第19話 運営との交渉

 駅前のコーヒーショップで、栗山と崔が話している。

「彼らのほうから同じ場所に住むと言い出してくれたのは、良かったですね」と崔が言う。

「そうだね。いずれにしろ、彼らは知り過ぎてる。秘密裏に監視は続けなきゃならないし、THX-1489……いや失礼、ユイは早くVRMMORPG BulletSに戻さないと。そのためなら1億や2億の出費なんて安いもんだよ」と栗山。

「それで、生身の人間とアバターが一体化した状態でのダイブって、本当に安全なのか?」

「ええ。何度かシミュレーションを行った後、別の被験者で再ログオンテストを本日実施しました。ダイブ自体は問題なく成功しました。ただ、ログオフ後にしばらく傾眠状態と軽い意識障害が見られましたが」

「それ、まずいんじゃないか? 私には報告が来てないけど」

「いえ、大丈夫です。フルダイブゲームではよくある反応ですから」

「そうか。まあいい。ユイはもう、生身で生き返ったも同然だ。君も安心だろう?」

「……ただ、中身は33歳の男ですから、ユイと呼ぶには少し抵抗が……」

「おいおい、私情が入りすぎてないか? 大事なプレイヤー様を……」

「そうですね。申し訳ありません。高岡さんを早くVRMMORPG BulletSに戻して、今回の報道やSNSの風評被害を挽回しないといけませんから。なにしろ、レジェンドチーム『チームS・S』のシノブが不在では、影響も大きいですし」

「ああ。それに次のステップとして、我々本社とサーバーを国外に移して、プレイヤーがゴールドをオンライン通貨に換金できるようにする計画もある。ユーザー数を一気に伸ばせるはずだ」

「グレーゾーンですけどね」

「いざとなれば、親会社に頼ればいいさ」


 ◇


「さぁて、どうするかねぇ。まずは忍が精密検査と再ログオンテストを受けないとな」

「う〜ん、それってまるきり人体実験だよね……」

「ですよね……安全なんでしょうか〜?」

「旧世代のギアとは違って、今のは脳にアクセスする電磁波の出力を大幅に抑えてる。だから、脳幹のさらに奥にある間脳が焼かれるなんてことは起きないさ」と秀明が説明してくれたけど、正直、かえって不安が増したぞ。


「いやさ、そもそもなんで強制ログアウトでアバターと一体化したのか、オレまったくわかんないんだよね」

「そうだな。それについては、あいつらもよくわかってないみたいだしな」

「だから精密検査のおまけまでついてくるんだよね……」

「――もしかして、あのとき『天の秤目』を使ってたろ? それでアバターに接続してる忍の脳がフル稼働してたとかさ」

「え、そんなことあり得るの?」

「いや、あくまで想像だけどな」


「それにさ、なんでオレたちがいないとネットやVRMMORPG BulletS内で話題になるんだよ? しかも、運営にまでレジェンドって呼ばれるなんて、ちょっとこそばゆいよな〜」

「そりゃ2回連続で優勝してるチームのメンバーがしばらく顔見せないのと、あのニュース番組が影響してるんだろ?」

「ってまだ2、3日じゃんよ」


「あの〜いいですか? それよりも示談書の内容のお話のが先じゃないですか?」と、オレと秀明の言い合いをさえぎるように梓ちゃん。

「そうだった。わりい」

「ご、ごめん……」

「ん〜と、じゃあ示談金をもう一桁上げてもらう。万が一のことがあって、最悪死ななくても全身麻痺とかになったら、2人に面倒見てもらう」とオレが金額について決める。

「……わかった。そうならないことを祈る」

「はい」


「次。3人で同じところに住む件は、2人ともオッケーだよね? じゃ、秀明と梓ちゃんは一緒に暮らしてもらう。オレはその隣に住む」

「えっ、おいそれって」

「私はいいですよ〜」

「秀明、いいかげん梓ちゃんを安心させてやりなよ?」

「お、おう……わかった」

「あとは引っ越しに関しては場所だけこっちで指定して、引っ越しを一切合切運営にまかせるつもりだよ」

「な、なんでだよ? それって監視カメラや盗聴器は……」

「むこうは3人一緒に暮らさせたがってたの、見え見えだったし、どうせうちらで引っ越しても、そのあとなんらかの方法を使って監視はされると思うんだ。だから引っ越し費用と居住費用まで出すって言ってるんじゃないかな? だったらそれに乗っかるしかないんじゃない?」

