第21話 社員証の写真
翌火曜日。昨日と同じようにドアフォンのチャイムで目が覚める。
……んぁ? 今何時だ? まだ7時じゃないか。
パジャマの前がはだけて、乳首がちょっと立ってる……まあ、ノーブラだからしかたないか。
慌てて前を合わせ直して、「は〜い」と言いながらドアフォンのモニターを覗くと、そこには梓ちゃんの姿があった。
「忍さん、おはようございま〜す!」
「おはよう〜梓ちゃん。は、早いねぇ〜」と、招き入れる。
「ええ、秀明くんの家から来たんで……」心なしか顔がつやつやしている気がする。
そうかぁ、秀明といっぱいしたんだろうなぁ〜いいなぁ……。
「し、忍さん? 私の顔に何かついてますか〜?」
「い、いや。いつも通りかわいいな〜って。あれ、秀明は?」
「朝ご飯食べて、もう少ししたら会社に行くそうです〜」
「じゃ、うちらもいかないとね……」
「忍さんも朝ご飯食べなきゃダメですよ〜 放っておくと朝ご飯抜きで出社するんですから」
「う、うん……」
「今朝は簡単に、昨日買っておいたパンと卵でフレンチトーストにしますから、ちょっと待っててくださいね〜」
あ〜、友達の彼女じゃなかったらな〜って、また昨日と同じようなことを考えるけど、これはこれで嬉しいな。
「ありがと〜、じゃあ、コーヒー淹れるかな〜」
「あ、おねがいします。それと、早くブラつけてくださいね。乳首、立ってますよ」
「うわ、ごめん……恥ずい」
「では、いただきま〜す」
「はい、めしあがれ〜」
「うわ、なにこれ、ふわっふわ! 美味しい!」
「でしょ〜? 卵液に浸してから先に電子レンジで1、2温めてから焼くと、もっと美味しくなるんですよ〜」
「へ〜、電子レンジも使い方次第なんだねぇ」
「レンチン食材に使うだけが電子レンジじゃないんですよ〜」
「そ、そうだね〜」
朝ご飯を頂いた後、
「そういえば、今日は忍さん、鼻声も治って髪の毛もしっかり乾かしてて、昨日より良いですね。あ、そうだ、ブラシ持ってきたんで、きれいにしましょう」
「え、いいよ〜、ポニテにしておけば……」
「だめですよ〜ポニテにするにしても、ちゃんとブラッシングしてからじゃないと」
「ふ〜ん、いろいろ大変だな〜、女の子をするのも……」
「そうですよ〜」と言いながらブラッシングしてもらい、先日の大きな黒リボンをつけてもらう。
「うん、完璧! 今日はもしかしたら社員証の写真も撮り直すかもしれませんから、撮影前にもう一度直しましょう」
「え、いいよ〜」
「だめですよ〜」 すっかりスタイリスト気取りだ……。
「ん〜じゃ、おまかせするね〜 社員証の写真撮るんだったら、スーツのほうがいいかな?」
「え、ブレザーとスカートとニーハイじゃ……」
「え〜、あのパンツ丸見えの? ダメダメ!」
「個人的にはあっちのほうが良いんですけど〜、そうですよね〜、男性社員が……」
「そ、そうじゃなくて、オ……わたしが恥ずかしいの!」
結局、パンツスーツで出社。
「おっはようございま〜す!」と女の子っぽく挨拶しながら入室。
「おはよ〜」
「おはようございます」
男性社員の視線がちょっと気になるけど……今日もパンツスーツだから、大丈夫、大丈夫。
秀明はいつも通り、仕事を続けながら「おう、おはよう」と一言。
勤怠PCで出勤を選択し、カードキーをタッチ。仕事の続きを始める。
今取り掛かっているのは、COBOLソースリスト――紙なんだよねぇ――のコードから仕様変更を読み取り、設計書としてエクセルに落とし込む。
あ……昨日は気にしてなかったけど、椅子の高さが合ってないな〜 どおりで作業しづらかったわけだ。高さを調整して……。
しかし、なんか机が広いなぁ……ディスプレイ、キーボード、マウスを手前に寄せて……改めて自分が小さくなったのを実感する。
梓ちゃんの予想通り、総務部の佐藤さんから社内Chatで社員証の写真を撮り直すよう、呼ばれたので総務部へ向かう。
梓ちゃんも「スタイリストですから〜」と言いながらついてくる。
「高岡さん、なんかちっちゃくて可愛くなっちゃいましたね〜、でもその金髪黒リボン、すごく似合ってますよ〜」と佐藤さんが言い出す。
「そうそう、男性社員が放っておかないですよ〜」と田中さんも。
「い、いや、まだ心は男なんで……そういう事態は……」
