第15話 THX-1489開発秘話

 それまで黙って聞いていたアズサちゃんが、突然口を開く。

「え〜っと、開発部長さん……」とアズサちゃん。

「は、はい?」素っ頓狂な声で崔さん。

「これは私の勘なんですが、忍さん……じゃなくてこのアバターを開発されたそうですが、モデルになった方がいらっしゃったんではないですか?」

「おいおい」

「突然何を……」と、英明とオレ。

「だからなんかこう……忍さんを見る目が私、気になるんですよね。だから忍さんが言うように監視対象は忍さんだけのような気が」と先ほどの打ち合わせで引っかかっていた疑問をぶつける。

「……」崔さんは黙ったままだったが、

「崔くん、話してしまった方がいいんじゃないかな?」と栗山社長。

 やがて「実はですね、その……THX-1489は亡くなった妻と、4歳で亡くなった娘の面影を元に16歳の姿にプログラムしたものなんです。娘は『ユイ』といいました」

「えっ、そうなんですか……」とアズサちゃん。

「お気の毒に、申し訳ないです」オレもなんか気まずくなる。

「……」黙ったままの英明。

「い、いや、これは高岡さんのせいではないです。逆に私が感謝しなければいけないことで……」と、記憶を辿るようにしてぽつりぽつりと話し始めた。


 自分はUS国籍のC国人、いわゆる『通り名』で『崔ケイスケ』と名乗っている。本名は別にある。

 20年ほど前にUSでフルダイブシステムの開発をしていた頃に同じチームの『キャロライン(キャロル)』というブロンドの女性と付き合い始め、やがて恋愛そして子供を授かる。

 キャロルは妊娠後、自覚症状のほとんどない『妊娠高血圧症候群(PIH)』を発症。

 一時は出産を諦めるもキャロルの強い要望で出産したが、娘『ユイ』を出産直後に死亡。

 ユイは低出生体重児として誕生し、入籍はしていなかったがキャロルの残してくれた同じ髪色の娘を一人で育てるも、4歳のとき事故で死亡させてしまう。

 死因は未熟児網膜症による視力障害(弱視)のための交通事故。

 自分一人の力では何もできなかった……フルダイブシステムの開発に打ち込み娘には何もしてやれなかった、守れなかった無念。

 哀しみばかりのUSを離れ、日本に渡りフルダイブシステムの開発に没頭した。

 そんなとき、アストラル・ゲームスの栗山社長と知り合い、フルダイブゲームシステムの開発総責任者として迎え入れられる。

 栗山社長にはキャロルと、娘ユイの話も打ち明けていた……。

 ある日栗山から、『戦闘用以外』の自由な発想でアバターを開発してほしいと指示され、妻と娘をアバターの形でもいいから生まれ変わらせたいと許可を得、開発を始めた。

 その結果、『視覚情報処理系』を強化したカスタムメイドのアバター、生きていれば16歳になっているユイと、キャロルの面影を持つTHX-1489を完成させた……。


「ですので、シューティングゲームのアバターとしては小柄で、しかも金髪で目立つため不人気で、いわば売れ残っていたTHX-1489を選んでくれた高岡さんには実は大変感謝しているんです。しかも『天の秤目』と『鷹の目』を駆使して1年前の第4回、半年前の第5回のVRMMORPG BulletS RECOILで連続優勝しました」

「そ、それはわたし一人ではなく英明とのチームワークですんで……」オレはHSP(Highly Sensitive Person)ぎみなので泣きそうになりながら答えるのがやっとだった……。

「いや、『天の秤目』と『鷹の目』が無かったら優勝はできなかったと思う」といつもながら冷静な英明。

「……」アズサちゃんは目を真っ赤にして鼻をかんでいる。

「ごめんなさい、余計なことを聞いてしまって……」とやっと話せるようになったアズサちゃん。

「いえいえ。ですのでわたしがTHX-1489……いや、今は高岡さんですね。その姿を気にしてしまうのお許しください」

「いえ、こちらこそまだ男っぽいところばかりで……とても崔さんの『キャロル』さんや『ユイ』さんにはなれそうも……」

「そんな……キャロルとユイはもういないですし、こんなことを言うのは失礼なことですが、今は高岡さんが思う通りの……その……女性として生きてください」

「はい……」

「崔くん、もういいかな……高岡様、勝野様、そして秋山様。この度は大変なご迷惑をおかけし改めてお詫びいたします。示談書は追加訂正し明日にお持ちします。つきましては、高岡様の精密検査と再LOGONテストの日程を決めたいと存じますので、明日にでもご都合の良い日の候補を2、三お知らせいただけるとありがたいです」と栗山社長。

