第36話 今日は1人で

 翌日曜日。昨日は疲れて、24時過ぎには寝ちゃったから、また早起き。スマホを見ると、もう7時か。

 秀明と梓ちゃんはまだ起きてない様子……昨夜もまた一緒に過ごしたんだろうな。ま、今のオレには関係ないけど……。


 とりあえずコーヒーでも飲もうとキッチンへ行き、電気ポットでお湯を沸かしてコーヒーを淹れ、TVをつける。2人を起こさないように消音にして、と。

 そういえば先週の日曜日、ニュース番組で『VRMMORPG BulletSでトラブル?』ってやってたよな。今日はそんな内容はやってないな。世間の関心が他に移ったのか、それとも栗山さんたち、アストラル・ゲームスやアストラル製薬がうまく収めたのか、隠蔽したのか?

 あれから1週間、女の子のアバターの姿になって、栗山さんたちが来て示談やら精密検査、再ログオンテスト、さらにプロ契約とか、本当に目まぐるしかったな〜 今日は静かに1人で過ごしたいな……。


 大したニュースもやってないので部屋に戻る。

 自室用のTV、買おうかな。でもほとんど見ないし、大抵のことはスマホで事足りるんだけど、手が小さくなっちゃったから今の機種だと大きすぎて、片手で操作するのがちょっと大変なんだよね。

 今日は2人が梓ちゃん用のPCを買いに出かけるんだっけ。ならちょうどいいな。2人について行って、ビックリカメラで今の6インチから5インチ程度のに機種変更しようか……でも今日はやっぱり1人でいたいし、悩むところだなぁ。


 ベッドの上にぺたんと座ってスマホをいじりながらうだうだ悩んでいると、梓ちゃんが起きたようだ。キッチンからパンと目玉焼きの焼けるいい匂いと音がしてくる。

 しばらくしてノックのあと、「おはようございま〜す」と、いつでも出かけられるようにもう着替えた梓ちゃんが入ってくる。

「あ、おはよ〜 いい匂いするね〜」

「はい、朝ご飯できましたよ〜 あ、忍さん、もうコーヒーお飲みなんですね〜」と、ベッド脇にあるデスク上のPCとギアの横に置いてあるマグカップを見て言う。

「うん、さっき目が覚めて淹れたんだ。でもまた飲もうかな〜」

「じゃ、淹れますね〜」と言いながら出て行く。


 あ〜オレも着替えなきゃ。ブラをつけるのもだいぶ慣れたな〜 今日は着飾る必要ないから、スウェットとジーンズでいいか。

 着替えてから冷たくなったコーヒーが入ったマグカップを持ってリビングへ。あ、もうトーストと目玉焼き――オレの好みの半熟――と、塩コショウが置いてある。

 あれ、2人分? 秀明、まだ寝てるな。


「では、いただきま〜す」

「はい、召し上がれ〜 今朝も食材がなくてこれだけなんですけど〜 ごめんなさい」

「え、梓ちゃんが謝ることなんてないよ〜 昨夜は研究所から真っすぐ帰って来たんだし、夕飯だってある材料で作ってくれたじゃん」

「そうですけど〜」

「今日PC買いに行くついでに食材買えばいいじゃん? 秀明と2人で新婚さんみたいにさ〜」

「え〜忍さんは一緒に来ないんですか〜?」

「ん〜この1週間めまぐるしかったから、今日はゆっくりしようかな〜って思ってさ」

「そうですね、先週は大変でした〜 でも一緒に行きましょうよ〜」

「う〜ん、今日はやっぱり1人でいたい気分かも」

「そうなんですか〜」


 ここのところ、梓ちゃんと一緒に朝ごはんを食べるのが当たり前になってる。親友の彼女だけど、オレは身体はもう女の子だから別にいいのかな? でもやっぱりちょっと変な感じ。

 梓ちゃんはすらっとして背が高いし、スタイルも良くて可愛いし、何より巨乳だ! その思考がちらっと梓ちゃんに見透かされたように、「じゃ、今度2人だけで女の子デートしません? 私ブラ新調したいし、それに忍さんの新しい服と下着選んであげたいし〜それに忍さん、スイーツ好きですしね〜」