「いやいや〜、そういうのもありですよね〜」と梓ちゃんがオレの髪とリボンを直しながら言う。あ〜なんかやっぱり梓ちゃんって……。
「じゃ、撮りますよ――秋山さん、髪直し終わったら一緒に写り込まないで! 家族写真じゃないんですから!」と佐藤さん。
「あ、梓ちゃん、な、なにやってんの?」
「えへへ」
写真を撮り終わり、
「あと、ICカードのデータは前のままでと指示を受けてますから、今のカードキーのデータをそのまま新しい写真のカードにコピーしますね〜 ちょっと待っててください」と佐藤さん。
「あ、そういえば今度、勝野さんと秋山さんと3人で暮らすんですって?」と佐藤さんが話を切り出す。
「え? あ、そうですけど、3人同じ家とか部屋じゃないですよ」
「勝野さんったら、両手に花ねぇ〜」と田中さん。
「いやいや、そんなんじゃないですってば〜」梓ちゃんはちょっと困り顔だ……。
などと言っているうちに、コピーが終了し、新しい社員証を渡される。
「高岡さんって下の名前、女性でもオッケーな『忍』なんですね〜」と佐藤さん。
「そうなんですよね……もういないですけど、よくお袋が本当は娘が欲しかったの〜なんて言ってましたよ」
「あら〜 じゃこんなに可愛くなった娘さんの姿を見せられなくて残念ですね」と田中さん。
「んも〜外見だけなんですけど〜、娘なのは〜」
「あ〜ごめんなさい……私、つい思ってること言っちゃうんで……」
「いえいえ〜、じゃ、ありがとうございました」
「失礼します〜」と梓ちゃんと一緒に総務部を出る。
今日も20時にまたあの2人が来るから、梓ちゃんと定時に上がり、昨日と同じように一緒にスーパーで食材を購入。
ついでにショッピングセンターに寄って、「あのスカートじゃ恥ずかしいから、短くないスカート買う!」と梓ちゃんに宣言。
普通に会社に着ていけそうな丈、それでも膝上5センチかな?――のプリーツスカートと、ついでにハイソックス、替えのブラウスを購入。
あれ? まんまJK? でもブラウスにリボンつけてないから、JKじゃないし〜
「じゃ、あのスカートは私の前だけで履いてくださいね〜」と梓ちゃん。
「う〜ん、気がむいたらね〜」
「え〜」
あと何日かしたら、これが日常になるんだろうか……ちょっと嬉しいな。
なんて思いながら、少しだけ近所の目を気にして帰宅し、部屋に入る。
梓ちゃんが夕飯を作ってくれている間、スウェットとジーンズに着替え、お風呂は食後にして加熱式タバコを吸う……あ〜やっと落ち着けたなぁ……。
「……あ、梓ちゃんごめん。つい1人のつもりでタバコ吸っちゃってるけど、いいかな?」
「加熱式なら全然かまいませんよ〜 それ、良い匂いですね? なんかブルーベリーみたいです」と言ってくれる。
「うん、そうなんだけど吸ってる本人は匂いがあんまりしないんだよ」
「え〜? そうなんですか〜?」
「うん。マスカットのを試したら自分も匂いがわかったけど、イマイチ合わなくて、ず〜っとこれにしてるんだよね」
夕飯が出来上がり、しばらくしてドアチャイムが鳴る。
「は〜い」
ドアフォンのモニターを確認。シューメイ隊長のご帰還だ。
「あ〜腹減った〜」
「なんだよ、いきなり〜! 今梓ちゃんが夕飯作ってくれて、待ってたとこだよ〜」
「おう」
どかっと座り込む。まるでこの家のご主人様だな。
「じゃ、今運んでくるね〜」
梓ちゃんと2人で食卓代わりのテーブルに料理を並べる。
「では、いただきま〜す」
「いただきます!」
「めしあがれ〜」
少し食べ始めたけど、
「う〜お腹は空いてるんだけど、なんかちょっと食欲が……」
「忍よ〜 腹が空いてちゃ戦はできないぞ」
「いや戦じゃないし、昨日の文書を確認して押印するだけだから」
「そうですよ〜 でも忍さんらしいですね……ご飯はあとにしてホットミルクでも飲みますか?」
「うん、そうする〜 ありがと〜」
「なんか忍、だいぶ女子っぽい話し方ができるようになったみたいだな〜」と秀明。
「そう? 嬉しい?」
「んな訳ないだろ! アホ!」
「あははは」
「私は妹ができたみたいで嬉しいですよ〜」
「お〜い!」
ホットミルクを飲みながら、みんなで食事とバカ話をしているうちに、そろそろ20時だ。
彼らが来る時間だな……と食器を片付け始める。
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