第26話 紺ブレとプリーツスカートと黒ストと
翌木曜日、梓ちゃんの胸に顔をうずめようとしたその寸前、目覚ましの音で目が覚める。
んんん……やっぱりおっぱいは大きいほうがいいなぁ……。
眠気が残る中、ふとそんなことを思いながら、目をこすりつつ起き上がる。
昨夜、2人はゲームをしたのかな? それとも……。
昨日までとは違って、今日から、正確には昨夜からだけど、3人暮らしが始まった。
食事は梓ちゃんにばかり作ってもらうのも気が引けるから、せめて先にコーヒーを淹れようと、パジャマのままでキッチンに向かうと、すでに梓ちゃんが朝ごはんを作り始めている。
おっと、ちょっと顔を合わせづらいけど、朝の挨拶をしなきゃ。
「おはよ〜」
「おはようございます〜」
「コーヒー淹れるね〜 インスタントだけど〜」
「助かります〜忍さん、よく寝られました?」
「うん。ぐっすりだよ〜梓ちゃんは?」
「はい〜」
「ゲームは進んだ?」
「えっと〜VRMMORPG BulletSのアカウント登録して、アバターは私が選んで……あ、プレイヤー名は、アズサで」
梓ちゃんがちょっと照れながらプレイヤー名を言うと、クスッと笑いがこぼれる。
「あはは、梓ちゃんもそのまんまなんだ〜 デビューおめでと〜」
「はい〜 装備は秀明くんが選んでくれたのを購入したんですよ〜 ダイブしてから銃は秀明くんのM何とかってのを借りて、射撃の練習とか色々したんです。だからまだちょっと眠いです〜」
色々ねぇ……。
「あ〜それM16A3だね〜上手くいった? あ、どんなアバターにしたの?」
VRMMORPG BulletS以外の話は、今はやめとこうっと。
「前に忍さんが使ってて、私に似てるって言ってたT何とかってのです……身長差がちょっとあるんで、違和感あるんですけど、なんとか射撃も出来ました〜」
「あ〜T-0814ね〜懐かしいな〜 身長差は何日かすれば慣れるよ〜 そういえば秀明はまだ寝てるの?」
「ええ……」
まぁ昨夜は色々頑張ったんだろうから、まだ寝かせておこう。
なんたって通勤は徒歩10分くらいだし、9時まで寝てても間に合うしね。
「ね、梓ちゃん。今日は何着ていけばいいかな?」
「今日こそ紺ブレとスカートですよ! あ、もちろん膝上5センチの普通ので、オーバーニーか黒ストで……」
「オ、オーバーニーはやめよう! それに黒ストって無いよね?」
「あ、買ってありますよ〜30デニールの。ちょっと大人っぽすぎますかね〜」
デ、デニール? 何だ?
「ふ、普通のハイソでいいよ〜」
「え〜それだとOLじゃなくて、普通にJKになっちゃいますよ〜」
「スカート自体、紺とダークグリーンのプリーツスカートでめちゃJKじゃん……黒ストなら少しはOLっぽくなる?」
「まぁ、30デニールなら……JKだと60デニールくらいですしね〜」
「そう、それ。デニールって何?」
「私も詳しくないですけど、繊維の太さを表す単位で、数値が大きいほどストッキングの糸が太くなるんで、30なら割と透け感も大人っぽいと思いますよ〜」
「透け感ねぇ……そ、そうなんだ……じゃ黒ストにしようか……」
「わかりました〜じゃ、朝ご飯食べたら、また着替え手伝いますからね〜」
「うん、お願い」
「秀明起きてこないから、先に食べちゃわない? お腹すいたし」
「そうしましょう!」
ここ何日間か、朝ごはんはいつも梓ちゃんと2人だ。なんかいいな〜
今朝見た夢のこと、黙っておこう。
しばらくして秀明が起きてくるけど、開口一番が「腹減った……」だ。もう亭主関白を発動してるなぁ。
ま、2人がいいならそれでいいんだけどさ。
朝ご飯を食べ終わって、オレの部屋で着替え始める。
ブラジャーはやっぱり窮屈だし、まだ自分1人ではうまく着けられない。しばらくは梓ちゃんにサポートしてもらわないといけないけど、早く1人で着けられるようにならないと。だって、オレの後ろからブラを着けてくれるんだけど、必ずおっぱいをむぎゅ〜ってしてくるし。
「梓ちゃん、ブラを着けてくれるとき、後ろからおっぱいむぎゅ〜するけど、な、なんで?」
「え? 普通じゃないですか?」
「そ、そうなの? 女子校って怖い……」
「女子校って、そんな感じでしたよ?」
梓ちゃんは中学から大学までずっと女子校だったから、そんなものなのかな。身長が高いから、どこか王子様みたいな感じだったのかな?
