第18話 引っ越し

 明けて水曜日、今日は6時にスマホの目覚ましでなんとか自力で起床!

 昨日まではアズサちゃんに叩き起こされたけど、今日は引っ越しの日だからね。


 ――のはずだったけど、朝にはやっぱり弱いんでしばらくベッドの上で加熱式タバコを吸ってぼーっとしてると……昨日と同じようにドアフォンのチャイムで今度こそ目が覚める。あ〜英明たちかな。

「は、は〜い」とドアフォンのモニターを見ると英明とアズサちゃんが二人揃って大きい荷物を持ってる。

「おーす」

「忍さん、おはようございま〜す」

「おはよう〜すごい大荷物だね〜」

 上がってもらい、アズサちゃんにコーヒーを淹れてもらっている間に今日は動きやすいように急いでトレーナーとジーンズに着替える。


「今起きたばっかりでタバコ吸ってた……」

「なんだ、緊張感ないな相変わらず。スナイパーやってるときとは大違いだなぁ」

「いいだろ〜そう年がら年中緊張してたら身がもたないよ〜」

「え〜忍さんって、VRMMORPG BulletS内ではそんなに違うんですかぁ?」

「おう、狙撃銃構えてPvPやってるときは別人だ」

「んだよ、仕事中も緊張してるだろ〜」

「わぁ〜見てみたいです〜」

「なら、アズサちゃんもVRMMORPG BulletS始めてさ、三人でパーティ組まない?」

「じゃ、忍さんが復帰したらやってみようかな〜。でも足引っ張っちゃいますよ〜」

「おい、忍よ。それより引っ越しが先だろ」

「あ、ごめん」

「ごめんなさい……」

「アズサちゃんまで謝ることないって。ま、オレは荷物全部詰めるのまでやってもらえるみたいだから、要る物要らないもの分けるくらいかなぁ……そ、そうだ男物の服ってもう要らないのかな……」

「そうですねぇ〜ちょっと未練も残りますけどパ〜ッと全部処分しちゃいましょうか~?」

「うううう、オレのアイデンティティがぁ〜」

「今はもうこんなに可愛い女の子なんですから、いいじゃないですか〜」と抱きついてくる。アズサちゃん苦しい〜

 アズサちゃんを剥がしながら「そ、そういう問題じゃなくてさぁ……英明、そういえばその荷物、まさかあのバカでかいでタワー型PCとディスプレイ持ってきたんじゃ……」

「なにアホなこと言ってるんだ。忍の見て俺もノート型にしたんだ。お前のよりスペックは上だ」

「あ〜はいはい。新しけりゃスペックは上回るしね〜」

「当然だ」


「そういえば、二人とも朝ご飯は?」

「いや、まだだ。引っ越し当日に煮炊きは面倒だから、すまんがまたコンビニでサンドウィッチと野菜ジュースを買ってきてあるから、それで済ますつもりだ。またどうせ食べてないだろうから忍の分も買ってきた」

「お、サンキュー」

 三人で朝食をいただきながら「そういえばさ、ボディーガードの女の人って見た?」と二人に聞いてみる。

「いや、それっぽいのはいなかったな」

「ええ。こんなに朝早いですし、まだなんじゃないんですかねぇ」

「でもたしか24時間体制とか言ってたような……もしかしたら光学迷彩だったりしてね〜」

「莫迦言え、あれはレアアイテムであってだな……」

「それぐらいわかってるってば!」

「……」アズサちゃんはぽか〜んとしてる。

「あ、光学迷彩ってのはね、視覚的に対象を透明化する技術でね、」

「そんなのVRMMORPG BulletSやってないアズサは興味ないって」

「あ、秀明くんヒドイ! せっかく忍さんが説明してくれようとしてるのにぃ」

「お、アズサもやっぱりさっきの話で、本格的にVRMMORPG BulletSやりたくなったか?」

「うん、少しね。忍さんが復帰したら絶対やります!」

「お、聞いたぞ! 忍が証人な」

「うん、やろうね〜。みっちり英明に仕込んでもらいなね〜」

「は、はぃ……」顔を赤らめる……ま、いっか〜。


 莫迦話をしているうちにそろそろ7時……栗山社長と引っ越し業社さんが来るまでにある程度何をどこに移すかを決めないと……って失敗した! 引っ越し先の住所もレイアウトも聞いてないじゃん!

