第47話 虚しさと誘惑と――なんだこいつ、ムカつくな

 翌水曜の朝、物音で浅い眠りから目が覚めてリビングに行くと、テーブルの上にカードキーが2枚置いてあった。

 慌てて秀明と梓ちゃんの部屋を覗くと、2人ともすでにいなくなっていた。書き置きも何もない。

 秀明と梓ちゃん、2人して秀明の家か自宅に戻っちゃったんだ……。


 いったい何が原因なんだ?

 何が不満だったんだ?

 オレと梓ちゃんがべたべたしてること?

 オスカー像と無表情なT-9000に似てるって笑ったこと?

 百合の間に挟まる男って言われたこと?

 女性アバターにコンバートしろって言ったこと?

 そもそも、『オレ1人だけ引っ越してもいい』って言ったこと?

 なのに、なんで3人で暮らすことに賛成したんだ? 『気が変わった。ここはあくまでも仮住まいだしな』って、はぁ? 何それ!


「秀 明 の バ カ や ろ 〜 !  シ ュ ーメ イ の バ カ あ 〜 〜 〜 〜 !」 


 がらんとした部屋にオレの声が虚しく響く。


 自分の部屋に戻り、ベッドの上でしばらくぼーっとしていた。

 けれど、今日はまだ平日。仕事があるんだよな。でも、会社には行きたくないし、2人にも会いたくない。


 時間を見ると、もう9時過ぎ。今週は幸い、在宅でできる作業内容だから、今日は在宅にしよう。ようやく起き上がり、パジャマから着替えもせずにPCを立ち上げ、社内スケジュール表を今週いっぱい在宅に設定した。


 朝ごはん……いつもなら梓ちゃんが作ってくれていたけど、食欲がないからコーヒーだけにして、後でレンチンで何か食べればいいか。1人で在宅だと、集中できるし、2人のことも忘れられる。幸い、社内Chatもメールも来ていないので、仕事に没頭した――


 仕事に一区切りがついてPCの時計を見ると、お昼を過ぎていた。

 でも相変わらず食欲はなく、冷え切ったマグカップのコーヒーを飲み干してから、淹れ直しついでにトイレに席を立った。

 その後も、仕事を続けた――


 22時。訓練開始時間に設定したスマホのアラームが鳴る。

 え? もうそんな時間か……いかんな〜、1人だとつい過集中しちゃう。おまけに今日は何も食べてない気がする。

 昨夜はログオンしなかったから、今日はPvPをやろうと決めて、転送先を首都に選んだ。1人でも、できることはやっておかないと。

 当然、メニューを見ても2人はログオンしていなかった。でも、フレンドの解除もチーム脱退もしていないから、しばらく様子を見よう。

 でももし、このまま2人とバラバラになったら、チームは解散だろう。そうしたら、VRMMORPG BulletS RECOILへの出場なんて無理だ……。

 前回優勝チームのリーダーとしてシード権はあるけど、出場条件はメンバーが2人以上だからね。

 仮に、カイやユーサクあたりのフレンドをチームに入れて参加することはできても……そもそもフレンドは、登録申請があっても面倒なことが多いから、4人しか登録していない。

 それに、急ごしらえのチームじゃ連携なんて取れないだろうし、とても優勝は狙えない。

 ましてや、『鷹の目』については、シューメイとアズサちゃん以外には絶対知られたくないスキルだ。


 そんなことを考えながら狙撃ポイントを探し、今日も後をつけてくるヤツは現れなかったので、適当なビルの屋上に陣取る。AWSMを実体化させ、PvPモードをONにしようとメニューを開くと、さっき見た時にはなかった新しいフレンド登録申請が来ている――


 プレイヤー名を見るとRedだった。

 え? Redって、あのRedだよな? それとも、同じ名前の別人?

 気になってプロフィールを確認すると、やっぱりRedだった。


 ヤツとは先週の土曜……たしか4日前にPvPをやったばっかりじゃん。なんで? もしかしてリベンジ? だったらまたPvPかよ? しつこいなぁ……いつもはフレンド登録申請なんて、内容も確認せずにスルーするけど、相手が相手だしなぁ、と思って一応読んでみる――


『私はRed。

以前、キミを倒した時にあのスキルを使っていたこと、覚えてるよね。

あのスキルが今、キミしか使えないことを、第5回大会と数日前のPvPで確信した。

そして、キミは中距離から長距離まで戦える凄腕のスナイパー。

色々と話したいことがあるから、気が向いたらフレンド登録をしてほしい。』


 何だこれは? ヤツもかつては『鷹の目』使いだった。しかも、今はオレしか使えないことに気づいているなんて……。

う〜ん、フレンド登録、どうしよう……ヤツも凄腕だし、オレをライバルだと思ってくれているみたいだからなぁ。ま、いっか〜「承認」っと。


 すると、すぐにメッセージが届いた。登録したばかりとはいえ、いくらなんでも反応が早すぎない? 同じチームじゃないからインカムで呼び出されることもないし、まぁいいか。

 内容を見ると、今から首都のバーで話がしたいとのこと。オレもヤツに興味があるから、乗ってみることにした。おそらく、チームS・S・Aに加入したいとかそんな理由だろうし。「OK」と返信すると、マップにバーの場所が表示され、指定された地点に向かうことにした。


