第17話 示談成立

 20時きっかりに玄関チャイムが鳴る――ドアフォンを見ると運営の栗山社長と崔さんだった。

「おじゃまします」

「こんばんは」

「どうぞ、お上がりください〜」

 リビングにお通しし、アズサちゃんがさっとお茶をお出しする。もう手慣れたもんだ。

「高岡さん、お身体の調子はいかがですか?」と崔さん。

「あ、大丈夫ですよ。なにか気になることでも?」

「いえいえ、男性がいきなり女性になったわけで私もどんな状態かがわからないもので」

「あ〜そ、そうですよね〜」

 しばらく雑談した後、「では、始めますか」とオレ。

「はい、昨日の変更分を反映した示談書を二部お持ちしましたので、お目通しいただけますでしょうか」と栗山社長。

「はい……」

 英明、アズサちゃんと三人で変更点を中心にチェックを始める。

 まずは――『第2条の第1項』、うん『金一〇〇,〇〇〇,〇〇〇円の支払義務があることを認める。』に変更されている。

 二番目の『第4条 第1項(1)』は『甲は甲および甲の指定する者の身体の安全を図るため甲および甲の指定する者は甲が指定する居所に居住し移転は乙の責任において行うものとする。』に変更されてるな。

 そして最後の『第5条(禁止事項)』に『(3)乙は甲の指定する者に対し一切の監視を行ってはならない。』が追加されている。

 二部あるのでもう一部も同じ変更がされていることと、他に加筆修正されてないことを確認……大丈夫だ。

「英明、アズサちゃん。確認オッケー?」

「ああ」

「はい、大丈夫です」

「では、確認いたしました」

「それでは、こちらに高岡様の印鑑、認印でよろしいので押印いただき、割印もお願いいたします」

 乙の代表取締役のところは会社の実印、丙は栗山さんの個人認印が押印されている。割印もすでに乙と丙の分が押印されている。

 うん、普通の契約書と同じだな。二部とも指定された箇所に押印し、割印も。

「はい、一部はわたしがお預かりでよろしいですね。これで示談成立ですね」

「はい、確実に履行しますので。それでは、次に高岡様の精密検査と再LOGONテストの日程を決めたいのですが」

「そちらの準備とかあると思いますけど、今度の土曜か日曜では早いですか?」

「いえいえ、大丈夫です。当初は再LOGONテストは私共アストラル・ゲームスで、精密検査は親会社のアストラル製薬の日本中央研究所で別々に行う予定でした。それですと、お手間を取らせてしまいますので研究所にて精密検査と、安全確認のモニタリングを行いながら再LOGONテストを行うことになりました」

 研究所……場所遠いのか。それに安全確認のモニタリングねぇ。ちょっとヤバいのかな。ま、いっか。

「移動に時間がかかりますので、土曜の9時にお迎えに上がりますがいかかでしょうか」 

「わたしは大丈夫ですけど、英明とアズサちゃんはどう?」

「ああ、大丈夫だ」

「はい、いいですよ〜」

「あ、お二方も同行されるんですね、承知いたしました。それでは土曜日の9時にお迎えにあがりますので」

「はい、わかりました」

「検査とテストが長引くかも知れませんので、当日中に終了しない可能性もありますがよろしいでしょうか?」

「え、それってもしかしたら泊まりがけの可能性があるってことですか?」

「はい。ゲストルームもございますが、ご都合が悪ければ再LOGONテストは別の日にいたしますが」

「ん〜予定通りで大丈夫です」英明とアズサちゃんもうなづく。

「じゃ崔くん、土曜日の研究所での再LOGONテストの準備を頼みます。私は中央研究所に連絡をしておくので」

「はい」

「あと、高岡様が指定する居所に移転する件ですが、場所はどのあたりをお考えでしょうか?」

「まだ具体的には何も検索してないんですが、できれば今の場所からあまり離れていない、会社に少し近い場所が良いなと思ってます」

「高岡様とお二方の会社の最寄駅はTS市駅でしたね。それでしたら駅から徒歩5分圏内のマンションでしたら二戸並びで一応押さえてありますが」

「えっ?」とオレ。

「おい、なんだか随分手回しがいいな? もう監視カメラや盗聴器は設置済みってか?」と英明。

「いえいえ、示談書通りにお二方について監視等一切行いませんし、高岡様に関しても同じく監視カメラや盗聴器等の使用はいたしません。その代わりと言ってはなんですが示談成立後から、つまり今夜からVRMMORPG BulletSへの復帰後までしばらくの間、高岡様には24時間体制で女性ボディーガードを付けさせていただきます」

「え……? 今夜から?」

「おい、ボディーガードってやっぱり監視じゃ……それに会社まで付いてくるのか?」

 ボディガードはもう手配済みってことか……。

「いえ、主にマスコミが高岡様への接触を防ぐのが目的ですので、同行するわけでも密着するものでもありません。これは例えですがトイレの中や周辺に不審者が潜んでいないか監視、排除等を行うのが役割ですので、居所、お勤め先付近でも警護させていただきます。その件につきましてはすでに御社上層部とはお話がついております」

 うわっ、巨大資本企業って怖い――。

「そ、そこまでして……」

「だとしても忍に付くということは自ずと俺たち二人も監視下に置かれることにならないか?」英明は納得いかないという感じだ。

「いえ、あくまでも監視ではなく警護で、その対象は高岡様です。私共の目的は高岡様の一刻も早いVRMMORPG BulletSへの復帰とマスコミ対策ですので高岡様は未登録や番号非通知の電話には絶対に出ないでいただけないでしょうか。皆様が第三者、特にマスコミと接触する可能性が低く、逆にできれば避けたいと仰っておりました上での結論です」なるほどねぇ。

