第34話 アストラル・ゲームス専属プロゲーマー契約

 コーヒーを飲みながら、久々のダイブの余韻を楽しんで栗山社長と崔部長が戻るのを待っていた。

 やっぱりVRMMORPG BulletSって最高だなぁ〜と思う反面、プロ契約となると、今までみたいに自由気ままに楽しめなくなるんじゃないか? なんて不安もよぎる。そうなると、BulletSの魅力が半減しちゃうんじゃないかな……。

 そんなことを考えながら待っていると、タイミングよく栗山社長と崔部長が戻ってきた。


 入ってくるなり、崔部長が目を輝かせながら「プロ契約用のバトルスーツを作成しましたよ!」とタブレット端末を差し出してきた。画面に映し出されたデザインを見て思わず硬直。

 ……これって、ほとんど水着、それもビキニじゃん!


「う〜、これ着て戦うのか……?」頭の中で何度も同じ言葉がぐるぐるする。恥ずかしさで頬が熱くなるのを感じながら、端末をじっくり見つめる。

 正直、スタイル抜群のアズサちゃんのT-0814――バスト86センチ、ウエスト61、ヒップ87(ってこれ、オレが前に使ってたアバターじゃん)――だったら全然似合うと思う。でも今のオレ、幼児体型なんだよなぁ。

 ゲームの女の子キャラって、やたら肌の露出が多いか、露出してない場合は全身ピッチリしたスーツが多いし……。まぁ、かつてのオレもそういうデザインが好きだったし、文句言えないんだけど。

 それよりも、崔部長ってさっきまでシステムログのチェックしてたんじゃなかったっけ?


 栗山社長は契約書を持ってきた。

「では、契約書をご用意しましたので、ご確認ください。ご質問があれば、何でもお聞きください」と言いながら、3人に一枚ずつ渡す栗山社長。

「はい、読ませていただきます」

「ん」

「はい」


 手渡された契約書を開くと、そこにはこう書かれていた――


 ◇


『フルダイブゲームシステムゲーム 専属チーム契約書』


 アストラル・ゲームス(以下「企業」という)とチームS・S・A(以下「チーム」という)とは、チームが企業のためにプロチームとして企業所有のフルダイブゲームシステム(以下「フルダイブシステム」という)においてゲーム活動を行うことに関し、次の通り契約を締結する。


第1条(誠実義務)

 1.チームは、企業が主崔するVRMMORPG BulletS RECOIL等の大会(以下「大会」という)の諸規程を遵守するとともに企業の諸規則を遵守し、本契約を誠実に履行しなければならない。

 2.チームは、プロとしてすべての能力を最大限に企業に提供するため、常に最善の健康状態の保持に努めなければならない。


(中略)


第11条(有効期間)

 1.本契約の有効期間は、XX年XX月XX日から1年間とする。

 2.前項の期間が満了する日の3ヶ月前から1ヶ月前の間に、当事者のいずれからも、相手方に対して契約の更新を拒絶する旨の書面による申入れが行われなかった場合、本契約は従前と同一の条件でさらに1年間更新されるものとする。


第12条(紛争の解決)

 本契約の解釈または本契約の履行に関して企業とチームとの間に紛争が生じたときは、企業およびチームがその都度誠意をもって協議の上解決する。


第13条(保 管)

 本契約書は同時に正本2通を作成し、企業の代表者およびチームの代表者が押印し、それぞれ1通ずつを保管する。


 XX年XX月XX日

 企業代表者

 アストラル・ゲームス 代表取締役 栗山エイジ (印)

 チーム代表者

 高岡 忍  (印)


 ◇


「じゃあ、またいつもの書類と同じように、最初から見ていこうか」と秀明が口火を切る。

「うん」

「は〜い」


「第1条は、『誠実に』ってことだから、特に問題はないかな……あ、でも『最善の健康状態の保持』ってどういう意味だろう?」と、文面に目を落として首をかしげる。

 栗山社長がすぐに答える。「これはオプティマルヘルスの考え方がベースですね。年齢、文化、生活環境といった個々の状況を踏まえ、それぞれが適切な生き方や習慣を選んで、最善の健康状態を追求するという考え方です。その状態を維持していただくことで、最高のパフォーマンスを発揮できるように、という意味です」

