第25話 引っ越し終了
何はともあれ、この部屋……広いなぁ。ひとりじゃ到底使いこなせない広さだけど、幸い今日から3人暮らしだ。
ちょっと安心したら急にお腹が空いてきた。とりあえず、レンチンで何か手軽に済ませようかな。
そうだ、住所を秀明と梓ちゃんに連絡しておかないと。
引っ越し業者がオレより遥かに上手に整理してくれた冷蔵庫から、冷凍のカルボナーラを取り出してレンチン開始。
湯気が上がるパスタを頬張りつつ、秀明と梓ちゃんに新居の住所をメールで送信した。
『宛先:秀明;梓ちゃん;
件名:仮住まい先の引っ越し完了!
仮住まい先(新居?)の引っ越し完了しました!
エントランスで、606号室を呼び出してね。そしたらエレベーターホール入り口のロック解除するよ。
電気・ガス・水道も全部開通&開栓済みだから、今日から普通に暮らせます!
ちなみに、光回線は最大10ギガbpsを2回線分。通信環境は快適すぎてビビるレベルかも。
あとね、君たちの愛の巣(笑)にはベッドを2つちゃんと用意しておいたよ~ いや、正直1台で足りるかもだけどね……w
なんかこの状況、怪しいことだらけだけどまあ気にしない方向で!
住所と間取り図も添付したから、確認よろしく~!』
お腹もいっぱいになったし、まだ14時過ぎ。2人が帰ってくるまで時間もあるし、ちょっとゴロゴロするか。
ベッドに寝ころんでスマホを手に取り、VRMMORPG BulletSの話題を検索してみる。『トラブル』『ログオン』『プレイヤー』『アバター』『チームS・S』……関連キーワードをいろいろ試してみたけど、特に目立った情報はなし。
試しに『シノブ』でエゴサしてみても、SNSにはそれらしいつぶやきなんてひとつもない。
なんだよ、栗山社長が言ってた「チームS・Sのシノブが不在」って話、全然話題になってないじゃん。肩透かしだな〜
スマホをいじっているうちに、どうやら寝落ちしてしまったらしい。気づけば、秀明と梓ちゃんに襲われる寸前という謎の展開の夢で目が覚める――と思ったら、部屋に響くチャイムの音が現実だった。
「あぅ〜、なんて夢だぁ……これ、正夢なの? それとも願望?」
そんなことを呟きつつ、うるさく鳴り続けるピンポンにようやく意識を戻す。
「あ〜もう、はいはい! 今行きま〜す!」と声に出しながらエントランスのモニターを確認すると……映っていたのは秀明と梓ちゃん。ってことは、もう19時近いのか?
慌ててエレベーターホールのロックを解除。あとは2人が上がってきたら、きっとまたドアフォンが鳴るだろうから玄関を開けるだけ。
でも正直、2段階で開けるのって地味に面倒くさいよなぁ。
やがてドアチャイムが鳴ったので、モニターで確認してからドアを開ける。
「お、おかえり〜」
「おう」
「ただいま〜! なんか新居っぽくて、ちょっと照れちゃいます〜」
秀明と梓ちゃんが入ってきたけど、さっき見た夢がまだ脳裏に焼き付いてて、なんだかまともに顔を見られないや。
「忍、どうしたんだ? なんか顔、赤くないか?」と秀明が不審そうにのぞき込む。
「熱、測ったほうがいいんじゃないですか?」と梓ちゃんも心配そうだ。
「いやいやいや、大丈夫、大丈夫! ちょっと寝てて、起きたばっかりだから!」
「なんだ、また寝てたのか。まあ、引っ越し疲れもあるだろうしな。それにしても、なんだあのメールの文面は!」
あ、やっぱり突っ込まれたか……。
「え、だって愛の巣じゃん〜?」
「おまえはな〜!」
秀明が呆れたように肩をすくめる。
「それにしても、この部屋広いな!」
話題を変えて部屋を見回す秀明に、オレも頷く。
「ね? 3人で暮らすにはちょうどいいでしょ?」
「まあ、確かにそうだな」
一方、梓ちゃんはキッチンを見て感心している。
「この広いキッチンなら、お料理も捗りそうですね〜!」
「いいね! でも今日はとりあえず引っ越しそばでしょ?」
「もちろんです! さっそく茹でちゃいますね〜」
「ありがと〜!」
オレたちの新生活、ここから始まる。
「ん〜、ボディガードの件だけど、栗山社長がオレのそばにいない間はマンションの周りに昨夜から配置されてたらしいよ。それと、条文の穴を突かれたとかなんとか愚痴ってた」
「……ああ、あの忍の逆襲の件か!」
秀明が思い出したように笑う。
「うん。でも、オレたちの絆の強さには頭が下がるって言ってたよ」
「はっ、なに負け惜しみ言ってんだか」
秀明は鼻で笑うけど、どこか満足げな顔をしている。
栗山社長の評価はともかく、こうして3人でいられるのはやっぱりいい。
「あ、そうそう。気になることがあるんだけどさ」
思い出したように話を切り出す。
「朝、ベッドはこれから搬入予定って言ってたのに、ここに来たらオレの部屋に1台、秀明たちの部屋には2台、すでに設置されてたんだよね。それに、光回線も1部屋に1回線ずつ引かれてた」
「……怪しいな。引っ越し業者の名前、確かAM社って言ってたよな?」
