第24話 アストラル・ゲームス専属プロゲーマー契約
コーヒー飲んだり久々のダイブの余韻を楽しんで栗山社長、崔部長が戻るのを持った。
やっぱりVRMMORPG BulletSって良いなぁ〜と思ったけどプロ契約するとなると、今まで通り『好き勝手』にできなくなるんじゃないんかなぁ? それはちょっとVRMMORPG BulletSの楽しさが半減するんじゃ……。
そんなことを考えて待っていると、栗山社長と崔部長が戻ってきた。
入ってくるなり崔部長が「プロ契約するのでバトルスーツを作成しましたよ!」とタブレット端末を見せてくれる……これってほとんど水着、しかもビキニ……?
う〜これ着て戦うのか〜? 恥ずかしいなぁ……。
割とスタイルがいいアズサちゃんのT-0814――バスト86センチ、ウェスト61センチ、ヒップ87センチ……ってこれオレの前のアバターじゃん――ならいいけど、オレなんて幼児体形だからな〜。
ゲームの女性キャラってほとんど肌の露出度が高いし、露出してないのは逆に全身ピッタリしたスーツが多いし……まぁ自分もかつては『そういうの』が好きだったからしょうがないけどね。
それより崔部長ってばシステムログのチェックしてたんじゃなかったっけか?
「では契約書をお持ちしましたので内容をご確認いただき、ご質問あればお伺いいたします」と三人に一枚ずつ渡しながら栗山社長。
「はい、読ませていただきます」
「ん」
「はい」
栗山社長が提示してきた契約書にはこう書かれていた――。
◇
『フルダイブゲームシステムゲーム 専属チーム契約書』
アストラル・ゲームス(以下「企業」という)とチームS・S・A(以下「チーム」という)とは、チームが企業のためにプロチームとして企業所有のフルダイブゲームシステム(以下「フルダイブシステム」という)においてゲーム活動を行うことに関し、次のとおり契約を締結する。
第1条(誠実義務)
(1)チームは、企業が主崔するVRMMORPG BulletS RECOIL等の大会(以下「大会」という)の諸規程を遵守するとともに企業の諸規則を遵守し、本契約を誠実に履行しなければならない。
(2)チームは、プロとしてすべての能力を最大限に企業に提供するため、常に最善の健康状態の保持に努めなければならない。
(中略)
第11条(有効期間)
(1)本契約の有効期間は、20XX年XX月XX日から1年間とする。
(2)前項の期間が満了する日の3ヶ月前から1ヶ月前の間に、当事者のいずれからも、相手方に対して契約の更新を拒絶する旨の書面による申入れが行われなかった場合、本契約は従前と同一の条件でさらに1年間更新されるものとする。
第12条(紛争の解決)
本契約の解釈または本契約の履行に関して企業とチームとの間に紛争が生じたときは、企業およびチームがその都度誠意をもって協議の上解決する。
第13条(保 管)
本契約書は同時に正本二通を作成し、企業の代表者およびチームの代表者が押印し、それぞれ一通ずつを保管する。
20XX年XX月XX日
企業代表者
アストラル・ゲームス 代表取締役 栗山エイジ (印)
チーム代表者
高岡 忍 (印)
◇
「じゃ、またいつぞやの書類と同じ様に一項目目から見ていこうか」と英明。
「うん」
「は〜い」
「第1条は『誠実に』ってことだから特に……あ、最善の健康状態の保持とは?」
「これは、『オプティマルヘルス』の考え『年齢、文化、生活環境といった自分が置かれた状況の中で、 ひとりひとりが適切な生き方や習慣を選んで、最善な健康を実現していく状態・過程』が由来なんですが、それにより最大のパフォーマンスが出せる様にしていただきます」
「なるほど〜。さすが製薬会社系列だな〜」初めて聞いたな。
「そうなんですね〜」
「わかった。次の第2条で気になるのは第4項の『広報活動』なんだが、これはVRMMORPG BulletS内でアバターとしての参加と解釈していいのか?」
「はい、前条はリアルについてなんですが、こちらはあくまでもVRMMORPG BulletS内の活動です」
「あ、わたし気になるのは第3項なんですが、さっき崔部長から見せてもらった『バトルスーツ』、あれちょっと露出度が高くて恥ずかしいんですが……」
