第36話 虚しさと誘惑と
翌水曜の朝、物音で浅い眠りから目が覚めてリビングに行くとテーブルの上にカードキーが2枚置いてあった。
慌てて秀明とアズサちゃんの部屋を覗くともぬけのから。書き置きも何もない。
秀明とアズサちゃん、二人して秀明の家か自宅に戻っちゃったんだ……。
いったい何が原因? 何が不満なんだ?
オレとアズサちゃんがべたべたしてること?オスカー像と無表情なT-9000にそっくりって咲ったこと?『百合の間に挟まる男』って言われたこと?女性アバターにコンバートすれば?って言ったこと?
そもそも『オレ一人だけ引っ越してもいい』って言ったこと? なのに何で三人で暮らすことに賛成したの?『気が変わった。ここはあくまでも仮住まいだしな』って、はぁ? 何それ!
「秀 明 の 莫 迦 や ろ 〜 ! シ ュ ー メ イ の 莫 迦 あ 〜 〜 〜 〜 !」
がらんとした部屋にオレの声が虚しく響く。
自分の部屋に戻り、ベッドの上でしばらくぼーっとしてた。
けど、今日はまだ平日。仕事あるんだよな。でも会社行きたくないな。二人にも会いたくない。
時間を見るともう9時過ぎ……今週は幸い在宅でできる作業スケジュールなんで、在宅にしよう。
ようやく起き上がりパジャマから着替えもせずにPCを立ち上げ、『社内スケジュール管理表』で今週残いっぱい『在宅』に設定した。
朝ごはん……いつもならアズサちゃんが作ってくれてたけど、食欲ないからコーヒーだけで、あとでレンチンで何か食べればいいや。
一人で在宅だと集中できる。二人のことも忘れられる。幸い?社内chatもメールも来ていないので仕事に没頭した――。
仕事に一区切りがついてPCの時計を見るとお昼を過ぎてる。
でも相変わらず食欲もないから冷え切ったマグカップのコーヒーを飲み干し、淹れ代えついでにトイレに席を立つ。
そしてその後も仕事を続けた……。
22時。訓練開始時間に設定してあるスマホのアラームが鳴る。
え? もうそんな時間か……いかんな〜一人だとつい過集中しちゃう。おまけに今日は何にも食べてない気がする。
昨夜はLOGONしなかったから今日こそPvPしようと、転送先を首都に選ぶ。一人でも、やれることはやっておかないといけない。
当然だけどメニューを見ても二人はLOGONしてなかった。だけど、フレンドの解除もチーム脱退はしてないからしばらく様子見か。
でももし、このまま二人とバラバラになったらチームは解散……だろう。そしたらVRMMORPG BulletS RECOILへの出場は無理だ。
前回優勝チームのリーダーでシード権あるけど、メンバー二人以上が出場条件だからね。
仮にカイとユーサクあたりのフレンドをチームに入れて参加することはできるけど……そもそもフレンドは、登録申請があってもいろいろ面倒だから四人しかしてないし。
第一急ごしらえのチームじゃ連携なんて取れないだろうから、とても優勝は狙えない。
ましてや『鷹の目』についてはシューメイとアズサちゃん以外には絶対知られたくないスキルだし。
そんなことを考えながら狙撃ポイントを探し、今日も後をつけてくるヤツもいないんで適当なビルの屋上に陣取る。ASM338(AWSM)を実体化させPvPONにしようとメニューを見ると、さっき見た時にはなかった新しいフレンド登録申請が来ている――。
プレイヤー名を見るとRedだった。
え? RedってあのRだよね? それとも同じ名前の別人?
気になってプロフィールを見ると、やっぱりRだった。
ヤツとは先週の土曜あたり……4日前にPvPやったばっかりじゃん。何で? もしかしてリベンジ? だったらまたPvP? も〜しつこいなぁ……普通は内容なんて見ないでスルーなんだけど相手が相手だしなぁってんで見てみる――。
『わたしはRed。Rといった方が通じると思う。
知っての通り以前キミを倒した時、あのスキルを使っていた。
そのスキルは今はキミしか使えないことに第5回大会と、数日前のPvPで確証を得たんだ。
そしてキミは中距離から長距離まで戦える凄腕スナイパー。
色々話したいことがあるから、気が向いたらフレンド登録をして欲しい』
何だこれは? そう、ヤツも元とはいえ『鷹の目』使いだ。しかも今はオレしか使えないことに気づかれちゃったな。
ん〜フレンド登録、どうしよう……ヤツも凄腕だしなぁ。オレをライバルと思ってくれているみたいだからなぁ。ま、いっかぁ〜『承認』っと。
すると速攻でメッセージが来る。登録したからってもいくらなんでも早過ぎじゃない?
