第20話 精密検査と再LOGONテスト当日

 アストラル製薬の日本中央研究所で再LOGONテストが始まる。

『午前10時。では、これから高岡忍さんのVRMMORPG BulletSへの再LOGONテストをクローズ環境で開始します』と崔部長と思われる声が聞こえる。

 最初は本社サーバーとは接続しないテスト環境で行うそうだ。

 オレはギアを被せられて周囲の状況がわからなく、声だけしか聞こえない状態だ。

 ギアを被った状態で、オレの脳とVRMMORPG BulletS内の今のオレの姿をしたアバターとはすでにBCI(Brain Computer Interface)で接続されているので、声はシステム経由で直接聞こえてくる。


『今回の再LOGONテストでは通常シークエンスではなく、「視覚」「聴覚」「触覚」「味覚」「嗅覚」の五感を一項目ずつ行いますが、「味覚」「嗅覚」につきましては重要度が低いですのでテスト項目から外します。代わりに「発声」と重要な「運動機能」の確認をいたします』

『では最初に「視覚」をシステムの制御にリンクさせます』

『成功しました』とオペレータの声。ダイブが成功したようだ。

『高岡さん、VRMMORPG BulletSの『始まりの街』が見えましたら「はい」か「いいえ」でお答えください』

 最初はぼんやりと、そのうちはっきりすると小高い丘の上から、なつかしい『始まりの街』が前方に見えたので、「はい」と答える。

『了解しました。「発声」も問題ないようですね。では次に「聴覚」をシステムの制御にリンクさせます』

『成功しました――』

『では高岡さん、次にわたしが次に発する声がステムアナウンスで聞こえましたら、また「はい」か「いいえ」でお答えください――「高岡さん、聞こえますか?」』

 崔部長の声がシステムアナウンスとしてVRMMORPG BulletS内に響き渡ったのでまた「はい」と答える。

『よろしいですね。それでは「触覚」をシステムの制御にリンクさせます』

『成功しました――』

『足元にテスト用の球体がありますので、それを掴んでください』

 オレは屈んで、足元の球体を拾う。

『掴めたようですね』

 アバターの様子は外部からもモニターされているようだ。

『では、その球体はどんな感触ですか?』

「テニスボールのようです」

『はい、「触覚」も大丈夫ですね。それではその球体を投げてください』

 オレはテニスボールを軽く投げる。ボールは弧を描いて10メートル程先に落下。バウンドして転がって行った。

『次に軽く2、三歩歩いてから、数歩早歩きして10メートルほど走ってください』

 言われた通り、数歩歩いてから早足歩きし、走ってみる。

『「運動機能」も問題ありませんので、一旦LOGOFFして休憩しましょう』

「はい……」

 オレはいつものようにメニューを出すため、右手人差し指を上から下へ、何もない空間をスイープする――出ない!

 何回も何回もやってみるも、全く出てこない! なぜだ?

「崔さん! メニューが表示されない!!」

 このまま、このシステム内に取り込まれてしまうのか? それもテスト環境に!

「えええええ〜」パニック状態に陥った。

『呼吸、血圧・心拍数が急上昇! 部長、このままでは被験者が危険です……それにシステムに取り込まれてしまいます!』

『なぜだ? 強制LOGOUTは効かないのか?』

『はい! アバターが強制LOGOUT信号を受け付けません――!』



「うわ〜〜〜〜〜〜〜!」はぁ、はぁ、はぁ……自分の大声、ひどい汗と動悸で目が覚める。

「おい忍! 大丈夫か? 大声でどうした?」ベッド脇に英明とアズサちゃんの顔が見える。

「ゆ、夢? ここは家?」

「大分うなされてた。大丈夫か?」

「忍さんひどい汗! 今タオルとお水持ってきます!」

「再LOGONテストでLOGOFFしようとしたらメニューが出てこなかった……」

「今日のテスト、不安なら延期するか?」

 アズサちゃんが持ってきてくれたタオルで冷や汗を拭いて、水を一杯飲んで落ち着く。

「いや、ちゃんと受けるよ。今のは逆夢だよきっと。ダイブ成功させて三人でチーム組まなきゃね?」

「そうか……。まだ6時だから、もう少し寝てろ。ヤツらが迎えにくるのはたしか9時だったからな」

「そうですね〜。身体検査もあるから何も食べちゃいけないですし〜」

「う、うん。そうする……」


 8時過ぎ。ノックの後、「調子はいかがですか〜?」とアズサちゃんが部屋に入ってくる。

「んぁ〜、あれからすぐ寝られたからもう大丈夫〜。ありがとう〜」

「良かったです〜」

 ――今は アズサちゃんだからいいけど英明だったらちょっとイヤかも……そういえばさっきは秀明もいたかも。プライベートな場所だからトイレみたいに外から開けられない簡単な鍵でも付けようかな。と、なんか場違いなことを考えた。