「ひ、英明……もしかして引っ越し先の住所とかって聞いてたっけか?」

「いや。忍こそ聞いてないのか? それに間取りとかも……」

「う、うん……」

「メール見たか?」

「あ、そうか……あ、良かったぁ〜住所と『間取り図』はpdfで来てた……」

「やっぱり忍さんはVRMMORPG BulletS内の方が格好よさそうですねぇ」

「ううっ」


 住所はTS市中央区一丁目の――あ、ほんとだTS市駅の東口で、会社とはちょうど線路を挟んで反対の丘辺りだ。

 間取りは二戸とも洋室二部屋の2LDK。独身者には広いけど、二人住まいだとちょっと狭いかな? ま、英明とアズサちゃんは同じ部屋だからあまり関係ないか。

「ちょっと見せてみ」と英明。

「お、この部屋何平米だ? 広いな。しかも通常なら洋室とか和室が南北の縦方向なのに、リビングを挟んで洋室が東西の横方向にある間取りだ。自分で家賃払ったら高いだろうな」

「へ〜そうなんだ……1LDKしか知らないしなぁ。じゃオレはこっちの西側に窓がある端の方にしようかな」

「忍ってほんと西側が好きだなぁ」

「うん、だってそっちは山が見えそうじゃん? ここ」それに英明たちの部屋から一番遠いしね。

「そうだな。ま、俺たちは仮住まいのつもりだから、こんな贅沢なところじゃなくてもいいんだがな」

 なんて言っててもそのうち、二人で暮らし始めちゃうんだろうなぁ。


 アズサちゃんに手伝ってもらいながら、男物の服だけ別に集め始める――特にお気に入りの紺ブレはサイズが合えば取っておきたいんだけどな~もったいないな。これ高かったんだよな。英明にもアズサちゃんにも合わないサイズだしなぁ。

 考えたら服だけで春夏秋から冬物とコートやらブルゾンやら。下着、靴下ぜ〜んぶ不要じゃん。結構量あるなぁ。

 そうだ、服以外に靴類も全部サイズ違うんだよな……参ったな。

 これ全部処分対象だよね……引っ越し屋さんっていうか、栗山社長に言えば処分してもらえるのかな?

 持って行ってもらう物はベッド、布団とか毛布。あとタオル類。収納家具とテーブル、ソファと家電類――TVは大型の50インチを奮発したからこれは絶対持っていくし、それとレコーダー、PC類と机。本と本棚……雑誌は基本取っておかないから無いし、CD/ブルーレイが一番量が多いかな?

 あとは冷蔵庫、大事な電子レンジ、洗濯機と食器類含めた台所用品とか、お風呂場の物? 細々したものは段ボール箱に入れてもらっちゃえばいいか。

 うん、結局男物の服と靴以外の全部だな。

 あ、冷蔵庫の中身、これって大丈夫? クーラーボックスと保冷剤って持ってないけど貸してくれるのかな?

 それとアズサちゃんに買ってきてもらった衣類があるか。ってもそれもそんなにはないし随分簡単な引っ越しになりそうだな。

 引っ越し先は2LDKだから、がら〜んとしちゃうんだろうな。サービスルームは物置になるだろうし。

 そうだ、いっそのことアズサちゃんが言ったように英明とアズサちゃんも同じ家に住んでもらっちゃおうかな?

 リビング挟んでるから「あの」声も聞こえない……かな?

「ね、二戸あるけどさ、一戸だけにしてオレがこの西側の部屋使ってリビング挟んだ反対を英明とアズサちゃんの部屋にしない? なんかこの間取り広すぎて寂しいんだよね」

「オ、オレはべつに構わないが……アズサはどうなんだ?」

「……そ、それもアリですかね……あ、あくまでも仮住まいっていうのなら……あ、そ、そしたらご飯も一緒に食べられますしね〜」赤くなって可愛いぞ。

「じゃ、今度の土曜日の……えーっと再LOGONテスト? までそうしてみない?」

「先に荷物だけ運んでもらうけど……ちょっと考えさせてくれ」

「ん、わかった……もうそろそろ9時だから栗山社長たちもくる頃だし……」


 やがてドアフォンのチャイムが鳴る。

「は〜い」とモニターで栗山社長を確認し、上がってもらう。

「今日はよろしくおねがいします」

「こちらこそ、不本意だとは思いますが弊社の提案にご協力いただいて恐縮です」と栗山社長。

「いえいえ〜」

「ああ」英明はちょっと機嫌が悪そう。

「何だよ英明、いまならまだオレ一人だけ引っ越してもいいんだよ?」

「そういうわけにはいかない。が、あの間取りがいかにも三人一緒に住んで欲しいっていうような間取りなんだよな」

「ああ、そのことですか。お勤め先付近で二戸並びの物件はあれしかなかったので。あと、あくまでも仮住まいとのことですが、各部屋には一応シングルベッドを1台ずつ搬入予定です。もちろん布団、毛布と枕も」へ~手筈良いなぁ……やっぱりね。

