第35話 レアスキル
なんだかもう今日は疲れたな……。
でかい2人に挟まれて、車の心地よい振動にいつの間にか寝入っていた。
「……さん。忍さん、そろそろお家に着きますよ〜」
右側から梓ちゃんのやわらかい声が聞こえる。
「んぁ〜 ……あ、梓ちゃん、オレ寝ちゃってた?」
「忍さん、車に乗ってすぐに寝ちゃって、私の肩にもたれて……」
「ありゃ〜肩ズンしちゃってた? 肩、痛くない? それに秀明、」
「大丈夫ですよ〜 忍さん気持ちよさそうに寝てましたし、なんかちょっと嬉しかったです……。秀明くんもすぐイビキかいて寝てましたけど、あ、まだ寝てますね〜」
「ちょっと嬉しかった」って、え〜〜?
「忍さん、どうしました〜?」
「な、なんでもないよ〜 ほら、秀明! そろそろ着くぞ〜」
はぐらかすように、隣の秀明を軽く叩いて起こす。
「お? 俺、寝てたか……」
「うん」
オレたちのやり取りに気が付いたのか「皆様、お目覚めですか? そろそろお住まいに到着します」と栗山社長が助手席から声をかけてくる。
ポシェットからスマホを取り出し、時間を確認する――そういえば研究所内では圏外だったから、入れっぱなしになっていたんだった――20時少し前。研究所を出てから約1時間半か。土曜の夕方にしては渋滞がなかったんだろう。
100キロくらい離れている場所かな? そんなことを思っている間に、仮住まいのマンション前に到着する。
車を降りると、栗山社長と崔部長も続けて降りてきた。
崔部長は「22時を過ぎましたら、レアスキルも使用できるようになります」と言いながら、紙袋を1人ずつに手渡してくれる。
「中にはギアが入っています。昼間ログオン時に使用した拡張版のマシンと同じ仕様で、それぞれ皆様の頭のサイズに合わせて調整してあります」
そういえば梓ちゃん用のギア、用意していなかったから、助かったな。
「今日は皆様、本当にお疲れ様でした。私共はこれから社に戻りますので、こちらで失礼いたします」と栗山社長。
崔部長も軽く頭を下げる。
「はい、こちらこそお疲れ様でした〜 部長もあまり無理しないでくださいね〜」
「はい、お気遣いありがとうございます。お疲れ様でした」
「うん」
「は〜い、お疲れ様でした〜」
2人が車に乗り込み帰社するのを見送り、オレたちは部屋へ戻った。
◇
はぁ〜疲れた〜 帰りに寝たけど、やっぱりまだだるいかも〜とソファに座り、ポーチから加熱式タバコを取り出す。
その横で秀明が紙袋からギアを取り出し、じっと観察している。
「今までのと違うのは、額の部分に電極があるのと、目の部分だな」
「どれどれ〜? あ、本当だ」とオレも自分のギアを取り出し、試しに被ってみる。
「あ、これまでのと違って目の部分が半透明で、真っ暗じゃないね。しかも新しいの、オレの頭にピッタリだ〜」
そういえば、頭の大きさって15、6歳で成長が止まるって聞いたから、このサイズがちょうどいいんだろうな。
「あ、私も自分のができたから、今日からログオンできるんですね〜」
「いや、梓。PCが忍と俺の2台しかないから、3人同時にログオンは無理だ」
「えぇぇ〜! なんで? どうして?」と、珍しく梓ちゃんが秀明に詰め寄る。
「ほら、この前梓のアカウントを登録したとき、忍のギアだけじゃなくPCを使っただろ? あのとき1台のPCに2つめのアカウントを設定した。だけど、このゲームはPC1台につき1アカウントしかログオンできない仕様なんだ。PCとギアがセットで1クライアントってことな」
「え〜! そんなの〜! 忍さんとおそろいのバトルスーツで一緒に戦えると思ったのに〜!」
めちゃくちゃ悔しそうな梓ちゃん。こんな表情を見たのは、初めてかもしれない。
「じゃ、明日駅前のビックリカメラでPCを買おう。それで明日は3人でログオンできるようにしよう。だから、それまで我慢してくれ」秀明がなだめる。
「はい……わかりました…… でもやっぱり今晩ダイブしたいから、最初は忍さんと秀明くんがログオンして、途中で秀明くんと交代する!」
うわ〜、こんな頑固な一面があったんだ〜と、びっくりしながら聞いていると、
「わかった。じゃ、30分で交代するから、その後30分ダイブってことでどうだ?」
「秀明くん、約束だからね! それに、30分じゃなくて1時間! 絶対に!」
「わかった、わかったよ。30分経ったら絶対交代するから、怒らないでくれ〜」
