
「そっ。別名変圧器。電線を流れてる高圧電流をあれを使って電圧を下げて各家庭に配給してんのよ」
「へぇ……。知らなかった」
「ほら見なさい。やっぱり何も考えてない。思考停止よ、思考停止。みんな流行り流行りって同じような物作ったり、人のまねしたり……。あたし、そういうの大っ嫌い!」
「ったく、なんなんだよ……」
向谷はそう言って首を大きく左右に振って、再びむくれ出した。こんな不愛想女に嫌われたって構わねぇっつーの。
「いい? 日本人は古来から色んなものをつくってきたわ。
「お、おう」
「それが明治になって蒸気機関車、西洋建築、洋服なんかが入ってきて目覚ましい発展を遂げた」
「文明開化ってやつだな」
「そう、文明開化よ。でも、結局それは西洋のまねごと……。日本が近代化したのは日本人が自ら思考した結果じゃない。戦後の日本もたくさんの製品を作って目覚ましい発展を遂げたけれど、それだって多くは海外製品のアレンジ品ばっかり」
両手を俺の前の机につく。そこから大きくため息をつく。いや、そんな昔のことで落ち込まんでも。そしてそのままゆっくりと俺の前の席につく。
「そんなこと俺に言われても……俺、何もできないし……」
「そんなことないわよ、千賀! 退屈してる暇があるんなら思考しなさい!!」
「……思考?」
「そっ。日本は明治の文明開化と引き換えに大事なものを無くしたのよ。自分たちで物事を考えるっていう思考力をね!」
「……思考力ねぇ」
「今だってそうよ。何かが流行れば同じものつくってブームに乗って、ブームが去って
おいおいおいおい。なんなんだ? こいつは。言っていることが理解できなかった。今の時代、何かが流行っていればそれに乗り、商売をしていくのがセオリーだ。その方が余計なコストをかけずに利益を見込める。だから皆、流行しているものに便乗する。0から何かをつくるなんてのはナンセンス。今のご時世そういうものだ。現代人にとって大事なんだよ、コスパとタイパはな。
「そ、それの何が悪いってんだよ?」
「思考停止……」
「……えっ」
「いい? 人まねするだけなら人間の脳は要らないのよ?」
「ひ、人まねって……失礼だろ」
「じゃあ、猿まね」
「もっと失礼なんだよ!! ったく……」
まったく、何なんだよこの女。頭が良い割に口がすこぶる悪い。
「いい? 資源のないこの国が生き残っていくためには考えるしかないの。思考するしかないの!」
「……そんなことないんじゃね? ほらっ、日本製品って海外じゃ人気だってよく聞くじゃん?」
「あんたバカ? そんなの何十年前の話よ? 確かに日本製品は人気だけど今じゃ他の国の製品に価格競争で負けてんのよ?」
「へ? そうなのか?」
「はぁ。ほんと、何も知らないのね……。このままじゃますます日本はみじめになる! そんな危機を救うためにあたしはこの思考部を足掛かりに一刻も早くRTCを創設して全国から優秀な人材を集めて世界と勝負しなくちゃなの。分かった?」
「ん……な、なんとなくは……」
向谷の熱のこもりようから、今の日本の状況のヤバさがひしひしと伝わってきた。こいつはこの思考部でそんな危機を救おうと言うのだろうか? ほんとに出来んのかよ、んなこと。俺たち高校生だぞ。まぁ、向谷ほどの賢さなら俺には到底想像もつかないようなことを考えているのかもしれないけど。
「んで。結局、思考部って具体的には何をするんだ? やっぱりRTCっていう企業を創るためにいろいろ活動していくのか?」
「ふふっ、そうね。でも、それだけじゃない。思考部は世の中のあらゆることを思考していくのよ?」
「あらゆること?」
「そっ! あたし達はもっと自由でいていい。身近な疑問を思考してもいいし、スポーツが好きなら新しい競技を思考するのもいい。料理が好きなら新しい料理を思考しても良いし、音楽が好きなら新しい楽器を思考したっていい。日常のどんなことだってこの部活のテーマになり得るんだから!」
「具体的には?」
俺はさらに向谷に質問する。具体的に。もっと具体的にこいつの頭の中を知りたい。いつの間にか向谷に問いかけていた。
「そうね、例えば……あっ。廊下は
「……ん? 廊下?」
向谷は部屋の外の廊下を見渡してそう明るく言葉を放つ。
「そっ。ドーナッツ状の廊下の真ん中に
「なるほど……」
「それならどのクラスの生徒も遅刻しそうになった時でもチャイムダッシュの
「まぁ、な」
そんなギリギリの時間に登校して来る奴もどうかとは思うが、学校の廊下が円っていうのはおもしろいかもしれない。こいつは普段からこんなことを思考しているのか。
何だろう。なんか、しょうもないな。でも、なんか、すごく楽しそうだ。うらやましい。――あれ? 俺、なんでこんなこと思ってるんだ? うらましい? こいつが? 一体、なんで?