「え〜わたしはあれでもいいですよ〜」とアズサちゃん。
「アズサちゃんのアバターはスリムビューティだからいいけど、わたしは幼児体形だし、第一生身と同じだからイヤなの! 下はせめてハーフパンツにして欲しいです!」
「え、そうですか? 似合ってると思ったんですが……ではもう少し布面積を増やしてショートパンツにしますか」と崔部長が言う。
「む〜ショートパンツ……?」
それには構わず「あと第5項は都度話し合いで決めると解釈するがいいか?」と英明がいつものようにイニシアチブを取る。
「はい、それでかまいません」
「じゃ、第3条の禁止事項。これは全くこちらとしては考えてないからこのままでいいか。特に八百長とかについてとかは」
「はい。最近は他のオンラインゲームで八百長が多いと聞いておりますので」
「次、第4条の報酬はチーム、俺たちで分配を決めればいいことだな?」
「はい、おっしゃる通りです」
「あ、そうだ。ゴールドの換金っていつ頃から可能なんですか?」と聞いてみる。
「準備がありますのですぐにでも、というわけにはいかないので。これは公式発表の前にお伝えしておきますが、少なくとも半年以内には」
「わかりました~」
「じゃ、次行っていいか? 第5条はこれだといつからの分が大会に備えた武器弾薬か、わからないんだが。普段の分もアストラル・ゲームスの負担になっちまわないか? それでも構わないんだが。みんなどうだ?」と英明がオレとアズサちゃんの顔を見る。
「ん〜そうだね、だいたい1ヶ月くらい前から大会に備えるからねぇ」と今までの経験からそう答える。
「わたしはまだ全然わからないのでお任せします」とアズサちゃん。
「そうだな、じゃ1ヶ月前からでどうだ?」
「では、戦闘準備の大会1ヶ月前から当日までの分を弊社負担といたしましょう。購入時一旦はガンショップ等でお支払いしていただき、翌日に返金するようにいたします。崔くん、それで処理して」と栗山社長。
「わかりました。自動返金するように皆さんの購買サブシステムの設定を変更します」と崔部長。
「ありがとうございます〜」
「頼んだ」
「……?」わかってない様子のアズサちゃん。
「ん〜第6条、俺たち本業は会社員だからそっち優先になるんだが?」
「そうですね。とはいえ皆さんの健康状態は把握しておきたいのでこのままでよろしいでしょうか?」
「いいんじゃない?」とオレ。
「そうか」
「では、このままでといたします」
「やっと半分か。第7条、これはちょっと厄介だな……CMに俺たちを使うことも想定してると?」
「はい。前回大会での高岡様の狙撃シーン、勝野様の接近戦でのナイフを使った格闘戦の映像データを使用したPVを作成しますので、『肖像』を使用したく思います。あとはトレカですとか」
「はぁ? トレカ? そんなのって売れるの?」
「ええ、需要はあると踏んでいます。実は皆様以外にも今までの大会上位のチームの方々ともチームの肖像等の使用のみの契約を考えておりまして」
「あ〜なるほどね。それでVRMMORPG BulletS外でもバトルゲームができるってことね。そこからユーザーと売り上げを獲得しようと?」
「ま、それもありますね。話は違いますが先程のゴールドの換金が一番のユーザー数獲得につながると考えています」
「でもそれってゴールドがオンライン通貨になるわけだから資金的に、」
「その辺りは換金の月内上限額設定と換金手数料徴収、レートの変更、あとは各個人ショップの売り上げに対するマージン割合のアップですとか……ちょっと話し過ぎましたのでこれくらいに――」
「トレカだとリアルとアバターが同じわたし……それこそマスコミとか大丈夫かな?」
「情報漏洩など違反した場合、親会社はマスコミに対しCM契約撤退などの処置をするようです」
「うわ、えぐっ! ま、それならいっか〜」
「ま、アストラル・ゲームスが潰れなきゃ俺は別にかまわないが」
「これは手厳しい」と栗山社長。
「英明、言い方!」
「そうですよ〜」
「すまん。じゃ、第4項な。そもそも俺たちはマスコミにこちらから顔出しはしたくはないから①から④は考えてないからこのままでいいな。⑤がさっきのトレカとかの話になるわけだ。こっちの取り分は三割と言いたいが」英明、悪徳業者か〜?
