第38話 それぞれの日曜日
ベッドでぼーっと半年前のことを思い出したりしながら2人を待っていたけど、お昼を過ぎても戻ってこない。
「またカップ麺でも食べるか〜」
お湯を沸かして――あ、CMで『2分が美味いんだよ』って言ってたから、試してみようかな。
キッチンでお湯を入れてから部屋に戻り、スマホで2分のタイマーをセット。タイムラグがあるから、実質2分半くらいかな?
んで、2分経ったので「いっただきま〜す!」
お、これ堅めでいいじゃん、今度からこうしよう!
ググってみると、『気温の違いが影響して戻り時間に誤差が出ることから、30秒長めに表示している』ってあったから、2分ちょいってのは実際合ってるのかもね。
ん〜でも、久々の1人はヒマだな〜
あ、そうだ。オンラインショップでスマホの機種変更しようっと。さっき店頭で触った『第五世代』ってモデルが大きさもちょうどよかったし、それに決めよう。色は……赤かな? あ、在庫もあるから、SIMも同梱で2、3日で届くらしい。カード決済して、契約者情報を入力して、送付先は会社にして――って、30分もかからないな。
またヒマになった。
そうだ、ソロでVRMMORPG BulletSにダイブするか〜
部屋のドアも仮だけど鍵をかけたし、2人に急に入ってこられる心配もないから安心だ。
PCを起動し、VRMMORPG BulletSにログオン。転送先は始まりの街に……。
昼間にダイブするのは久々だけど、このVRMMORPG BulletS内では24時間、暗くなることはなく、12時間ごとに暁から黄昏に明るさが調整される。オレのように視覚情報処理系が強化されているアバターは少ないから、夜がないのかな? ま、実際のところ夜間戦闘は避けたいし、軍隊じゃないからね。
ちなみに、雨も降らないし、たまに曇り空になることはあっても基本は晴れ。技術的に雨を降らせるのは難易度が高いのかな?
常に気温は20℃前後で、春先くらいの気候だし、湿度も50〜60%で過ごしやすい。風も時々吹くしね。
もっとも、アバターは汗をかく必要もないし、汗腺もないけど、このちょうど良い気温と湿度は心地よい。
で、今日はPvPでもしようかな〜と、始まりの街から散歩がてら、通称『首都』と呼ばれる中央都市を経由して廃都市に向かうつもりだ。
首都にはあまりレベルの高いプレイヤーが多くないから、PvPは廃都市でやることにして、先にいつもの始まりの街にあるガンショップに顔を出すことにした。
歩いている途中、なんだか視線を感じるけど、愛銃のAWSMは実体化させてないし、PvPモードもONにしていないから問題はないんだけど、ちょっと気持ち悪いな〜
ガンショップに到着し、「こんにちは〜」と店に入ると、オヤジさんがいきなり「お〜! シノブちゃん、聞いたぞ〜!」と言ってきた。
「な、なに、なに?」オレは慌てて聞き返す。
「プロ契約したんだって? そんで銃や弾薬、装備はアストラル・ゲームスが負担してくれるんだろ? ウチを贔屓にしてくれててよかったぜ!」
「え〜? なんでそんなに情報早いの?」
「あ〜それな〜、運営から『チームS・S・Aはプロ契約して、メンバーはPvP大会の1ヶ月前から購入品は会社負担する』って通知が来てさ」
「あ〜それね〜、運営、仕事早っ!」
「でさ、チームS・S・A出演の次大会のPVがデモ版で回ってきたんだけど、見るか?」
「え〜、なにそれ? 作るって聞いてたけど、もう出来てるの〜?」
「ああ、これはガンショップだけに配布されてるんだけど、その反応を見て修正するんじゃないか?」
「う〜ん、なんかちょっとハズいな〜」
「まあ、見てみ? シノブちゃんのシューティングシーン、結構カッコいいぜ?」
「そ、そう?」
内容は、3人の戦闘中のシーンと次大会の告知――
オレのシーンでは、愛用のAWSMがPGMヘカートIIにすり替わっていて、あの恥ずかしいバトルスーツ姿で、まさにスナイパーって感じのプローンポジションで狙撃している。『天の秤目』の効果を表現するためなのか、右目の周囲に実際には存在しない青い同心円状の光が多重に浮かび上がり、まるでメモリのような模様が回っている。
一方シューメイは雄叫びをあげながら跳躍しつつ、M16A3を乱射しながら敵に突っ込むという無茶なスタイル。被弾しまくっているけど、その度にオレと同じバトルスーツ姿のアズサちゃんが「ヒール!」と叫びながら治療している――ここでも派手なピンク色の光が現れる演出が追加されている。実際には回復なんてできないのになぁ。
いや、どう見てもツッコミどころ満載のPVだ。
しかも最後には「第5回優勝チーム『チームS・S・A』に挑戦せよ! 第6回VRMMORPG BulletS RECOIL開催まで3ヶ月!」とか出るし、もう〜
「うわ! なにこの恥ずかしいPV! 早く消して! 今すぐ消して〜! 恥ずかし過ぎぃ〜! わたし、おっぱい小さいからこのバトルスーツ、イヤなんだよ〜!」
「いやいや、シノブちゃんもそれなりに似合ってていいんじゃない? スキルの効果演出も結構受けがいいし!」
「そ、それなりにって……それに、受けがいいって他に見せた人いるの?」
「おう。今日来た客全員に、『ウチの店を贔屓にしてくれてる、チームS・S・Aだぜ』ってな!」
「うわぁ〜、だから街で視線感じたんだ〜! ここじゃもう装備買ってあげない!」
「おいおい、それはないぜ。このPV作ったのは運営だから、そっちを恨めよ〜」
「う〜、そりゃそうだけどぉ〜」
「それよりシノブちゃん、」
「な、なに?」
「気をつけたほうがいいぞ。名前は言えねえけど、古参でいつも2人でつるんでるやつらの片方がよ……」あ〜カイかユーサクか?