「私、おっぱい大きくて重くて肩凝るんですよね……忍さんよりちょっと大きいくらいがいいな〜って」
「そ、そう? 逆にオレはもっと大きいほうがいいな〜 でも大きいと肩凝るし、悩みどころだね」
「そうなんですよ〜これって男の人にはわからない悩みなんですよね〜 秀明くんなんて、おっぱいは大きければ大きいほど良いとか言っちゃってますけど〜」
「男なんてそんなもんだよ〜」
そう言いながら、今度はストッキングを履く。お尻や太ももが少し締め付けられて、ちょっと違和感があるんだよね。でも、こうやって毎日少しずつ慣れていかなきゃなぁと思う。
「ストッキング、履き慣れないからなんか違和感」
「そのうち慣れると思いますけど、もし嫌なら太もも丈のストッキングにしましょうか~?」
「へ~そんなのもあるんだ。でもそれってオーバーニーソだよね?」
「ん~そうですね~ でも、膝上5センチのスカートなら似合いますよ~ もう少し丈が短いスカートでもいいかもしれませんね~ 会社帰りに見てみましょうか? あ、そうだ。替えの下着類もそろそろ増やさないと~ それに! お化粧道具も無いから買いましょうね!」
梓ちゃん、なんか楽しそうだな……早口だし。
今日もポニテに黒リボン。きっちりとお化粧もしてもらった。
着替え終わったので、リビングに戻る。
出社までまだ30分は余裕があるな~ 梓ちゃんは自分でお化粧をぱぱっと済ませる。さすが本物の女性だ。
秀明は1人でTVを観てる。オレに彼女取られちゃった気分かな~?
「秀明、梓ちゃんから聞いたぞ~」
「な、何を?」お? ちょっと動揺してるか~?
「梓ちゃん、VRMMORPG BulletSデビューできたんだってね」
「お、おう。初日のおまえより腕前は良いみたいだぞ」
「ほほ~、じゃますます3人でチーム組まないとな~ チームS・S・Aとか~」
「ま、その前に忍が再ログオンできなきゃな!」
「あ~そうだ、今日は木曜? あさってか~」
「ま、大丈夫だろ」
「根拠なしに言わないでくれる~?」
「栗山さんも崔さんも付いてるから、大丈夫だと思いますよ~」
「梓ちゃんまで~」
「そろそろ会社行くか。忍はだいぶ仕事が溜まってるからな~」
「ああ~それもあったか~」
しょうがない! 出社するか~
◇
部屋もマンション出入り口も、オートロックだからカードキーは忘れちゃいけないし、社員証もまだ自分では見慣れない顔の写真だからちょっと戸惑う。
なんだかカードが増えちゃったな。
3人で徒歩出勤。
「もしかして3人揃って出社なんて、初めてじゃない?」
「そうですね〜 新鮮な気分ですね〜」
「だな」
会社に着いて、新しい社員証で入室。
「おっはよ〜ございま〜す」と元気よく挨拶。
「おす」
「おはようございます」
秀明と梓ちゃんはいつも通り。
「おはようございま〜す」
「おはよう」
「あ、高岡さん、今日はスカートですね〜」
「ブレザーと合ってますよ〜」
「でもちょっとJKっぽいですね〜」
「あ〜、なんかやっぱりちっちゃくて可愛い」
女子社員たちに囲まれる。
「そ、そう?」
「えへへ〜」梓ちゃんはなぜか嬉しそう。
部長が「お! 高岡さん、今日はスカートか〜、うんうん」
最近は容姿について言及するとすぐセクハラ判定されるから、それ以上は言わないんだろうけど、なんだか部長まで嬉しそうに見える。
オレの場合、見た目は女で中身は男だから、どう受け止められているのかちょっと複雑だな。