 とりあえず顔洗って歯を磨いて――。


「今日は『検査』もあるんですからワンピのが良いですかね〜」

「ん〜そうだね〜。検査着とか着るんだろうから脱ぎ着しやすい方が……あ、もしかしたら被験者でアバター扱いだから、全裸? う〜そういうのって研究所ならあるかも」

「わ! それも素敵ですねぇ〜って、じゃなくて、そんなことはないですよ〜」

「……」

「わたし、秀明くんが言うほどあの人たちって信用できないとは思えないんですよね〜」

「……そ、そうだよね」

「じゃ、アズサちゃん着替え手伝って〜」

「は〜い。昨日買ったキャメル色のワンピと……白ソックスとローファーかスニーカーにしましょうか? カジュアルで可愛いと思いますよ〜。ん〜夏になったらコーラルピンクのワンピースと黒のサンダルとフットネイルするとおしゃれですね〜」

 なんかアズサちゃんの中では壮大な妄想が広がってるらしい……。

「あ、そういえば忍さんってネイルしたことないでしょうから、今度ネイルサロンに行ってみましょ?」

「う、うん……今度ね〜。今日が無事だったら……」

「あ! ごめんなさい……なんかわたし先走っちゃって」

「いいよ〜。あ、タバコって吸っていいのかな〜?」

「ん〜わからないですけど、検査前だからやめておいた方が……」

「そうだよね」

 スマホとお財布とカードキー、貴重品と加熱式タバコ一式をオフホワイトのポシェットにしまって肩から斜めがけで決まりっと!

 そうこうするうちに、そろそろ9時。運営の迎えが来る時間だ。


 やがてエントランスのチャイムではなく、ドアフォンのチャイムが鳴る。

 実際の貸借人は栗山社長というかアストラル・ゲームスだから栗山社長はマンションのカードキーを持っているので当然出入りは自由だ。

 けど、部屋のキーまでは開けないくらいの分別は持っているんだな、当然だけど。

「は〜い」とモニターで栗山社長を確認し、いつものように玄関に迎え入れる。

 すぐ出発だろうから、上がってはもらわなかった。

「おはようございま〜す」

「おはようございます。新居の暮らしはいかがですか?」

「快適ですね〜。会社も徒歩で通勤できますし」

「それは何よりです。これからアストラル製薬日本中央研究所に向かいますが、ご準備はできていらっしゃいますか?」

「はい。あと、特に指示は受けてませんでしたけど、昨夜21時から精密検査に備えて食事は摂ってません……あ、先ほど水を一杯飲んだくらいです」

「さすがですね。水一杯くらいなら大丈夫ですよ」

「では、今日はよろしくお願いします」――夢のことは黙っておこう。

「こちらこそ。ご不便をおかけしますが、車2台に別れて移動します」

「え? 2台ですか」

「ええ。1台目は高岡様と秋山様。2台目は勝野様です」

 そこへ英明が「何? 俺だけ別のところへ連れて行くってことか?」

「いえいえ、他意はございません。高岡様、秋山様と勝野様、私と崔と運転手、助手三人の合計九人になりますので2台にせざるを得なかっただけです」

 ん? 助手?

「ふ〜ん」英明も納得していない様子だ。

「あ、また栗山社長のあの車ですか? ちょ〜っと乗り降りしづらいんですよね〜」

「申し訳ないです。社用車ですので」

「あ、忍は栗山社長の車に乗ったことあるんだ?」

「うん、引っ越しの日にね」

「ああ、そうか」

「では、参りましょうか」

「はい」一応リビング以外の電気が消えていることを確認し、オートロックだけどドアのロックを確認して四人で1階に移動。

「では、先頭の車には高岡様と秋山様と私。勝野様は2台目に……」

 1台目の助手席には崔部長が座っているので軽く会釈。後部座席から助手と思われる人が降りてきて、乗車を手伝ってくれる。

 2台目にはすでに運転手と助手。後部座席にも大柄な助手の姿が見え、降車して英明を押し込むようにして乗せていた。

 後部座席に乗り込むと、「お知らせしていなくて直前で申し訳ありませんが、研究所の場所を特定していただきたくないので、失礼します」と運転席の栗山社長が振り向いて言うや否や、いきなり後部座席中央に座っている助手に首筋に何かを押し当てられ、軽い痛みが走る。

