向谷栞はラノベを思考する

 


 ――――帰りてぇ。



「――というわけで塩こんぶには疲労回復に役立つビタミンB1やB2、カルシウムやマグネシウムなんかのミネラルが豊富に含まれてるの。さらに思考力を高めてくれるアルギン酸も豊富に含まれてるわ。だから塩こんぶは思考をする思考部にとって必須アイテムなのよ。サッカーで言ったらサッカーボール。剣道で言ったら防具のようなものね」

「……へぇ」



 思考部への入部を決めた俺はさっそく向谷から思考部に関する説明を受けている。実は、思考部の活動開始は今日からだったらしい。向谷が学校に頼んでつくったんだと。学校側も向谷の成績のことだけは知っているだろうからこんな部活をつくることを許可したのだろうな。こいつの性格をよく理解せずに。



「ねぇ、ちょっと聞いてる?」

「…………へぇ」

「ちょっと! へぇ、じゃないわよ! ちゃんと聞いてるの!?」

「はぁ」

「ちょっと!! ちゃんと聞きなさい! あたしの話を聞いて思考しなさい!!」

「だってさぁ、退屈なんだもん……」

「は、はぁ? 退屈?」 

「だってそうだろ? 毎日毎日同じようなルーティンで進んでいく生活。これから1年、たまにある体育祭や学園祭なんかのイベント以外は月曜から金曜まで同じような授業があるだけだろ?」



 俺が椅子の前足を浮かしもたれながらぼやいていると、説明していた向谷の動きが突然ぴくっ、と止まった。

 そうして履いているローファーのかかとをカツカツカツ、と威勢いせいよく鳴らしながら近寄ってきて、――バンッ!!



「うおっ! ……な、何だよ?」



 机に右手を力強く振り下ろしてきやがった。突然何だってんだ。



「退屈にさせてるのはあんた自身!」

「えっ、お、俺?」

「そう、あんたよあんた! あんたが何も考えてないから、あんたの頭が退屈してんのよ! まったく……そんなに思考しないんならやっぱり頭、とりなさい。その方が頭も自由に考えて、自由に思考の旅にでも繰り出せるわ」

「とれるか! あと、頭が勝手に旅に繰り出すか!! お、俺が何も考えていないだと?」

「そっ。あんたの頭は色んなことを思考したがってる。それなのにあんたは世の中分かったような、この世のすべてを悟ったような中二病全開みたいなすかした態度でいて。ばっかみたい。もっと色々と思考しなさいよ」



 まったく、何なんだこいつは。口を開けば思考思考って。俺だって色々と考えているのだ。例えばそう、あれだ。俺は今、ネットの小説投稿サイトで小説を書いている。最近では個人で書いた小説の人気が出て、そこから出版されるという流れが出来ている。だから俺も流行りに乗って小説を執筆しているのだ。


 

「し、失礼な奴だな! 俺だってちゃんと色々と考えているのだ。……ほらっ、これを見ろ!」

「ん? 何よそれ?」

「俺の書いてる小説だ。渾身こんしんの力作だぞ?」



 そう言って俺は自分が書いているネット小説の画面を開いて向谷に見せつけた。 ”ケモ耳ダンジョン~ダンジョンでテイムしたケモ耳にドロップアイテム〖女性服〗を装備してハーレム生活始めます~”

 この小説は読者になかなかに受けがいい。向谷もきっと夢中になるに違いない。俺が向谷の顔を観察していると向谷の手がスマホを必死にスクロールさせている。そして見る見るうちに顔が赤くなっている。ん? なんで顔がこんなに赤く――――



 パンッ!! と、耳元で大きな音がした。と同時に、俺の左頬に強烈な痛みが走る。どうやら何かがぶつかって来たらしい。その衝突物は頬から俺の視線の右へと抜けた。その方向へと視線を向けると、その衝突物の正体は向谷の右手であったことが分かった。つまりは痛みの正体はビンタだった。ありえんだろ、このご時世。 ”特別な訓練を受けています” 、との注書きを要する行為だぞ、これ。まぁ、もちろん俺はイケメン高校生俳優として常日頃からビンタの訓練を受けて――るわけがない。痛ぇ。