「う、うん。ありがと〜」う〜ん、後輩なのに女子化してから調子が狂うな〜 ま、女の子としては梓ちゃんのほうが大先輩だしな。


 しばらくして秀明がいつものように「腹減った……」と起きてきたので、梓ちゃんは甲斐甲斐しくトーストと目玉焼きを作り始めた。


 10時前に秀明と梓ちゃんが出かける。

 さぁ〜て、久々の1人の自由な時間! 何して過ごそうかなぁ〜

 洗濯とかはいつも梓ちゃんがやってくれてるし、引っ越したばかりだから掃除する気にもならないし。

 あ、そうだ、鍵! 洋画では各個人の部屋に鍵が掛けられてることが多いけど、日本ではそういう部屋ってあまり見ない気がする。

 梓ちゃんならいいけど、秀明に入ってこられたら嫌だな。昨日はオレの大声を心配して入ってきてくれたのは良かったけど……。

 内側からしか開けられない鍵みたいなの、100均とかにあるかな?


 ついでにドコデモショップに行って、小さめのスマホに機種変更しようかな? あ、でも身分証明書が必要なんだっけ? 車の免許証しかないけど、写真が男のままだし、これじゃダメだよね。ちょっとググってみよう。

 オンラインショップなら機種変更に身分証明は不要なんだ……。

 契約者情報は名前・生年月日・住所・電話番号・メールアドレス……あ、住所変更してないけど大丈夫かな? って、そもそも住民票も移してないし。

 支払いはクレジットカード。これも住所変更してないけど、まぁ両方ともオンラインで変更できるし、申し込み時に違ってても問題ないかな?

 商品受け取り方法は宅配便で会社宛でもいいし、料金プランに変更はない。うん、大丈夫そうだ。

 でも、サイズが気になるから、今日は見るだけでもショップに行ってみようかな。出かけることに決めた。

 もう11時過ぎだし、2人が戻る前に帰らなきゃ。


 まずは100均で、トイレのスライド式の鍵みたいなものを探す……探す……探す……あ、あった。ラッチっていうんだ。取り付けは――付属の木ネジだとちょっと使えないから――両面テープで貼ればいいか。壁とドアに段差がないから問題なさそうだ。

 無理矢理開ければ剥がれちゃうけど、音で気づくし大丈夫だろう。


 次はドコデモショップを覗く。あ、今使ってるスマホより小さくて、『第五世代』ってモデルがあるな〜これならちょうどいい大きさだ。嬉しいことに顔認証じゃないし。

 と、スマホを手に取ると、これモックじゃなくて実機だ。

 女子化して視力が良くなったから、表示が小さくても大丈夫だし〜と設定をいろいろ変更していると、「学生さんですか? 社会人でも25歳以下なら割引がありますよ〜」とショップの店員さんが近づいてきた。

「あ、今日は大きさを見に来ただけなんで、大丈夫です〜」とそそくさとその場を離れた。

 う〜ん、この可愛らしい見た目が裏目に出たな〜 中身は33歳、独身童貞のおっさんなんだけどな!


 なんかちょっと悔しいから駅前の喫煙コーナー――SMOKING CORNER Supported by JTS――でタバコを吸って帰るか〜

 加熱式タバコをポーチから取り出し、お気に入りのベリーフレーバーのタバコスティックをセットしてスイッチを入れ――プハ〜と一服。

 案の定、隣でタバコを吸ってるお兄ちゃんがガン見してくるけど無視。

 まぁ、こんな金髪赤眼の美少女が加熱式とはいえタバコを吸っていれば目立つよね。でも見た目が外国人っぽいから声をかけられることはなかったので、余裕で一本吸い終わってマンションへ戻った。


 帰宅してすぐに鍵を取り付ける。

 両面テープだから少し不安だけど、これで外からすぐに入ってくることはないだろうし、一安心かな。ちょっと自意識過剰かもしれないけど、別に変なことをするわけじゃないし、プライバシーも大事だしね。


 1人になって、タバコを吸いながら半年前のことを思い出す……。

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