第43話 PGMヘカートⅡ versus PGMヘカートⅡ

 土曜日。昨日で生理がやっと終わったみたい。月曜日にはダイブしたけど、それ以降の4日間は体調が悪くて、結局オレだけダイブを控えていたんだよね。

 でも、今日は体調もすっかり戻ったし、第6回VRMMORPG BulletS RECOILまで残り70日を切ったんで、訓練、特訓! と意気込んで、昼過ぎに3人で一斉にダイブすることにした。


 今日の転送先、シューメイとアズサちゃんの2人は荒野地帯で訓練してもらうことにした。

 オレとシューメイのプレイヤーレベルはMAXの300だけど、アズサちゃんはまだ150だから、正直心許ない。他のチームも300近くにはなってるだろうし。

 まずはアズサちゃんに『ガードヒール』を使いこなしてもらうのが目標だ。スキルを正しく使えば、自分とシューメイのHPを回復しつつ防御して被弾を減らせるようになるはず。

 ちなみにPVに出てた被弾治療なんかはできない――あれ、完全に盛りすぎだよね。代わりに、自分と味方の防御力を大幅に上げる効果がある。


 荒野地帯を選んだのは理由があって、シューメイにはハンヴィーを使った移動射撃の訓練、アズサちゃんには運転の練習とレベルアップを兼ねてもらうためだ。

 ハンヴィーは切り札になるから、他のプレイヤーには見られたくない。でも、いざってときに使えないのが一番困るしな。ここはアズサちゃんに任せておこう。

 一方のオレはスナイパーだから、基本は固定位置から『天の秤目』と『鷹の目』を使った狙撃がメイン。だから車上からの射撃訓練はパスってことで。


 オレは始まりの街へ向かい、ガンショップに入るなり、オヤジさんに声をかけた。

「ヘカートIIちょうだ〜い!」

 挨拶もそこそこに話しかけると、オヤジさんが驚いたように笑った。

「おっ! シノブちゃん。前に『重いからどうしようかな〜』って悩んでたのに、とうとう買う気になったのか?」

「うん、聞いてたと思うけどさ、ハンヴィーで移動すればいいじゃん? って」

 店内に他のお客がいないのを確認しながらオヤジさんに話しかける。

「なるほどな〜 ヘカートII持ちか。PV通りってわけだな」

 そう言って、オヤジさんが店内モニターに映るVRMMORPG BulletS RECOILのPVに目をやる。


「で、シノブちゃん、AWSMはどうするんだ?」

「あれは歩き移動用! それに、もう愛銃だから手放さないよ〜」

「そっか、愛銃は手放せないよな。で、弾は何発いる? 装弾数は7発。それからスコープは?」

「弾は……キリよくマガジン10本分、70発で! スコープは重くなるからいらな〜い」

「あ、そっか。シノブちゃんには不要だもんな」

「うん、これで足りるかな?」

 オレはメニューで残高を表示させて見せる。

「おお、十分! っていうか、結構貯め込んでるな〜 そういえば、.338ラプアマグナム弾は足りてるか?」

 さりげなく商売っけを出してくる。スコープが売れなかったのが少し悔しいのかな。

「じゃあ、マガジン100本お願い!」

「ほいきた!」

 支払いを済ませ、所持銃器と弾薬数をメニューで確認。

「オッケー! じゃ、また来るね〜!」

「毎度あり〜!」


 ヘカートって、ギリシア神話の女神「ヘカテー」のことらしいけど、実は太陽神アポロンの別名「ヘカトス」(Ἑκατός, Hekatós)が語源なんだって。その意味は「遠くにまで力の及ぶ者」や「遠くへ矢を射る者」。狙撃銃にぴったりの名前だ。こういうところ、フランス人ってネーミングセンス良いよね〜


 今日は、いつだったか忘れたけど、前にも来た旧市街地の別のビルに向かう。手ぶらで歩いていると、途中でいつものように声をかけられるけど、適当にあしらってそのまま進んだ。

 結局、後をつけてくる者もいない。まあ、この前もそうだったけど――通常のPvPで、金髪赤眼のスナイパーに勝とうなんて、10年早いんだよねっ。

 屋上に到着し、PGMヘカートIIと12.7×99mm NATO弾を2発、実体化させる。発射速度は毎秒825メートル。う〜ん、この銃、重いけど重機関銃弾薬を使うだけあって、装着されているマズルブレーキがめっちゃかっこいいよな〜 あるゲームでこれを使っているのを見て、憧れてたんだよね。

