第20話 THX-1489開発秘話
それまで黙って聞いていた梓ちゃんが、突然口を開く。
「え〜っと、開発部長さん……」
「は、はい?」と、素っ頓狂な声で崔さん。
「これは私の勘なんですが、忍さん……じゃなくてこのアバターを開発されたそうですが、モデルになった方がいらっしゃったんではないですか?」
「おいおい」
「突然何を……」と、秀明とオレ。
「だから、なんかこう……忍さんを見る目が、私、気になるんですよね。だから、忍さんが言うように、監視対象は忍さんだけのような気がして」
先ほどの打ち合わせで引っかかっていた疑問をぶつける。
「……」崔さんは黙ったままだったが、
「崔くん、話したほうがいいんじゃないかな?」と、栗山社長。
やがて、崔さんが口を開く。
「実はですね、その……THX-1489は、亡くなった妻と、4歳で亡くなった娘の面影を元に16歳の姿にプログラムしたものなんです。娘はユイといいました」
「えっ、そうなんですか……」と、梓ちゃん。
「お気の毒に、申し訳ないです」オレもなんだか気まずくなる。
「……」黙ったままの秀明。
「い、いや、これは高岡さんのせいではないです。逆に私が感謝しなければならないことで……」と、記憶を辿るようにぽつりぽつりと話し始めた。
自分はUS国籍のC国人。通り名で、崔ケイスケと名乗っている。本名は別にある。
20年ほど前にUSでフルダイブシステムの開発をしていた頃に同じチームのキャロライン(キャロル)というブロンドの女性と付き合い始め、やがて恋愛そして子供を授かる。
キャロルは妊娠後、自覚症状のほとんどない、妊娠高血圧症候群を発症。
一時は出産を諦めるもキャロルの強い要望で出産したが、娘のユイを出産直後に死亡。
ユイは低出生体重児として誕生し、入籍はしていなかったがキャロルの残してくれた同じ髪色の娘を1人で育てるも、4歳のとき事故で死亡させてしまう。
死因は未熟児網膜症による視力障害のための交通事故。
自分1人の力では何もできなかった……フルダイブシステムの開発に打ち込み、娘には何もしてやれなかった、守れなかった無念。
哀しみばかりのUSを離れ、日本に渡りフルダイブシステムの開発に没頭した。
そんなとき、アストラル・ゲームスの栗山社長と知り合い、フルダイブゲームシステムの開発総責任者として迎え入れられる。
栗山社長にはキャロルと、娘ユイの話も打ち明けていた……。
ある日栗山から、『戦闘用以外』の自由な発想でアバターを開発してほしいと指示され、妻と娘をアバターの形でもいいから生まれ変わらせたいと許可を得、開発を始めた。
その結果、視覚情報処理系を強化したカスタムメイドのアバター、生きていれば16歳になっているユイと、キャロルの面影を持つTHX-1489を完成させた……。
「ですので、シューティングゲームのアバターとしては小柄で、しかも金髪で目立つため不人気で、いわば売れ残りだったTHX-1489を選んでいただいた高岡さんには、実はとても感謝しているんです。しかも、『天の秤目』と『鷹の目』を駆使して、1年前の第4回大会、そして半年前の第5回大会で、VRMMORPG BulletS RECOILの連続優勝を果たされましたから」
「そ、それはわたし1人ではなく秀明とのチームワークですんで……」オレはHSPぎみなので泣きそうになりながら答えるのがやっとだった……。
「いや、『天の秤目』と『鷹の目』が無かったら優勝はできなかったと思う」といつもながら冷静な秀明。
「……」梓ちゃんは目を真っ赤にして鼻をかんでいる。
「ごめんなさい、余計なことを聞いてしまって……」とやっと話せるようになった梓ちゃん。
「いえいえ。ですので私がTHX-1489……いや、今は高岡さんですね。その姿を気にしてしまうのお許しください」
「いえ、こちらこそまだ男っぽいところばかりで……とても崔さんのキャロルさんやユイさんにはなれそうも……」
「そんな……キャロルとユイはもういないですし、こんなことを言うのは失礼なことですが、今は高岡さんが思う通りの……その……女性として生きてください」
「はい……」
「崔くん、もういいかな……」と栗山社長が口を開く。