「英明、それは取り過ぎ。こっちはチームの肖像等の提供だけで、他に恩恵受けてるんだからせいぜい数パーセントだよ」
「さすが高岡様、わかってらっしゃいます。それでは5パーセントでいかがでしょう」
「じゃそうするか」
「それがいいよ〜」
「承知いたしました」
「じゃ、第8条からラストまでな。これは定型的な内容だからこのままでもいいか」
「そうだね〜。じゃこれでオッケーかな? オレはこの内容で契約してもいいんだけど、二人はどうなの?」
「わたしは楽しそうなんで大丈夫ですよ〜。VRMMORPG BulletSは始めたばかりだからちょっと不安ですけど三人一緒ならいいかな〜って」
「英明はどうなのさ?」
しばらく考えていた英明……「わかった。これで契約しよう」
「オッケー! あ、印鑑なんて持ってないや」
「こちらは原本ではないので、私が押印した契約書を二部お持ちしますので、帰宅されてから押印いただき、後日お受け取りにうかがいますよ」と栗山社長。
「このコピーも持ち帰っていいか? 原本と比較するので」英明は最後まで慎重だ――オレがぼーっとしてる分助かるわ〜
「はい、かまいませんよ。では押印したものをお持ちしますのでしばらくお待ちください」
栗山社長が出て行ったあと、崔部長が「みなさん、契約の『ギフト』として、高岡さんがお持ちの『天の秤目』のようなレアスキルを実装できますがいかがでしょう? あ、高岡さんはスキルを追加してそれを使用するとMPをかなり消耗してしまうので、お二人だけになりますが」
「えぇ〜! わたしだけ貰えないのぉ〜? ずるい〜!」
「まぁ仕方がないだろう、MP切れになったら今のレアスキルも使えなくなるからな」
「そりゃそうだけど……英明は何がいいの?」
「俺はそうだな、接近戦での戦闘力強化みたいなものが欲しい」
「あ、それでしたら『神宿り』はどうです? 勝野様のアバターに合ってると思います。が――」
「が?」
「これはバーサーカー。狂気と紙一重のレアスキルで精神を保ちながら、心拍機能や腕力、重力を無視したバーサーク状態で戦うことを可能としますが、フルで使用しますと一戦闘でせいぜい一回が限度です」
「それでいい」
「承知しました。秋山さんは何がいいですか?」
「え、わたしは……レアスキルとか、わからないんで~」
「あ、じゃアズサちゃんは回復スキルがいいんじゃない?」と助言する。
「回復? あ、ヒーラーってやつですね!」
「そうそう、それ!」
「では、『ガードヒール』がよろしいでしょう。これは味方一、二体、ちょうどお二人分ですね、そのHPを大回復します。さらに味方の防御力も大アップします」
「あ、それいいですね〜、わたし『ヒール!』ってやってみたかったんですよ〜」とアズサちゃん嬉しそうだ。
『天の秤目』『鷹の目』『神宿り』に『ガードヒール』――もの凄いチートチームになっちゃったな〜。しかも公式チート?だしな〜。こりゃ次の大会、絶対優勝しないとまずくないか?
