第33話 約1週間ぶりのVRMMORPG BulletS本番環境
前大会、Redは『鷹の目』を使えなくなっていた。その推測――というか、オレの観察力のおかげで優勝できたようなもんだなぁ。
3人それぞれが更衣室で検査着に着替え終わり、崔部長がVRMMORPG BulletS SYSTEM本番環境へのログオンテストの最終チェックを進めている間、オレは待ちながら1年前のことを思い出していた。
そういえば、半年前はシューメイが運転できなかったせいで……と思いかけたその時、崔部長の声が響く。
「では準備が整いましたので、高岡さんと勝野さんは電極テープを額に貼り、マシンに入ってください。秋山さんの準備ができ次第、3人同時にVRMMORPG BulletSにログオンしていただきます」
「はい」
「わかった」
崔部長が電極テープを梓ちゃんの額に貼りながら問いかける。
「秋山さんはまだ数回しかダイブしていませんが、不安はないですか?」
「はい、大丈夫です~」
オレたち2人も看護師さんから受け取った電極テープを貼り付け、それぞれのマシンに入り仰向けに横たわる。
「準備OKです」
「俺もだ」
やがてカプセルのカバーが閉じ、内部の照明が穏やかに点灯する。
崔部長の声が聞こえる。「ログオンシークエンスを始めます」
その直後、システムアナウンスが響き、10数秒ほどで意識が仮想世界へと移行――視界がはっきりすると、オレは始まりの街の転送ポイントに立っていた。
左にはT-9000姿のシューメイ、右にはT-0814のアバター……こっちはアズサちゃんだな。
「あ、アズサちゃんのアバター、懐かしいなぁ〜 昔のわたしだ〜」
「わぁ〜、シノブさんって現実世界と全く同じなんですねぇ〜」と驚いた様子のアズサちゃん。
「こうなると、あっちとこっち、どっちが本物かわからんな……」とシューメイが呟く。
改めてそう言われ、オレも気になって自分の顔や手足を触ってみる。
質感も感触も現実世界と変わらないことを確認して、次にメニューを開き――そういえば、こんなアイテムもあったな、と手鏡を実体化させる。
「これって……おしゃれ用だったのかな?」
そんなことを考えながら『手鏡』を実体化させ、覗き込むとそこには現実世界のオレと寸分違わない美少女の顔が映っていた。髪も瞳の色も完璧。
「よし、完全にあっちと同じ美少女だ!」
ニヤリと笑ってしまう。
「あはは、私もそう思います。でも、どっちもシノブさんですよ〜」
アズサちゃんが笑いながら言う。
VRMMORPG BulletSのアバターは、生身と見まごうほど精巧にデザイン・プログラムされており、崔部長の意気込みが伝わってくる。
インカム越しに崔部長の声が響く。
『みなさん、VRMMORPG BulletSの感想はいかがですか? 特に高岡さん、アバターに違和感などありませんか?』
「はい、現実世界と同じくらい可愛いです!」
『ははは! 高岡さん、冗談がお上手ですね!』
へえ、崔部長がこんなふうに笑うなんて意外だ。普段は必要以上に話さず、いつも考え事をしている顔ばかりだから、少し驚いた。
「えっと、本番環境でもメニューは通常通り機能しているようです。まだ武器や装備は試していませんが、これから確認してみます。あ、さっき手鏡を出してみました。今まで使ったことがなかったんですが、これって女性アバター用ですか?」
『いやいや、それはサバイバル用の装備ですよ。直接目視できない場所を確認するための道具です』
「あ、そうなんですね〜なるほど!」
サバゲー経験がないから知らなかったけど……って、VRMMORPG BulletS自体がサバゲーの延長みたいなものか?
『高岡さんの場合、『鷹の目』があるので、あまり必要性は感じないかもしれませんね』と崔部長。
「そうですね〜 今のところは自分の顔を確認するくらいですね」
『標準装備なので、そんな用途だけでなく、ぜひ何か有効に活用してください』
「は〜い、わかりました〜」
『では、勝野さんと秋山さんはメニューから銃を実体化させ、射撃のテストを行ってください。高岡さんは『鷹の目』のテストをお願いします』
「了解……あれ? アズサちゃん、武器って何か持ってたっけ?」
「えっと、シューメイくんと同じM何とかっていうのを買いましたよ〜」
アズサちゃん、VRMMORPG BulletS内ではちゃんとシューメイって呼ぶんだな。現実だと秀明だけど。
「あ〜M16A3ね。中短距離なら扱いやすいし、弾も3人で共有できるからいい選択だよ」
「おう。シノブも普段はM16A3使ってるしな。あと、ハンドガンがあれば接近戦でも対応しやすいだろうな。ま、それは後で考えよう」
「そうだね〜」
2人はそれぞれM16A3を実体化させ、数発試し撃ちをしてから街の中心部を離れていった。スモール級のモンスターでも狩りに行くのかな?
『高岡さん、PvPモードをONにして、『鷹の目』が発動するか確認してください。レンジは2,000メートルで』と再び崔部長の指示が入る。
「了解」
オレはメニューでPvPモードをONにして視野を広げ、レンジを2,000メートルに合わせる。PvPモードがONの赤い【▼】を探しても、いない。ここは始まりの街だからレベルが低いプレイヤーが多くて、PvPするやつも少ないだろうな。
「崔部長、半径2,000メートル以内にはPvPモードをONにしているプレイヤーはいませんね」
『はい、合っています。ではレンジを4,000メートルに広げてください』
『鷹の目』は視野のレンジを数メートルから数キロまで自由に変えられる。下手すりゃ地球全部が見えるんじゃないか?
