第23話 引っ越し当日

 明けて水曜日。今日は朝6時にスマホの目覚ましでなんとか自力で起床。昨日までは梓ちゃんに叩き起こされてたけど、今日は引っ越しの日だからね。


 ――のはずだったけど、やっぱり朝は弱いオレ。しばらくベッドの上でタバコを吸いながらぼーっとしていると……ドアフォンのチャイムが鳴った。その音で、ようやく完全に目が覚める。

 あ〜秀明たちかな。


「は、は〜い」

 ドアフォンのモニターを覗くと、秀明と梓ちゃんが2人揃って大きな荷物を抱えて立っていた。

「おーす」

「忍さん、おはようございま〜す!」

「おはよう! すごい大荷物だね〜」

 中に上がってもらい、梓ちゃんが手慣れた様子でコーヒーを淹れてくれる間に、オレは急いで動きやすい服に着替えることに。クローゼットからスウェットとジーンズを引っ張り出して、ささっと着替えを済ませた。


「今起きたばっかりでタバコ吸ってた……」

「なんだ、相変わらず緊張感ないな。スナイパーやってるときとは大違いだなぁ」

「いいだろ〜 そう年がら年中集中してたら身がもたないよ〜」

「えっ、忍さんってゲーム内だとそんなに違うんですかぁ?」と梓ちゃんが興味津々で聞いてくる。

「おう、狙撃銃構えてPvPやってるときは別人だぞ。超クールだからな」

「んだよ、仕事中も集中してるだろ〜」

「わぁ〜、見てみたいです〜!」

「じゃ、梓ちゃんもVRMMORPG BulletS始めてさ、3人でチーム組まない?」

「え〜忍さんが復帰したらやってみようかな〜! でも足引っ張っちゃいますよ〜」

「おい、忍よ。それより引っ越しが先だろ」

「あ、わりぃ!」

「ごめんなさい……」


「梓ちゃんまで謝ることないってさ。ま、オレは荷物を詰めるのは業者任せでいいみたいだから、要るもの要らないものを分けるくらいかなぁ……そ、そうだ。男ものの服って、もう要らないのかな……」

「そうですねぇ〜 ちょっと未練もありますけど、パ〜ッと全部処分しちゃいましょうか〜?」

「うううう、オレのアイデンティティがぁ〜!」

「今はもう、こんなに可愛い女の子なんですから、いいじゃないですか〜♪」と梓ちゃんが抱きついてくる。

「ちょ、梓ちゃん、苦しい〜!」

 なんとか梓ちゃんを剥がしながら、「そ、そういう問題じゃなくてさぁ……秀明、そういえばその荷物、まさかあのバカでかいタワー型PCとディスプレイ持ってきたんじゃないだろうな?」

「なにアホなこと言ってるんだ。忍の見て俺もノート型にしたんだよ。しかもおまえのよりスペックは上だ」

「あ〜はいはい。新しけりゃスペックは上回るしね〜」

「当然だ」


「そういえば、2人とも朝ご飯は?」

「いや、まだだ。引っ越し当日に煮炊きは面倒だからな。悪いがまたコンビニでサンドウィッチと野菜ジュースを買ってきた。忍の分もついでにな」

「お、サンキュー!」


 3人で朝ごはんを食べながら、ふと思い出して聞いてみる。

「そういえばさ、ボディーガードの人って見た?」

「いや、それっぽいのはいなかったな」

「ええ。こんなに朝早いですし、まだなんじゃないですかねぇ」

「でもたしか、24時間体制とか言ってたよね。もしかして、光学迷彩とか使ってたりして〜」

「バカ言え、あれはレアアイテムだっての」

「それぐらいわかってるって!」

「……」横で梓ちゃんがぽかんと口を開けている。


「あ、光学迷彩っていうのはね、視覚的に対象を透明化する技術で――」

「そんなの、VRMMORPG BulletSやってない梓は興味ないって」

「ひ、秀明くんヒドイ! せっかく忍さんが説明してくれようとしてるのに!」

「お、梓もさっきの話で、本格的にVRMMORPG BulletSやりたくなったか?」

「うん、ちょっとね。忍さんが復帰したら絶対やります!」

「お、聞いたぞ! 忍が証人な」

「うん、やろうね。みっちり秀明に鍛えられなよ」

「は、はぃ……」梓ちゃんは顔を赤らめながら小さく返事する。なんか照れてるし……ま、いっか〜


 ばか話をしているうちに、そろそろ7時。栗山社長と引っ越し業者が来るまでに、どの荷物をどう移すかを決めないと……と思ったところで、ハタと気づく。

 ――やばい、引っ越し先の住所も間取りも聞いてないじゃん!

