第40話 女の子デート

 金曜の午後。アズサちゃんが何やら不満げだ。

 秀明がグループリーダー研修で明日と明後日いないんですよ〜と、本人がミーティングで席を外している間に話しだす。

「何で泊まりがけで研修なんかするんでしょうかね〜? そんなの本社でやればいいのに〜。それにどうせ夜は宴会なんですよね〜きっと」とむくれる。

 あ〜なるほどね〜。そういうことだったのね。

「まぁリーダー同士の親睦とか? 連帯感を強める……みたいな、とかじゃない?」

「そうなんですかね〜?」

「アズサちゃんが配属されてグループリーダーになって、今年で3年かな? 責任も重くなったけど、だからこそ仕事も面白いんだろうしね」

「そういえば、『今リーダーやってて面白い』って言ってましたしねぇ……」


 なるほどな〜これは先輩としてなんとかしてあげなくちゃね……ちょ〜っと自信ないけど。

「じゃ、ここんとこ平日も週末も訓練が続いてたから、明日はゲームお休みしてだらだらしちゃおっか〜?」

 アズサちゃん、ゲームどころじゃないだろうし。

「ゲームお休みするのはいいですけど〜だらだらは……あ、じゃぁ〜前に言ってた女の子デートしましょ? 忍さんの新しい服と下着選んであげたいですし〜。それとスイーツ! これは外せないですよ〜」

「え? あ、うん。そ、そうしようか〜」

 女の子デートねぇ……。

「あ、そうだ〜その前に、ちょ〜っとスマホ貸していただけます〜? 変なことしませんので〜」

「う、うん……いいよ〜」オレはロックを解除してアズサちゃんに渡す――。



「んじゃ、行ってくるからあとはよろしく。明日の夕方には戻ってくる」

「いてら〜」

「いってらっしゃ〜い」

 翌朝、8時過ぎに秀明が市外にある研修センターだかホテルに出かける。


「……さ〜てと。忍さん、今日は女の子デートですよぉ〜」

「デートっても、洋服買うのとスイーツの他は何すんの〜?」

「じ・つ・は〜、今日はチリペッパービューティーでヘアサロン予約してるんですよ〜。スマホのホーム画面開いてみてください〜」

 スマホのホーム画面を見ると『チリペッパービューティー』のアイコン……。

「わたしも昨日登録と予約しちゃいました〜」と自分のスマホ画面を見せてくれる。

 あ〜、これアズサちゃんにスマホ貸した時に登録したんだろうな。

「えぇぇぇ? な、なにこれ〜! なんかオレの女子力スキルアップの訓練?」

「それもありますけど〜、チリペッパービューティーは新規だとかなり安くなるんですよ〜。それで、もうそろそろ女の子になってから2ヶ月くらいですよね〜? ちょっと髪伸びてきましたし、揃えてもらった方がいいんじゃないかな〜って思うんですよ〜」

「た、たしかに」


 メイクは自分である程度……外に出られるくらいにはできるようになったけど、髪はアズサちゃんに任せっきりだしちゃんとした手入れなんてしたことない。

 腰まであるロングヘヤー。シャンプーからドライヤーかけだけで1日おきだけど30分くらいかかる。面倒だから一度だけショートにしたいってアズサちゃんに言ったんだけど、『その長さにするのに何年かかると思うんですか〜!』って猛反対されたんだよね〜。

 実際には一晩で伸びた……というかアバターの姿になったんだけど、確かに一度短くしちゃったら1ヶ月に1センチくらいしか伸びないから、今の長さにするには時間かかるよね。

「それでヘアサロンに行って揃えてもらって……ってこと?」

「揃えるだけじゃなくって、ちゃんとプロにお手入れしてもらいましょう〜」

「なるほど……」

「そして、ネイルもしなくっちゃです!」

「ネ、ネイルぅ〜? え〜ちょ〜っと恥ずかしいかも……」

「今は男の人でもおしゃれな人はネイルしてますよ〜?」

「え! そうなの〜? 知らなかった」

「あ、色付きじゃなくって、クリアですけど〜」

「な〜んだ。でもヘアサロンとネイルサロンのハシゴなんて大変そうじゃない?」

「それはですね〜ヘアサロンでもネイルサービスしてくれるところがあって、そこを予約したんですよ〜」

「へ〜そんなお店があるんだ!」

「で、そのお店でヘアとネイル、いっぺんにやってもらうんですよ〜」

「なるほどねぇ〜さっすがアズサちゃん! じゃネイルは……」

「忍さんならコーラルピンクやオレンジとか〜。ラメ入りならゴールドですかね〜」

「あ〜それ、パーソナルカラーのやつね」

「そうです〜。わたしはダークグリーン、オレンジ、ベージュで、ラメは忍さんとおなじゴールドですね〜」

「そっか〜。で、予約は何時なの?」

「えーっと、駅前のサロンに10時ですね」

「じゃそろそろお出かけの準備しなくっちゃね」



 今日は薄ら寒いんでグレーのワンピースに薄い黄色のコットンカーディガン。アズサちゃんはネイビーのオールインワンセットアップ……って、これだいぶ前に買ってきてもらったのと同じじゃん。