「なっ!」言葉をすべて発する暇もなく意識が朦朧としてくる。

「きゃっ!」アズサちゃんも一言叫んだ後、静かになる。

 後方で英明の「おいっ!」という声が聞こえたような気がしたけど、そのまま気を失ってしまった――。



 ――見慣れない部屋で目が覚める。少し頭痛がする。

 ぼーっとしてソファに座っていると、ノックの音がし「お目覚めですか?」と栗山社長が入ってくる。

「一体何を?」

「大変申し訳ありませんでした。直前に親会社からの指示で、高岡様固有のレアスキルを使用し研究所の場所を特定していただきたくないとのことで、移動の間もお休みになっていただきました」

 ――ということは窓からなにか大きな目印になるものが見えるのかな? と見回しても窓なんてない部屋だ。

「だからですか……。二人は?」

「はい、別室でお休みになられています。もうそろそろお目覚めになる頃かと」

「で、これから?」

「はい、予定通り高岡様は精密検査を受けていただき、その後に再LOGONテストを行わせていただきます。お二方は再LOGONテストにもご協力いただきますので、それまではお部屋で待機していただきます」

「わかりました」協力? ま、いっか。

「では初めに精密検査を行いますのでよろしいでしょうか?」

「はい。じゃ、案内してください」精密検査はオレだけ受けるんだしね。

「承知いたしました。では」とドアを開けついてくるように促される。

 ドアの外には同乗していた助手が立っていて、オレの後ろからついてくる。こんな所で逃げも隠れもできやしないのに厳重だなぁ……。

 廊下を挟んで反対側の二部屋の前にも助手が一人ずつ立っていたので、英明とアズサちゃんはそこにいるんだろうな。

 窓一つない、ドアばかりの廊下をしばらく歩くと左側に『MRI室』と表示パネルがある部屋が見える。

「高岡様は見た目上は人間ですが、医学的・生物学的にはまだ確認がとれていませんので、今回MRIで精密検査を受けていただき、その後採血をさせていただきます」

「ですね……」自分でも生身の人間だとは思ってるけど、実際のところほんの少〜しだけ不安だったんだよね。

「では高岡様、こちらへ」と先に手前の更衣室に入室を促される。

「私は先程の控室で待機しておりますので」と助手を残して栗山社長は戻って行った。

 中には若い看護師さんが待機していた。

 ん〜MRIとCTって違いは何だったっけな〜とぼーっと考えてると、看護師さんから「検査着に着替えてください。ブラとパンツは着ないでね。あと、アクセサリー類も外して、スマホや貴重品は……あ、そのポシェットに入ってるの? ワンピースに合ってるわよ〜。で、ロッカーに入れてナンバーロックキーで施錠してね」見た目が子供っぽいからなんか優しく言われる。

「はい、大丈夫です」……また言っちゃった。何が大丈夫なんだろう、口癖だな。

 検査着に着替える。ブラもパンツも着けてないからスースーする。

 更衣室を出ると今度こそ看護師さんと一緒に『MRI室』へ。助手の人はドア前で待機。

 部屋の中にはさらに『MRIシールドルーム』の表示と『MRI装置用障害防止図記号』のステッカーが貼られたドアがあり、看護師さんに誘導されて入る。

 うわ〜めちゃでかい機械だな〜。あ、ドアのステッカーには『MRI室内は常に強い磁場になっています』って書いてあったから、CTはⅩ線で、MRIは磁気でスキャンするんだったな〜とまたぼーっと考えてると、「では、台の上に仰向けに寝てくださいね〜」と看護師さん。

「は〜い」

 MRIの台に寝ると医師か技師らしい声が耳元のスピーカーから聞こえる。

『では、検査を始めます。閉所恐怖症はないですか?』

「はい」マイクもあるようだ。

『検査は全身MRI検査・ドゥイブスといいまして、約1時間で全⾝の検査を⾏います。ドーム型の装置の中に⼊り撮影します。検査撮影中は⼤きな⾳がしますが、痛みを感じることはありません。途中何回か息を⽌める指⽰を出します。うつ伏せ状態に体勢を変えて乳房検査も⾏います』