「なるほど〜 さすが製薬会社系列だな〜」初めて聞いたけど、なんだか納得してしまう。

「そうなんですね〜」と梓ちゃんも感心した様子でうなずいている。


「わかった。次、第2条だが、第4項の『広報活動』について確認したい。これはVRMMORPG BulletS内でアバターとしての参加と解釈していいのか?」と秀明が尋ねる。

「はい、前条はリアルでの活動についてでしたが、こちらはあくまでBulletS内での活動を指しています」と栗山社長が即答する。


「あ、わたし気になるのは第3項なんですけど……さっき崔部長が見せてくれたバトルスーツ、あれ露出度が高すぎてちょっと恥ずかしいんですが……」オレは遠慮がちに口を開いた。

「え〜? 私はあれでもいいですよ〜」と梓ちゃんが無邪気に笑う。

「梓ちゃんのアバターはスリムビューティだからいいけど、わたしは幼児体形なんだよ〜 それに生身と同じ感覚なんだから、絶対にイヤ! せめて下はハーフパンツにしてほしい!」

「え、そうですか? 似合ってると思ったんですが……では、もう少し布面積を増やしてショートパンツに変更しましょうか」と崔部長が冷静に応じる。

「む〜、ショートパンツ……それならまあ、ギリギリかな……」


 その間にも秀明は話を進めている。「第5項についてだが、これは都度話し合いで決めるという解釈でいいな?」

「はい、それで問題ありません」と栗山社長が答えた。


「じゃあ、第3条の禁止事項だけど、これは特に問題ないよな。八百長とか、俺たちには関係ない話だし」

「はい。他のオンラインゲームでは、八百長が増えていると聞きますので、念のため明記しています」


「次、第4条の報酬だけど、チーム内で分配を決めればいいってことで合ってるな?」

「はい、その通りです」

「あ、そういえば、ゴールドの換金っていつから可能になるんですか?」とオレが尋ねると、栗山社長が答えた。

「準備が必要なので、すぐにというわけにはいきません。ただ、これは公式発表前のお話ですが、少なくとも半年以内には開始できる見込みです」

「了解しました〜」


「じゃ、次に進んでいいか? 第5条についてだけど、これだとどこからが大会に備えた武器や弾薬の購入分なのか曖昧だよな。普段使う分もアストラル・ゲームスの負担になりかねない。ただ、それでも問題ないんだけど……みんなはどう思う?」と秀明がオレと梓ちゃんに視線を向けた。

「ん〜そうだね、1ヶ月くらい前から大会に備えることが多いから、1ヶ月前でいいんじゃないかな」とオレは今までの経験をもとに答える。

「私はまだよくわからないので、おまかせします〜」と梓ちゃん。

「そうだな。それじゃ、大会の1ヶ月前からってことでどうだ?」

「では、大会の戦闘準備期間として、1ヶ月前から当日までの分を弊社負担とします。購入時は一度皆さんにお支払いいただき、翌日には返金される仕組みにします。崔くん、そのように対応を」

「承知しました。購買サブシステムを自動返金設定に変更します」崔部長が冷静に応じる。

「ありがとうございます〜」

「助かる」

「……?」どうやら梓ちゃんはまだ話の流れを掴めていないようだ。


「ん〜第6条だけど、俺たち本業は会社員だし、そっち優先になっちまうんだが?」と秀明が確認する。

「承知しています。ただ、皆さんの健康状態については把握しておきたいので、現状の条文のままでよろしいでしょうか?」と栗山社長。

「いいんじゃない?」とオレが軽く答える。

「そうだな」秀明も同意する。

「では、このままで進めます」と栗山社長がまとめた。


「やっと半分か。第7条、これちょっと厄介だな……CMに俺たちを使うことも想定してるってことか?」と秀明が眉をひそめる。

「はい。前回の大会での高岡様の狙撃シーンや、勝野様の接近戦でのナイフを使った格闘戦の映像データを使ったPVを作成し、肖像権を使用したいと考えています。それに加えて、トレーディングカードなども考えています」と栗山社長。

