第28話 精密検査
――見慣れない部屋で目を覚ます。少し頭が痛い。
ぼんやりとソファに座っていると、ノックの音が聞こえ、「お目覚めですか?」と栗山社長が入ってきた。
「いったい、何が……?」
「大変申し訳ありませんでした。直前に親会社からの指示で、高岡様固有のレアスキルを使って研究所の場所を特定していただきたくないとのことでした。それで、移動中はお休みになっていただきました」
「……」
――ということは窓から何か大きな目印になるものが見えるのかな? と思って見回しても、窓なんてない部屋だった。
「だからですか……。で、2人は?」
「はい、別室でお休みになられています。もうそろそろお目覚めになる頃かと」
「で、これから?」
「はい、予定通り高岡様には精密検査を受けていただき、その後に再ログオンテストを行います。お2人も再ログオンテストにご協力いただきますので、それまではお部屋で待機していただきます」
「わかりました」
2人も協力? ま、いっか。
「では、初めに精密検査を行いますので、よろしいでしょうか?」
「はい。じゃ、案内してください」どっちにしても、精密検査はオレだけが受けるんだしね。
「承知いたしました。では」と言ってドアを開け、ついてくるように促される。
ドアの外には同乗していた助手が立っていて、オレの後ろからついてくる。こんなところで逃げも隠れもできないのに、厳重だなぁ……。
廊下を挟んで反対側の2部屋の前にも、それぞれ助手が1人ずつ立っていたので、秀明と梓ちゃんはそこにいるんだろうな。
窓ひとつない、ドアばかりの廊下をしばらく歩くと、左側に『MRI室』と書かれた表示パネルがある部屋が見えてきた。
「高岡様は見た目は人間ですが、医学的・生物学的にはまだ確認がとれていませんので、今回はMRIで精密検査を受けていただき、その後採血をさせていただきます」
「ですね……」自分でも生身の人間だとは思っているけど、実際のところほんの少しだけ不安だったんだよね。
「では、高岡様、こちらへ」と先に手前の更衣室に入るよう促される。
「私は先ほどの控室で待機しておりますので」と助手を残して、栗山社長は戻っていった。
中には若い看護師さんが待機していた。
ん〜MRIとCTって違いは何だったっけな〜とぼーっと考えていると、看護師さんから「検査着に着替えてください。ブラとパンツは着ないでね。あと、アクセサリー類も外して、スマホや貴重品は……あ、そのポシェットに入ってるの? ワンピースに合ってるわよ〜 ロッカーに入れてナンバーロックキーで施錠してね」
見た目が子供っぽいせいか、なんだか優しく言われる。
「はい、大丈夫です」……また言っちゃった。何が大丈夫なんだろう、口癖だな。
検査着に着替える。ブラもパンツも着けていないから、なんだかスースーする。
更衣室を出ると、今度こそ看護師さんと一緒にMRI室へ。助手の人はドア前で待機している。
部屋の中には、さらに『MRIシールドルーム』の表示と、MRI装置用の障害防止図記号のステッカーが貼られたドアがあり、看護師さんに誘導されてその中に入る。
うわ〜、めちゃくちゃでかい機械だな〜!