「はい」あ〜そんなに胸ないから不要なのにな〜。

『それから、緊急用のコールボタンを看護師から受け取ってください。もし気分が悪くなったり、例えば咳をしたくなったりした場合、ボタンを押してください』

 コール用のボタンが着いたケーブルを渡すと、看護師さん退室。

『では、検査を始めます――』しばらくすると工事現場みたいな機械の回転音?がうるさくなってくる。


 それから多分1時間くらい、コールボタンも使うことなく途中何回か指示に従い息を⽌めたり、うつ伏せになったりして検査撮影終了。

『はい、お疲れ様でした。ゆっくりと起き上がってください。気分は悪くないですか?』

「はい、大丈夫です」

『では看護師と一緒に別室に向かってください』

 きっとこれから採血なんだろうな。

 MRI室を出て隣のこじんまりとした部屋のベッドに座るように看護師さんから言われ、待っていると「右手と左手、どっちの方が血管出やすいかしらね〜」と言いながら、両肘の内側の血管を見始める。

「あら、血管が緑に見えるし色白で赤目金髪だからイエベちゃんかしらね〜」

「あはは、最近イエベ春って言われてます〜」

「うらやましいわね〜わたしなんて地黒だから……あ、ここなら採血できそう……じゃ、左手の親指を中に握って下に向けて2、三回グッパーしてね。はい、10ミリリットル3本採りますね~。ちょーっとチクッとしますね〜」