「はぁ? トレカ? そんなの売れるのか?」と秀明が疑問を口にする。

「ええ、需要は十分にあると踏んでいます。実は、皆様以外にも過去の大会上位チームの方々とも、肖像権の使用に関する契約を検討しています」と続ける栗山社長。

「あ〜なるほど。VRMMORPG BulletS外でもバトルゲームができるってわけね。そこからユーザーと売り上げを獲得しようってこと?」とオレは納得する。

「はい、それもあります。話は少しそれますが、先ほどのゴールドの換金がユーザー数の獲得に最もつながると考えています」と栗山社長。

「でも、それってゴールドがオンライン通貨になるわけだから、資金的にどうなんだ?」と秀明。

「その点については、換金の月内上限額の設定や換金手数料の徴収、レートの変更、個人ショップの売り上げに対するマージンの引き上げなどを考えています。ちょっと話が長くなりましたので、これくらいにしておきます」と栗山社長。

「トレカだと、リアルとアバターが同じなわたしは……それこそマスコミとか大丈夫なのかな?」

「情報漏洩などの違反があった場合、親会社はマスコミに対してCM契約撤退などの処置を取ることになります」と栗山社長が説明する。

「うわ、えぐっ! ま、それならいっか〜」

「まぁ、アストラル・ゲームスが潰れなきゃ俺は別にかまわないけど」と秀明。

「これは手厳しいですね」と栗山社長が苦笑い。

「秀明、言い方!」軽くツッコミを入れる。

「そうですよ〜」と梓ちゃんも軽く笑う。


「すまん、じゃあ第4項な。そもそも俺たちはマスコミに顔出ししたくないから、1号から4号までは考えてない。これで問題ないな。5号はさっきのトレカとかの話になるわけだ。こっちの取り分は3割って言いたいが」と秀明が言う。

「秀明、それは取り過ぎだろ。こっちはチームの肖像を提供するだけで、他に恩恵を受けてるんだから、せいぜい数パーセントだよ」

「さすが高岡様、わかってらっしゃいます。それでは5パーセントでいかがでしょうか?」と栗山社長が提案する。

「じゃ、それでいいか」と秀明が頷く。

「それがいいよ〜」

「承知いたしました」と栗山社長が答える。


「じゃ、第8条からラストまでだな。これは定型的な内容だから、このままでも問題ないか」と秀明が言う。

「そうだね〜 じゃ、これでオッケーかな? オレはこの内容で契約してもいいけど、2人はどう思う?」と尋ねる。

「私は楽しそうだから大丈夫ですよ〜 VRMMORPG BulletSはまだ始めたばかりでちょっと不安ですけど、3人一緒なら大丈夫かな〜って思います」と梓ちゃん。

「秀明はどうなんだ?」

 しばらく考え込んでいた秀明が、ようやく答える。「わかった、これで契約しよう」

「オッケー! あ、でも印鑑なんて持ってないや」とオレ。

「こちらは原本ではないので、私が押印した契約書を2部お持ちします。帰宅後、押印していただき、後日お受け取りに伺いますよ」と栗山社長。

「このコピーも持ち帰ってもいいか? 原本と比較するので」と秀明が慎重に尋ねる。

 オレがぼーっとしてる間に、秀明がしっかりしてくれて助かるな〜

「はい、かまいませんよ。では押印したものをお持ちしますので、少々お待ちください」と栗山社長が答える。


 栗山社長が出て行った後、崔部長が「皆さん、契約のギフトとして、高岡さんの『天の秤目』のようなレアスキルを実装できますが、いかがでしょうか? ただし、高岡さんはスキルを追加するとMPをかなり消耗してしまうので、勝野様と秋山様だけに適用されます」と提案する。