「では今日のLOGONに間に合わせるように帰社してから作業しますので、22時までには実装しておきます」
「そんな頑張らなくてもいいですよ〜」
「ということは、俺たちは今日帰れるのか?」
「はい、そうですが?」と何を懸念してるのか?という顔で崔部長が答える。
「じゃ、栗山社長から契約書を受け取ったら帰れるんですね〜」
「また薬で眠らされるんじゃないか?」
「いえいえ、もう皆さんはアストラル・ゲームスの専属ゲーマーですので、もうそんなことは致しませんよ。親会社からもそう指示が出てますので」
「ってことは、もしシノブがLOGON失敗したり、俺たちが契約をしなかったら」
「それは私には、わかりかねますが」
「ま、そうだろうな……とりあえず無事に帰れそうだな」
「はい――あ、高岡さん。レアスキルでこの場所の特定はしないでください。車に乗るときに見えると思いますが、富士山麓とだけお伝えしておきます」
「わかりました」
そんな話をしているうちに栗山社長が戻ってくる。契約書原本を二部受け取り、仮住まいとはいえ、無事帰宅できることになった。
「では、崔からギフトのお話があったと思いますが、今日から使用していただいてかまいません。それから高岡様、くれぐれもここの場所の特定はなさらないでください」
「はい、それもお聞きしましたので大丈夫です」
「では皆様、本日は大変お疲れ様でした。準備が出来次第ご自宅までお送りしますので、お待ちください」
――やがて部屋を出てまたドアばかりの廊下を歩いてしばらくすると、急に明るいガラスドアがあり、おそらくそこが出入り口なんだろうな、そこから外に出る。
崔部長が言っていた通り、目の前には普段は見られない大きな富士山が見えた。
周りは木々に覆われここはおそらく富士山の樹海の中か周辺か――いやいや特定するのはやめておこう。
アカマツだろうか赤い幹がもう夕方なのだろう、夕日に映え赤茶色に見える。風が涼しい――。
「では、こちらへ」と今朝は2台あった車が1台……そうか、もう助手も必要ないんだな。
「私は助手席に乗りますので、ちょっと狭いですが後部座席に乗車してください」と栗山社長。運転席には崔部長。
体の大きさを考え、アズサちゃん、オレ、英明の順に乗り込む。あ〜大きい二人に挟まれて狭いなぁ〜。
「では、戻りましょうか」と崔部長が車を出す。
「はい、お願いします」
「ああ」
「は〜い」
なんだかもう今日は疲れたな……二人に挟まれ、いつの間にか車の心地よい振動で寝入っていた。
「し……さん。忍さん、そろそろお家に着きますよ〜」
右側からアズサちゃんのやわらかい声がする。
「んぁ〜あ、アズサちゃんオレ寝ちゃってた……?」
「忍さん車に乗ってすぐに寝ちゃって私の肩にもたれて……」
「ありゃ〜肩ズンしちゃってた? 肩痛くない? それに英明、」
「大丈夫ですよ〜。忍さん気持ちよさそうに寝てましたし、なんかちょっと嬉しかったです……秀明くんもすぐイビキかいて寝てましたし、あ、まだ寝てますね〜」
ちょっと嬉しかったって、え〜〜?
「忍さん、どうしました〜?」
「な、何でもないよ〜ほら、英明!そろそろ着くぞ〜」はぐらかすように英明を叩き起こす。
「お? 俺寝てたか……」
「うん」
オレたちのやり取りに気が付いたのか「皆様お目覚めですか? そろそろお住まいに到着します」と栗山社長が助手席から声をかけてくる。
ポシェットからスマホを取り出して時間を見る――そういえば研究所内じゃ圏外だったから入れっぱなしだったんだ――20時ちょっと前だから、研究所を出てから1時間半ちょっと? 土曜日夕方で渋滞が少なかったんだろうか。
ということは100キロくらい離れてるんだろうな。考えているうちに仮住まいのマンション前に。
三人が車を降りると栗山社長と崔部長も降りてくる。
崔部長が「22時を過ぎましたら、レアスキルも使用できるようになりますので」と言いながら、紙袋を一人ずつに手渡してくれる。
「中にはギアが入っています。昼間LOGON時に使用した拡張版のマシンと同じ仕様で、それぞれ皆様の頭の大きさに合わせてあります」