 折りたたみを解除し、銃床を下にして持ち上げる。ずっしりとした重みが手に伝わる。全長は1,380ミリ。オレの身長と10センチしか違わないってことは、やっぱり取り回しがちょ〜っと厳しいかもな〜

 まあ、いざとなったら大会の終盤でハンヴィーの上から撃てばいいよね。アズサちゃんにガードヒールをかけてもらいながらなら、なんとかなる。


 ヘカートIIは前方に2脚、後方に1脚のポッドが備えられていて安定感抜群だけど、重量はAWSMの2倍。スコープ非装着でも13.8キロあるんだよね。これ、か弱き乙女が扱うにはちょっと無理がある。結局、フェンス越しにプローンポジションで射撃するのが現実的なところかな。

 弾を装填し、身をかがめてPvPモードをONにする。レンジを2,000メートルに設定した『鷹の目』で、PvPモードがONになっている赤い【▼】を探す。


 1人見つけた……ん? プレイヤー名Red――って、まさかアイツか? まだ活動してたんだ!

『天の秤目』のレティクルに捉えたのは、1,480メートル先のビルの屋上。PGMヘカートIIを構えた女性だった!

 前々回の第4回大会のときは顔なんてよく見ていなかったから気がつかなかったけど、間違いない。赤眼のヤツだ。凛々しい顔つきに、漆黒の長髪、長身。ヘカートIIが抜群に似合ってる。

 前回大会ではチームM6の姿がなく、Redの名前は他のチームにもなかったから、『鷹の目』が使えなくなったことで引退したんだと勝手に思い込んでた。


 ……良かった。本当に良かった。でも同時に、急に申し訳ない気持ちが込み上げてくる。

 オレがTHX-1489を手に入れたことで『鷹の目』を使えるのはオレだけになり、それを活かして優勝した――あのとき心の奥に残ったわだかまりが、今になって顔を出した。

 でも、うん……ここは「銃と弾丸の世界」だ。これはPvP、勝負なんだ。自分の能力、スキル、知識、そして火力――そのすべてを駆使して戦う。それの何が悪いんだ。

 気を取り直し、せめて『鷹の目』を使っていることを悟られないよう、『天の秤目』で照準を合わせ、アシストシステムをONにする。そしてバレットラインを照射。

 ……気づいたな。


 同じPGMヘカートIIを構えた者同士。条件はまったく同じはず――となれば、決着をつけるのはたった一発だ。


 勝負するしかない!


 ――決着がついたのは、トリガーを引くタイミングと使用弾の違いで、着弾がわずかに早かったほうだった。約1.72秒後、結果が出た。徹甲弾ではなく、銃口初速の速い標準弾を選んだおかげで助かった!


 オレは発砲と同時に、マズルブレーキから激しく噴き出す煙の中、反撃を避けるために動いていない空調機の陰へ身を滑らせ、射線を切った。

 被弾は……していない。よかった。でも、さっきまでオレがいた場所には、徹甲弾でも使ったのか、大穴が開いていた。まぁ、あの威力なら、かすった程度でも被弾すれば一発で死亡判定になるんだろうけど。


『天の秤目』を使って再びRedの姿を探す。……ヤツは回避が間に合わなかったようで、頭部が完全に吹き飛んでいた。

 対物ライフルの威力……これ、PvP向きじゃないかもな。そう思いながら、ふっと笑ってしまう。あ、そうだ。オレも第3回大会でRedにスイカみたいに頭を吹き飛ばされてたんだっけ。

「これで2勝1敗。オレが勝ち越しだ……」

 呟いた瞬間、胸の奥に引っかかっていたわだかまりが少しずつ溶けていくのを感じた。


 しばらく屋上で呆けていたが、そう長居はできない。Redが復活してくる前にログオフしようとしたとき、インカムにシューメイの声が聞こえる。

『おーい、シノブ! 今どこだー?』


「ん〜、どっかのビルの屋上〜」

『なんだそりゃ。てか、おまえなんか気が抜けた声してねぇか? どうしたんだ?』

「え〜、そうかな。あ〜……今さっきRedと勝負して、勝ったんだよね〜」

『マジかよ! そりゃ気が抜けるわな』

「う〜ん、たぶんね」

『まぁ、俺たちにとっては因縁の相手だしな。仕方ねぇか〜』

「そだね〜」

『で、俺らそろそろログオフするけど、シノブはどうすんだ?』

「オレもそろそろログオフしようかな〜って思ってたとこ」

『了解。んじゃ、お先に失礼!』

「うん、お疲れ〜」


 Redとの勝負を終え、胸のわだかまりが消えた今、ようやく心から戦いに集中できる気がする。

 これで第6回大会、全力で戦えそうだ。

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