「えぇ〜! わたしだけもらえないのぉ〜? ずるい〜!」

「まぁ仕方ないだろう。MP切れになったら今のレアスキルも使えなくなるからな」と秀明が冷静に答える。

「そりゃそうだけど……秀明は何がいいのさ?」

「俺はそうだな、接近戦での戦闘力強化みたいなものがほしい」

「あ、それでしたら、『神宿り』はどうです? 勝野様のアバターに合っていると思います。が――」

「が?」

「これはバーサーカー。狂気と紙一重のレアスキルで、精神を保ちながら心拍機能や腕力、重力を無視したバーサーク状態で戦うことができます。ただし、フルで使用するとせいぜい10分間が限度です」

「それでいい」と秀明は即答する。


「承知しました。秋山さんは何がいいですか?」と崔部長が尋ねる。

「え、私は……レアスキルとか、よくわからないんで〜」と梓ちゃんが答える。

「あ、じゃ梓ちゃんは回復スキルがいいんじゃない?」とオレが助言する。

「回復? あ、ヒーラーってやつですね!」と梓ちゃんが反応する。

「そうそう、それ!」

「では、『ガードヒール』がよろしいでしょう。これは味方1、2体、ちょうど2名分ですね、そのHPを大回復します。さらに味方の防御力も大アップします。ただ、被弾箇所の修復はできませんが」

「あ、それいいですね〜! 私、『ヒール!』ってやってみたかったんですよ〜」と梓ちゃんは嬉しそうに言う。

 梓ちゃんのスキル、本人が思い描いているヒーラーというよりも、実際はどちらかというとデバッファーの役割が強いんだけど……ま、いっか〜


『天の秤目』、『鷹の目』、『神宿り』に『ガードヒール』――ものすごいチートチームになっちゃったな〜 しかも公式チートだしな〜 これ、次の大会、絶対優勝しないとまずいんじゃないか?


「では、今日のログオンに間に合わせるように帰社してから作業しますので、22時までには実装しておきます」

「そんなに頑張らなくてもいいですよ〜」

「ということは、俺たちは今日帰れるのか?」

「はい、そうですが?」と崔部長が不思議そうに答える。

「じゃ、栗山社長から契約書を受け取ったら帰れるんですね〜」

「また薬で眠らされるんじゃないか?」

「いえいえ、もう皆さんはアストラル・ゲームスの専属ゲーマーですので、そんなことは致しませんよ。親会社からもそう指示が出てますので」

「ってことは、もし忍がログオン失敗したり、俺たちが契約をしなかったら?」

「それは私には、わかりかねますが」

「ま、そうだろうな……とりあえず無事に帰れそうだな」

「はい――あ、高岡さん。レアスキルでこの場所の特定はしないでください。車に乗るときに見えると思いますが、富士山麓とだけお伝えしておきます」

「わかりました」


 そんな話をしているうちに栗山社長が戻ってきた。契約書の原本を2部受け取り、仮住まいとはいえ無事に帰宅できることに。

「では、崔からギフトのお話があったかと思いますが、今夜から使用していただけます。それから高岡様、くれぐれもここの場所の特定はなさらないようお願い申し上げます」

「はい、それもお聞きしましたので、大丈夫です」

「では皆様、本日は大変お疲れ様でした。準備が整い次第、ご自宅までお送りしますので、お待ちください」


 ――やがて準備が整ったらしく、部屋を出る。

 またドアばかりの廊下を歩いてしばらくすると、急に明るいガラスドアが現れ、おそらくそこが出入り口なんだろう。そこから外に出る。

 崔部長が言っていた通り、目の前には普段は見られない大きな富士山が見えた。

 周りは木々に覆われ、ここはおそらく富士山の樹海の中かその周辺――いやいや、特定するのはやめておこう。

 アカマツなのだろうか。赤い幹が、もう夕方なのか、夕日に照らされて赤茶色に見える。風が涼しい――

「では、こちらへ」と、今朝は2台あった車が1台だけ……そうか、もう助手も必要ないんだな。


「私は助手席に乗りますので、ちょっと狭いですが後部座席に乗車してください」と栗山社長。運転席には崔部長。

 体の大きさを考え、梓ちゃん、オレ、秀明の順に乗り込む。あ〜大きい2人に挟まれて狭いなぁ〜

「では、戻りましょうか」と崔部長が車を出す。

「はい、お願いします」

「ああ」

「は〜い」

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