「はぃぃ〜」注射は嫌いだ〜

「はい、終わり。じゃ着替えて助手さんについていって控室で待っててね。忘れ物しないでね〜」

「はい」看護師さんからはオレはやっぱり15か16歳の子に見えるんだろうな。

 ドアの側に待っていた助手の後について先程の部屋に戻る。

 自分のいた部屋の反対側にいたはずの二人の助手がいない。

 もしかして……と不安になったけど二人ともオレが元いた控室にいた。おまけに助手まで二人。

「よかった〜。英明、アズサちゃん無事だった?」

「ああ、無事だがいきなり眠らされてえらい目にあった。それにあの助手には手も足も出なかった……」チラッと大柄な助手を見る。

「私もいきなり首に『チクッ』とされて気がついたら知らない部屋にいて……」

「その件につきましては、大変申し訳ございませんでした」

「ああ、わかってる。忍のレアスキルでここの位置を特定されたくないという『上からの指示』ってのはさっき説明受けたからな」

「重ね重ね大変申し訳ございません」栗山社長は平謝りだ。

 社長とはいえ多分『雇われ』社長だからな……。


「もうそろそろ昼になりますので、昼食でもいかがですか?」

「うん、オレ昨夜9時から何も食べてないからいただきますよ」

「もうそんな時間か」

「私もご一緒させていただいてもよろしいですか?」

「ええ、大丈夫ですよ」

「わたしは忍さんが良いなら」

「……じゃ、そうするか」まだご機嫌斜めな英明。

 携帯で栗山社長が指示し、しばらくすると昼食が運ばれてくる。

 また敵か味方かわからなくなった相手との微妙な昼食会――ワンプレートだけど上品な軽めのランチ――。


「お飲み物はアルコール以外でしたら、そちらにドリンクサーバーがございます」

 会話もなく四人で黙々とお昼を頂く。

 でも一口、口に入れただけで……美味しい。アズサちゃんと頷きあう。各人それぞれに合わせた量と味付け……なにもかもお見通しな感じがする。

「あ〜美味しかった〜。量もちょうどいいし、パンも美味しい〜」

「わたし、今度この味のパスタ作ってみますね〜」

「……」英明は声には出さないけど何気に満足気だ。

「あの〜タバコって吸っていいですか? 電子タバコなんで……」

「一応ここは医療施設なのですが、皆様がよろしければかまいません。あとこの室内であれば。」

「ありがとうございます〜」


 30分ほど経ち、栗山社長の携帯が鳴る。「はい、栗山です。結果ですね。承知しました」

「みなさん、高岡様の精密検査の結果が出ましたので、教授からご説明をさせていただきます」

「はい」

「そうか。行くか」

「はい〜」

 今回は助手を連れずに栗山社長が先ほどとは反対方向に向かう。

 しばらく歩くと左側に『生体検査室』と表示パネルがある部屋が見える。うぇ~生体検査室――なんかイヤな名前だな。


 栗山社長がドアをノックし、中から「どうぞ」と応えがある。

「栗山です。一条教授、失礼します」と中に入る。

 中には今日は助手席で見た以外に全く姿を見せなかった崔部長も。

「こちら、一条教授です。こちらは……」栗山社長が言うより早く「君がシノブさんだね。手っ取り早く言おう。君……いや貴女は99.9パーセント人間で、乳腺、子宮、卵巣他もちゃんとある女性ですよ」

「って、え? 99.9? 100パーセントじゃないんですか?」

「あ〜人間のDNAの塩基対は、約60億億からできている。そして、この60億の塩基対のうち、ひとりひとりに固有なものはごくわずかな0.1パーセントで、遺伝子の約99.9パーセントは……例えば隣の彼女と似通っている。つまり、100パーセント同じ人間というのはクローン以外存在しないんだよ」

 へぇ〜知らなかった……99.9パーセントの人間ねぇ……。

「じゃ、わたしは本当に人間なんですね?」

「そうですよ」

「よかったな!」

「よかったです〜」

「あと、もう一つ。貴女にとって残念か幸運かはわからないが、こちらの崔部長とはDNA鑑定の結果99.99パーセントの否定、つまりほぼ0パーセントで親子関係はなかったよ」

「つまり、わたしは『高岡 忍』のまま『アバター』の姿で女子化した……ということですね」

「そういうことになりますね……」と崔部長は少し寂しそうだ。「ですが、容姿がわたしのユイの16歳の姿ですので、私は全生命をかけて高岡さん、貴女を守ります」

「ええええ〜! な、なんかそれって愛の告白みたいな……」

「まぁ、ある意味愛の告白ですが……再LOGONテストは100パーセント成功させてみせますよ」

「あ、ありがとうございます……」う〜それ以上言えないじゃないかぁ〜

「ではそろそろ高岡様の再LOGONテストを行いたいのですが、よろしいでしょうか」と崔部長。

「そうですね……済ませないといけないですね」

「では、この施設の目的等ご説明さしあげながら一旦控室に戻りましょうか」と栗山社長は一条教授に再LOGONテストを開始する旨伝え、五人で『検査室』を後にする。


「この施設は以前お話しした通り、親会社のアストラル製薬の日本中央研究所です。皆様に関係があるところではフルダイブ技術を利用した医療機器の開発と研究も行っております」と栗山社長。

「へぇ〜なるほど……」

「素敵ですね〜」オレとアズサちゃんは感心して聞くが英明は黙ったままだ。

 その話を受け、「現在のVRMMORPG BulletSはそのほんの一部を利用した、まだまだ仮想世界しか実現していないゲームなんですよ」と崔部長。

「具体的には難病で外出が困難な方々を『現実世界』で自由に歩いたりさせ、」と話し始めると「崔くん、ちょっと……」栗山社長が止めに入る。

「ふ〜ん、脳と現実世界のアバターの五感すべてがBCIで接続すれば可能だろうな」と英明。

「現実世界で自由に動けるように――つまりあんた方の狙いってアバターを現実世界でも生身として実在させる……つまり今の忍が狙いなんだな?」

「……」崔部長は黙り込むが、栗山社長は「何のことでしょうか?」と取り合わない。

「前々から怪しいとは思ってたんだが、慰謝料にしてもおよそ考えられない金額だし、転居にしても……ま、俺たちが勝手に付いて行ったのも想定内というか予定通りだったんだろ? あの睡眠薬だか何かを打ったのだって立派な傷害罪だ。下手すりゃ精密検査と再LOGONの結果次第では三人ともここから無事に帰さないつもりだったんじゃないか? それにな……」

「英明、もういいよ。崔さんはオレを守ってくれるって言ってくれたし、この会社の目的なんて関係ないよ。ダイブできて、無事にLOGOFFさえできれば。ね、崔さん?」オレは夢でLOGOFFするためにメニューが出せなかったことを思い出し、少し不安になりながらも英明を止める。