あ、ドアのステッカーには『MRI室内は常に強い磁場になっています』と書いてあったから、CTはX線で、MRIは磁気でスキャンするんだったな〜とまたぼーっと考えていると、
「では、台の上に仰向けに寝てくださいね〜」と看護師さん。
「は〜い」
MRIの台に寝ると、医師か技師らしい声が耳元のスピーカーから聞こえてくる。
『では、検査を始めます。閉所恐怖症はありませんか?』
「はい」マイクもあるようだ。
『検査は全身MRI検査・ドゥイブスといいまして、約1時間で全身の検査を行います。ドーム型の装置の中に入って撮影します。検査撮影中は大きな音がしますが、痛みを感じることはありません。途中何回か息を止める指示を出します。うつ伏せに体勢を変えて乳房検査も行います』
「はい」あ〜、そんなに胸がないから、むしろ不要なんだけどな〜
『緊急用のコールボタンを看護師から受け取ってください。気分が悪くなったり、例えば咳をしたくなったりした場合は、ボタンを押してください』
コール用のボタンがついたケーブルをオレに渡すと、看護師さんは退室した。
『では、検査を始めます――』
しばらくすると、工事現場みたいな機械の回転音がうるさくなってくる。
それからおそらく1時間ほど、コールボタンを使うこともなく、途中何回か指示に従って息を止めたり、うつ伏せになったりして、検査撮影は終了した。
『はい、お疲れ様でした。ゆっくりと起き上がってください。気分は悪くないですか?』
「はい、大丈夫です」
『では、看護師と一緒に別室へお願いします』
きっとこれから採血なんだろうな。
MRI室を出て、隣のこじんまりとした部屋のベッドに座るように看護師さんから指示され、待っていると、
「右手と左手、どっちの方が血管出やすいかしらね〜」と言いながら、両肘の内側の血管を見始める。
「あら、血管が緑に見えるし、色白で金髪赤眼だからイエベちゃんかしらね〜」
「あはは、最近イエベ春って言われてます〜」
「うらやましいわね〜、私なんて地黒だから……あ、ここなら採血できそう……じゃ、左手の親指を中に握って、下に向けて2、3回グッパーしてね。はい、10ミリリットル3本採りますね〜 ちょーっとチクッとしますよ〜」
「はぃぃ〜」注射は嫌いだ〜
「はい、終わり。じゃ、着替えて助手さんについていって控室で待っててね。忘れ物しないでね〜」
「はい」
看護師さんから見たら、オレはやっぱり15、6歳の子に見えるんだろうな。
ドアのそばで待っていた助手の後について、部屋に戻る。
自分がいた部屋の反対側にいたはずの2人の助手がいない。
もしかして……と不安になったけど、2人ともオレが元いた控室にいた。おまけに助手まで2人。
「よかった〜、秀明、梓ちゃん無事だった?」
「ああ、無事だが、いきなり眠らされてえらい目にあった。それに、あの助手には手も足も出なかった……」と、大柄な助手をちらりと見る。
「私もいきなり首にチクッとされて、気がついたら知らない部屋にいて……」
「その件につきましては、大変申し訳ございませんでした」
「ああ、わかってる。忍のレアスキルでここの位置を特定されたくないっていう、上からの指示はさっき説明受けたからな」
「重ね重ね、大変申し訳ございません」栗山社長は平謝りだ。
社長とはいえ、たぶん雇われ社長だからな……。
「もうそろそろ昼になりますので、昼食でもいかがですか?」
「はい。わたしは昨夜9時から何も食べてないので、いただきますよ」
「もうそんな時間か」
「私もご一緒させていただいてもよろしいですか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「私は忍さんが良いなら」
「……じゃ、そうするか」まだご機嫌斜めな秀明。
「お飲み物はアルコール以外でしたら、そちらにドリンクサーバーがございます」
携帯で栗山社長が指示を出し、しばらくすると昼食が運ばれてくる。
また敵か味方かわからなくなった相手との微妙な昼食会――ワンプレートだけど、上品で軽めのランチ――
会話もなく、黙々と食べ始める。
でも、ひとくち口に入れただけで……美味しい。梓ちゃんと頷きあう。各人それぞれに合わせた量……なにもかもお見通しな感じがする。
「あ〜、美味しかった〜 量もちょうどいいし、パンも美味しい〜」
「私、今度この味のパスタ作ってみますね〜」
「……」秀明は声には出さないけど、何気に満足気だ。
「あの〜、タバコって吸っていいですか? 電子タバコなんで……」
「一応ここは医療施設ですが……皆様がよろしければかまいません。あと、この室内であれば」
「ありがとうございます」
あとは再ログオンテストを待つだけかな?
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