「じゃ、いま家にあるベッド以外は全部運んでもらって……あ、そうだ栗山社長、お願いがあるんですが」

「はい、何でしょう」

「え〜とですね、男物の服やら靴なんですが、もう不要になってしまったんで、それって処分していただけますか?」

「あ、なるほど。そうですね、ではそちらは……あ、もう分けていらっしゃいますね」寝室の片隅に積んである服を見てうなずく。

「あともう一つすみません。冷蔵庫内の冷凍食品とか冷蔵品を運ぶクーラーボックスと保冷剤って持ってないんですけど……」

「承知しました。不用品の処分と、冷蔵庫内の物はクーラーボックスに入れて運ぶよう業者に指示いたします。では、ベッドとそちらの服と玄関の男性用の靴以外はすべて搬出してよろしいということでしょうか」

「はい、お願いします」

「そっちに乗せられたわけじゃないが、一番奥の一戸だけを借りて、西側の部屋にはベッドを1台、反対側の部屋には2台置いてもらえないか?」と英明。

「え、英明さっきと話が、」

「いいんだ。乗り掛かった船だ。俺たちも忍と同じ所にあくまでも仮住まいすることにする」

「いいの? アズサちゃんも?」

「はい~」

「それではご要望の通りにいたします。では、そろそろ業者が参りますので少々お待ちください」と、業者さんを呼びに行った。栗山社長、したり顔だろうな。

「あ、そう言えばボディーガードって、行っちゃった……」


 数分後、栗山社長が五、六人の引っ越し業社さんたちを連れて戻ってくる。

「こちら、高岡様です。そして、」と栗山社長が引っ越し業社さんのリーダーを紹介してくれる。

「本日お引っ越しを担当させていただきますAM社の田中と申します。よろしくお願いいたします。困りごとやご指示があれば私にお申し付けください」

「高岡です。今日はよろしくお願いしますね。段取りは栗山さんからお聞きしてますか?」事情を知らないハズだから、あくまでも女性として振る舞う。でも見た目は少女だからちょっと不審だろうな。

「はい、不用品――こちらの服と男性用の靴の処分と、冷蔵庫内の物はクーラーボックスに入れて運ぶことと、ベッド以外のものはすべて引っ越し先では入って右側の部屋とリビング、キッチン等へ分けて搬入と開梱と設置ですね」オレの見た目も、処分する服が全部男物なのに何も言わないのはプロ意識高いなぁって、当たり前か。

 ――いや、そういえばAM社って言ってたな……もしかしてアストラル・ムービングの略かな? そうだとしたら事情、知ってるかもな。なら気にしなくていいか。

「はい。よろしくお願いします」

「では、エレベーターからこちらの部屋まで養生シートを貼ってから搬出準備をいたします」

 早速、作業員に指示を出して、二人が部屋に残り段ボールを作り始め、手際良く小物類を壊れないように間に緩衝材を入れながら詰め込み、『本/洋室』『CD/洋室』等と書き入れていく。