「あ、今日はおそろにすればよかったかな〜?」

「それもいいかもですけど〜、忍さんは幼い感じの方が良いですよ〜」

「え〜なにそれ〜」

「ふふふっ」


 デートですから〜とアズサちゃんがゲーム内みたいに背後からおおい被さってくるのを剥がして、手を繋いで駅まで。顔立ちも髪色も違うけど、はたから見るとまるで姉妹なんだろうな……。実年齢は……ま、やめとこ。

 駅前のヘアサロンに予約時間の10分前に到着。

「え〜っと、予約してました秋山と高岡ですけど〜」とスマホの予約画面を見せる。

「はい。秋山様、高岡様ですね〜。チリペッパーでのご予約ありがとうございます! ではこちらへ〜」

 人生初ヘアサロン! 男の身体の時は長いのが気になってきたら適当に床屋とかクイックなんとかで散髪してたな〜。


 美容師さんから「担当させていただきます金子です。お客様当店は初めてですね〜、今日はどういった感じにしましょう?」と聞かれるけど、どうしたらいいかちょっとわからない。

 アズサちゃんに助けを求める視線を向けると「あ、初めてなんである程度揃える感じで。あと、普段あまり手入れしてないのでヘアケアを中心にお願いします」

「はい、うけたまわりました〜」

 と、セットチェアに案内される。アズサちゃんも隣の席でカットしてもらうようだ。


「今日はお姉さんと来たの〜?」あ〜予想通りの反応だ〜。

「は、はい〜」

「いいわね〜」美容師さんは話しながらオレの髪をチェックしていく。

「それにしても綺麗な金色ね〜。あれ、もしかして地毛?」

「そ、そうです〜」

「ここまで伸ばすの大変だったでしょ〜?」

「……あまり切ったことないんで〜」

「ヴァージンヘアで特に巻いたりもクセもない直毛なんで……先に揃えていきますね〜」

「お、おねがいします〜」

「高校生くらいかな〜?」う〜ん、ここまで突っ込むか〜い。

「まぁそんな感じぃ〜?」

「あははは〜じゃ、切っていきますね~」

 髪を切りながらいろいろ話しかけてくるので受け答えに疲れる〜。

 イエベ春ね〜とか、カラコンなの〜? とかしばらくやりとりが続いて、「じゃ、シャンプーしますね〜」と椅子を回転させられ仰向けに。

 顔にタオルをかけてもらって予洗から始まる。

 洗っている途中、「かゆいところはありませんか〜」あ〜これは床屋さんと同じだな〜。

「大丈夫です〜」

 それよりも美容師さんの胸が顔に当たるのが気になるんですけど〜。まぁ幸せだからいいけど〜。

 トリートメントが終わりドライヤーで乾かしてもらい、ちょっと微調整。


「は〜い、お疲れ様でした〜。しばらく待っていただいて、次はネイルになりますね。その間、当サロンのアプリをダウンロードいただければ、5回ご利用で500円引きになったり特典たくさんありますんで、ぜひご利用してね」と営業トークもバッチリ。

