第45話 戸籍上の性別

 月曜の朝恒例の「会社行きたくない〜」から始まった今週も、なんとか2人のおかげで乗り切った。

 新プロジェクトも始まったから仕事も忙しくなり、副業のほうもVRMMORPG BulletS RECOILに備えて平日夜と昨日の土曜も丸々1日訓練していたから、今日はお休みしようか〜? と3人でコーヒーを飲みながら話していたところ、携帯に崔部長から連絡が入った。午後一番で訪れるとのこと。

 何でまた急に? しかも日曜日だよ? と、みんなで考えを巡らすも思いつかない。

 まぁ、今日は特に出かける用事もないし、いいか〜と、崔部長の来宅を待つことに。


 13時ちょうどに崔部長が来宅した。

 なんでも、ロサンゼルスにある奥さんのキャロラインさんと娘さんのユイちゃんの墓参りに帰国していて、そのついでに来てくれたらしい。


「はい、こちらはCompartes chocolate(コンパーテス・ショコラティエ)のチョコレートです。ロサンゼルスで人気のお店ですよ」と言いながら、梓ちゃんに手渡す。

「わぁ〜、嬉しいです〜! ここってセレブ御用達のお店ですよねぇ!」

「よくご存知ですね。あ、あとこれも……」と言いながら、Bath&Body Works(バスアンドボディーワークス)のハンドソープとハンドクリームを梓ちゃんとオレに渡してくれる。

 パッケージには、キラキラとしたラメがたっぷり入っていた。

「あ、わたしにも? ありがと〜!」

「これも素敵です〜! このお店、アロマキャンドルや香水もありますよね〜」

「そうなんですよ。でも香りには好みがあるので、スキンケア用品にしました」と言いながら、崔部長が気を使ってくれているのが伝わる。

「あと、シューメイさんにはこれを……」と言って取り出したのは、高さ約30センチのオスカー像のレプリカ。ビニールに包まれただけの簡易包装なので、目立つ目立つ。

「あははは! これイイ! 無表情なところがシューメイのT-9000にそっくりぃ〜!」

「ですねぇ〜!」

 梓ちゃんと2人で大爆笑。

「こ、これをどうしろと……」と、シューメイがむくれる。

 4人でひとしきり談笑する。


 梓ちゃんがコーヒーを淹れなおしてくれ、「今日訪問させていただいたのは――」と、崔部長が本題に入る。

「高岡さんの戸籍上の性別についてなのですが、今後のことを考えますと……」

 あ〜、そうだよね〜 外見と性別が解離してるもんな〜


「そうですよね、この美少女で戸籍が男なんて……」

「おい、びしょうじょって誰だ?」

「あん? 秀明だってオレのことアバターと同じに美少女って言ったてろ〜! それにオレ、どう見ても美少女以外の何者でもないだろ〜?」

「び・し・ょ・う・じ・ょ・は、オレなんて言葉は使わねぇぞ!」

「はいはい、2人ともやめてください!」と、いつものように梓ちゃんが止めに入る。


「話を進めさせていただきたいのですが……」と、崔部長がまた始まったという顔をしながら続ける。

「戸籍上の性別を女性に変えるには、少々裏技を使わなければいけませんが、高岡さんはいかがされますか?」

 いかがする……つまり、戸籍上の性別を操作して女にするってことだよね。身体はもう元には戻らないし、女の子として振る舞うのにも少しは慣れてきてる……かな? あ、でもさっきみたいに、「オレ」とかはたまに出ちゃうけど……。

 でも、このままの戸籍じゃ、いろいろ支障があるのは確かだ。

 そっか〜、頭では男だと思っているけど、実を言うとあんまりこだわりはない。女の子としての生活もまんざらでもないし……。


「そ、それって戸籍操作するってこと?」

「いやいや、それはちゃんと日本国内法に従った手続きをしますよ」

「それなら安心です。そうですね……もう女の子として生きることに決めてますし、戸籍の性別変更が可能ならお願いします。両親は他界してますし、親戚とも疎遠ですので……」

そう言うと、秀明と梓ちゃんは少ししんみりとした顔になったので、「だ、だってもうオ……わ、わたしもこんな美少女だしぃ〜」

「そ、そうだな」

「そうですよね〜」


「では、性別変更を弊社顧問弁護士を通じてTS市の家庭裁判所に申請します。ここで少し裏技なんですが、男としての高岡忍さんは、性同一性障害者として性別適合手術を受けており、性別の取扱い変更と名の変更許可を申請することを承諾していただきたいのですが」

「適法であれば問題ありません。それに関して、何か書類や押印が必要ですか?」

「それは申請時に必要なんですが、まず性別変更の手続きには6つの要件を満たす必要があります。それについてご説明しますね」


 説明によるとこうらしい。

 1.2人以上の医師により、性同一性障害であることが診断されていること。

 2.18歳以上であること。

 3.現に婚姻をしていないこと。

 4.現に未成年の子がいないこと。

 5.生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。

 6.他の性別の性器の部分に近似する外観を備えていること。


「なるほど」

「1については問題ないでしょうか?」

「う〜ん、性同一性障害者っていうのはちょっとだけ引っかかりますけど……まあ、大丈夫ですね」

「では、1から4と、6は満たしていますが、問題がありそうなのは五の解釈です」

「はあ」

「実際には女性としての生殖腺、つまり子宮・卵巣・卵管などは存在しているため、男性としての生殖腺はなく、機能を永続的に欠く状態と診断書を作成させます」

「あ、中央研究所の!」

「はい。親会社のアストラル製薬の医師による診断書でクリアします」

「お手数おかけします。あ、あと名前はひらがなで、しのぶにしてください」

「承知しました」


 代理人からの申立てが受理され、オレが「女性」の「高岡しのぶ」となったのは、約一年後の話――

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