 家具も中身を出し、段ボールに入れてから毛布で養生して運び出していく。

『依頼主には、引越し当日はじっとしていてもらいたいというのが、引越し業者の本音』って聞いてるので、できるだけ邪魔にならないようにリビングの端っこの方に移動する。

「俺たち邪魔になりそうだから、出社するわ。忍は有給申請したよな?」

「うん」

「じゃ」「行ってきま〜す」と二人。

「行ってらっしゃ〜い。後で住所メールしとくね〜」

「了解」


 田中さんと栗山社長がなにやら話しているな〜と思ったら「高岡様、こちらと洋室のエアコンは?」と栗山社長。

「あ、それは入居時から付いてたのを許可を得て買い替えた物なのでそのままでお願いします。もしかしたらまたここに戻るかも知れませんしね」

「承知しました」

 搬出作業が終わったので、部屋の中に置き忘れた荷物がないかを確認したり床や壁などに傷が無いかを栗山社長、リーダーの田中さんとオレで行う。

「では、搬出作業が終わりましたので『新居』に移動したいと思いますがよろしいですか?」と栗山社長。

「はい。一応まだここが現住所なので戸締りとブレーカー落としてから行きますので」

「では、お先に下でお待ちしてます」


 1時間も経たずにベッド以外の物が運び出され、掃除も済んだ、がら〜んとした部屋――。

『新居』ねぇ……『現住所』と、さっきは言ったけど、おそらくここにはもう戻って来ることは無いだろうな。そんな気がした。

 小さいスニーカーが一足だけポツンと玄関に置いてある――携帯や小物が入ったポーチを持って、引っ越しトラックの待つ1階へ向かった……。

 引っ越しのトラックは独身者用としては少し大きめらしい2トントラックのロングタイプ。これにあの一軒分がほとんど載ってるんだなぁ。

 え〜っと、オレはどの車に……と探してると「こちらです」と栗山社長が4ドアの黒い車高の少し高い大きい車――これってSUVっていうのかな?――の横に立っていた。

 栗山社長自ら運転してきたみたい。


「あ、は〜い、お願いしま〜す」と助手席にちょっと苦労して乗り込む。

「少し大きすぎましたね。申し訳ありません。では、引っ越し先にトラックを先導しますので、先に参りましょう」と、窓から後ろについているトラックに合図しながら走り出す。

「作業してた人たちは?」

「トラックの後のワンボックスに」全部で何人だったんだろうな……「お礼とか全然言ってないし、心付けとかいいんですかね?」

「それは全く気になさらずに良いですよ」あ〜なるほどね……。

「そうですか……あ、あと……」

「はい、何でしょう」

「そう言えばボディーガード?の人……って」

「ええ、今は私がおりますので配置していませんよ。引っ越しが完了したらマンション周りに配備します」

「そ、そうですか……じゃ、栗山さんがいない間、例えば昨夜から今朝は?」

「ええ、おりましたよ」

「……」

「それにしても、高岡様に条文の『穴』を突かれたのは想定外でしたよ」

「な、何のことですかね〜?」

「いやいや。それにしても皆さんの絆の強さには頭が下がります」

「はぁ……」


 そんなことを話している間に近所なのですぐに『仮住まい先』に到着。

 エントランスドアを抜けてオートロックのドアを栗山社長がカードキーで開け、ホールを抜けて「6階ですよ」と言いながらエレベーターのボタンを押してくれる。

 かなり高級なマンションだな〜英明が言うように家賃高そうだ。

 エレベーターも結構大きめだからこれならダブルベッドでも大丈夫そうだな〜って独身だし関係ないか。

 あ〜6階か〜なんか好きだな。

「一番奥の西側606号室ですので、降りて右側です」

「また6階の606って、なんか栗山さん狙ってます?」

「いえいえ、高岡様。偶然ですよ、偶然」

「……」

 606号室のドアもカードキーで開けてくれて「では、業社を入口に誘導してきます。ベッドは搬入済みですのでそちらでお待ちください」

「はい……」

 ん? もうベッドは搬入済み? いつの間に……朝は『搬入予定』って言ってたけど。

 しかももう一つの英明・アズサちゃんカップル用の洋室を覗くとすでにベッド2台あるし……示談書持参時――いやもっと前から搬入されていた? このマンションの部屋そのものが事前に用意されていた?

 そんなことを考えながら加熱式タバコを吸いながらぼーっとしてベッドにぺたんこ座りして待っていると、引っ越し業社さんたちが玄関から室内の壁を養生し始め、荷物が搬入されてくる。


「高岡様、段ボールは各場所に置いて開梱と中身の配置をします。大きい家具の配置は基本、引っ越し元と同じでよろしいでしょうか? 変更あればお申し付けください」と田中さん。

「あ、はい。大丈夫です」何が大丈夫なんだろうと自分で言っててちょっと可笑しくなる。

 ベッドにいると邪魔になるから移動しようとすると「あ、高岡様。そちらが一番安全ですので。不明な事があれば伺いに参りますので」と田中さん。

「はい」

 やっぱり『依頼主には……』ってのは本当だったんだな。


 開梱と設置等も殆ど終わるのに栗山社長の姿が見えないな。

 支障なく進んだようで、まだ13時ちょっと過ぎだ。

 しばらくして栗山社長が部屋に入って来る。

「少々席を外して申し訳ありませんでした。こちらカードキー3枚です」あ、オレとあと二人分を用意しに行ってたのか……ってベッドの件を考えるとちょっと違うな。何か別の用だったんだろうな……ボディーガードへの指示とかね。