同じチームじゃないからインカムで呼び出されるわけじゃないからいいけどさ。
なになに? 今から『首都』のバーで話がしたい? まぁオレもヤツに興味があるから乗ってみるか。おおかたチームS・S・Aに加入したいとかだろうし。
OKと返信すると、バーの場所がマップに表示されたので、指定された地点に向かった。
店を見つけて中に入ると、店中の客がオレを見てざわつき始める。
まあわたし、一応有名人だし〜と思いながら店内を見回すと凛々しい顔つき、漆黒の長髪のR……いや、Redが一番奥のテーブル席で手を振る。
その隣席にはガッチリした体格の男性プレイヤー。もしかしたらMかな? 一度しか見てないし、戦闘中だったからあんまり覚えてないや。
テーブルに近づき、向かいの席に座る。二人はバーのメニューでビールを頼んだんで、オレも同じくビールを頼む。
数秒後にテーブル上に実体化したビールで、それではとRedの音頭でとりあえず乾杯。
「シノブさん、対面では初めましてですね。わたしはご存知かと思いますがRed。こちらは、わたしの連れのMことマサシ。元チームM6のリーダーといえばお分かりかとおもいます」
「あ、初めまして。シノブです。えっと、元というと……」
「チームは第5回VRMMORPG BulletS RECOIL直前に解散したんです。まぁ前々からごたついてたチームでしたけど、その……第4回で優勝を逃したのも原因の一つで……」と、マサシ。
「ダメですよ、マサシさん」とRedが嗜める。
「で、ですよねぇ〜。あははは」あ〜ヒヤッとした〜。
「ときにシノブさん」
「は、はひぃ!」
「単刀直入に聞きますけど、キミもアバターと同期が切れなかったんですよね?」
「え? 『も』ってことは……」
「そう。それに、キミ元男でしょ? 知ってるんですから。ふふっ」
「えええええ〜?」
その後、彼女自身のことや自分が知ったことを延々と話し始めた。ま、『鷹の目』の代償と思って聞いていたんだけどね。
まとめるとこんな感じかな――。
性別は女性で配偶者はマサシ。それ以外はゲームマナーとして秘密にさせてほしい。
シノブについては自分同様アバターと同期が解除されず、そして元男だと知っているが他者に口外はしないことを約束する。
元々サバゲーをやっており、射撃には自信があった。
『Ver.2』からのプレイヤーで、バージョンが新しいため『始まりの街』が複数箇所から選択できたため、チームS・Sと接点がなかった。
第3回PvP大会で倒したチームS・Sには注目をしていた。
『鷹の目』が使えなくなったことで不満を持ったメンバーが次々脱退しチームは解散したが、自分は不満はなかった。
チームS・Sの第4回大会での戦い方が自分たちよりも『鷹の目』を活かした戦略だったと感じた。
その後、アバターと同期が解除されない、あのトラブルが起こった。
被験者として受けた再LOGONテスト時、もう一人同じ状況の者がいることを知った。
そのアバターはTHX-1489で、自身の最高傑作と崔部長が漏らしたとのこと。
シノブがTHX-1489であることを、チームS・Sの本拠地の『始まりの街』で知る。
そしてシノブとの一騎打ちでその実力が本物であることを確信した。
――と、まとめても長いなぁ。
「いや〜そんなに褒めても何も出ませんから〜」
「でね、シノブちゃん。実はお願いがあるんだけど……」オレは外見が幼いからいつものようにRedからも歳下扱いされ、口調が変わる。ま、仕方ないやね。
「いきなりなにさ」
「あの脳筋っぽい人と新人の子? あんな人たちとじゃなくて、わたしたち『MR』と組まない?」
あ〜やっぱりそうなるよね〜どうしよっかな~。
う〜ん、実にナイスタイミング……というか、まるでオレが弱気になっているのを知っていて、それにつけ込んで来たっていうようなお誘い。
確かにリアルでサバゲーでも射撃をやっているから腕は確かだ。
先日の勝負、オレはアシストシステムをONにしてたけど、彼女は使っていなかった。アシスト無しでも戦える……それも距離1,480メートルを正確に狙える凄腕。
マサシの腕はわからないけど、解散したとはいえ六人を纏めて『鷹の目』を使った戦略で一度は優勝したチームのリーダーだ。統率力があるのは確かだ。
でもなぁ……今はギクシャクしてるとはいえ、まだオレたちはチームを解散したわけじゃないし、第一アストラルゲームスとの契約だってある。たしか契約期間は1年間で、満了日の3ヶ月前に更新しないって書面を出すことになってたような……。
まだ1ヶ月くらいしか経ってないから、少なくともあと8ヶ月は解約できないわけだ。
あ、別に解約しなくてもアストラル・ゲームスが二人の脱隊とRedとマサシの加入を認めてくれればチームは存続できるか~。戦力の大幅アップになるなぁ。
そんなことをウジャウジャ考えてるオレを見て「ま、急な話だから即答しなくていいけどさ」とRed。
「あ、うん。ちょっとこっちのチームもゴタついててね。新戦力欲しいとは思ってたんだよね」
「あら〜奇遇ね〜」
「知ってるかどうかわかんないけど、オレたちチームS・S・Aは、」とプロ契約してることを言おうとすると、「プロ契約でしょ~? 知ってるわよ」とあっさり言うRed。
「だからシノブちゃんに接触したんじゃない。あんたとなら最強のチームが作れるって。他の二人には悪いけどね」
「……!」
あ〜なんか、ムカつくな。最初っから『鷹の目』を持っているオレと、プロ契約してるってのが狙いだったんだな。
今更ながらやっぱりオレはあの二人とじゃなきゃチームになれないんだって強く思った。いくら今はギクシャクしててもね。
Redは黙ってるオレに「じゃ、2、3日うちにいい返事もらえるの待ってるわ」とマサシを連れてバーを出ていった。
オレ、こいつらとは組めない――。
LOGONしてからまだ1時間しか経っていない。
オレはなんとか気を取り直してPvPすることにし『首都』の適当なビルからASM338(AWSM)の餌食を探し始めた。
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