 店を見つけて中に入ると、店内の客がオレを見てざわつき始める。

 まぁ、わたし一応有名人だし〜と思いながら店内を見回すと、漆黒の長髪で凛々しい顔立ちのRedが一番奥のテーブル席で手を振っている。

 その隣にはガッチリした体格の男性プレイヤー。もしかしてMか? 一度しか見てないし、戦闘中だったからあんまり覚えていない。

 オレも手を振り返してテーブルに近づき、向かい側の席に座った。

 2人はバーのメニューでビールを頼んだので、オレも同じくビールを頼む。

 数秒後、テーブルに実体化したビールが届き、それではとRedの音頭でとりあえず乾杯。


「シノブさん、対面では初めましてですね。私はご存知かと思いますが、Redです。こちらは、私の連れのMことマサシ。元チームM6のリーダーといえば、おわかりになるかと」

「あ、初めまして。シノブです。えっと、元というと……」

「チームは第5回VRMMORPG BulletS RECOIL直前に解散したんです。まぁ、前々からごたついていたチームでしたけど……その、第4回で優勝を逃したのが原因のひとつで……」と、体格の割にはボソボソ話すマサシ。

「ダメですよ、マサシさん」とRedがたしなめる。

「で、ですよねぇ〜 あははは」あ〜ヒヤッとした〜

「ところでシノブさん」

「は、はひぃ!」

「単刀直入に聞きますけど、キミもアバターと同期が切れなかったんですよね?」

「え? もってことは……」

「そう。それに、キミ元男でしょ? 知ってるんですから。ふふっ」

「えええええ〜?」


 その後、彼女自身のことや自分が知ったことを延々と話し始めた。ま、『鷹の目』の代償と思って聞いていたけどね。

 まとめると、こんな感じかな――


 性別は女性で、マサシは配偶者。それ以外のことについてはゲームマナーとして秘密にしてほしいとのこと。

 シノブについては、自分と同様にアバターと同期が解除されなかったこと、そして元男であることは知っているが、他者には口外しないと約束した。

 元々サバゲーをやっていて、射撃には自信があった。

 Ver.2からのプレイヤーで、バージョンが新しいため始まりの街を複数から選べたので、チームS・Sとは接点がなかった。

 第3回PvP大会で倒したチームS・Sには注目していた。

『鷹の目』が使えなくなったことで不満を抱いたメンバーが次々脱退し、チームは解散したが、自分は不満を感じていなかった。

 チームS・Sの第4回大会での戦い方が、自分たちよりも『鷹の目』の機能をより活かした戦略だったと感じた。

 その後、アバターと同期が解除されないというトラブルが起こった。

 再ログオンテストで被験者として参加した際、もう1人同じ状況の人物がいることを知った。

 その人物のアバターはTHX-1489で、崔部長がそれを自らの最高傑作だと漏らしていた。

 シノブがTHX-1489であることを、チームS・Sの本拠地となる始まりの街で知った。

 シノブとの一騎打ちでその実力が本物であることを確信した。


 ――と、まとめても長いなぁ。


「いや〜、そんなに褒めても何も出ませんよ〜」

「でね、シノブちゃん。実はお願いがあるんだけど……」

 外見が幼いから、いつものようにRedからも歳下扱いされ、口調が変わる。ま、仕方ないけど。

「いきなり何さ」

「あの脳筋っぽい人と新人の子? あんな人たちじゃなくて、私たちMRと組まない?」

 あ〜、やっぱりそう来たか〜 どうしようかな〜

 う〜ん、実にナイスタイミング……というか、まるでオレが弱気になっているのを知っていて、それにつけ込んで来たようなお誘いだ。

 リアルでサバゲーでも射撃をやっているから、腕は確かだ。

 先日の勝負、オレはアシストシステムをONにしていたけど、彼女は使っていなかった。アシストなしでも戦える……それも、距離1,480メートルを正確に狙える凄腕だ。


 マサシの腕はわからないけど、解散したとはいえ、メンバーをまとめて『鷹の目』を使った戦略で、一度は優勝したチームのリーダーだ。統率力は十分にあるだろう。

 でもなぁ……今はギクシャクしているとはいえ、まだオレたちはチームを解散したわけじゃないし、何よりアストラル・ゲームスとの契約もある。確か契約期間は1年間で、満了日の3ヶ月前に更新しない旨の書面を出すことになっていたはず……。

 まだ1ヶ月しか経ってないから、少なくともあと8ヶ月は解約できないことになる。

 あ、別に解約しなくても、アストラル・ゲームスが2人の脱隊とRedとマサシの加入を認めてくれれば、チームは存続できるか~ 戦力が大幅にアップするなぁ。


 そんなことをウジャウジャ考えているオレを見て、「ま、急な話だから即答しなくてもいいけどさ」とRedが言う。


「あ、うん。ちょっとこっちのチームもゴタついててね。新戦力がほしいとは思ってたんだよね」

「あら〜、奇遇ね〜」

「知ってるかどうかわかんないけど、オレたちチームS・S・Aは、」とプロ契約していることを言おうとすると、「プロ契約でしょ~? 知ってるわよ」とあっさり言うRed。

「だからシノブちゃんに接触したんじゃない。あんたとなら最強のチームが作れるって。他の2人には悪いけどね」

「……!」

 なんだこいつ、ムカつくな。最初から『鷹の目』を持っているオレと、プロ契約が狙いだったんだな。

 いまさらながら、やっぱりオレはあの2人とじゃなきゃチームになれないって強く思った。いくら今はギクシャクしててもね。


 Redは黙っているオレに「じゃ、2、3日うちにいい返事もらえるのを待ってるわ」と言い、マサシを連れてバーを出ていった。


 オレ、こいつらとは組めない――


 ログオンしてから、まだ1時間しか経っていない。

 オレはなんとか気を取り直してPvPをすることにし、首都の適当なビルからAWSMの餌食を探し始めた。

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