第30話 再ログオンテスト
控室に戻ってしばらく待っていると、崔部長から栗山社長に電話がかかってきた。
「準備が整いましたので、移動しましょう」と栗山社長が促す。
オレは秀明と梓ちゃんに「控室で待っててくれ」と言ったんだけど、どうやら怒りが収まった秀明は、オレの再ログオンテストに同行する気になったらしい。
栗山社長の後に続いて、何の目印もないドアを通り抜け、部屋に入る。そこは、かすかに機械音が響く空間だった。中にはガラスのパーティションで区切られた区画があり、巨大な機械が3台並んでいる。
これがフルダイブ技術を利用した医療機器か。どうやら再ログオンテストはギアじゃなくて、この機械を使うんだろうな。
その形状は、仰向けに人が1人寝られるくらいの長さで、上部には丸みを帯びたカバーがついている。まるでSF映画に出てくるカプセル型のコールドスリープ装置みたいだ。機械というより、マシンって呼ぶほうがしっくりくる……。
「崔くん、テストは任せた。一条教授がまだ話があるようなんだ」
栗山社長は携帯でそう言いながら、部屋を後にした。
「それでは、これから高岡さんのVRMMORPG BulletSへの再ログオンテストを、クローズ環境で開始します」
崔部長の言葉にオレは小さくうなずいた。
クローズ環境――ああ、なんか夢と同じだ……嫌な記憶がふいによみがえる。
「クローズ環境でダイブできましたら、軽く運動機能のテストを行っていただきます。ログオフは私のほうで遠隔操作します。その後、本社サーバーと接続し、VRMMORPG BulletSに今度は皆様全員でダイブしていただきます」
……そういえば、精密検査を受ける前に、「2人にもログオンテストに協力してほしい」と言っていたような気がする。これのことだったのか。
「え? 俺もなのか?」
「わ、私もですか~?」
「はい。あなた方3人はチームですからね」
「ま、しょうがないか。付き合ってやるさ」
「でも、私始めたばかりなんですけど……」
梓ちゃんが不安そうに言うが、崔部長は気にする様子もなく、「では、高岡さん、検査着に着替えてください」と手際よくテスト準備を進めていく。
「わかりました」
更衣室に向かうと、さっきの看護師さんが待っていた。
「えーっと、下着は……?」
「今度は着けたままで大丈夫です」
あ~よかった、と胸をなでおろす。
すると、看護師さんが急に声のトーンを変えて話しかけてきた。
「あなた、あのシノブさんなんですってね! 女性になるってどんな感じですか? やっぱり心は男性のままなんですか?」
どうやらカルテを見たらしい。さっきのような年下相手に話しかけるような感じがちょっと変わった。けれど、質問攻めは変わらない。
「ん~、身体と心のバランスが違うから、結構混乱しますよ~」
「それはそうですよね~、なんだか想像つかないですけど……」
そんな話をしながら着替えを終えると、貴重品をまたロッカーにしまう。
更衣室を出て「準備できました~」と崔部長に伝えると、手に持っていた電極テープを見せながら言った。
「では、こちらの電極テープを額につけて、マシンの中で仰向けに寝てください」
言われた通り、マシンから延びたケーブルがついた電極テープを看護師さんから受け取り、額に貼る。秀明と梓ちゃんが見守る中、マシンの中に入る。
中に入ると、頭がある程度固定され、額のテープ以外にも、いつも使っているギアと似たようなセンサーが取り付けられていることに気づく。
カバーが閉じると、薄暗い中でブルーの照明が灯り、カプセル内がほんのり見えるくらいの明るさになる。
『このマシンは、皆様がお使いのギアの拡張版で、先ほどの電極テープを使うことでより微細な脳波――具体的には前頭葉一次運動野からの信号――を検知できるようになっています』
耳元のスピーカーから、崔部長の声が響く。今日は、いろいろと講義を受けているような気分だ。
『では、ログオンシークエンスを始めます』
同時に久々に聴くアナウンスが流れ始める。
『最初に、視覚と聴覚がVRMMORPG BulletS SYSTEM制御下に入ります――成功しました。次に、四肢の触覚・味覚・嗅覚の身体感覚がアバターと同期します――成功しました。』
アナウンスが続く。
『ようこそ、VRMMORPG BulletSの世界へ。コマンドはすべてメニューから操作が可能となりました。メニューは……』
クローズ環境とはいえ、10数秒ほどで約1週間ぶりにVRMMORPG BulletSの世界にダイブできた。
最初はぼんやりとしていたが、そのうち視覚がはっきりしてきて、周囲を見渡したり、手足を動かして身体の感覚や地面の触感を確かめる。
うん、いつも通りだ。小高い丘の上から、始まりの街が前方に見え、周囲の音や風も感じられる。
早速メニューを表示させ、ログオフの選択肢があるのを確認してほっとした後、愛銃AWSMを実体化させ、クローズ環境の空に向かって一発撃つ。久々の射撃の反動が心地よい。
『高岡さん、聞こえますか?』
擬似インカムから崔部長の声が聞こえてきた。
「はい、鮮明に聞こえます。こちらの状況ですが、四肢の感覚も以前と変わらず、射撃も問題なくできました。痛覚はいつも通りゼロです。あ、味覚に関してはわかりませんが」
『了解です。次は遠隔でメニューを表示します。ログオフの表示はありますか?』
「はい、あります」
『では、こちらから遠隔にてログオフします』
その瞬間、周囲が暗転し、やがてカプセル内の青い照明が見え始める。
あ〜、夢とは違ってちゃんと現実世界に戻れた〜
良かったぁ……と、しばらくカプセルの中でぼーっとしていた。
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