第31話 アストラル・ゲームスの目的
「再ログオンテスト終了です。お疲れ様でした」
崔部長の声には、心なしか安堵の響きが感じられる。
ちゃんとログオフできた安心感から、ついぼーっとしていると――
「おい、忍、どうした? 大丈夫か?」
「忍さん!」
秀明と梓ちゃんが心配そうに声をかけてくる。
「あ、大丈夫大丈夫~ 無事にログオフできてホッとしちゃってさ、ぼーっとしてただけ。ほら、今朝はログオフできない夢見て、大声出しちゃったじゃん? みんな起こしちゃったし」
「そうだったな」
「逆夢だったんですよ~」
「それではしばらく休憩を挟んだ後、本社サーバーに接続した本番環境でのVRMMORPG BulletSへのログオンを行っていただきます。先ほどお願いしましたが、お2人もダイブしていただけますでしょうか?」
崔部長が秀明と梓ちゃんに尋ねる。
「ん~、さっきは付き合うとは言ったが……やっぱり、おまえらの意図を聞きたいな」
秀明が少し警戒したような表情で応じると、崔部長は軽く頷きながら続けた。
「――それでは、別件のお話もございますので、休憩中に栗山からご説明させていただきます。申し訳ありませんが高岡さん、いったん検査着から着替えて控室に戻っていただけますでしょうか?」
そう言うと、崔部長はスマートフォンを取り出し、何やら電話をかけ始めた。
しょうがないな〜と思いながら、また更衣室に行きワンピースに着替え始める。
「看護師さん、この検査着あとでまた使うんですけど、ロッカーに入れたままで大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですよ〜 検査やテストが続いて大変ですね」
「まぁ、仕方ないですよね〜」
そう言いながら着替えを終え、皆と合流して控室へ向かった。
控室に戻ると、今度は一条教授も同席していた。
「皆様、お飲み物は何になさいますか?」と助手の1人が、部屋の隅にあるドリンクサーバーを指しながら尋ねてくる。
「あ、じゃあ私コーヒー。ホットで」
「俺も」
「私は……紅茶がいいです」
「かしこまりました」
助手がその場で飲み物を準備し始める間に、栗山社長が口を開いた。
「では、休憩がてら皆様にご報告とお願いがあります」
そう前置きすると、一条教授に視線を向ける。
「では、一条教授、よろしくお願いいたします」
「わかりました。先ほど、高岡さんは99.9パーセント人間で、DNAの塩基対は約60億からできていると説明しましたね」
「はい……」何を言われるんだろう……? コーヒーを飲む手が止まる。
「DNAから染色体が作られていることは確か、中学3年生あたりで学習すると思いますので、みなさんご存知かと思います。そして、この染色体は人間の場合、ひとつの細胞に46本23対あり、そのうち44本22対は常染色体。残りの2本1対は性別を決定づける性染色体です。その性染色体にはX型とY型の2種類があり、XYのペアで男性、XXで女性になります」
「ええ」
「うん」
「あ、私それ、忘れてるかも〜」
「つまり、人間の男性の性染色体はXY、女性の性染色体はXXなんですが、高岡さんの性染色体はXYのままなんです」
「じゃ、わたしってそのうち男に戻るんですか?」 ゴクリと唾を飲み込む。
「いや、それは内性器、外性器共にやや未発達ですが、完全な女性ですので、ほぼ100パーセントありません。高岡さんとは全く異なりますが、例えば男性への性分化に障害が生じたアンドロゲン不応症の女性はXY染色体を持っています。これが先ほどお知らせしていなかった事項です」
「やや未発達ねぇ……ん〜、そうか〜 ま、このまま女の子でもいいと思ってるから、別にいいのかなぁ」
「まぁ、そうしょげるな」
「そうですよ〜 せっかく可愛い女の子になったんですから、楽しみましょう?」
「う、うん……」
「それでは、もう一件。こちらからの依頼なのですが、皆様には私共アストラル・ゲームス専属プロゲーマーとして契約していただきたいのです」と栗山社長が提案を持ちかけてくる。
「はぁ? プ、プロゲーマー? 契約ぅ?」
「ん〜、今勤めている会社はどうするんだ?」
「わ、私この前始めたばっかりで……」
「お勤め先には私共からお話をして、勤務時間外の稼働ですので副業として認めてもらう予定です」
「うわ、また上へ圧力か〜」
「あんたらも強引だな」