「お前なぁ、あいっかわらずお人好しだな!」

「うっさいな! これはオレが決めたことなんだよ!」

「なんだと!」

「そうじゃないか! だいたい引越しだってオレ一人がすればいいのに!」

「お前な!」

「二人ともやめてください! 今はそんなことを話してる場合じゃないです!」とアズサちゃんに止められる。

「……そうだな。忍がいいならそれでいい」

「うん。で、どうなんですか? 栗山社長?」と今度はオレが聞く。

「勝野様がおっしゃる内容は当たらずとも遠からずですね。『アバターを現実世界でも生身として実在させる』ことにつきましてはすでに実現化の目処がついてます」

「なんだって?」

「えええ?」

「実は高岡様のログデータからある条件下においてのみ、現実世界でもアバターの姿のままとなることがわかりました」

「そ、その条件って……?」

「詳細をご説明すると長くなるのですが……いいでしょう。崔くん、手短にご説明さしあげて」

「はい。高岡さんが自主的にLOGOFFせず、強制LOGOUTされたときのことを覚えてらっしゃいますか?」

「え? ん〜たしか『天の秤目』を使っている最中……」

「そうです。高岡さんと同じ状況の方が他にもう一人いらっしゃいまして、その方のログと高岡さんのログをVerify Checkしたところ、その方も強制LOGOUT時に『天の秤目』を使用していました。つまり強制LOGOUT時に『天の秤目』を使用していた方のみが現実世界でもアバターの姿をしています」

「そうなんだ……やっぱりもう一人いるんだ……」まさかあいつか?

「その件は、わかった。が、どうしてあんな高額な賠償金なんだ?」

 今度は栗山社長が「現実世界でもアバターの姿となったことで不自由を強いてしまったことへの慰謝もありますが、私共は長年その研究開発を行なっておりましたが一向に進まず、それが偶然とはいえ実現可能になった事への謝礼といえばわかりやすいでしょうか」」

「んじゃ転居については? これはオレが必要だから乗ったんですけど、やっぱり三人がその……知りすぎていたからですか?」

「最初はまさにその通りでした。示談書にもありますが、『マスメディア等を用いて不特定多数への情報伝達及び風説の流布を行って』いただきたくはなかったんです。そのため、皆様が同じ場所に住んでいただけるよう、ある意味、操作と監視を行うことにしましたが、」

