第27話 再ログオンテスト当日
アストラル製薬日本中央研究所で、再ログオンテストが始まる。
『XX年XX月XX日、10時。これより高岡忍さんのVRMMORPG BulletS再ログオンテストをクローズ環境で開始します』
崔部長の声が響く。
今回のテストは、本社サーバーとの接続を一切断ち切った専用環境で行われるらしい。
ギアを被せられたオレは、視界を奪われたまま、音声だけが頼りの状態だ。
その声も、直接耳で聞いているわけではない。
ギアがオレの脳と BulletS 内のアバターをBrain-Computer Interface(BCI)で接続しているため、音声はシステムを通じてダイレクトに届いてくる。
『今回の再ログオンテストでは、通常のシークエンスではなく、視覚・聴覚・触覚の3感覚を個別に接続、確認していきます。なお、味覚・嗅覚は重要度が低いためテスト項目から除外します。その代わりに発声機能と重要な運動機能の確認を行います』
崔部長が淡々と説明する。
『では、最初に視覚をシステム制御にリンクさせます』
そう告げると同時に、システムが作動したらしい。
『成功しました』
オペレータの声が聞こえる。どうやらダイブは無事成功したようだ。
『高岡さん、VRMMORPG BulletSの始まりの街が見えましたら、「はい」か「いいえ」でお答えください』
最初は視界がぼんやりしていたが、徐々にクリアになっていく。やがて、小高い丘の上から懐かしい始まりの街がはっきりと見えた。
「はい」と答える。
『了解しました。発声も問題ないようですね。では、次に聴覚をシステム制御にリンクさせます』
崔部長の冷静な声が響く。
『成功しました――』
『では、高岡さん。次に私の声がシステムアナウンスとして聞こえましたら、『はい』か『いいえ』でお答えください。……高岡さん、聞こえますか?』
崔部長の声が、VRMMORPG BulletS内に低く響いた。オレは「はい」と答える。
『よろしいですね。それでは、触覚をシステム制御にリンクさせます」
『成功しました――』
『足元にテスト用の物体がありますので、それを掴んでください』
オレは指示に従い、ゆっくりと屈んで足元を探る。視界に映る小さな物体に手を伸ばし、慎重に掴み上げた。
『掴めたようですね』
どうやらアバターの動きは、外部からモニターで確認されているらしい。
『では、その物体はどんな形状と感触ですか?』
「球体……テニスボールみたいです。柔らかくて、表面はざらついてます」
『はい、触覚も大丈夫ですね。それでは、その球体を投げてください』
オレは軽く構え、手の中のテニスボールを放った。ボールは弧を描き、10メートルほど先の地面に落下する。バウンドしながらゆっくりと転がっていった。
『次に、数歩早歩きしてから、10メートルほど走ってください』
指示に従い、数歩だけ早歩きをしてから、スピードを上げて走り出す。足の感覚や身体の動きに違和感はない。
『運動機能も問題ありませんので、ログオフして休憩しましょう』
「はい……」
いつものようにメニューを出そうと、右手の人差し指を空間に向けて上から下へスワイプする――出ない!
何度試しても、メニューが表示されない。なぜだ?
「崔さん! メニューが表示されない!!」
声を上げるも、状況は変わらない。このままシステム内に閉じ込められるのか? しかも、ここはテスト環境だぞ! 嫌な感触が背中を伝う中、思わず叫んだ。
「えええええ~!」パニックに陥るオレ。
外部は緊迫した空気に包まれている。
『呼吸、血圧、心拍数が急上昇しています! 部長、このままでは被験者が危険です。それに……システムに取り込まれてしまいます!』
『なんだと? 強制ログアウトは効かないのか?』
『はい! アバターが強制ログアウト信号を拒否しています――!』
◇
「うわ~~~っ!」
はぁ、はぁ、はぁ……自分の大声で目が覚めた。額には冷たい汗が滲み、胸の鼓動が激しく響いている。
「おい、忍! 大丈夫か? 大声でどうした?」
ベッド脇に秀明と梓ちゃんの顔が見える。
「ゆ、夢? ここ、家?」
「だいぶうなされてたぞ。本当に大丈夫か?」
「忍さん、ひどい汗! 今タオルとお水、持ってきます!」
梓ちゃんが慌てて部屋を出て行く間、オレは何とか息を整えながら状況を確認する。
「再ログオンテストでログオフしようとしたら……メニューが出てこなかったんだ」
「今日のテスト、不安なら延期するか?」
梓ちゃんが戻ってきて、差し出されたタオルで汗を拭き、コップの水を飲む。冷たい水が喉を通り抜けると、ようやく少し落ち着いた。
「いや、ちゃんと受けるよ。今のは……逆夢だよきっと。ダイブ成功させて3人でチーム組まなきゃね?」
「そうか……。まだ6時だ。もう少し寝てろ。ヤツらが迎えに来るのは9時だったからな」
「そうですね~ 身体検査もあるので、何も食べちゃいけないですし~」
「う、うん……そうする……」
8時過ぎ。ノックの音の後、梓ちゃんが部屋に入ってきた。
「調子はいかがですか〜?」