昼休み。昼食はいつも10階にある社食を利用している。この本社ビルはグループ会社も入っているので、数社が共同で利用している。
3日前は昼からの出社で、おとといは運営の人たちが来るのが気になって食べ損ね、昨日は引っ越しで有給休暇だったから、女子化後初の社食利用。
秀明と梓ちゃんと一緒に行くんだけど、やっぱり金髪赤眼美少女――自分で言うか〜い――は目立つから、振り返られたり2度見されたりする。真相を知っているのは開発2部の人たちだけだしな。あ〜、明日はコンビニ弁当にしようかな。
いつものA定食を頼む。会計は社員証を読み取って給料から天引きされるので、トレイを受け取ってそのまま空いているテーブルを探し、3人でお昼をいただく――んだけど、1人前が食べきれない。
あ〜、やっぱり女子化すると胃も小さくなるんだな。結局、3分の1くらいしか食べられなかった。こりゃ、コンビニ弁当も無理かもしれないなぁ。
そんなオレを見ていた梓ちゃんが提案してくれる。
「忍さん、あんまり量を食べられないみたいですから、私、お弁当3人分作っちゃおうか〜?」
「え、本当? それ嬉しいかも!」
「うん。助かる。俺、大盛りな」と秀明。
「じゃ、明日からはお弁当にしましょう〜 帰りに忍さんのお洋服買いに行くついでに、みんなのお弁当箱も買っちゃいましょうね〜」
「うん! あ、そうだ。食材代は3人で分けないとね」
「そうだな、気づかなかった」
「お願いしますね〜」
お昼を早々に切り上げて、3階に戻る。
「オ……わたしちょっとタバコ吸ってから戻るね〜」と1階の共同喫煙室に向かう。
見知った人に会いませんように、と願いながら、まるで中学生が隠れて吸うように喫煙室の端っこでタバコを吸う。
あ〜いつまでこんな風にコソコソしなきゃいけないんだろう……。
再ログオンして、ログオフしたら男に戻るなんてことは無いんだから、運営が女子化を公表してくれればいいのにな。ま、それも無いか〜なんて思いながら部に戻る。
仕事が溜まっていたから今日は残業するつもりだったけど、「仕事の切りがいいところで終わらせてくださいね〜今日は色々買い物しなきゃなので〜」と、梓ちゃんに引きずられるようにして閉店30分前ギリギリにデパートへ向かう。
秀明に残りの作業を押し付けて、少しだけ残業。ごめん、秀明。
慣れないレディースフロアを、梓ちゃんの後ろをついて回る。
「忍さん小さいからジュニア用でもいいんですけど、さすがにそれは変ですよね〜 XXSかXSのサイズを見ていきましょうか?」
「うん。パンツスーツもXSだったし、それにVRMMORPG BulletSの迷彩服も同じサイズだから大丈夫だと思うよ〜」
「あ、あの〜軍服と一緒にはならないと思いますけど〜」
「あはは、そうだよね〜」
「カラーコーディネートは、パーソナルカラーがイエベ春ですね〜」
「パーソナルカラー? イエベ春? それって何?」
「ベースカラーがイエローで、春に咲くお花のような雰囲気。暖かく明るくて華やかなイメージで、可愛らしくて若々しい印象なんですよ〜」
へ〜、オレってそんな感じなんだな〜
「逆に私はイエベ秋なんですよ〜 イエベ秋のベースカラーもイエローなんですけど、秋だから落ち着いた都会的な雰囲気。熟した果実や紅葉のような、シックで暖かみのあるイメージを持っているんですって〜」
ん〜、そう言われればそんな感じかもな〜