「それだよ! 監視はまだ続いてるんだろ?」と英明が再び怒りを表す。

「いえ、ボディーガードの件は皆様に協力いただけるように仕向けたいわばブラフです。最初っから存在していませんよ。それに監視カメラや盗聴器も」

「くっ!」と英明。

「そして完成すれば、アストラル製薬より『アバターを現実世界でも生身として実在させるシステムが完成した』と公表する予定です」

「へ?」

「よかったです〜」

「え? じゃ、俺たちはもう用済みってことなんじゃないか?」

「いやいや、そんなことはありません。ですがこれは高岡様の再LOGONテスト後に……」

「じゃ、朝の睡眠薬だか何かはどう説明するんだ? あれは犯罪行為じゃないか?」

「そちらに関しましては、親会社からの指示で仕方なく行いました。重ねてお詫びいたします」

「それだけで済ますつもりなのか?」

「英明、もうやめよう? 栗山社長だって指示でやったんだし、実害は無かったんだから」

「そうですよ」

「お前らなぁっ!」

「それでも勝野様が犯罪とおっしゃるなら、戻られてから警察にご連絡してはいかがですか? US本社は警察庁にも手を回しているはずですので」

「……」英明は栗山社長を睨みつけ無言の怒りを発している。

「これだけはお伝えしておきますが、私共は高岡様の精密検査と再LOGONテストの結果にかかわらず、皆様の安全を保証いたします」と栗山社長。


 しばらく控室で待っていると、崔部長から栗山社長に電話。「準備が整いましたので検査室に移動しましょう」と栗山社長。

 オレは英明とアズサちゃんには控室で待っててくれと言ったけど、怒りが収まった英明はオレの再LOGONテストに同行する気になったようだ。

 栗山社長の後に続きドアには何の目印もない、かすかな機械音がする部屋に入る。中にはガラスのパーティションで区切らた区画に巨大な機械が3台置かれている。

 これが『フルダイブ技術を利用した医療機器』で、再LOGONテストはギアではなくこの機械で行うんだろうな。

 形状は人一人が仰向けに寝られる長細い上部が丸みを帯びたカバーが付いているもので、SF映画によく出てくるカプセル状のコールドスリープ装置が一番近いイメージだ。

「崔くん、テストは任せた。一条教授がまだ話があるようなんだ」と携帯で話していた栗山社長は部屋から出て行く。

「承知いたしました。では、これから高岡さんのVRMMORPG BulletSへの再LOGONテストをクローズ環境で開始します」と崔部長。

 あ、なんか夢と同じだ……とイヤな記憶が蘇る。

「クローズ環境でダイブ出来ましたら、軽く運動機能のテストを行っていただきます。LOGOFFはわたしの方から遠隔で行います。その後、本社サーバーと接続してVRMMORPG BulletSに今度は皆様全員でダイブしていただきます」……そう言えば精密検査を受ける前、二人にもLOGONテストに協力して欲しいようなことを言っていたような……これのことだったのか。

「え? 俺もなのか?」

「わ、わたしもですか〜?」

「はい。あなた方三人はチームですからね」

「ま、しょうがないか。付き合ってやるさ」

「でもわたし、始めたばかりですけど……」

 崔部長はそれには構わず「では、高岡さん、検査着に着替えてください」とテスト準備を始める。

「わかりました」更衣室に向かうと、前にはさっきの看護師さんが待っていた。

「え~っと下着は……」

「今度は着ていてください」あ〜よかった。

「貴女、あのシノブさんなんですってね! 女性になるってどんな感じですか? やっぱり心は男性のままですか?」カルテでも見たんだろう。

 口調も先ほどとは違って年下相手の感じがなくなってるが、色々聞いてくる。

「ん〜身体と心のバランスが違うから、かなり混乱しますよ〜」

「それはそうですよね〜」

 着替え終わり、また貴重品をロッカーに入れる。

 更衣室を出て「準備できました〜」と崔部長に言うと、「ではこちらのこの電極テープを額につけてマシンの中で仰向けに寝てください」

「はい」

 言われた通りマシンから延びているケーブルがついた電極テープを看護師さんから受け取り、額に貼り付け英明とアズサちゃんが見守る中、マシンの中に入る。

 中は頭もある程度固定され、額のテープ以外にもいつも使っているギアと同じようなセンサーがあるんじゃないかな? と思っていると、カバーが閉じ、薄暗いけどブルーでカプセル内がほんのり見えるくらいの明るさの照明が点灯する。

『このマシンは皆様がお使いのギアの拡張版でして、電極テープでより微細な脳波――具体的には前頭葉一次運動野からの信号――を検知できるようになっています』と耳元のスピーカーから崔部長の声……なんかさっきからだけど、今日はいろいろ講義を受けてるみたいだ。

『では、LOGONシークエンスを始めます』と同時に久々に聴くアナウンスが始まる。


『最初に視覚と聴覚がVRMMORPG BulletS SYSTEM制御下に入ります――成功しました。次に四肢の触覚・味覚・嗅覚の身体感覚がアバターと同期します――成功しました。ようこそVRMMORPG BulletSの世界へ。コマンドはすべてメニューから操作が可能となりました。メニューは……』

 クローズ環境とはいえ、10数秒ほどで約一週間ぶりにVRMMORPG BulletSの世界にダイブできた。

 最初はぼんやりと、そのうちはっきりしてきた視覚で周囲を見渡したり、手足を動かして身体の動きや地面を触って感触を確かめる。

 うん、いつも通りだ。小高い丘の上から『始まりの街』が前方に見え、周囲の音も風も感じられる。

 早速メニューを表示させ、LOGOFFがあるのを確認してほっとしたので、愛銃ASM338(AWSM)を実体化させ、クローズ環境だから一発空に向かって撃つ。発砲の反動も久々だ。

『高岡さん、聞こえますか?』と擬似インカムから崔部長の声が聞こえる。

「はい、鮮明に聞こえます。こちらの状況ですが四肢の感覚も以前と変わらず、射撃もできました。痛覚はいつものようにゼロです。あ、味覚はわかりません」

『了解です。次は遠隔でメニューを表示します。LOGOFFの表示はありますか?』

「はい、あります」

『ではこちらから遠隔にてLOGOFFします』

 当時に周囲が暗転し、やがてカプセル内の青い照明が見え始める。

 あ〜夢と違ってちゃんと現実世界に戻って来れた〜良かったぁ……と、しばらくカプセルの中でぼーっとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る