「ひ、秀明……もしかしてさ、引っ越し先の住所とか間取りとか、聞いてたりする?」

「いや、俺は聞いてないな。忍、おまえは?」

「う、ううん……まったくのノーチェック……」

「メールは見たか?」

「あ、そっか! メールね……えっと……あ、良かったぁ〜!  住所と間取り図、PDFで来てたよ……」

 ホッと胸を撫で下ろすオレを見て、梓ちゃんがクスクス笑う。

「やっぱり忍さんって、VRMMORPG BulletS内のほうが格好よさそうですねぇ」

「ううっ……それは言わないで……」


 住所はTS市中央区1丁目――あ、ほんとだ。TS市駅の東口で、会社とはちょうど線路を挟んで反対側の丘のあたりだ。

 間取りは2戸とも洋室2部屋の2SLDK。独身者には広いけど、2人住まいだと少し狭いかも。まあ、秀明と梓ちゃんは同じ部屋だし、あまり問題なさそうだな。


「ちょっと見せてみ」秀明が間取り図を覗き込む。

「お、この部屋、何平米だ? 広いな。それに普通、洋室とか和室って南北に縦並びになることが多いけど、これリビングを挟んで東西に横並びだ。自分で家賃払ったら相当高いだろうな」

「へえ~そうなんだ。オレ、1LDKくらいしか知らないからなあ。……じゃ、オレは奥の西側に窓がある端の部屋にしようかな」

「忍って本当に西側好きだよなあ」

「だって、そっちの窓から山が見えそうじゃん? ここ」……それに、秀明たちの部屋から一番遠いしね。


「確かに山は見えるかもな。まあ、俺たちは仮住まいのつもりだから、こんな贅沢な場所じゃなくても良かったんだけどな」

 なんて言ってるけど、そのうち2人で暮らし始めちゃうんだろうなぁ……とオレは心の中で思う。


 梓ちゃんに手伝ってもらいながら、男ものの服だけ別にまとめ始める。

 特にお気に入りだった紺ブレ、サイズが合えば取っておきたいけど……やっぱり無理だよな~ もったいないな、これ高かったんだよ。秀明にも梓ちゃんにも合わないサイズだし、譲ることもできないしなぁ。

 それにしても、春夏秋冬の服が全部不要になるなんて思うと、ちょっと複雑。コートやブルゾンまで含めると、意外と量が多い。靴も全部サイズ違いだから、結局処分するしかないよね……。


「これ全部、処分対象かぁ。引っ越し屋さん、というか栗山社長に頼めば処分してくれるのかな?」

 そんなことを考えながら、要るものと要らないものを頭の中で整理していく。

 持っていくものはベッド、布団、毛布にタオル類。収納家具とテーブル、ソファに家電――TVは奮発して買った50インチだから、これは絶対持って行く。レコーダーやゲームのギア、PC一式と机もだ。

 本は……ラノベばっかりだけど、本棚ごと必要だし、CDとブルーレイも数が多い。雑誌は読み終えたら処分してるから、残っていないのが救いかな。

 あとは冷蔵庫に電子レンジ、洗濯機、台所用品と食器類、お風呂場の細々したものも必要だな。小物類は段ボール箱に詰めてもらえばいいだろう。


 ……うん、結局男ものの服と靴以外は全部持って行く感じになるな。


 あ、冷蔵庫の中身ってどうするんだっけ? クーラーボックスも保冷剤も持ってないけど、引っ越し業者って貸してくれるのかな?

 それから、梓ちゃんに買ってきてもらった服があるけど、数は少ないし、全体的に引っ越しの荷物は少ないほうだよな。なんだか簡単に済みそうだ。


 ただ、新居は2SLDKだから、荷物を全部運び入れてもがらんとしそう。サービスルームは物置になるとしても、広すぎて落ち着かない気がするなぁ。

 そうだ……梓ちゃんが言ってたみたいに、いっそのこと秀明と梓ちゃんも同じ家に住んでもらうのはどうだろう? リビングを挟んで部屋が分かれてるから、『あの声』も……聞こえない、はず……だよな?


「ね、2戸あるけどさ、奥の1戸だけ使って、オレが西側の1部屋を使う。で、リビングを挟んだ反対側を秀明と梓ちゃんにしてみない? なんかこの間取り広すぎて寂しいんだよね」

 思い切って提案してみると、秀明がちょっと眉を上げて言った。

「俺はべつに構わないけど……梓はどうする?」

「……そ、それもアリかな……あ、あくまで仮住まいなら……それにご飯も一緒に食べられるし……」

 梓ちゃん、顔を赤らめながら言うけど、それがまた妙に可愛い。


「じゃ、今度の土曜日の……えーっと再ログオンテストだっけ? それまでの間、試しにそうしてみようか?」

「先に荷物だけ運んでもらうけど……ちょっと考えさせてくれ」

「ん、わかった。それじゃ、この話は後でね。もうそろそろ9時だから、栗山社長たちも来る頃だし……」

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