怖いからやったことはないけど、まあ見えるのはこのVRMMORPG BulletS SYSTEMの範囲内だろうけどね。
レンジを切り替えると、すぐに確認できた。3,512メートル先、12時方向に1人。2,980メートル先、3時方向に2人。崔部長に伝えると、
『はい、合っています。『鷹の目』も正常ですね』
ふ〜、良かった。
『では、30分ほど軽く、チームS・Sのシノブさんの復活をアピールしていただけますでしょうか』
「あ〜、そういう作戦ですね。承知しました〜」
PvPモードをOFFにし、あまり移動したくなかったので、先ほど2人プレイヤーが見えた、近いほうの3時方向に向かう。
途中――
「あ、チームS・Sのシノブだ」
「え? あの、金髪赤眼のスナイパー?」
「ああ。先週の強制ログアウト以来見てなかったけど……」
と、話している声が聞こえてくる。
それに軽く手を振りながら「残業で大変だったんだよ〜」と答え、そのまま有効射程距離のポイント付近まで移動してPvPモードをONにする。
プレイヤーを探すと、1人に減っている。きっとPvPで勝ったほうだな。プレイヤー名はP。知り合いじゃないし、気にしないでおこう。
近くのビルの屋上へ移動し、AWSMを実体化。ふたたび『天の秤目』と『鷹の目』でターゲットを捉える。まだ気づかれていないようだ。
足元に1発、撃ち込む。驚いている隙にアシストシステムをONにし、バレットラインを照射。そのまま眉間に、第2射。
「さ、て、と」シューメイたちは何してるかな〜と思い、PvPモードをOFFにしてインカムでシューメイを呼び出す。
「おーい、お2人さん。今どこ〜?」
『ああ、スモール級を3体倒したから、これからアズサをいつものガンショップに連れて行くんだけど、おまえも用が済んだら来いよ』
「うん、『鷹の目』のテストも完了したから、これから行くよ〜」
『おう、待ってるぜ』
どっこいしょっと……銃とか装備は、一度実体化させて次に使うまで持って歩くのはしんどいな……。
重い重い重い……崔部長にストレージに再収納できるように、システム変更の依頼をしよう……と思いながら、いつものガンショップに到着。
「オヤジさ〜ん! おっ久しぶり〜」
「お〜シノブちゃん! 久々だな〜どうしてたんだ?」
「いや〜残業で大変だったんだよ〜 で、今日から完全復帰ってわけ〜」
「お〜そりゃおめでとう! でもリアルの仕事のが大事だもんな〜」
「まあね〜 あ、シューメイ、アズサちゃんのことは?」
「ああ、新たにチームS・Sに加入したと伝え済みだ」
「は〜い、チームS・S・Aのアズサで〜す」とアズサちゃん。
「最初はシノブちゃんがコンバート前に戻っちまったのかと驚いたぜ。しっかしシューメイ隊長は両手に花でまったくやけるぜ! 別の意味でVRMMORPG BulletS RECOILのライバル以外に、敵プレイヤーが増えるぞ〜」とオヤジさん。
「なんのことだ?」
「あ〜あ、シューメイってこういったところがなんかズレてるっていうかさ〜」
「そうですね〜 でも私たちってそんな関係じゃないんですけどね〜 周りのプレイヤーはそうは見ないかもしれないですね〜」とアズサちゃんは冷静だ。
「あ、そうだシノブさん! 私とシノブさんがベタベタしてれば、少しは誤解が解けるかもです〜」
「えぇぇぇ?」
「ああ、そうかもな」
「シ、シューメイまでそんなこと言う〜?」
「ほ〜ん、そういった関係ね……っと」
「オヤジさん、なにやってるん?」
「いや、チームS・S・Aのデータ登録を、」
「他になんか、入力してません?」
「企・業・秘・密だ!」
そう来るか~
そろそろログオンして30分かな? インカムで崔部長に連絡。「テストもひとおおり終了したんで、そろそろログオフします」
『了解です。ではメニューからログオフしてください。システムログをチェックしますのでその間、お着替えになって休憩していてください』
「は〜い。じゃ移動しようか?」
「ああ」
「は~い」
アズサちゃんのレベルに合わせ、始まりの街まで戻る。
アズサちゃんは最初は「手を繋いで歩きましょうよ〜!」と言ってきたけど、恥ずかしいからイヤ! と断ると、今度は身長差があるんで背後からおおいかぶさってくる。あ〜元童貞現処女にはハードル高すぎだし、歩きにくい〜
仕方なくそのままで歩いていると、途中「あれ? チームS・Sだ」とか、「女の子1人増えてんじゃん、元カノ?」とかいろいろ聞こえてくる。
やっぱりシューメイ、敵を増やしたなぁ。
他には「女性アバターの中身は男だっていうけどな〜」とか聞こえたけど、はいはい、わたしこの前までそうでしたけど何か? って感じで受け流した。
転送ポイントまで戻ってログオフ――
◇
現実世界に戻り、しばらくぼーっとしてから、ゆるゆるとマシンから起き上がる。
「本番環境にログオンもダイブもできて、無事にログオフ完了してよかったぁ〜」
うぅ〜んと、大きく伸びをする。
「ああ、そうだな」
「よかったです〜」
「身体はTHX-1489のままだけど〜」
「まぁ無事でなによりだ」
「あ、あはは。そうだね〜」
「ですよ〜」
私服に着替えると、いつの間にかあらわれた助手が、後ろからついてくるようにうながしてきたので、3人で控室に戻る。
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