「高岡様、勝野様、そして秋山様。この度は多大なるご迷惑をおかけし、改めてお詫び申し上げます。示談書は追加の訂正を行い、明日お持ちいたします。つきましては、高岡様の精密検査と再ログオンテストの日程を決めたいと存じますので、明日までにご都合の良い日を2、3お知らせいただけますと幸いです」
「あ、そうでしたね。では明日、回答します」
あ〜崔さんの話ですっかり精密検査のことを忘れてた……。
「では、また明日お邪魔いたします。20時でよろしいでしょうか?」
「秀明、梓ちゃん、どう?」
「おう」
「はい、大丈夫です」
「では、また明日よろしくお願いします。それでは失礼いたします」
「失礼します」
そう言って、2人は帰っていった。
◇
「忍、どう思う?」と秀明。
「あ? なにが?」
「いや、崔部長の話さ。嘘はついてないと思うけど、なんだか情に訴えて懐柔しようとしているような気がしてな」
「え? 秀明、まだ疑ってるの?」
「そ、そうですよ〜」と梓ちゃん。
「ん〜視覚情報処理系を強化したアバターってのは実際に今の忍なんだけど、妻と娘の話が上手く出来過ぎてる」
「……そうかなぁ。キャロルさんだって金髪だし? 4歳で亡くなったユイちゃんの16歳の姿ってのも今のオレみたいな感じだろうし? オレは信じたいけど……」
「そうですよね〜」梓ちゃんも同意する。
「相変わらずのんきだなぁ……写真、見せてもらってないだろ? ま、俺は示談書通りにやってくれればそれでいいけど、真意はどうあれな。ま、いいか。で、検査っていつやるんだ?」
「ん〜 今日は月曜だから……あさっての水曜日がいいんじゃないかな? 早く身体がどうなってるか、ダイブ出来るか知りたいし……」
「いや、それだと俺と梓が同行できないから、今度の土曜か日曜でどうだ?」
「あ、そうだね。やっぱり1人だと不安だし、何かあったとき……」
「そうですよ、忍さんに何かあったら……」
「じゃ、今度の土日が決戦の日だな!」
「そ、そんな大袈裟な……」
「いいか忍、まだまだ相手を信頼しちゃいけないぞ。今のところ、口約束だけなんだからな」
「ん〜」
「……おっと、もう23時か。じゃ俺たちは帰るから」
「うん、ありがとう〜秀明、梓ちゃん」
「じゃな」
「おやすみなさ〜い。誰も見てないからって、イタズラしちゃだめですよ〜」
「ってをい!」
交渉が上手くいったようで良かったなぁ。でも精神的に疲れたな……と熱めの湯船に浸かりぼーっとする。
この身体、秀明がああ言ったけど絶対崔さんの思いが詰まった身体なんだな……シャンプー、リンスして体を洗って髪を乾かし終え、梓ちゃんが言うようなイタズラはしないで早く寝ることにした。
◇
「社長、あれでよかったんですよね」
「ああ、突然すまなかった。それにしては、亡くなった妻と娘の面影を残した亡くなった娘の16歳の姿ってのは事実に近いし、名案だったねぇ。おかげで視覚情報処理系を強化したカスタムメイドの説明もできたしねぇ。主演男優ものだよ!」
「焦りましたよ、突然振るんで……でも、なんか彼らをだましているような気がして」
「ま、THX-1489……いや、ユイさんには君なりの思い入れもあるわけだし、全部が嘘ってわけじゃないんだから、そんなに罪悪感を抱くことはないよ」
「そうですね。ユーザー数をアップする計画と、それに『鷹の目』はシステムに依存しますけど、『天の秤目』はアバター固有のスキルなんでそれを利用した……」
「おっと、それはまだ未確定事項だよ。生身とアバターが一体化するメカニズムも判明してないんだから……ま、精密検査は親会社の仕事だ。君は再ログオン実験が終わったら、しばらく休暇を取ってUSにいる奥さんに逢いに行ってくるといい。それにユイさんの墓参りもしばらく行ってないんじゃないか?」
「ええ、そうですね。そうさせてもらいます」
「あともう一踏ん張りだな。ただ、勝野さんは気をつけなければいけないな」
「はい、あとの2人はどうにでもなりそうですしね……」
そんなことが話されていることを当然知らず、こうして怒涛の3日目が終わった。
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