「痛っぇな! い、いきなり何しやがる!?」

「ば、バカじゃないの!? 何よこの物語は!?」

「な、何って。け、ケモ耳をテイムして……ダンジョンドロップアイテムのコスチュームを装備させて、は……ハーレム生活を送る……話」

「そんなの読めばわかるわよ! なんで男が女の子を捕まえて着せ替えてるのよ! これじゃまるで奴隷じゃない!」

「し、失礼な奴だな! この話はダンジョンに潜ってケモ耳仲間を増やして幸せライフを送る話だ。……ったく。テイムされた女の子たちだって喜んでんだよ。痛ってぇな」



 向谷にはたかれた頬をさすりながら、俺は自分の自信作を改めて読み直す。



「やったにゃあ、ご主人様!」

「やりましたコン! あれ? モンスターが何かドロップしたコン!!」

「ん? こいつはドロップアイテム〖スク水〗だな。なかなかレアなドロップアイテムだ」

「にゃんと!? ご、ご主人様、あたしにその〖スク水〗を装備させて欲しいにゃん♪」 

「ず、ずるいコン! 私に装備させてくださいコン!」

「おいおいこんなとこで脱いじゃダメだろ? やれやれ……じゃあこうしよう。この〖スク水〗を半分にきって2人で仲良く着たらいいじゃあないかぁ」

「もうっ、ご主人様ったら。そんなエッチな命令はダメだにゃん」

「そうですコン。恥ずかしいコン」

「はっはっ、ごめんごめん冗談だよ。じゃあもう1着〖スク水〗を探して下層に潜るとしよう。もっとも、そこでもっと可愛いケモ耳をさきにテイムしちまうかもしれねぇがな!」

「うにゃあ! ご主人! 浮気はダメだニャン!」

「そ、そうですコン!」

「ごめんごめん。冗談だよ! な~~はっはっは!」

「まったく……にゃ、にゃははははは!」

「コ~~ンコンコンコンコン!!」



 ――あれ。

 ――――何だろう。

 ――――――キモイな。



 言われて気がついた。俺はこの小説を書籍化したいがあまりに男性読者が好むハーレム、ケモ耳、豊富な女性コスチュームという3大要素をねじ込み全力で読者にびていたということに気がついた。



 俺の小説を書籍化したいという一点思考が男性読者層に媚びまくり、その他の思考を停止させていたのか。その結果、こんな化物のようなキモ小説を誕生させちまったというのか!?


 

 そうか。はたと気が付いた。俺のこの渾身の作品、 ”ケモ耳ダンジョン~ダンジョンでテイムしたケモ耳にドロップアイテム〖女性服〗を装備してハーレム生活始めます~” は男性読者には受けがよくても向谷のような女性からは受けが悪いのだということに。



 誰かに読んでもらおうとすれば、別の誰かにはキモがられるリスクがあるということなのだろう。だが、そんなことはどうでもいい。女子がいかにキモがろうと俺のこの小説は男性読者向けの作品だ。男性読者にさえ気にいってもらえればそれで良い。俺は日に日に着実に増加するPV数を見て確信しているのだ。



「まぁ、いいわ。……千賀」

「ん? あっ……はい?」

「退部」

「………………ちょ、ええ!? ま、待って! 待ってください!」

「待たないわよ……。こんなキモい思考働かせてる男を近くになんて置いとけないわよ。あたしの思考までおかしくなったらどうすんの?」

「ぐっ……」



 た、確かに俺の書いてる小説は女子からしたらキモいかも知れない。けど、ヤバい思考なのはお互い様だぞ!? じゃなくて、ち、違う。本来の俺はそんな思考をしているわけじゃなくって、俺はただ一般男性に人気なハーレム、ケモ耳、豊富な女性服要素を入れているだけなんだぁ!! 軽蔑けいべつのまなざしで見つめ続けている向谷に対して俺は必死に心の中で釈明しゃくめいする。



「てか、男子って普段からこんなこと妄想してんの? …………ちょ~、キモいんだけど?」



 いや、それを言うなら今どきの女子は資本主義や共産主義に代わる第3の主義についていつも考えてるんですか!? 俺的にはそっちの方が怖いよ!? 男子の思考なんて可愛いもんだろ。ほんのちょいのエロ妄想で満足するんだから。でも、お前のその思考。そっちは革命に繋がりかねないんだよ!



 そんなツッコミを心の中でつぶやいているうちに、気がつくと向谷が俺から3mほど遠くに離れていた。



「…………何か言うことは?」

「い、いや。その…………すんませんでしたぁ!! その小説はすぐに処分します! だから、今回だけは……勘弁してくださぁい!!」

「はぁ。まぁ、いいわ。今回は特別に許したげる」

「あ、ありがとうございます!」



 と、俺はとりあえず全力で深々とお辞儀することで許しを得た。この思考部は向谷が創設するという謎のRTCに繋がっている。ここで退部になるわけにはいかないのだ。もちろんこの小説も処分などしない。なぁに、上手いことタイトルをちょろっと変えときゃバレやしないだろうさ。


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