第29話 精密検査の結果
30分ほど経ち、栗山社長の携帯が鳴る。
「はい、栗山です。結果ですね。承知しました。――みなさん、高岡様の精密検査の結果が出ましたので、ご説明をさせていただきます」
「あ、そっか……はい」
「そうか。行くか」
「はい〜」
今回は助手を連れずに、栗山社長が先ほどとは反対方向に歩き出す。
しばらく歩くと、左側に「生体検査室」と表示された部屋が見えてきた。うぇ~、生体検査室――なんかイヤな名前だな。
栗山社長がドアをノックし、中から「どうぞ」と応えがある。
「栗山です。一条教授、失礼します」と中に入る。
部屋の中には、助手席で見かけてから、今日全く姿を見せなかった崔部長もいた。
「こちら、一条教授です。こちらは……」栗山社長が言い終わる前に、教授が口を開く。
「君がシノブさんだね。手っ取り早く言おう。君――いや、あなたは99.9パーセント人間で、乳腺、子宮、卵巣などもきちんとある女性だよ」
「え? 99.9? 100パーセントじゃないんですか?」
「あ〜、人間のDNAの塩基対は約60億。で、そのうち、ひとりひとりに固有の部分はごくわずかな0.1パーセントだ。つまり、遺伝子の約99.9パーセントは……例えば隣の彼女と似通っているわけだ。だから、100パーセント同じ人間ってのは、クローン以外には存在しないんだよ」
へぇ〜、知らなかった……99.9パーセントの人間ねぇ……。
「じゃ、わたしは本当に人間なんですね?」
「そうですよ」
「よかったな!」
「よかったです〜」
「あと、もうひとつ。あなたにとって残念か、あるいは幸運かはわかりませんが、こちらの崔部長とはDNA鑑定の結果、99.99の否定。つまり、ほぼゼロパーセントで親子関係はなかったということです」
え、そんなことまで調べたの? とは思ったけど、
「つまり、わたしは高岡忍のままで、アバターの姿で女子化した……ということですね?」
「そういうことになりますね……」と、崔部長は少し寂しそうに言う。「ですが、容姿が私のユイの16歳の姿ですので、私は全生命をかけて高岡さん、あなたを守ります」
「ええええ〜! な、なんかそれって愛の告白みたいな……」
「まぁ、ある意味愛の告白ですが……再ログオンテストは100パーセント成功させてみせますよ」
「あ、ありがとうございます……」う〜それ以上言えないじゃないかぁ〜
「ではそろそろ、高岡様の再ログオンテストを行いたいのですが、よろしいでしょうか?」と崔部長が尋ねる。
「そうですね……済ませないといけませんね」
「では、この施設の目的などをご説明しながら、控室に戻りましょうか」と栗山社長は一条教授に再ログオンテストの開始を伝え、5人で検査室を退出する。
「この施設は以前お話しした通り、親会社のアストラル製薬の日本中央研究所です。皆様に関係があるところでは、フルダイブ技術を利用した医療機器の開発と研究も行っております」と栗山社長。
「へぇ〜、なるほど……」
「素敵ですね〜」オレと梓ちゃんは感心して聞くが、秀明は黙ったままだ。
その話を受けて、崔部長が言う。
「現在のVRMMORPG BulletSは、そのほんの一部を利用したゲームなんですよ。具体的には、難病で外出が困難な方々に、現実世界で自由に歩いたりできるように――」と話し始めると、
栗山社長が「崔くん、ちょっと……」と止めに入る。
「ふ〜ん、脳と現実世界のアバターの五感すべてがBCIで接続すれば可能だろうな」と秀明。
「現実世界で自由に動けるように――つまり、あんた方の狙いって、アバターを現実世界でも生身として実在させる……つまり今の忍が狙いなんだな?」
「……」崔部長は黙り込むが、栗山社長は「何のことでしょうか?」と取り合わない。
「前々から怪しいとは思ってたんだが、慰謝料にしてもおよそ考えられない金額だし、転居にしても……ま、俺たちが勝手についていったのも想定内というか、予定通りだったんだろ? あの睡眠薬だか何かを打ったのだって立派な傷害罪だ。下手すりゃ精密検査と再ログオンの結果次第では、3人ともここから無事に帰さないつもりだったんじゃないか? それにな……」