「そしてできましたら早めに弊社が準備したマンションに転居していただいた方が安全ではないかと存じます」と栗山社長。

「ん〜物は言いようだな……」と英明。


 オレはしばらく考えて、こう回答した。

「……そうですね……じゃ明日にでも御社の用意されたマンションに移ります」

「えっ、おい忍、気は確かか?」

「そ、そうですよ」

「まぁちょっと二人とも待って。オレに考えがあるんだ」

 オレは英明とアズサちゃんに説明する。

「実際に今のオレ、この状態でここにいるのはちょっと周りの目があるから居づらいし、この何日かの栗山社長というか、アストラル・ゲームスの対応を見ると悪意は感じられないんだよね。マスコミに感づかれているかはわからないけど、早くVRMMORPG BulletSに復帰することがマスコミ対策になる――ってことですよね? 栗山社長?」

「おっしゃる通りです」

「それにうちの部長は『会社としては一切関わらない』と言ってたけど、ボディーガードの件を上層部にまで手を回してるとなれば、言い方悪いけどこれってもう従うしかないんじゃないかな?」

「う〜」悔しそうな英明。

「幸いオレは単身だし、身寄りもないからどこに移っても問題はないから、新しい場所でも不自由はないよ。それに『居所』を変えるだけで『住所』を変えるわけではないですよね?」

「はい、基本は一時避難的に居所を変えていただくだけです。高岡様は今までのお話からすると、おそらく住所も将来的には移されようと思っていらっしゃるようですが、他のお二方は数日分のお荷物だけ持参されて高岡様のお隣に住まわれてはいかかでしょうか。生活必需品はこちらで用意させていただきますので」と栗山社長。

「いえ、英明とアズサちゃんは一緒に移転する必要はないですよ?」

「えっ?」「?」

 二人とも呆気に取られたような顔をしてる。当然栗山社長も。

「だって、『第4条の第1項』と『第5条の第3項』の『甲の指定する者』が具体的に『誰』とどこにも明記されていない以上、英明とアズサちゃんである必要はないですし、指定もしなくていいんですよ。ね?栗山社長?」

「!」運営の二人、特に栗山社長が、しまったという顔をするが話を続ける。

「つまり『第4条の第1項』の『甲の指定する者』にわたしが英明とアズサちゃんを『指定しなければ』二人は移転の必要がない。逆に『第5条の第3項』で『甲の指定する者』に英明とアズサちゃんを『指定すれば』――条文の解釈に誤りはないですよね?」

「……おっしゃる通りですね」

 くぅ〜栗山社長、悔しそう!一矢報いた感大ありだ。


「……よし、いいだろう。その女性ボディーガードとやらが気にはなるが、俺とアズサも明日当座の荷物とPCだけ持っておたくらのマンションに移動する。アズサ、いいか?」

「はい、大丈夫ですよ」

「おい! 英明せっかく……」

「忍! 俺たちチームだろ? 乗りかかった船だ。こうなりゃとことん付き合ってやるから安心しろ!」

「そうですよ、忍さん! わたしには忍さんを立派な女の子にする使命があるんですから!」

「う〜そこまで言うんなら好きにしろよ〜もう!」

「――では、明日高岡様のお宅のお荷物は業者に委託してすべて移転先に引っ越してもかまいませんか?」こころなしか安心したような栗山社長。

「はい。特に見られて困る物は……なくはないですけど、すべてお任せします。何をどこに置くかは現状を元にしていただければ……あ、わたしも同席した方が良いですよね?」

「はい、できればそうしていただければありがたいです」

「じゃ英明、明日はオレ有給ということで……」

「わかった。俺とアズサの荷物は朝一で持って来ることにする」

「では明日は何時ころにお伺いすればよろしいですか?」

「9時くらいですかねぇ」

「では9時にお邪魔して引っ越しの段取りをいたします。私共は準備がありますので、そろそろ失礼します」

 そんなに急に準備できるわけがないから、引っ越しももう手配済みだろうけどな〜。

「じゃ、よろしくお願いします」

「お疲れ様でした〜」

「失礼します」



 二人が帰った後……。

「英明、オレ一人でも良かったんだよ? もう少しで向こうを出し抜けそうだったのに……」

「なに水臭いこと言ってるんだよ。もし別々になってもどうせヤツらのことだ、なんだかんだで俺たちも監視下には置かれるさ」

「すべては向こうの計画通り、手配済み……ってわけだね」

「ああ」

「アズサちゃんもごめんね〜」

「いいですよ〜一緒の部屋じゃないですけど、同じ場所で暮らすの楽しみですね〜」

「ん〜そうかもね〜」

「今日は二人、どうする?」

「もうこんな時間だから荷物まとめなきゃいけないな」時計を見るともう23時だ。

「あ、そりゃそうだね」

「じゃ、忍さんまた明日〜」

「おやすみ〜」

 さぁ〜ってと、おっ風呂、お風呂〜♪ でも部屋の外かマンション付近にボディーガードがいるなんて思うとちょっとゾッとしないな。



「一時はどうなるかと……」と崔。

「ああ。条文の『穴』を突かれたのは想定外だったけど、勝野さんの『親分肌』に助けられて三人一緒に引っ越してくれるから良しとしよう。すべては計画通りだな。ボディーガードのブラフも効いたかな」と栗山。

「え、ブラフだったんですか? ま、そうですよね。では私は明日中央研究所に行ってフルダイブの再LOGONテストの準備を始めますので、明日の引っ越しの立ち合いは社長にお願いして、」

「ああ、わかった。研究所に連絡はしておくけど、進捗は伝えてくれよ」

「はい、承知しました。それでは失礼します」

「うん、お疲れさま」

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