「引っ越し、もうそろそろ完了ですね。トラックも空なのを確認しましたので。お疲れ様でした」あ、トラックからの積み出しのチェックに行っていたのか。

「いえいえ。わたし何もやってないですが」

「いやいや、居場所を変えるというのは意外と精神的に疲れるものなのですよ。今夜はゆっくりとお休みになってください」

「はい、ありがとうございます。明日、明後日は出社しますしね」

「そしてあとは土曜日が本番ですね」

「そ、そうですね……うゎちょっと緊張してきた」

「すみません」

「だ、大丈夫です」


「引っ越し完了いたしました。ご確認をお願いします」と田中さん。

「はい、ありがとうございます。お疲れ様でした〜」

 再び三人で配置ミスや傷の有無を確認し、栗山社長が作業完了確認書にサイン。

 そうだよね、正式な『依頼主』は栗山社長というか、アストラル・ゲームスだったな。

「それでは、失礼します」と田中さん。

「お世話になりました。お疲れ様でした〜」と挨拶し送り出す。


 栗山社長から「電気・ガス・水道の開通・開栓は済ませてありますので、使用可能です」と今日から暮らせる旨、説明を受ける。

「あと光回線ですが、マンション用ですが下り最大2ギガbps、上り最大1ギガbpsを2回線引いてあります。実質は60パーセントから80パーセントになるとは思いますが」

「え、2回線もですか?あ、わたしと英明たちの分ですね。それだけ早ければオッケーですね。今までは下り最大1ギガbpsでしたんで」2回線が同室に……ますます怪しい。

「それは何よりでした。ではまた土曜日にお迎えにあがります。お打ち合わせ通り、9時でよろしいですか?」

「ええ、お願いいたします」

「では、失礼いたします」と栗山社長はおそらく会社に戻って行った。



 何はともあれ部屋、広いなぁ……一人じゃなくて良かった。今日からここで三人暮らしか〜。

 安心するとお腹も空いてきたので『レンチン』で何か食べようかな。

 そうだ、その前に住所を英明とアズサちゃんにメールしとかなきゃ。

 レンチンで冷食――引っ越し業者さん、オレよりも上手に冷蔵庫に入れてくれてた――のカルボナーラを食べながら英明とアズサちゃんに、メールを送る。


『仮住まい先(新居?)の引っ越し完了!

 エントランスで606号室を呼び出してね。エレベーターホール入り口のロックを解除するから。電気・ガス・水道の開通・開栓も済んでるんで、今日から暮らせるよ〜

 光回線も下り最大2ギガbps、上り最大1ギガbpsが2回線引かれてま〜す。

 それから〜君たちの愛の巣もちゃんとベッド二つ用意してあるからね〜。

 なんかいろいろ怪しいことだらけだけどさ~』の本文、住所と『間取り図』も添付っと。


 お腹もいっぱいなったし、まだ14時過ぎなので二人が帰って来るまでベッドに寝ころんでスマホで『VRMMORPG BulletS』『トラブル』とか『LOGON』『プレイヤー』『アバター』『チームS・S』のキーワードで検索しても特に何も出てこないし、『シノブ』でエゴサしてもSNSでそれらしいつぶやきもない。

 なーんだ、栗山社長が言ってたチームS・Sのシノブの不在なんて話題になんてなってないじゃん。


 スマホを見てるうちに寝入ってしまったようで、夢の中で英明とアズサちゃん二人に襲われる寸前にチャイムが鳴って目が覚める……あぅ〜なんて夢なんだぁ……こ、これは正夢か願望か?

 あ〜もう、ピンポンピンポンチャイムがうるさい。「は〜い、今行きま〜す」と叫んでも聞こえないのはわかってるけど、声に出しながらエントランスのモニターを確認すると、英明とアズサちゃんだった……ってことはもう19時近いのか?