「秀明、もういいよ。崔さんはわたしを守ってくれるって言ってくれたし、この会社の目的なんて関係ないよ。ダイブできて、無事にログオフさえできれば。ね、崔さん?」
「……」
オレは、夢でログオフするためにメニューが出せなかったことを思い出し、少し不安になりながらも秀明を止める。
「おまえなぁ、相変わらずお人好しだな!」
「うっさいな! これはオレが決めたことなんだよ!」
「なんだと!」
「そうだろ! 引っ越しだってオレ1人でよかったのに!」
「おまえな!」
「2人ともやめてください! 今はそんなことを話してる場合じゃないです!」と梓ちゃんに止められる。
「……そうだな。忍がいいならそれでいい」
「うん。で、どうなんですか? 栗山社長?」と今度はオレが聞く。
「勝野様がおっしゃる内容は、当たらずとも遠からずですね。アバターを現実世界でも生身として実在させることにつきましては、すでに実現化の目処がついています」
「なんだって?」
「えええ?」
「実は高岡様のログデータから、ある条件下においてのみ、現実世界でもアバターの姿のままとなることがわかりました」
「そ、その条件って……?」
「詳細をご説明すると長くなりますが……いいでしょう。崔くん、手短にご説明さしあげて」
「はい。高岡さんが自主的にログオフせず、強制ログアウトされたときのことを覚えてらっしゃいますか?」
「え? ん〜たしか、『天の秤目』を使っている最中……」
「そうです。高岡さんと同じ状況の方が他にもう1名様いらっしゃいまして、その方のログと高岡さんのログをVerify Checkしたところ、その方も強制ログアウト時に『天の秤目』を使用していました。つまり、強制ログアウト時に『天の秤目』を使用していた方のみが、現実世界でもアバターの姿をしているのです」
「そうなんだ……やっぱりもう1人いるんだ……」まさかあいつか?
「その件は、わかった。が、どうしてあんな高額な賠償金なんだ?」
今度は栗山社長が答える。
「現実世界でもアバターの姿となったことで不自由を強いてしまったことへの慰謝もありますが、私共は長年その研究開発を行なっておりました。ですが一向に進まず、それが偶然とはいえ実現可能になったことへの謝礼といえばわかりやすいでしょうか」
「んじゃ転居については? これはわたしが必要だから乗ったんですけど、やっぱり3人がその……知りすぎていたからですか?」とオレからも聞いてみる。
「最初はまさにその通りでした。示談書にもありますが、マスメディアなどを用いて不特定多数への情報伝達や風説の流布を行っていただきたくはなかったんです。そのため、皆様が同じ場所に住んでいただけるよう、ある意味、操作と監視を行うことにしましたが……」
「それだよ! 監視はまだ続いてるんだろ?」と秀明が再び怒りを露わにする。
「いえ、ボディーガードの件は皆様に協力いただけるように仕向けた、いわばブラフです。最初から存在していません。それに監視カメラや盗聴器も」
「くっ!」と秀明。
「完成すれば、アストラル製薬からアバターを現実世界でも生身として実在させるシステムが実現した、と公表する予定です」
「へ?」
「よかったです〜」
「え? じゃ、俺たちはもう用済みってことなんじゃないか?」
「いやいや、そんなことはありません。ですがこれは高岡様の再ログオンテスト後に……」
「じゃ、朝の睡眠薬だか何かはどう説明するんだ? あれは犯罪行為じゃないか?」
「そちらに関しましては、親会社からの指示で仕方なく行いました。重ねてお詫びいたします」
「それだけで済ますつもりなのか?」
「秀明、もうやめよう? 栗山社長だって指示でやったんだし、実害は無かったんだから」
「そうですよ」
「おまえらなぁっ!」
「それでも勝野様が犯罪だとおっしゃるなら、戻られた後に警察にご連絡されてはいかがでしょうか? 親会社のアストラル製薬は、警察庁にも手を回しているはずです」
「……」秀明は栗山社長を睨みつけ、無言で怒りを表している。
「これだけはお伝えしておきますが、私共は高岡様の精密検査と再ログオンテストの結果にかかわらず、皆様の安全を保証いたします」と栗山社長。
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