「それに秋山さん、ご安心ください。あなたがチームを組むのは、VRMMORPG BulletS RECOILで2連続優勝のチームS・Sですよ? これ以上心強い味方はおりません。それに契約していただければ、私共は皆様を全面バックアップいたします。ゴールドも報酬として換金できるようにいたします」
「え、VRMMORPG BulletSってゴールドはリアルマネーに換金できないはずじゃ?」
「そうだな。しかも全面バックアップなんて八百長だろう?」
「いえいえ、専属ゲーマーならスポンサーとしてバックアップは当然です。それに、マネーの件は未公開なんですが、プレイヤーにゴールドをオンライン通貨に換金可能にして、ユーザー数をアップさせる計画があるんですよ」
「それって、日本国内では非合法なんじゃ……?」
「はい。私共アストラル・ゲームスは、サーバーをアメリカ本社に移して、ゴールドをオンライン通貨に換金できるようにして、ユーザー数をアップさせる計画を進めています」
「かなりグレーゾーンですねぇ」
「ま、そのあたりはなんとでもなります。それより高岡様、ちょっと妙だと思いませんか?」
「え、何がです?」
「本来ならVRMMORPG BulletS RECOILでは、スキャンのマップしか使えないはずです。しかし、レアスキル『鷹の目』が常時使用可能で、しかもMPが減らないという有利な展開の中、2回優勝できたことです」
「い、言われてみれば……でもあのレアスキルって、他の視覚情報処理系強化のアバターにも搭載されているはず……」
「いえ、『鷹の目』はVRMMORPG BulletS SYSTEMと直結した1体のアバターにしか解放できない仕様なんですよ」と崔部長が補足する。
「はい、崔が申し上げた通り、『鷹の目』は高岡様、今はあなたにしか使えないSランクのレアスキルなんです」
「あ、でも第3回の大会で敗れたとき、10分前のスキャンでは確認できなかった……敵チームのRedに頭を吹き飛ばされたんですよ? あれは、『鷹の目』を使わないとできない戦術だったはず……」
「私は、『今は』と申し上げました。あのときはプレイヤーRed様に解放していましたが、高岡様がアバターをTHX-1489にコンバートした時点で、崔部長が私情を挟んでいるので注意は致しましたが、解放しました。そうだろう?」
「はい。ユイ……いや、THX-1489に」
そうだったんだ、だからRedに勝てたんだ。
「もし、俺たちがプロ契約を断ったら?」
「特に変わりはありません。これまで通りゲームを続けて、優勝を目指していただくだけです。私共は、他のチームと契約を結ぶことになりますが、チームS・Sほどの実力を持つチームは、そう簡単には見つからないでしょう……」
「つまり、早い話が、俺たちはプロ契約をしてVRMMORPG BulletS RECOILで勝ち続けろってことだな?」
「さすが勝野様、ご理解が早い」
「それで、ユーザー数はアップできるのか? 仮に無双になった俺たちが優勝し続けても?」
「はい。ですが、勝負は時の運ですから、優勝し続けるのは難しいですし、プレイヤー様は常に強い相手を倒したい、自分たちのチームが優勝したいと思っていらっしゃいますからね」
「ま、そりゃそうだな。だがなあ……」
「わかりました。専属プロゲーマーとして契約しますよ」
秀明の考えとは少し違うけど、オレはそう答えた。
「忍、ちょっと気が早くないか?」
「いや、せっかくユイちゃんと同じ身体になったんだ。なんだったら、この美少女を活かして広告に出てもいいと思うよ」
「えっ?」
「それって素敵です〜」
「高岡様は実に前向きでいらっしゃいますね! 勝野様と秋山様は、いかがなさいますか?」
「もうこうなりゃ一蓮托生だ」
「わ、私も参加します〜」
「じゃ、今日からチームS・S改めチームS・S・Aかな?」
「では私は契約の準備を致しますので、皆様は本番環境のVRMMORPG BulletS SYSTEMへのログオンテストを行っていただきたいのですが……崔くん、よろしくお願いします」
「承知いたしました。では皆様、先ほどの場所へ移動をお願いします」
栗山社長から、『鷹の目』は今はオレにしか使えないと言われた。
そしてオレは、一年前の第4回VRMMORPG BulletS RECOILでそのことに気がついていた。
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