第42話 お祝いはオムライスで
女の子になっちゃって――というか、アバターの姿になって――から、気づけばもう1ヶ月が過ぎた土曜の朝。
平日は会社と、深夜のVRMMORPG BulletSでのプレイ続きで、さすがに疲れがたまってたのか、今日は思いっきり寝坊。起きたらなんだか腹が痛いし、頭もズキズキする。
まだ眠気が抜けなくて、着替えもしないままリビングへ向かう。そこではコーヒーを飲んでいる2人に「おはよ〜」と軽く挨拶をしながら、まずはトイレトイレ〜と個室へ入る。
パンツを下ろしたとき、なんだか卵の白身みたいな粘り気のあるものが付いてるのに気づいた。
んんん〜? これ何? と首を傾げながらペーパーで拭き取ると、少し酸っぱいようなニオイがする。……まぁ、パンツは夜お風呂に入るときに替えればいいか〜なんて、つい独身男――いや、今の身体はもう女の子だ――そのクセが顔を出す。
これ、何かの病気ってわけじゃないよな……。後で秀明がいないタイミングで梓ちゃんにそれとなく聞いてみようっと。
トイレを済ませてパジャマのままリビングに行くと、「忍さん、コーヒー淹れておきましたよ〜」と言いながらマグカップを手渡してくれる。
「ありがと〜」と礼を言いながら受け取り、ソファに腰を下ろす。
「もうお昼近いですけど、何か食べます〜?」と梓ちゃんが尋ねる。
「ん〜どうしようかな〜 なんか昨夜からお腹痛いし、頭も痛いんだよね……あ、これは気圧のせいかな? 熱はなさそうなんだけど、体がだるいし、やたら眠いから、後でいいや〜」
オレの言葉を聞いた梓ちゃんは、何か気づいたように表情を変えながら、優しく言う。
「じゃ、お昼過ぎたらお部屋に持っていきますから、まだ寝ててくださいね〜」
「助かる〜 じゃ、そうする〜」
引き出しをガサゴソ探して体温計を見つけ、ベッドに寝転がりながら体温を測る――結果は35.8度。普段より少し低い。
昨日、なんか変なものでも食べたっけ? と考え込んでいると、まだお昼前なのに梓ちゃんの声と控えめなノックの音が聞こえてくる。
「あ、どうぞ〜」
返事をすると、梓ちゃんが入ってきて開口一番こう言った。
「忍さん、もしかすると今度こそ生理かもですよ〜」
「えええぇ〜?」思わず大声を上げる。そういえば先日、ポニーテール頭痛のときに「生理かも?」と相談したことを思い出した。
「女の子になって、もうひと月くらいですしね~ 下着に何か付いてたりしませんでしたか?」
「あ、そういえば、パンツに卵の白身みたいなのが付いてた!」
「まあ、そしたらそろそろ本当に生理がきますね〜 人によって違うんですけど、忍さんみたいに白っぽいものが出たり、うっすら血や茶色っぽいものが付いたりするんですよ。最初の生理――初潮っていうんですけど、あんまり血は出ないことが多いですから……たぶんですけど〜」
「そうかぁ……オレもついに正真正銘の女の子になっちゃったんだな〜」
「そうですよ〜! お祝いしなくっちゃですね〜 昔はお赤飯を炊いてお祝いするのが定番だったらしいですよ〜」
「え? 梓ちゃんのときも?」
「いいえ〜 私、お父さんに知られるのがいやだったので、お母さんに『それだけはやめて〜』ってお願いして、大好きなオムライスにしてもらいましたけど〜」
「なんか普通だねぇ……」
「普通が一番ですよ〜」
悪戦苦闘しながらも、なんとかナプキンをパンツに貼り付けて履き直す。
やっとトイレを出てリビングに向かうものの……う〜ん、なんかゴワゴワして落ち着かない。
幸いにも梓ちゃんが気を遣ってくれたらしく、秀明は部屋にこもっている様子。リビングには梓ちゃんだけがいた。
「梓ちゃん〜ありがとう〜 でもさ、トイレ真っ赤だったよ〜」
少し不安げに話すと、梓ちゃんは軽く頷いてみせる。
「あ〜、身体がちゃんと出来てるから、初めてでも量が多かったんですね〜」
「そうかもね〜 確か中央研究所で、乳腺や子宮、卵巣も全部ちゃんとあるって言われたよね……」
「そうですね〜 だから、生理も普通の女の子と同じくらいになると思いますよ〜」
梓ちゃんは少し思案しながら続ける。
「じゃあとで普通用のナプキンを何枚か渡しますね。2、3時間ごとに一度は替えてくださいね。夜は、シャワーの前に夜用のをお渡ししますから〜 替えのショーツに先につけておくと楽ですよ〜」
「やっぱり女の子に聞くのが一番だよな〜 あ、そうだ、シャワーってことは湯船はダメだよね?」
「いいえ〜、逆に湯船に浸かるとお腹が温まるので、むしろおすすめですよ〜」
「なるほど〜、お風呂で温まるのか〜」
「あ、今日の分はありますけど、これから1週間分は必要ですから、忍さん用のナプキンを買ってきますね〜 あと、体温計も。小数点2桁まで測れる女の子用のやつ。それで毎日体温を測ると、次に生理が来るタイミングがわかるようになるんですよ〜」
「あ〜、それが基礎体温ってやつだね」
「そうですそうです」
「でもさ、記録するの面倒くさそうだな〜」
「なら、Bluetooth接続機能付きのにします〜? スマホで簡単に体温管理できるんですよ〜」
「え、それめっちゃ便利じゃん!」
「じゃ、それにしますね〜 それと、寝るときはお腹と腰の下あたりにカイロを貼って温めましょう。血流が良くなって痛みも和らぎますし、リラックス効果もありますから〜」
「おお〜、なんかほんと、いろいろありがとう〜」
その日の夕飯は、ふわふわのオムライスだった……。
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