どうやら秀明、梓ちゃんには逆らえないみたいだ。
「――あの〜、ところでお2人さん、お腹空きません? まだ22時まで1時間以上あるし」と、2人を落ち着かせる。実は、ほんとにお腹が空いているんだ。
今日は食材を買っていなかったので、梓ちゃんが冷蔵庫のストックを探して、結局レンチン食材のパスタや各種カレー、ご飯、そしてマヨネーズをかけたツナとキュウリの大根サラダを作ってくれた。3人で夕飯を食べる。
「レンチン食材もたまには役立つな」と秀明。
「だろ〜? レンチン食材のストック、これ、独身男いや女か。の生活の知恵ってやつだよ」
「な〜にが知恵だよ、自炊できないくせに」と秀明。
「なんだと〜! 秀明だって自炊なんてできないで、いっつも梓ちゃんに作ってもらってるくせに!」
「なんだか忍、女子になってからキーキーうるさいな」
「あ、それ、女性差別発言だ! ね、梓ちゃん、言ってやってよ!」
「そうですよ〜秀明くん。罰として明日からご飯は私と忍さんの2人前しか作りませんからね! お弁当も!」と梓ちゃん。
「う〜、すまん、悪かった……梓」と秀明。
「何でオレに謝らないんだよ〜!」
「忍もすまん。レンチン食材があったおかげで夕飯が食えた。感謝してる――これでいいか?」と秀明。
「最後の一言が余計だっつ〜の!」
「はいはい、2人ともコーヒー淹れますから、食休みして、22時からログオンしましょ」と梓ちゃんがコーヒーを淹れてくれる。
やがて22時。別にジャストにログオンしなきゃいけないわけじゃないけど、せっかく崔部長が2人にレアスキルをたぶん残業して――実作業は部下の人だろうけど――実装してくれたから、確かめなくっちゃね。
オレは自分の部屋に戻り、PCを起動して新しくもらったギアと同期させ、頭に被ってベッドに仰向けに寝転がる。
新しいギアのおかげで部屋の様子も見られるようになったから、ログオフして戻ってきたときに真っ暗じゃないのは安心だな。
そして一足お先にVRMMORPG BulletSにログオン――場所はあとから梓ちゃんと交代するから、始まりの街近郊の荒野で待ち合わせしようと、秀明には伝えてある。
転送され、気になっていた自分の服を見ると、いつもの迷彩服だ。これがデフォルトで良かったぁ。
メニューの衣装のサブメニューを見ると、あのバトルスーツがあった。1人でこれ着るのは嫌だから、アズサちゃんが来たら着ることにしよう。他にも、今着ている迷彩服とは別の迷彩服もある。PvP大会じゃ、こっちのほうがいいかな。
数分遅れてシューメイが実体化する。
「どしたの? 遅いじゃん?」
「梓がまた『絶対30分で交代してよね。そして1時間ダイブするんだから』ってうるさくてさ〜」
「あら〜仲がお良ろしいことで」
「ふん。――そうだ、シノブみたいにスキルを発動させるには、どうすればいいんだ?」
「ん〜、『天の秤目』は対象物を凝視すれば、利き目の視野内にレティクルが表示されて、距離もわかるんだけど。『鷹の目』の発動条件は長いことわからなかったけどね。『神宿り』って、なんだっけ?」
「うろ覚えだけど、精神を保ちながら、心拍機能や腕力、重力を無視したバーサーク状態で戦うことが可能だけど、フルで使用するとせいぜい10分間が限度……とか言ってたな」
「じゃ、ピンチになったときに、ふんす! って気合い入れれば発動するんじゃないかな〜」
「なんだそりゃ……でも、そういう感じなんだろうな」
「やってみてよ」
ニヤニヤしながらシューメイを見ると、顔を真っ赤にして仁王立ちしている。
単純なやつだなぁと思って見ていると、なんだか身体中の筋肉が盛り上がってくる。そのうち、「トウッ!」と言って、まるでなんとかライダーのようにものすごい跳躍で50メートル以上先に飛んでいくのを凝視する。たしかに重力を無視してるな〜、っていうか跳躍力が凄い。わからんけど、あの高さは何メートルだ?
すると、突然、『初速度 v = 30m/s、打出角度 θ = 70°、重力加速度 g = 9.80665m/s2、空気抵抗 = 0 、滞空時間 t = 5.7493188037867秒、到達高度 h = 40.51944340848m、到達距離 l = 58.991485238882mデス』と頭の中で声がする。
「わわわわ、何今の? すげ〜、これって何のスキル?」
『天の秤目』がバージョンアップしたのかぁ?