「あ、誤解しないでくださいね〜 パーソナルカラーって、肌の色や瞳の色、髪の色などを元に個人に似合う色を診断する方法なんで、性格とかとは関係ないですからね〜」
「あ、そうなんだ……オレ、てっきりパーソナルカラーで性格の傾向がわかるのかと思った」
「でも、無関係でもないっていう説もあるんですよ〜」
「なんか奥が深いな〜、梓ちゃんって詳しいねぇ」
「はい〜、いろいろ勉強してます〜」
「じゃ、パーソナルカラーで洋服とコスメ関連を選んでもらおうかな〜」
「ええ、そうしますね〜 色でいうと、ブラウン、ベージュ、キャメル、オレンジ、コーラルピンクなんかが合いそうですね〜」
替えの下着やブラはパーソナルカラーを考慮せずに、ちょっと短めのスカートはブラウン系のチェックで着丈42センチに。パンツが見えないかちょっと気になるけど、ワンピースはキャメル色で、コスメ類はさっき言ってた色を元に選んでもらって購入。
太もも丈のストッキングはやめて、黒のオーバーニーソを選んだ。
「今日もたくさん買い込んだけど……」
「女の子は毎日同じ服を着ちゃダメですから、しばらくはこれで大丈夫ですね〜」と、涼しい顔で梓ちゃん。
「そうだ。ブラウスだけだと胸元が心許ないからネクタイしようかな……って、でも全部処分しちゃったよ」
「じゃ、新しく買いましょうか〜 ブラウスにリボンだと完璧にJKになっちゃいますから〜 それに最近はブラウスにネクタイも全然変じゃないですからね〜」
と、オレンジレッドや明るい青の無地や小紋など細かい柄のネクタイを数本追加。
明日は何着て会社に行こうかな……。
◇
翌日、上は昨日と同じくブラウスと紺ブレに、昨日買ったオレンジレッド小紋柄のネクタイを合わせる。
スカートはちょっと短めのスカート。短めだけど低身長だからなんとかパンツは見えなかった。それにオーバーニーソ。おかげで絶対領域ができて、ちょっと満足。
ローファーを履いてるから、まるでJKみたいだけど、「うん! 私のコーディネート完璧!」と梓ちゃんが言うから、しばらくは任せちゃおうっと。
今日も3人で出社。梓ちゃんの手作り弁当も持ってね。
今朝も「おっはよ〜ございま〜す」と元気よく入室。
「おはようございます」
「おはよう」
「わ、JKが入って来たと思ったら高岡さん!」
「しかも絶対領域!」男性社員たちが色めき立つ。
「えへへ〜」
「なんか楽しそうですね〜」と梓ちゃん。
「うん、なんかちょっと目覚めたかも〜」
女子社員からも「昔と比べて最近高岡さん、明るくて良い感じですね〜」
昔って……まだ数日じゃん。
「そ、そう?」
うわ、やっぱり男のときはいわゆる陰キャに見られてたんだ……でもここ2、3日で、あまり意識しなくても女の子っぽい話し方ができるようになったみたい。
「あ〜高岡さんって、イエベ春だから、茶色系のスカートとレッド系のネクタイが似合ってる〜」
「いいな〜イエベ春。日本人だと2割くらいしかいないんですよ?」
「へ〜そうなんだ〜 でもわたし、金髪赤眼だから……日本人っぽくないよね〜?」
「あ、そうかも〜」
女子トークもできるようになった。
可愛く明るく見えるようにしなくっちゃね!
今日はちょっと残業して区切りをつけて――いよいよ明日は、精密検査と再ログオンテストの日だ。
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