そういえばアズサちゃん用のギアって用意してなかったから助かった。
「今日は皆様本当にお疲れ様でした。私共はこれから社に戻りますので、こちらで失礼いたします」と栗山社長。
崔部長も軽く頭を下げる。
「はい、こちらこそお疲れ様でした~。部長もあまり無理しないでくださいね~」
「はい、お気遣いありがとうございます。お疲れ様でした」
「うん」
「は〜い、お疲れ様でした〜」
二人が車に乗り込み帰社するのを見送って、部屋に戻った。
◇
「はぁ〜疲れた〜。帰り寝ちゃったけど、やっぱりまだ疲れてるかも〜」とソファに座って加熱式タバコをポーチから取り出す。
英明は紙袋からギアを取り出し睨んでいる。
「今までのと違うのは、額の部分に電極があるのと目の部分だな」
「どれ〜? あ、ほんとだ」とオレも自分のギアを取り出し、被ってみる。
「あ、今までのと違って目の部分が半透明で真っ暗じゃないね。しかも頭小さくなっちゃったけど、新しいのピッタリサイズだ〜」
頭の大きさって、15歳から16歳で止まるっていうからこの大きさでちょうどいいんだろうな。
「あ、わたしも自分のができたから今日から使えるんですね〜」
「いや、アズサ。PCが忍と俺の2台しかないから同時に三人はLOGONできないんだ」
「えぇぇ〜そうなの? 何で? どうして?」と珍しくアズサちゃんが英明に突っかかる。
「あのときは忍のギアだけじゃなくてPCも借りてアズサのアカウントを登録してからLOGONしたろ? このゲームも他のと同じにPC1台に1アカウントしかLOGONできない仕様だ。クラサバと同じと考えればいいか……PC+ギアのセットで1クライアントってな」
「え〜そんなぁ〜せっかく忍さんとおそろのバトルスーツで戦えると思ったのに〜! でもクラサバって言われりゃ納得です~」
めちゃ悔しそうなアズサちゃん。こんなアズサちゃん見るの初めてかも。
「じゃ、明日駅前のビックリカメラでPC買おう。そうすれば明日は三人でLOGONできる。だからそれまで我慢してくれ」と英明がなだめる。
「はい……そうします……ん〜でもやっぱりわたし今晩ダイブしたいから、最初は忍さんと秀明くんがLOGONして、途中で秀明くんとわたしが交代します!」
うわ〜こんなガンコな面があったんだ〜とびっくりしてると、
「わかった。じゃ30分で交代するから、そこから30分ダイブでどうだ?」
「秀明くん、約束ですからね! それからわたし、30分なんかじゃなくて1時間!」
「わかった、わかったから。絶対30分経ったら交代するから怒るなよ〜」
英明もアズサちゃんには敵わないみたいだな。
「――あの〜ところでお二人さん、お腹空きません? 22時までにまだ1時間以上あるし」と二人を落ち着かせる。というか、ほんとにお腹空いてるんだ。
今日は食材を買ってなかったので、冷蔵庫のストックをアズサちゃんがガソゴソ探して結局レンチン食材のパスタ類、各種カレーとご飯と、マヨネーズをかけたツナとキュウリの大根サラダを作ってくれ、三人で夕食。
「レンチン食材もたまには役立つな」と英明。
「だろ〜? これは独身男、いや女か。の生活の知恵ってもんだよ」
「な〜にが知恵だよ、自炊できないくせに」
「なんだと〜! お前だって自炊なんてできないで、いっつもアズサちゃんに作ってもらってるくせにぃ〜」
「なんだか忍、女の子になってからキーキーうるさいな」
「あ、それ女性差別発言だ! ね、アズサちゃん言ってやってよ!」
「そうですよ〜秀明くん、罰として明日からご飯はわたしと忍さんの二人前しか作りませんからね! お弁当も!」
「う〜すまん、悪かった……アズサ」
「何でオレに謝らないんだよ〜」
「忍もすまん。レンチン食材があったおかげで夕飯が食えた。感謝してる――これでいいか?」
「最後の一言が余計だっつ〜の!」
「はいはい、二人ともコーヒー淹れますから食休みして、22時からLOGONしましょ」と機嫌が治ったアズサちゃんがコーヒーをを淹れてくれる。