「うん。『アストラル・ムービング』の略じゃないかと思ってる」
秀明が小さく舌打ちしながら頷く。
「だよな。示談の前から、このマンション用意されてたっぽいよな。段取りが良すぎる」
「そうなんだよ。搬入中、オレは『ベッドから動かないように』って指示されたしさ。それに栗山社長が『トラックの荷台が空なのをチェックしに行ってた』とか言ってたけど、その間、姿が見えないときがあったんだよね」
秀明が険しい顔で腕を組む。
「じゃあもう、盗聴器や監視カメラくらいどこかに仕込まれてるな」
「えぇ〜! そんなの絶対イヤです〜!」
梓ちゃんが思わず声を上げる。
そこでオレが軽い調子で茶化す。
「だったら、2人がラブラブなところを見せつけちゃえば? そしたら監視なんてアホらしくてやめるんじゃない?」
「忍!」
秀明が一気に顔を赤くして怒鳴る。
「てめぇ、言っていいことと悪いことがあんだぞ!」
「……いやいや、冗談だってば」
でも、2人の反応が面白すぎてつい言っちゃうんだよな。
「まぁまぁ、2人ともケンカはやめてくださいよ〜 お蕎麦食べましょ?」
梓ちゃんがニコニコしながら間に入る。
「う、うん」
「そうするか」
「それにしても、お腹すいた〜 昼はレンチンだったから余計にね」
「またレンチンかよ、おまえ」
秀明が呆れたように言う。
「だってさ、料理って面倒くさいじゃん〜」
「今日から私が作りますから、忍さんは安心しててくださいね〜」
「マジ? 助かるわ〜! ありがと〜」
そんなやりとりをしているうちに、梓ちゃんが手際よく蕎麦を茹で上げてくれた。
「さ、できましたよ! さっそくいただきましょう!」
3人でテーブルを囲む。
「いっただきま〜す!」
「いただきます!」
「召し上がれ〜」
湯気の立つ蕎麦をすすりながら、ふと感じる。
こうして一緒にご飯を食べてると、いつもの風景が少しずつ形になってきた気がするなぁ……。
お蕎麦をすすりながら、思い出した。
「あ、そうだ。カードキー3枚預かってたんだ。はい、1枚ずつね」
2人にカードキーを渡してから、続ける。
「で、さっきの話の続きだけど、あとは特に変わったことはなかったかな」
「なるほど……」
秀明はカードキーを手にしながら、小声で言う。
「ま、忍の再ログオンテストが終わったら、盗聴器とか監視カメラがないか調査を業者に依頼しないとな」
オレも小声で返す。
「それがいいね。しばらくは、えっちも控えてさ〜」
秀明は慌ててまた小声で言い返してくる。
「おい!」
梓ちゃんがきょとんとした顔をしてるのを見て、話題を変えることにする。
「あとさ、栗山社長が言ってたチームS・Sのシノブの不在っぽい話題とか、VRMMORPG BulletSのトラブルがどうなったのかネットで検索したんだけど、結局何も出てこなかったよ」
「そうか……巨大企業の力で揉み消されたんだろうな」
秀明は眉間に皺を寄せながらそう言った。
そこでオレは急に別のことを思いつく。
「あ、そうだ秀明! この部屋、10ギガbpsのネットあるんだし、久々にダイブして『チームS・S健在!』ってアピールしてくれない? オレは『仕事で多忙中』とかって理由にしてさ〜」
「それもありだな。じゃあ、今晩ダイブしてみるか」
「そうそう、オレまだ入れないからさ。ギアを梓ちゃんに貸してダイブさせちゃえば?」
「え、私も今日からできるんですか?」
梓ちゃんの目がキラキラと輝く。
「おう、みっちり仕込んでやるぞ」
秀明が自信満々に言うもんだから、オレは朝自分で言ったセリフを思い出してしまう。
なんだよ、それ。オレが言うと普通なのに、秀明が言うと……なんかエッチじゃん……。
夕飯も食べ終わって、一息ついたところで、ふと体の疲れを感じる。
「今日は疲れたから、先にお風呂入って寝るね〜」
「おう、ゆっくり休めよ」
「はい、おやすみなさ〜い」
2人の声を背中に受けながら、自分の部屋へ向かう途中でふと思い出す。
「あ、そうだ。忘れてた。ちょっと待ってて」
そう言って、秀明を少し待たせてから、自分の部屋から取り出したものを秀明に渡す。
「これ、使うんでしょ? あんまりやりすぎないようにね〜」
突然の言葉に、秀明が怪訝な顔をする。
「な、なにをだ?」
「え? ゲームだよ〜?」
にっこりと笑って言うと、秀明は少したじろぎ、オレからギアとノートPCを受け取ると、視線をそらした。
「くっ! お、おう! じゃな!」
早足で部屋に戻る秀明を見送りながら、思わず笑ってしまう。
お風呂に浸かりながら、さっきのやり取りを思い出して軽く吹き出す。
今日1日のことを振り返ってみる。
朝起きたら女の子になってから5日目。引っ越しやら色々と忙しかったけど、ようやく1日が終わった。
明日からはどんな日になるのかな……。
そんなことを考えながら、布団に潜り込む。
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