第35話 百合の間とアマゾネス

 発端は月曜のことだった。


 仕事が一段落したんで、ちょっとトイレ〜とアズサちゃんに言って個室に入ってると開発2部の子と思しき声が聞こえてくる。

「……さんと……ちゃんの間に入って……」

「だけど……くんと……ちゃんって付き合って……」

「でもそれって、百合の間に挟まる男 ……」

 あん? いま『百合の間に挟まる男』だけはっきりと聞こえたけどこれは……勘違いかな?

 外の声がしなくなり、そのかわりしばらくするとアズサちゃんの声がする。時間がかかってるオレが気になって様子を見にきてくれたようだ。

「忍さん、大丈夫ですかぁ〜」

「うん、だいじょぶ〜」

 さっきの話を聞いたんでちょっと出るに出られなかったことは黙っておいた。

 戻るときアズサちゃんにそのことを言おうとしたけど、はっきりと聞いたわけじゃないんでやめておいた。

『百合の間』ってつまりオレとアズサちゃんってことで、『挟まる男 』は秀明ってことか? 考えすぎかなぁ。


 二人で部屋に入るとさっきの声の主と思われる子二人がこそこそ話してる……あ〜この子たちか〜。

 オレは身体は女子っちゃったけど心は男なんだぞ! と声を大にして言いたいんだけど……本当にそうなのかな? 心、つまり脳なんだけど、ここも女子化しちゃうのかな?

 よく男性脳と女性脳の違いがあるっていうけど、それはある意味都市伝説の『血液型占い』みたいなものだと思ってるし、実際のところ男女の脳は『サイズ以外の差があるとはいえない』のが現在の定説って聞いたことあるしな〜。

 だけど実生活は女の子をしているわけで話し方も当然トイレも女性用、立派?に生理も来たし当然女子なんだよね。


 でもオレは男よりはやっぱり女の子の方が断然好きなわけだから、秀明の彼女とはいえアズサちゃんのことは女の子として見てしまうし、『私、高岡さんの身の回りのお世話もしますけど、女性として守りますんで』宣言からなにかとベタベタくっついてくるのはイヤというより、なかなか好ましい状況……あ、これってはたから見れば『百合』なのか?

 それによく着替えの時に『きゃーかわいい〜!』って抱きついてくるしなぁ……でも『わたしは妹ができたみたいで嬉しいですよ〜』とか言ってたからこれは違う……よな? 多分……。