やがて22時。別にジャストにLOGONしなきゃいけなくはないんだけど、せっかく崔部長が二人にレアスキルを多分残業して――実作業は部下の人だろうけど――実装してくれたから、確かめなくちゃね。
オレは自分の部屋に戻りPCを立ち上げ、新しいギアでVRMMORPG BulletSにLOGONする。
新しいギアのおかげで部屋の様子も見られるようになったから、LOGOFFして戻ってきて真っ暗じゃないから安心だな。
そして一足お先にダイブ――場所は後からアズサちゃんと交代するから『始まりの街』近郊の荒野で待ち合わせしようと、英明には伝えてある。
LOGONして気になってた自分の服を見ると、いつもの迷彩服だ。これがディフォルトで良かったぁ。
メニューの『衣装』のサブメニューを見ると、そこにあのバトルスーツがあった。一人でこれ着るのは嫌だから後でアズサちゃんが来たらにしよう。他に今着ているのと別の迷彩服もある。PvP大会じゃこっちの方がいいな。
数分遅れてシューメイが実体化する。
「どしたの? 遅いじゃん?」
「アズサがまた『絶対30分で交代してよね。そして1時間ダイブするんだから』ってうるさくてな〜」
「あら〜仲がお良ろしいことで」
「ふん。――そうだ、シノブみたいにスキル発動させるのって、どうやるんだ?」
「ん〜『天の秤目』は対象物をなんていうかこう凝視すれば利き目の視野内にレティクルが表示されて距離も見えるんだけどなぁ。『鷹の目』の発動条件は長いことわからなかったけど。『神宿り』って何だったっけ?」
「うろ覚えだけど『精神を保ちながら、心拍機能や腕力、重力を無視したバーサーク状態で戦うことが可能で一戦闘で一回が限度』とか言ってたな」
「じゃ、何かピンチになったときとかに『ふんす!』って気合いれれば発動するんじゃないかな〜」
「なんだそりゃ……でもそういう感じなんだろうな」
「やってみてよ」とニヤニヤしてシューメイを見ると顔を真っ赤にして仁王立ちしてる。
単純なやつだなぁと思って見てるとなんか身体中の筋肉が盛り上がってくる。そのうち「トウッ!」と言って、なんとかライダーみたいにものすごい跳躍で50メートル以上先に飛んでいくのを凝視する。確かに重力を無視してるな〜っていうか跳躍力が凄い。わからんけど高さは何メートルだ?
と、突然、『初速度 v = 30m/s、打出角度 θ = 70°、重力加速度 g = 9.80665m/s2、空気抵抗 = 0 、滞空時間 t = 5.7493188037867秒、到達高度 h = 40.51944340848m、到達距離 l = 58.991485238882mデス』と『頭』の中で『声』がする。
わわわわ、何今の? すげ〜これって何スキル? 『天の秤目』がバージョンアップしたのかぁ? よく見ると知らない間に視野内の下に『音声ON/OFF、UP/DOWN』なんてのが見えてる。あ〜これっていつもレティクルの下に映し出されてるやつが音声で聞こえるんだ。これってOFFに……あ、できた。いちいち音声で聞こえるとスキル使うたびに聞こえてうるさそうだけど、戦闘中は便利だな。
「お〜い、見たか〜? 今度は走ってみるぞー」とシューメイがこっちに向かって走り出す。
うわ、感覚で計ったけど5秒切ってる? オリンピックに出られるじゃん!って無理だけど。
30代成人男性の50メートル走平均って8秒台だよね? 確か。
「めちゃ飛んで走るなぁ!シューメイ!」
「これでも全力出してないんだがなぁ。実際の戦闘になったらもっと強くなるだろうな」
「か、かもね〜。飛ぶより走る方が早いし……」PvP大会を想像したら怖くなった。
シューメイはそれからものすごい勢いで走ったり飛んだり――アバターだから息を切らすわけでも汗をかくわけでもないけどそのうち「あ〜なんかだるい」と言い出す。
「それ、MPとHP足んなくなってない? メニューのゲージ見た?」
「お、そうだったな。本気でスキル使うと限界に達するからこれは最後の切り札にしておくか」
「そうだね〜あ、そろそろ30分経ってない? アズサちゃん怒ってないかなぁ〜?」
「いかん、そろそろ交代だな。じゃ!」と速攻でLOGOFFする。