 エレベーターホール入り口のロックを開ける。あとは上がって来たら多分またドアフォン鳴らすだろうから開けなくちゃ。ちょっと面倒だよね。


 やがてドアチャイムが鳴ったのでモニターで確認してドアを開ける。

「お、おかえり〜」

「おう」

「ただいま〜? なんか新居っぽくて照れちゃいます〜」

 オレはさっき見た夢がまだ脳裏に焼き付いててちょっと二人の顔をまともに見られない。

「忍、どうしたんだ? なんか顔赤いぞ?」

「熱、測りましょうか?」

「いやいやいやいや大丈夫、大丈夫。今寝てて起きたばっかりだから」

「なんだ、また寝てたのか。ま、引っ越し疲れもあるだろうしな。しかし、なんだあのメールの文面は!」

「え、だって『愛の巣』じゃん〜」

「お前はな〜! ……それにしても広い部屋だな!」

「な? 三人で暮らすのにはちょうど良いだろ?」

「まあそうだな」

「この広いキッチンならお料理も捗りそうでうね〜」とアズサちゃん。

「でも今日は『引っ越しそば』ですよ〜。すぐ茹で始めちゃいますね〜」

「ありがと〜」


「なぁ忍、栗山なんか言ってたか?」相変わらず敵視してるな〜。

「ん〜ボディガードは栗山社長がオレのそばにいない間はマンション周りにやっぱり昨夜からいたらしいことと、条文の『穴』を突かれたとかなんとか」

「ああ、あの忍の逆襲か!」

「うん、でもオレたちの絆の強さには頭が下がるってさ」

「なに負け惜しみ言ってんだか」

「あ、そうそう。気になるのは、朝『ベッドはこれから搬入予定』って言ってたのに、ここにきたらすでにオレの部屋に1台、英明たちの部屋には2台あったんだよね。それと光回線も1回線ずつ引かれてたこと」

「怪しいな。引っ越し業者の会社名がAM社って言ってたろ? アストラル・ムービングってんじゃないか?」

「うん、オレもそう思った。それに示談以前からこのマンションは用意されてたんじゃないかなって。あまりに段取り良すぎるし、搬入時オレはあっちのベッドから動かないように指示された。あと栗山社長が『トラックの荷台が空なのをチェックしてた』ようなことを言ってたけど、しばらく姿が見えないときがあったんだよね」

「じゃもう、盗聴器も監視カメラもどっかに設置済みなんだろうな」

「え〜そんなのイヤです〜」

「二人が仲いいところを見せつけちゃえば、そのうち監視なんてアホらしくてやめるんじゃない?」

「忍! てめ〜言っていいことと悪いことがあんだぞ!」

「まぁまぁ二人ともやめてくださいよ〜。お蕎麦そろそろ茹で上がりますから、いただきましょ?」

「う、うん」

「そうするか」

「お昼はレンチンだったからお腹すいちゃったよ〜」

「また、レンチンかよ」

「だって料理なんて面倒だし〜」

「今日からわたしが作りますから安心ですよ〜」

「ま、そうだな」

「ありがと〜」

 お蕎麦が茹で上がったので、三人で夕ご飯。

「いっただきま〜す」

「いただきます!」

「召し上がれ〜」

 いつもの風景になりつつあるなぁ……。


 お蕎麦をすすりつつ、思い出す。

「あ、そうだ。カードキー3枚預かったから1枚ずつ渡すね。さっきの話の続きだけど、あとは特には無かったと思う……」

「なるほど……ま、忍の再LOGONテストが済んだら『盗聴、監視カメラ』が無いか業者に依頼しないとな」と、小声で英明。

 オレも小声で「それがいいね。しばらくはえっちも控えてさ~」

 また小声で「おい!」と英明。

「あとさ、栗山社長が言ってたチームS・Sのシノブの不在っぽい話題とか、VRMMORPG BulletSのトラブル関連がないか検索したんだけど、ネットにはもうなかったよ」

「そうか〜巨大企業の力で揉み消したんだろうな」と英明。

 後は普通の声で急に思い出したように「あ、そうだ英明! 2ギガbpsのネットがあるんだから、久々にダイブしてさ、チームS・S健在!ってアピールしてくれない? オレは仕事で多忙中とかってさ〜」

「それもありだな! 今晩ダイブしてみるか」

「そうだ、オレまだ入れないからギアをアズサちゃんに貸してVRMMORPG BulletSに入れちゃえば?」

「え、わたしも今日からできるんですか?」

「おう、みっちり仕込んでやるぞ」

 今朝自分で言ったんだけど、英明が言うと……うわ〜なんかエッチ……。


 夕飯も食べ終わったので先にお風呂に入ることにしよっと。

「今日は疲れたからお先にお風呂入って寝るね〜」

「おう」

「はい、おやすみなさ〜い」

「あ、そうだ。これ……」と英明にギアとノートPCを渡す。

「あんまりしすぎないようにね〜」

「何をだ?」

「え? VRMMORPG BulletSだよ〜」

「くっ! お、おう!じゃな!」

 朝起きたら女の子になって5日、引っ越しして忙しい一日がやっと終わった。

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