「は〜い……ありがとうございます」

 ちょっと疲れちゃったけど、髪サラサラつやつやになってなんか嬉しいな……。


 ちょっとぼーっとして待合所で待ってると、アズサちゃんも終わって隣に座る。

「いろいろ質問とかされてて疲れちゃいました〜?」

「うん……美容師さんってあんな感じ?」

「う〜ん、お客さんを飽きさせないというか気遣い? ですかね〜」

「そっか〜。わたしはあんまり話しかけられない方がいいな〜。ほら、タクシーでも話しかけられると困っちゃう系だし〜」

「忍さんらしいですね〜」

「そ、そう?」

「はい〜。髪、キレイになりましたね〜」

「うん、なんか嬉しい」


 待ち時間に二人してサロンのアプリをダウンロードし、『お客様データー』を入力して待つ。

「では、秋山様、高岡様。ネイルの準備ができましたのでこちらへ」店員さんが呼びにくる。

「は〜い」椅子が4脚置いてあるコーナーに案内される。


「担当させていただきますネイリストの安藤です。秋山様はオフを先に――」

「わたくし高岡様を担当させていただきますネイリストの中島です。ネイルは初めてですか?」アズサちゃんとは別のネイリストさんが担当するみたい。

「あ、はい。よろしくです……」あ〜なんか照れるなぁ。

「あの〜オフって何ですか?」

「オフというのはジェルネイルを落として自爪の状態に戻すことで、逆にオンというのはネイルを塗ることですよ〜。高岡様はネイルが乗ってないのでオフは必要なくて、甘皮処理……簡単にいうと爪の根本の薄皮部分をキレイにしてネイルを長持ちさせるのと、爪の面積を大きく見せるための処理をするんですよ〜」

「そうなんですか〜。あ、あといいですか?」

「はい」

「前から思ってたんですけど、マニキュアとネイルってどう違うんですか?」

「あ〜そうですね〜。マニキュアの正式名称は『ネイルポリッシュ』といって、成分はラッカー塗料とほぼ同じで、自然乾燥で完全硬化乾燥するまでに6時間以上かかりますし、剥がれやすいですね〜。オフは有機溶剤、いわゆる除光液で落とすんですよ」

「あ〜、それ知ってます〜」

「ジェルネイルは、ジェル状……ちょっと粘度のある『合成樹脂』なんですよ。だから爪を長くすることも、いろんなパーツ――ストーンっていうんですけど、それを乗せることができますよ。そして塗ったあとUVライト照射で固めるので、2分程で完全硬化できるんですよ。最大の特徴は持ち、強度、ツヤです! 持ちはお客様によって違いますけど約2~4週間、きれいなツヤが長続きしますよ〜。その代わりオフするには専用のリムーバー……これはアセトンが多いですね。あとは機械で削り取るんですよ〜」

「全然ちがうんですね〜」なんか奥が深いな〜。

「あ、すみません長々と……高岡様はオンのみで、色とデザインはまだお決めになってませんよね〜?」

「は、はい。初めてなんで、何色がいいのかどんなデザインがいいのかわからないんですよ〜」

「そうですね〜。ネイルは『迷ったらピンク』ってわたしたちはおすすめするんですけど、高岡様は初めてなのでピンクのワンカラーで――パーソナルカラーに合わせたコーラルピンクなんていかがでしょう? 『サンプルネイル』ですとこんな感じですよ――」と、見せてくれる。

「あ〜これ、いいかもです〜」

「これにゴールドのトッピングをつけてもかわいいですしね〜」

「あ〜ほんとだ〜。でも今日はその一色だけで、慣れたら試してみます……」

「そうですね〜。ではサービスはじめますね――」


 甘皮処理をしてもらって、ジェルネイルを塗ってU Vライトで硬化させるまで約30分くらい。アドバイスとかデザイン決めてる方が時間がかかっちゃった感じ。仕上げにキューティクルオイルを塗ってもらって完成〜。

 アズサちゃんはデザインは先に決めてたみたいだけど、オフ時間もあったんで15分くらい待ったかな。

 そしてオレの指先を見るなり、「わぁ〜! 忍さん初ネイル、コーラルピンクのワンカラーにしたんですね〜! なんか初々しくていいです〜」

「あははは、慣れたらラメにしたりとか、トッピングしてみる」

「わたしはほら〜、くすみダークグリーンで人差し指にゴールドの蝶々のトッピングです〜」

「おおぉ〜。さすがなんかプロって感じ」

「あはは、何のプロですか〜」

「だね〜」

 アプリでヘアサロンの予約もネイルデザインも選べるから、次回の予約はしないで今日はお会計だけ済ませる。


「はぁ〜なんか楽しかったけど疲れちゃったよ」

「そうですよね〜。初体験ばかりでしたしね〜」

「なんだかんだでもうそろそろお昼だけど、お腹空いてないからスイーツだけでもいっかな〜」

「そうですね〜。じゃフルーツパーラーに行きましょうか〜」

「うん。モンブランとかマロンパフェと、コーヒーがいいな」

「忍さん、マロン系好きですよね〜」

「好きなのもあるけど、男が食べててもおかしくないからね」

「でも今は女の子じゃないですか〜。気にすることはないですよ〜」

「それもそっか〜。でも今日はモンブランの気分かな」

「あははは〜」

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