もうシューメイ、完全に尻に敷かれてるなぁ〜
さ〜てオレはアズサちゃんを迎えに『始まりの街』の転送ポイントに戻るとするか。
あ、もうアズサちゃん来てる。しかもあのバトルスーツしっかり着てるし〜
上はスポーツブラっぽいのと下はショートパンツ。靴は自分も履いてる黒のミリタリーブーツ。
「あ、シノブさ〜ん! まだそんな迷彩服着てるんですか〜? 早く着替えちゃいましょうよ〜」と転送ポイントから走って来る。あ〜、おっぱい揺れてる……。
「え、あ、そうだね。アズサちゃんもうバトルスーツ着てるんだ~。それってビターチョコレート色?」
「そうですよ〜。これでもちゃんとイエベ秋に合わせてるんですよ〜」
「え、そこまで凝るの?」
「あたりまえじゃないですか〜。色カスタマイズできて本当によかったです〜。じゃ、シノブさんのもイエベ春で選んじゃいましょう!メニュー出してもらっていいですか〜」
「う、うん……」
「じゃぁ〜イエベ春のシノブさんはイエロー、イエローグリーンとかオレンジやオレンジレッドのカラフルな明るい色が合いますから……あ、オレンジレッドにしてみましょうか?」
「だ、大丈夫だよ〜」もう言いなりになるしかないな〜。
「はい、これでどうでしょう?」
選択してOKボタンで、服が変わる。全身見えないからよくわからない……。
「わぁ〜似合ってますよ〜! やっぱりオレンジレッドに金髪って合いますね〜!」
「そ、そう?」メニューから鏡を出して見てみる……顔〜上半身〜下半身と見ていく……まぁ悪くないかな?
ん〜でもバトルするって感じじゃなくてプールか海に行くような感じだなぁ……やっぱりへそ出しって恥ずかしいなぁ……。
それにこのスポーツブラってなんか思ってたのと違うし……と触ってると「あ、このスポーツブラってミディアムサポートタイプなんですよ」と察したのかアズサちゃんが説明してくれる。
「あ〜だから太めのストラップなんだね」
「そうなんですよね〜。これなら動いても胸が揺れない……あ、ごめんなさい~」
「べ、別に気にしなくていいけどぉ……じゃ、ちょっとアズサちゃんの射撃の腕前を見せてもらおうかな?」
「は〜い」
色違いだけど、おそろのバトルスーツを着てアズサちゃん、嬉しそうだな〜。
3年前に自分が初めてダイブしたときと同じように郊外で射撃練習。
「じゃ、11時方向、120メートル先にいるスモール級のモンスターを撃ってみて」『天の秤目』で測距しながらアズサちゃんに指示を出す。
「はい!」
M16A3を実体化させたアズサちゃんはアシストシステムをONにし、ニーリングポジションを取る。
セレクターレバーをSEMI――半自動・単発――に切り替え二発撃つ――一発は外したけど二射目が命中!
「すごいアズサちゃん! じゃあ今度は1時方向の250メートル先の同じスモール級を狙って」
「はい!」
するとプローンポジションを取り、セレクターレバーをAUTO――自動・連発――に切り替え5発撃ち込む――今度は全弾命中。
「うん! これならいつでもレイド……いやPvP大会にも出られそうだね! 相当シューメイに仕込まれたんじゃない?」
「そうなんですよ〜。シューメイくんったら容赦なくて、ニーリングだと肘をちゃんと膝に付け! とか、プローンじゃしっかり両肘を立てろ〜とかもう大変でした〜」
「まぁ言ってることは正しいけど、スパルタだな〜。でもよかったね。前にシューメイから言われた『一番最初のお前より腕前は良いみたいだぞ』ってのはあながち嘘じゃないね〜」
「そ、そんな〜。『赤目金髪のスナイパー』の二つ名をシノブさんにはまだまだ足元にも……」
「ん~まぁ、これでも一応3年はやってるからね〜。今日はスモールとはいえ、ちゃんとゴールドも入ったし、そろそろLOGOFFしようか」
「はい!」
二人で『始まりの街』の転送ポイントに戻り、長かった一日が終わった。
あ、アズサちゃんのスキル『ガードヒール』確認するの忘れちゃってた。
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