「う、うん……」
「『シノブさんって、リアルとアバターがおんなじで金髪赤眼で可愛いんだよ〜』って言ってたから……っと、リアルのことはご法度だったな」
「え? それって……」さっき外出したときに喫煙所でガン見してきたヤツか……? 口調からすると、ユーサクかな?
「ま、俺はリアルのことは言いたくないけど、女の子なんだから1人で歩かないほうがいいかもな」
「う、うん……そうする。このアバターって……」
「いや、言わなくていいぜ」
「そ、そうだね。ありがと……」
今日はPvPする気にならなくなり、ログオフした。
◇
駅前のビックリカメラのノートPCコーナー。
「梓、どのPCがいい?」と秀明が聞く。
「え? 私、メインフレームの端末とか仕様書作成のオフィス用PCならわかるけど、ゲーム用のはちょっと……」
「ま、そうだろうな。じゃあ、俺と忍が使ってるのと同じ会社の、同じゲーミング用にしとくか」
「ゲームさえできれば何でもいいんだけど〜 ノートPCでもゲーミング用ってあるの?」
「ああ。簡単に言うと、普通のノートPCはCPUとGPUが一緒になってるけど、ゲーミング用はGPUが別になってるんだ。ゲームは描画が命だけど、実際俺たちがやるゲームにはギアがあるから、あんまり関係ないな。でも、マシン能力は高いほうがいいからな。ん〜じゃ、この1650TSってのにして……メモリは32GB、ストレージは512GBか。仕事用にオフィスソフトいるか?」
「ん〜使うかも〜 でも予算は15万円くらいだから〜」
「じゃ、今日は買わなくて、あとで必要ならダウンロードするか。これだと予算ちょっと超えちゃってるから」
「そうね〜、ダウンロードできるんならそれでいいわ〜」
「じゃ、これするか」
秀明が店員を呼んで、目当てのPCの在庫を確認してもらい、会計を済ませる。
「あと、何か必要なものは……」
「ん〜とね、忍さん用のお洋服かな〜」
「あのな〜、今日はPC買いに来たんじゃ……」
「え〜、だって忍さん、明日から会社に着ていく服がまだ数着しかないから〜」
「まぁ、そうだよな。男みたいにずーっと同じスーツってわけにもいかないしな」
「そうよ〜、女の子は毎日替えないとね〜」
「しっかし、すっかり忍のお姉さん気取りだな」
「うん、なんか妹が生き返ったみたいで……」
「あ、そうか……梓の妹さんってたしかユイちゃんだっけ?」
「うん。崔部長さんの娘さんと同じ名前……あ、このことは忍さんには言ってないよね?」
「ああ。大丈夫だ」
「ありがと」
「んじゃ、忍の服も買って帰るか」
「うん! でもその前にお腹空いちゃった〜」
◇
東京HND空港T3。
空港には久々に来たので、予定より3時間も早く到着した。
ラウンジでひと休みし、ビールで乾いた喉を潤す。食事は機内食で十分だろう。
チェックインを済ませ、機内持ち込み手荷物以外はないので、そのままセキュリティチェック、税関、出国審査へ。本名――もちろん、通り名の崔ケイスケではない――のパスポートを提示し、面倒な手続きを終えて、HND発LAX行きの13時発便に乗り込む。
座席はビジネスクラスにした。
直行便でも約10時間の旅だし、個室感のあるフルフラットベッドになるファーストクラスも考えたが、ビジネスクラスにもシェルデザインと大きなプライバシーパーティションがあると聞いて、そちらを選ぶことにした。
帰国するのは何年ぶりだろう? ユイが亡くなってから何度かは帰国しているが、4、5年は帰っていないのではないだろうか。
ここ最近はシステムトラブルや再ログオンテストの準備で、キャロルとはろくに電話もできず、メールのやり取りだけだったが、帰国すると電話したときは大喜びしてくれた。
元気そうだったな。
休暇は3週間取ったから、この数年の埋め合わせくらいはできるだろう――大丈夫だろうな。
まずはユイの墓参りに行かなきゃな。
あと半年もすればアストラル・ゲームス本社とサーバーもUS国LA州に移転するから、これからは一緒に暮らせるようになるだろう。
今は、家族のことだけを考えよう。
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