「んぁ〜、あれからすぐ寝られたから、もう大丈夫〜ありがとう〜」
「良かったです〜」
――今は梓ちゃんだからいいけど、秀明だったらちょっとイヤかもな……そういえばさっき、秀明もいたかもしれない。
プライベートな場所だし、トイレみたいに外から開けられない簡単な鍵でも付けようかな、なんて場違いなことを考えてしまう。
とりあえず顔を洗って、歯を磨いて――
「今日は検査もあるんですから、ワンピースのほうが良いですかね〜?」
「ん〜、そうだね〜 検査着とか着るだろうから、脱ぎ着しやすいほうがいいかも……あ、もしかしたら被験者だからアバター扱いで、全裸? う〜ん、研究所ならあり得るかも」
「わ! それも素敵ですねぇ〜って、じゃなくて! そんなことはないですよ〜」
「……」
「私、秀明くんが言うほど、あの人たちって信用できないとは思えないんですよね〜」
「……そ、そうだよね」
「じゃ、梓ちゃん、着替え手伝って〜」
「は〜い。昨日買ったキャメル色のワンピースと白ソックスに……ローファーかスニーカー、どっちにしましょう……スニーカーのほうがカジュアルで可愛いですかね〜 あ、夏になったらコーラルピンクのワンピースに、ベージュのサンダル合わせて、フットネイルもしたらおしゃれですね〜」
梓ちゃんの頭の中では、どうやら壮大な妄想が広がってるらしい……。
「あ、そういえば忍さんってネイルしたことないですよね? 今度ネイルサロンに行ってみましょ?」
「う、うん……今度ね〜 今日が無事だったら……」
梓ちゃん、フラグ立てないで〜、と思ったけどそれは口には出さなかった。
「あ! ごめんなさい、なんか私先走っちゃって」
「いいよ〜 あ、タバコって吸ってもいいのかな〜?」
「ん〜、わからないですけど、検査前だし、やめておいたほうが……」
「そうだよね」
スマホ、お財布、カードキー、貴重品と加熱式タバコ一式をオフホワイトのポシェットにしまい、肩から斜めがけで決める。
そうこうしているうちに、そろそろ9時。運営の迎えが来る時間だ。
やがて、エントランスのチャイムではなく、ドアフォンのチャイムが鳴る。
実際の借主は栗山社長、いや、アストラル・ゲームスだから、栗山社長は当然マンションのカードキーを持っていて、出入りは自由。でも、部屋の鍵までは開けない。まぁ、当然だけど。
「は〜い」とモニターで栗山社長を確認し、いつものように玄関で迎え入れる。
すぐに出発するだろうから、上がってもらわなかった。
「おはようございま〜す」
「おはようございます。新居の暮らしはいかがですか?」
「快適ですね〜 会社も徒歩で通勤できますし」
「それは何よりです。これからアストラル製薬日本中央研究所に向かいますが、ご準備はできていらっしゃいますか?」
「はい。あ、特に指示は受けていませんでしたけど、昨夜21時から精密検査に備えて食事は摂っていません……あ、先ほど水を一杯飲んだくらいです」
「さすがですね。水一杯くらいなら大丈夫ですよ」
「では、今日はよろしくお願いします」――夢のことは黙っておこう。
「こちらこそ。ご不便をおかけしますが、車は2台に分かれて移動します」
「え? 2台ですか?」
「はい。1台目は高岡様と秋山様、2台目は勝野様です」
その時、秀明が「何? 俺だけ別のところへ連れて行くってことか?」
「いえいえ、他意はありません。高岡様、秋山様、勝野様、私と崔、運転手、助手3人を合わせて合計9人になりますので、2台にせざるを得なかっただけです」
ん? 助手?
「ふ〜ん」と、秀明も納得していない様子だ。
「あ、また栗山社長のあの車ですか? ちょ〜っと乗り降りしづらいんですよね〜」
「申し訳ないです。社用車ですので」
「あ、忍は栗山社長の車に乗ったことあるんだ?」
「うん、引っ越しの日にね」
「ああ、そうか」
「では、行きましょうか」
「はい」
一応、リビング以外の電気が消えていることを確認し、オートロックだけどドアのロックを確認して、4人で1階に移動。
「では、先頭の車には高岡様、秋山様、私が乗り、勝野様は2台目に……」
1台目の助手席には崔部長が座っているので、軽く会釈。後部座席からは、助手と思われる人物が降りてきて、オレと梓ちゃんの乗車を手伝ってくれる。
2台目にはすでに運転手と助手が乗っており、後部座席には大柄な助手の姿が見え、降りて秀明を押し込むようにして乗せていた。
後部座席に乗り込むと、「お知らせが遅れて申し訳ありませんが、研究所の場所は特定していただきたくないので、失礼します」と運転席の栗山社長が振り向いて言うや否や、いきなり後部座席中央に座っている助手に首筋に何かを押し当てられ、軽い痛みが走った。
「なっ!」言葉を発する暇もなく、意識が朦朧としてくる。
「きゃっ!」梓ちゃんも一声叫んだ後、静かになった。
後方で秀明の「おいっ!」という声が聞こえたような気がしたけど、そのまま気を失ってしまった――
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