第39話 ブルーマンデーとイエローベース

 昨日は21時くらいに2人が戻ってきて、夕飯はすでに済ませていたらしい。

 オレは食欲がなかったから、ちょうどよかったのかもしれない。

 2人からダイブに誘われたけど、「昼間にダイブしたから今日はいいや」と断った。

 結局、食事も摂らずにシャワーだけ浴びて、22時頃にはベッドに潜り込んだ。


 月曜、朝7時――スマホのアラームが鳴った。昨夜はほとんど眠れなかったせいで、頭がぼんやりしている。

 しかも今日からまた仕事か……。気が進まないまま、手を伸ばしてアラームを止める。ブルーマンデー症候群って、まさにこのことだよな。

 いや、本当の原因は違うか。昨日ダイブしたとき、ガンショップのオヤジさんから聞いた話――ユーサクだろう、『シノブさんって、リアルとアバターがおんなじで金髪赤眼で可愛いんだよ〜』ってやつ――それが頭から離れないんだ。


 ベッドでぐだぐだしていると、ドアをノックする音がして、梓ちゃんの声が聞こえてきた。

「忍さん、おはようございま〜す! 調子悪いですか〜? コーヒー淹れましたよ〜」

「う、うん。調子が悪いわけじゃないけど……ちょっとね……」と答えながら、パジャマのままリビングに向かう。

 梓ちゃんが淹れてくれたコーヒーを受け取ると、「昨日さ、昼間に1人でダイブしたときに――」と昨日の出来事を話し始めた。

「ね、なんか怖いでしょ? また街で会ったらどうしようとかさ……もうダイブしないほうがいいのかな〜とか、いろいろ考えちゃって。結局あんまり眠れなくてさ。会社も行きたくない……」

 データはクラウドに上がってるから、最悪在宅で作業できるし――なんて、考えがよぎる。


「あ〜、女の子ならではの悩みですね〜 私も学生のころ、似たような経験ありましたよ〜」

「そ、そうなの〜?」

「はい。でも、大丈夫です。みんなで出社して、しばらくはお休みの日に外出を控えたり、どうしても出かけるなら私たちと一緒にいれば安心ですよ〜」

「そっかぁ……ん〜でも、やっぱり怖いなぁ……」

「大丈夫ですよ! それに、ダイブだってソロじゃなくて、チームS・S・Aの3人で行けば最強じゃないですか〜」

「そ、そうだよね……」

 なだめられる自分が、なんだか情けない気もする。

 それにしても、女の子ってこんなに弱いのか……いや、もしかしてオレ、精神的にも女子化してるんじゃないか? なんて、もうひとりの冷静な自分がツッコミを入れてくる。

 一方で、梓ちゃんのことを少し頼りになるお姉さんに見えてきたり……いやいやいや、これは梓ちゃんが「女の子としては大先輩」だからだ! そう思うんだ、オレ! しっかりしろ!

 でも、そんな心の葛藤とは裏腹に、つい「い、一緒に出社してくれる〜?」と口をついて出てしまう。

「はい! いつも通りにみんなで出社しましょ〜 だから大丈夫ですよ〜」と、またもや優しくなだめられる。


 そんなやりとりをしていると、秀明がリビングに顔を出す。

「ん? 忍、具合でも悪いのか?」と心配そうに聞いてくる。

「実はね――」と、オレは昨日の出来事を話した。

「なんだよ、それくらい俺がリアルでもVRMMORPG BulletSでも、守ってやるから安心しとけって!」

「あ、ありがと……」

「ったく忍よ〜、すっかり女子っぽくなっちゃったな〜」

「う、うっさいな〜!」

「お? やっと元気出てきたみたいだな!」

「も〜、やっぱり秀明は脳筋だよね」

「なんだと〜!」

「はいはい、2人とも、じゃれてないで朝ご飯作りましたから、さっさと食べてくださいね〜」と、梓ちゃんが割って入る。

「じゃれてね〜よ!」

「お、お母さんか〜い!」

 梓ちゃんはそのやりとりを見て、ふっと笑う。


 朝ごはんを食べ終えたあと、オレはぽつりとつぶやいた。

「で、会社なんだけど……3人なら行けそうな気がする……」

「ん、そうか」と秀明。

「それはよかったです〜! 昨日お見せできればよかったんですけど〜、忍さんの会社用のお洋服、まだまだ足りないと思って買い足したんですよ〜!」と梓ちゃんが嬉しそうに言う。

「え〜? 3、4日前に『しばらくはこれで大丈夫〜』って梓ちゃん言ってたじゃん!」

「あれ〜? そう言いましたっけ〜? でも、お洋服はたくさんあったほうが楽しいですからね〜」

 そう言いながら、オレの部屋で買い込んだ服の展示会を始める梓ちゃん。

 まあ、9時半にウチを出れば始業時間には十分間に合うから、まだ1時間半以上ある。大丈夫だな。


「トップスはアイボリーのシフォントップスに、ミルキーオレンジのコットンニット。それからライトイエローのカーディガン……」

「え〜? 3着も〜?」

「まだまだありますよ〜 次はグレージュのフレアスカート……」

「あ、このフレアスカートかわいいね。黄色いカーディガンに合いそう!」

「ですよね〜!」

「へ〜、他には?」

「ネイビーのオールインワンセットアップです〜 ちょっと大人っぽい感じで、これ私のイチオシですよ〜」

「なんか高そう……あ、でもこのネイビーのトップスと、さっきのフレアスカートの組み合わせって良いかも〜」

「忍さん、それナイスです〜! じゃあ今日はその組み合わせにして、靴はライトベージュのパンプス、髪型はポニーテールじゃなくてハーフアップにしましょう!」

「うん! ネイビーのトップスにグレージュのフレアスカート、ライトベージュのパンプス、ハーフアップ……うわ、なんかOLさんっぽい!」

 でも、こんなに買っちゃってちゃんと払えるかな……?


 気になって梓ちゃんに尋ねてみた。

「ね、梓ちゃん、これ全部でいくらぐらいしたの……?」

「え〜っとですね〜 トータルで8万円くらいですかね〜」

「ひぃ〜!? なんでそんなに高いの〜!?」


 驚きながらも、支払いのことがチラつく。ちょっと待って、これ払えるのかな……? てか、そういえば賠償金とかプロ契約料って、いつ振り込まれるんだっけ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る