――そうか。こいつは頭の中でたくさんのことを自由に思考しているんだ。俺の脳からそんな思考が産まれた。そしてそんな産まれたての思考から生まれた俺の感情が ”うらやましい” だった。
「そう。それが思考」
「……え? お、俺の心を読んだのか!?」
「いや、何かあたしの顔をじっと見て何か考えてそうだったから」
「そ、そっか……」
「あんたは何かないの? 千賀」
「え?」
「身近で疑問に感じてることよ?」
「あっ、う~~ん……そうだな。……あっ」
「なんか思いついた?」
「問題文……かな?」
「問題文?」
俺は高校に入ってから問題文の末尾が命令形になった話を向谷にし、なぜ高校では問題文が命令形であるのかを思考することにした。
「そうね。……多分、問題文には大人の心理が現れてるんじゃないかしら?」
「心理?」
「そっ。小学生に対しては微笑ましい気持ちで見ていて、『この問題を解きましょうね?』って優しく見守る感じ。中学生に対しては少し大人になったから、『この問題を解きなさい』ってちょっと強めに言うの」
「……なんで?」
「それは……やっぱり危機感があるからじゃないかしら?」
「危機感?」
「そうよ? 中学生になって、『あれ? こいつらちょっと大きいな。それにちょっと生意気……』。大人はそう感じる。それで高校生になるとさらに大人は焦る。『なんだか生徒から舐められてる気がする……』。だんだん大人と同じになってくるあたし達高校生に大人たちは危機感を覚え、そして潜在的に問題文を命令口調にすることによってあたし達を抑圧しているんだわ、きっと!」
「ははっ、なんだそりゃ」
「だって他に考えられないじゃない!」
なんてバカな考えなんだろう。これがあの全国模試で常に上位の向谷の思考なのだろうか。でも、案外間違っていないのかもしれない。自分で言っておきながらなんだが、なんてくだらないテーマだろう。でも、なぜかそんなくだらない素朴で身近な疑問を真剣に思考するこいつを見ているととても楽しく、心晴れやかな気持ちになった。
「でも、なかなか良い疑問を持っているわね、千賀」
「そりゃどうも」
「あたしはこれから、世の中のあらゆることを思考できる仲間を見つけたい!! さぁ、これから一緒にこの思考部でバシバシ思考して仲間を増やしていくわよ~! えいえいっお~~~!!」
「………………」
「ちょっと! なにぼ~~っとしてんのよ?」
「いや……その……」
「あれ? もしかして『えいえいっお~~~!!』知らないの?」
「いや。知ってる」
知っているのだが、面喰らってしまい動けなかった。今の時代、こんな古くさいかけ声を使う女子高生がいることに。
「だったらさっさと立つ! そしてやる! では改めて……。一緒に
「えいえい……おぉ~……」
向谷の言う至高の日本がなんなのかはよく分からんが、こうして俺はこの奇妙で謎な部活、 ”思考部” で本格的に活動することになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます