第41話 アズサちゃんと二人きり

 フルーツパーラーは昼前なのに土曜とあって、10分くらい待つ――。


「二名様ご案内します。こちらの席になります」店員さんに案内され、メニューをパラパラ。

 アズサちゃんはフルーツパフェに紅茶のセット。瑞々しいメロンが美味しそう。オレはモンブランケーキセット。もちろんコーヒー。

「……忍さん、美少女がブラックコーヒーってちょっとギャップ萌えですね〜」とアズサちゃん。

「そ、そう? オ……わ、わたしコーヒーのが好きだし〜。変かな?」

「いえ〜、そういったところも忍さんらしくていいですよ〜」

「そういえばアズサちゃんだってレモンティーとかじゃなくって、ストレートティーだね〜」

「あははは〜。好きなものを好きなように頂くのが一番ですよ〜」

「そうだね〜! ん〜モンブラン美味しいぃ〜」

「あ、忍さん、モンブラン一口くださいな〜」

「いいよ〜」見るとアズサちゃんは顔をほんのり赤らめ、目をつぶって『あ〜ん』してる。

 うわわわ! こ、これって……いいのかな〜? 恐る恐るトップに乗っているマロンの部分をアズサちゃんの口に……。

 パクッと一口で食べて「ん〜美味しいぃ〜! あ、忍さんマロン取っておいたんじゃないですか〜? じゃ、私もパフェのメロンを〜。『あ〜ん』してくださいね〜」

「う、うん……」オレも『あ〜ん』をする。きっと顔、真っ赤なんじゃないかな。

 一口頂いて「ん〜美味しい〜」と言ってみるけど心臓バクバクだぁ〜。

『女の子デート』――恐るべし!

 ってか、普通のデートもしたことがないからこれが普通なのか? 元童貞現処女には刺激が強過ぎるぅ〜!


 一休みできたので次は新しい服と下着選び。


 手を繋ぐのもいいけど身長差が20センチ以上あるから、『連行される宇宙人』ではないけど手が疲れるんで、アズサちゃんの左腕にしがみついて歩く。

 こんなところ秀明に見られたらまたヤキモチ妬かれちゃうかな〜。

 でも、今まで気にしたことなかったけど前からくる女の子たちって、手を握ったり女の子同士でしがみついてるのって結構いるんだよね。

 だから、気にしない気にしな〜い。


「まずは〜かわいい下着ですね〜」とアズサちゃん。

「ん〜別にかわいくなくってもいいんだけど〜」

「え〜それじゃ『いざ』ってときに……」

「えっ! そ、そんな『いざ』って事態はないから可能性はゼロだし、オレは女の子の方が好きだよ〜。精神的にはまだ男だと思うし、けど女の子生活も楽しいし……う〜、わかんない」

「じ、じゃ、少ぉ〜しかわいいのにしましょう〜」今度はアズサちゃんが慌てる。

「う、うん……そうしよう」

「ごめんなさい……忍さんが普通に女の子してるからつい……ごめんなさい……」

「ア、アズサちゃんが謝ることないって〜。こっちこそごめん。かわいいの選んで!」

「は、はい〜!」


 アズサちゃんは『攻め』てる黒の上下。オレはちょっとかわいいデザインでオレンジ系のブラとパンツを選ぶ。

 アバターのスリーサイズはバスト72センチ、ウェスト60センチ。ヒップ75センチなんだけど、生身になってからは正確に測ってないや。

「ね、アズサちゃん。生身になってからちゃんとサイズ測ってないから今着けてるのと同じのでいいのかな?」

「そうですね〜。店員さんに測ってもらいましょうか?」

「そ、そだね」

「そうしましょ〜。あの〜すいません〜」とアズサちゃんが店員さんに声をかける。


「この子、ちゃんとサイズ測ってないんで見ていただけますか〜?」

 うわ、いくらなんでも『この子』はないだろ〜! と思ってると、

「では、カーディガンだけ脱いでくださいね〜」と店員さんがスルスルとメジャーで測っていく。ワンピース脱がなくても大丈夫なんだ〜。

 う〜サイズ測ってもらうのってやっぱり恥ずいし、こそばゆいなぁ……72センチでトップとアンダーの差約10センチ……Aカップ。やっぱりチッパイだ。

 ウェストは60センチ、ヒップ75センチも変わらない。

 アズサちゃんなんて『お姉さん』……同じもの食べてるのにな〜。ま、この身体はまだ成長期だと思うからこれからかな〜。

「さっき選んだので大丈夫なんで、お会計しちゃいましょう〜」


 次は洋服か〜。センスないし普段着か会社用かどっちがいいのか悩む……。

「忍さん、普段着も会社用もまだまだ少ないから両方買います〜?」

「う〜ん……」

「あ、なんか疲れちゃいました〜?」

「そんなことないけど〜」

「……あ! もしかして、さっきわたしが『この子』って言ったの怒ってます〜?」

「……」たしかにそうかも……あ〜オレってなんか面倒な子かも〜。

「ごめんなさい〜。忍さんって、顔かたちは全然違うんですけど、妹のユイみたいで……」

「あ、そっか。こっちこそごめんって〜。なんか面倒くさい子で〜」

「大丈夫ですよ〜。忍さんは忍さんですから〜」


 普段着にも会社用にもなりそうなのを選ぶ。

 ターコイズブルーのノースリーブティアードワンピースとベージュのカーディガン。アズサちゃんは「ネイルに合わせちゃいました〜」と、モスグリーンのVネックサロペットパンツを選んだ。


「楽しかったけど、ちょっと疲れちゃったよ〜」とアズサちゃんにすがりながら訴える。別に狙ったわけじゃないけど身長差で上目遣いになる。

「じゃ、お夕飯の食材買って〜。あ、ワインも。お家でディナーしましょ」

「うん、そうしよ〜」


 疲れたけど女の子デート、楽しかったな……。



 部屋着に着替えてお化粧落として、アズサちゃんと二人だけの夕飯の前に一休み。

「コーヒー淹れるね〜。インスタントだけど〜」

「ありがとうございます〜」


「ステーキ、ほんとはガスで焼きたいよねぇ〜。ここってIHだからなんかねぇ……。やっぱりお肉は火で焼かないと美味しくない気がする〜」

「じゃぁ〜せめてリビングのテーブルで焼きながら頂きません? ちょっとだけでも雰囲気出ると思いますよ〜」

「あ〜それいいね〜。じゃ、そうしちゃおうか〜」

「は〜い。じゃちょっと副菜をつくりますから忍さんはホットプレート出しておいてくださいな〜」

「うん……」

 あれ? 返事をしたはいいけど前はレンチンだったし、使う機会なんてないからホットプレート持ってなかったはずだけど……?

「あ、ホットプレートは箱に入ったまま物置にありますよ〜?」とアズサちゃん。

 言う通り物置にしてるサービスルームに新品未開封状態で発見。ん〜何でアズサちゃんが知ってるんだ? ま、いっか〜。


「お待たせでーす」

 アズサちゃんがお肉と副菜の乗ったトレイを持ってくる。 

「ホットプレートあったけど、持ってなかった気がするんだよ……」

「あ、それはですね〜わたしのノートPC買いに行ったとき、ついでに買ったんですよ〜。フライパンとかお鍋とかはあってもホットプレートなかったでしょ〜?」

「あ、な〜んだ。そういうことだったんだ! 一人の時はほぼレンチンで済んだからねぇ」

「だから秀明くんと話して、食卓を豪華にするために〜って」

「なるほどね〜ありがと〜」


 野菜を乗せて〜お肉をトングで自分の分をそれぞれ焼いて育てる。

 今日は奮発して特上カルビと特上ロース。それと牛タン!

「お肉も美味しそうだけど、これ何?」 

「あ、これは『キャベツのアンチョビにんにく炒め』ですよ〜。お野菜も食べなきゃですしね、炒めるだけで簡単に出来ちゃいましたよ〜。では、めしあがれ〜」 

「いただきます! うん! うまいっ! やっぱりステーキは塩胡椒にかぎるね〜」 

「忍さんのお好みですしね〜。わたしはお醤油とわさびですよ〜。あ、お野菜も食べてくださいね」 

「うんうん、アンチョビの塩気がキャベツとよく合ってて絶品だね!」 

「良かったぁ〜。あ、ワインも開けちゃいましょう」

「あ、力無いから開けるのお願い〜」

「任せてください〜」

「今日は一日楽しかった〜! ありがとうね!」 

「では、かんぱ〜い」 


「今日はいろいろ初体験多くてちょ〜っと疲れちゃったけど楽しかったぁ〜」

「ですねぇ〜」

「普段っていうか、前は床屋さんで髪の毛洗う時は前屈みだったけど、ヘアサロンは仰向けで洗ってくれるんだね〜。なんかちょっとカルチャーショックだったよ〜」

 美容師さんの胸が顔に当たって幸せだったのは黙っておこ。

「床屋さんは前屈み……なんか苦しそうですね〜」

「そうなんだよね〜」

「あ、ヘアサロンだと美容師さんの胸、顔に当たりません?」

 わわわ、黙ってたのに〜。

「あはははは〜。ちょっとびっくりっていうか、幸せだった〜」

「忍さんのえっち!」


 わいわい言いながら二人きりでの夕飯というか、ディナー。

 アズサちゃん、食べるよりワイン飲む方がちょっと多いしピッチが早い。

「ね、アズサちゃん。ワイン飲むピッチちょっと早くない? お肉と野菜もっと食べないと酔っぱらっちゃうよ〜?」

「そうれすね〜」

 あ〜あ、普段以上にほえほえになってる〜。

 秀明がいないから寂しいのかな?


 お肉もサラダも結構残ってるのにワインはもう空だ。

 そのうちこっくりこっくりと船を漕ぎ出す。

「アズサちゃん、こんなとこで寝ると風邪ひいちゃうからベッドに行こ? ね?」

 なんとか後ろから両手で抱え起こし、アズサちゃんの部屋へ肩を貸して連れていく。

「うわっ!」何かにつまづいて二人してベッドに倒れ込む。

「ん〜〜〜〜」アズサちゃんの下敷きになる。なんとか仰向けに寝かせつけ毛布をかけようとすると、両手を伸ばして抱きついてくる。

「ア、アズサちゃん〜抱きつく相手ちがうよ〜。オレだよオレ! 秀明じゃないから〜」

 それでもギューっとしがみついてくる。

 わわわ、これってわたしの貞操の危機ぃ〜?

 そんなことをパニクりながら思ってると、「ユ、イ……」アズサちゃんの眼からすーっと泪……。


 寝息が聞こえ、腕の力が緩くなるまでしばらく抱きつかれたままでいた――。


 アズサちゃんが寝入ってからそーっと腕をはずして部屋を出る。

 シャワーを浴び、自室に戻る。

 アズサちゃん、『ユイ』って言ってたな……オレはちゃんと妹役、できてるのかな……悩んでもしかたないか。今日はもう寝よっと――。



 翌、日曜の朝。早めに目が醒める。

 コーヒーを淹れ、リビングでTVを消音にしタバコを吸いながらぼーっと見てるとアズサちゃんが起きてくる。


「忍さん、おはようございます〜……頭痛いですぅ〜」

「おはよ〜。昨夜はワイン1本ほとんどアズサちゃんが空けちゃったからね〜」オレは『ユイ』って言ってたことと、泪にはふれなかった。


「ええ〜? それにいつの間にか部屋でそれも着替えないで寝てました〜」

「リビングで船漕ぎ出したから、部屋に連れてったんだよ〜。そしたらそのまんま寝ちゃってさ〜」

「着替えさせてくれればいいのに〜」

「な、何言ってるんだよ〜! オレがそんなことできるわけないだろ〜!」

「あははは〜そうですよね〜」

「ふん。コーヒー淹れてあげようと思ったけど、や〜めた!」

「あ〜ん、ごめんなさい〜! 謝りますから淹れてください〜」

「わかった、わかった」


 コーヒーを淹れテーブルに置く。

「ありがとうございます〜。わたし、なんか寝言とか言ってませんでした〜?」

「ん〜? 別に言ってなかったけど〜? すぐにすーすー寝息立てて寝ちゃったよ〜」

「そっか〜……なんかちょっといい夢、見ちゃったんですよ〜」

「え? 何なに? 教えてよ〜」

「だ〜め。秘密ですぅ〜」


 そのあとはアズサちゃん朝食定番のフレンチトースト。

「秀明は夕方に帰ってくるんだっけ? 今日も訓練はお休みにするからそれまで今日は特にやることないね〜。またどっか行く〜?」

「ん〜今日はゆっくりしたい気分です〜」

「そっか〜」


 しばらくの間、無音のTVを眺めたりスマホをいじったりしてると、

「ね、忍さん……」

「ん? どしたの?」

「わたしに妹がいたって、2週間くらい前に……」 

「うん、あの時ね。崔部長の娘さんとおんなじユイさんだっけ?」

「そうです……で、それよりも前に勝野チームに入った時からなんかこう、忍さんって男性ですけどなんかユイみたいだな〜って思ってたんですよ。そばにいると安心できるっていうか……」

「……」

「で、アバター、あ、ごめんなさい――女の子になっちゃって余計に忍さんのこと、妹が生き返ったみたいって思ったのも本当なんですよ……」

「うん」

「目の色も髪も背格好も全然違うんですけどね……」


「……アズサちゃん、」

「はい」

「ユイさんの代わりにはなれないけど、アズサちゃんがいいなら、オレ『妹』でもいいよ?」

「あははは〜、そんな無理しないでいいですよぉ〜」目元にはうっすら泪が浮かんでいる。

 そして――「ユイ〜」と抱きついてくる――オレはアズサちゃんの気が済むまでそのままにしていた。

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