 アズサちゃんのレベルでは基本的に転送先の選択はできない。だけどプロ契約の恩恵で転送先の限定が解除されたので、どこにでも行けるようになった。

 でも今日は帰宅後次回のPvP大会に備え、三人で『始まりの街』のオヤジさんの店で武器を見ることにした。


 雑談の中でオヤジさんによると、チームS・S・Aの二人の女性アバターの中の人はどうやら本当に『女性』らしい。と、最近ウワサされているんだってさ。

 まぁ元凶はえーっとチームK・Yのカイとユーサクどっちだったっけ? あ〜ユーサクだ。前にPvPで倒されたんで腹いせに言いふらしてるんだろうな〜。

 しかもシューメイはゲーム内で『百合の間に挟まる男』と言われている『らしい』って、オヤジさんから聞いたんだ。ま、確かにそうだけどな〜。

 たしかに『女性』アバターの99パーセントは『男』だけど、オレとアズサちゃんは『女性』だしな。


「なんかみんなおんなじこと考えるんだな〜って。人間がやってるんだから仕方ないよね〜。会社でも言われてたよ〜」

「あ、わたしもそれ聞きました~」と、アズサちゃんと笑い合う。

 ――と、「な、なんだお前ら! いつからそんな関係に?」とシューメイが慌てる。

「別に『そんな関係』じゃなくっても女二人男一人だと、どうしてもその男はそ〜いった目で見られるもんなのよ〜」

「ね〜」とまた二人で笑い合う。

「それがイヤならさぁ〜、シューメイも『女性』アバターにしちゃえば〜?」

「あ、そうそう!シューメイくんなら『アマゾネス』タイプが似合うと思う〜」

「それだ!」

「あははは!」

「くぅ〜」

「たしか契約書には『アバター』変更しちゃいけないなんて書いてなかったし〜」

「いや、それはマズイだろ? あんなPVまで作られてるんだから」

「あんなのデータ入れ替えりゃ済むんだし〜」

「うるさいな〜」


「お、シューメイ隊長、女性アバターにするのか?」とオヤジさんが聞き耳を立てていたのか口を挟んでくる。

「ば、莫迦言え! お、俺はこのままで、」

「ん〜? そんなこと言って、『アマゾネス』っぽい女性の戦闘部族のカタログのホログラム見てんじゃ〜ん? その気になったかにゃ〜?」

「にゃ〜? ってシノブは猫か! んなことないっ!」

「へ〜シューメイくんって、そーゆー女の子が好みなんだ〜、ふ〜ん」とアズサちゃんが茶化す。

 そのやりとりを横目に見ながらオレはその場で崔部長にインカムを通じて――あ、これは別に使用しなくても崔部長か栗山社長とはゲーム内にいる時は話せるんだけど、わざとね――『アバター』のコンバートについて聞いてみた。契約上問題はないし、アップグレードするなら『尚可』とのこと。

「うん。シューメイも聞いてたと思うけど『アバター』交換、アップグレードはオッケーだってよぉ〜?」

「ううう」

「じゃ、シューメイはこの『TH-5980』に決まりね! 身長も180センチだから、今と変わらないし違和感はないと思うよ〜」

「ふ〜ん? わたしはシノブさんみたいなちっちゃな子が好みだけどな〜」とまたアズサちゃん。

「ちょいちょいちょいちょい」

「おい、やっぱりお前らぁ!」


「まあまあ、リアルでの話はおいといて。『TH-5980』ならこの値段で……」とオヤジさんはシューメイだけに価格をホログラム上に表示させて見せる。

 それを見るなり機嫌を損ねたシューメイは「俺、今日は先にLOGOFFするわ」と帰ってしまった――。


「あ……今日お家帰ったらいぢめられそう……」と顔を赤らめるアズサちゃん。

「はいはい、ごちそうさま〜。じゃ、うちらも帰るか〜」

「はい〜」


 その夜、オレは耳栓をして寝た……。



 翌朝、なんか秀明とアズサちゃんがギクシャクしてる……気がする。


 三人で朝食摂って出勤。仕事も昼食も普通通りなんだけど、会話が少ない。昨夜のことで喧嘩でもしたのかな〜? こりゃ『犬も食わない』ってやつだな〜と放っておくことにしたんだけど……。

 そういえばアズサちゃん、朝着替える時に手伝ってくれなかったな。もういい加減ヘアもメイクも少しは慣れたからいいんだけどね。


 夕食後、「今日も訓練するけど何時くらいに、」と秀明に言いかけると「あ、俺らしばらくLOGONしないわ」と冷たい答え。

「え? 何それ?」

「ちょっと片付けする」

 アズサちゃんは黙ったまま。

「秀明、何だよ? もう大会も近いっていうのにどうすんのさ?」

「忍、おまえ言ったよな? 『オレ一人だけ引っ越してもいい』ってな」

「た、確かにそう言ったけどお前も賛成してくれたじゃんかよ!」

「ああ。でも気が変わった。ここはあくまでも『仮住まい』だしな」

「なんだよそれ〜! ここ出ていって前の家に戻るってのかよ?」

「ああ」

「アズサちゃんもそれでいいの?」

「……」アズサちゃんはキッチンを片付け終え、オレをちらっとすまなそうに見て部屋に行ってしまった。

 そしてなにやら荷物を片付けし始める音が……。


「じゃ、落ち着いたらまたLOGONする」とだけ言い放ち、秀明も部屋に戻っていった。

「な、なんだよ〜! お前らプロだろ〜! くそー秀明め! 同じチームだろうが関係なくPvP仕掛けて倒してやるから待ってろよ!」


 悔しくて頭にきたからLOGONを諦めて、頭から布団を被ってベッドに横になったんだけど全っ然、眠れなかった。

 ようやく眠くなったのはおそらく明け方くらいだった。

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