よく見ると、知らない間に視野内の下に『音声ON/OFF UP/DOWN』と表示されている。
「あ〜、これっていつもレティクルの下に映し出される情報が音声で聞こえてるんだ」
これってOFFに……あ、できた。
いちいち音声で聞こえるとスキル使うたびにうるさそうだけど、戦闘中は便利かもしれないな。
「お〜い、見たか〜? 今度は走ってみるぞー」とシューメイがこっちに向かって走り出す。
うわ、感覚で計ったけど、5秒切ってる? オリンピックに出られるじゃん! って無理だけど。
30代成人男性の50メートル走の平均って8秒台だよね? たしか。
「めちゃ飛んで走るなぁ! シューメイ!」
「これでも全力出してないんだがなぁ。実際の戦闘になったらもっと強くなるだろうな」
「か、かもね〜 飛ぶより走るほうが早いし……」PvP大会を想像したら、ちょっと怖くなった。
シューメイはそれからものすごい勢いで走ったり飛んだり――アバターだから息を切らすわけでも汗をかくわけでもないけど、そのうち「ア〜、なんかだるい」と言い出す。
「それ、MPとHP足りなくなってない? HPゲージ見た?」
「お、そうだったな。本気でスキル使うと限界に達するから、これは最後の切り札にしておくか」
「そうだね〜 あ、そろそろ30分経ってない? 梓ちゃん、怒ってないかなぁ〜?」
「いかん、そろそろ交代だな。じゃ!」と速攻でログオフする。
もうシューメイ、完全に尻に敷かれてるなぁ〜
さ〜て、オレはアズサちゃんを迎えに、始まりの街の転送ポイントに戻るとするか。
あ、もうアズサちゃん来てる。しかもあのバトルスーツ、しっかり着てるし〜
上はスポーツブラっぽいのと、下はショートパンツ。靴は自分も履いている黒のミリタリーブーツ。
「あ、シノブさ〜ん! まだそんな迷彩服着てるんですか〜? 早く着替えちゃいましょうよ〜」と転送ポイントから走って来る。あ〜おっぱい揺れてる……。
「え、あ、そうだね。アズサちゃん、もうバトルスーツ着てるんだ〜 それってビターチョコレート色?」
「そうですよ〜 これでもちゃんとイエベ秋に合わせてるんですよ〜」
「え、そこまで凝るの?」
「あたりまえじゃないですか〜 色カスタマイズできて本当によかったです〜 じゃ、シノブさんのもイエベ春で選んじゃいましょう! メニュー出してもらっていいですか〜?」
「う、うん……」
「じゃ〜イエベ春のシノブさんは、イエロー、イエローグリーン、オレンジやオレンジレッドのカラフルで明るい色が合いますから……あ、オレンジレッドにしてみましょうか?」
「だ、大丈夫だよ〜」もう言いなりになるしかないな〜
「はい、これでどうでしょう?」
選択してOKボタンを押すと、服が変わる。全身見えないからよくわからない……。
「わぁ〜、似合ってますよ〜! やっぱりオレンジレッドに金髪って合いますね〜!」
色違いだけど、おそろいのバトルスーツを着たアズサちゃん、嬉しそうだな。
「そ、そう?」メニューから鏡を出して、顔〜上半身〜下半身と見ていく……まぁ、悪くないかな?
ん〜、でもバトルする感じじゃなくて、プールか海に行くような感じだなぁ……やっぱりへそ出しって恥ずかしいなぁ……。
バトルスーツといっても、ブラとパンツがセパレートになっていて、なんか思ってたのと違うなぁ……と触っていると、「あ、このスポーツブラ、ミディアムサポートタイプなんですよ」と察したのか、アズサちゃんが説明してくれる。
「あ〜、だから太めのストラップなんだね」
「そうなんですよ〜 これなら動いても胸が揺れない……あ、ごめんなさい〜」
「べ、別に気にしなくていいけどぉ……じゃ、ちょっとアズサちゃんの射撃の腕前を見せてもらおうかな?」
「は〜い」
3年前に自分が初めてダイブしたときと同じように、郊外で射撃練習をする。
「じゃ、11時方向、128メートル先にいるスモール級のモンスターを撃ってみて……」『天の秤目』で測距しながら、アズサちゃんに指示を出す。
「はい!」
M16A3を実体化させたアズサちゃんはアシストシステムをONにし、ニーリングポジションを取る。
セレクターレバーをSEMI――半自動・単発――に切り替え、2発撃つ。1発は外れたけど、2射目が命中!
「すごい、アズサちゃん! じゃあ今度は1時方向の256メートル先の同じスモール級を狙って」
「はい!」
すると、プローンポジションを取り、セレクターレバーをAUTO――自動・連発――に切り替え、5発撃ち込む――今度は全弾命中。
「うん! これならいつでもレイド……いや、PvP大会にも出られそうだね! 相当シューメイに仕込まれたんじゃない?」
「そうなんですよ〜 シューメイくんったら容赦なくて、ニーリングだと肘をちゃんと膝に付けろ! とか、プローンだと両肘をしっかり立てろ〜とか、もう大変でした〜」
「まぁ言ってることは正しいけど、スパルタだな〜 でもよかったね。前にシューメイから言われた『初日のおまえより腕前は良いみたいだぞ』ってのは、あながち嘘じゃないね〜」
「そ、そんな〜 金髪赤眼のスナイパーの二つ名を持つシノブさんには、まだまだ足元にも及びませんよ〜」
「ん〜まぁ、これでも一応3年はやってるからね〜 今日はスモール相手とはいえ、ちゃんとゴールドも入ったし、そろそろログオフしようか」
「はい!」
2人で始まりの街の転送ポイントに戻り、長かった1日が終わった。
あ、アズサちゃんのスキル、『ガードヒール』確認するの忘れちゃってた。
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