「あ、そうでしたね。では明日、回答します」あ〜崔さんの話ですっかり精密検査なんて忘れてた……。

「では、また明日お邪魔いたします。20時でよろしいでしょうか?」

「英明、アズサちゃんどう?」

「おう」

「はい、大丈夫です」

「ではまた明日、よろしくお願いします。それでは失礼いたします」

「失礼します」と、二人は帰っていった。



「忍、どう思う?」と英明。

「あ? 何が?」

「いや、崔さんの話さ。嘘はついてはいないとは思うが、なんかこっちを情に絆して懐柔しているような気が……」

「え? 英明、まだ疑ってるの?」

「そ、そうですよ〜」とアズサちゃん。

「ん〜視覚情報処理系を強化したアバターってのは実際に今の忍なんだけど、妻と娘の話が上手く出来過ぎてる」

「……そうかなぁ。キャロルさんだって金髪だし? 4歳で亡くなったユイちゃんの16歳の姿ってのも今のオレみたいな感じだろうし? オレは信じたいけど……」

「そうですよね〜」アズサちゃんも同意する。

「相変わらず呑気だなぁ……写真見せてくれてないだろう? ま、俺は示談書に則って実施してくれればいいんだけどな、真意は別として。ま、いいか。で、『検査』とやらはいつにする?」

「ん〜今日は月曜だから……明後日の水曜日がいいんじゃないかな? 早く身体がどうなってるか、ダイブ出来るか知りたいし……」

「いや、それだと俺とアズサが同行できないから、今度の土曜か日曜でどうだ?」

「あ、そうだね。やっぱり一人だと不安だし、なにかあったとき……」

「そうですよ、忍さんに何かあったら……」

「じゃ、今度の土日が決戦の日だな!」

「そ、そんな大袈裟な……」

「いいか忍、まだまだ相手を信頼しちゃいけないぞ。今のところ『口約束』だけなんだからな」

「ん〜」

「……おっと、もう23時か。じゃ俺たちは帰るから」

「うん、ありがとう〜英明、アズサちゃん」

「じゃな」

「おやすみなさ〜い……誰も見てないからって、悪戯しちゃだめですよ〜」

「ってをい!」

 交渉が上手くいったようで良かったなぁ、でも精神的に疲れたな……と熱めの湯船に浸かりぼーっとする。

 この身体、英明がああ言ったけど絶対崔さんの思いが詰まった身体なんだな……シャンプー、リンスして体を洗って髪を乾かし終え、アズサちゃんが言うような『悪戯』はしないで早く寝ることにした。



「社長、あれでよかったんですよね」

「ああ、突然すまなかった。それにしては『亡くなった妻と娘の面影を残した』亡くなった娘の16歳の姿ってのは事実に近いし、名案だったねぇ。おかげで『視覚情報処理系』を強化したカスタムメイドの説明もできたしねぇ。主演男優ものだよ!」

「焦りましたよ、突然振るんで……でも、なんか彼らを騙すような気がします」

「ま、THX-1489いやユイさんには君の思い入れもあるし、あながちすべて嘘をついているわけじゃないんだから、そう罪悪感を持つ必要はないよ」

「そうですね。ユーザー数をアップする計画と、それに『鷹の目』はシステムに依存しますけど、『天の秤目』はアバター固有のスキルなんでそれを利用した……」

「おっと、それはまだ未確定事項だよ。生身とアバターが一体化するメカニズムも判明してないんだから……ま、精密検査は親会社の仕事だ。君は再LOGON実験が終わったら、しばらく休暇を取ってUSにいる奥さんに逢いに行ってくるといい。それにユイさんの墓参りもしばらく行ってないんじゃないか?」

「ええ、そうですね。そうさせてもらいます」

「あともう一踏ん張りだな。ただ、勝野さんは気をつけなければいけないな」

「はい、あとの二人はどうにでもなりそうですしね……」

 そんなことが話されていることを当然知らず、こうして怒涛の3日目が終わった。

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