「それじゃ俺と梓の暮らしが……」

「そ、そうですよ〜」

「いや、逆に秀明と梓ちゃんが同棲したら、プライベートに関しては常識あれば立ち入らないし、そもそも監視対象はオレだけだと思うんだよね」

「そうかも知れないが」

「VRMMORPG BulletSとか仕事の話とか夕飯とか3人で普段からオレの部屋でするようにすればいいんじゃないかな? そうすれば自然じゃない?」

「そうかなぁ……」


「関係ないかもしれないんですけど……」と梓ちゃんが控えめに言う。

「ん?」

「ちょっと私、思い当たる節があるんですけど……なんていうか、あの開発総責任者の崔って人の、忍さんを見る目がなんか気になって」

「そりゃ開発者だし、金髪赤眼じゃ目を引くけどな」

「うん、オレもそう思うけど、梓ちゃんそれって、女の勘?」

「ええ。それ以外になんかありそうなんですよね〜 だから忍さんが言うように監視対象は忍さんだけのような気が……」

「そんな気がしなくもなくも……なくもないが……じゃ、条文に、乙は甲以外の第三者に対し監視カメラ盗聴器その他の機器および他の手段での監視を行ってはならない。発覚した場合甲は乙に対する一切の協力を断つものとするが、第2条、第3条および第4条は履行されるものとする……ってどうだ?」

「う〜ん、それだとなんかちょっと敵対視しすぎだなぁ」

 やっぱり秀明の中では運営は悪の組織扱いだなぁ……。


「監視カメラとか盗聴器を見つけるのも大変そうだし、一切の協力を断つってのも……じゃ禁止事項に、乙は甲以外の第三者に対し一切の監視を行ってはならないって、追加するくらいでいいんじゃないかな? そうすれば自ずと監視対象はオレだけに限定されるんじゃない? っていうか、そうなってほしい」と提案する。

「ま、それなら平和的に解決しそうだな」

「それでいいと思いますよ〜」

「じゃ、他はないかなぁ……もうそろそろ1時間くらい経つし」

「そうだな」


 しばらくして、玄関チャイムが鳴る。

 ドアフォンのモニターを見ると運営の2人が戻ってきた。

「お邪魔します」と2人。

 再びリビングに招き入れる。


「いかがでしょうか……」と栗山社長。

「はい、こちらなりにいろいろ検討させていただき、結論が出ましたので、わたしから伝えます」とオレ。

「お茶入れ替えますね……」

「うん、お願い」梓ちゃんがまたお茶の用意に席を立つ。


「3点ほど変更と、追加をお願いしたいんですけど」

「はい」栗山社長が応じる。

「1点目は示談金をもう1桁増やしてください。理由としては、再ログオンテストで万が一、最悪死亡しなくても全身麻痺とか意識不明になった場合、残りの2人に面倒見てもらうことになるんで」

「承知いたしました。では、第2条の第1項を、『金壱億円の支払義務があることを認める』と変更いたします」

 ずいぶんとあっさり承諾するな……。

 梓ちゃんがお茶をお出しして、秀明の隣に座る。


「2点目は、引っ越しに関しては場所だけこちらで指定して、引っ越しをすべて御社にまかせます。ただ、条件としては秀明……勝野とこちらの秋山は一緒に。わたしは1人で同じマンションの隣同士の部屋に住みます」

「はい、そちらも承知いたしました。第4条の第1項を、『甲は甲および甲の指定する者の身体の安全を確保するため、甲および甲の指定する者は甲が指定する居所に居住し、移転は乙の責任において行うものとする』に変更、でよろしいでしょうか?」

 なんかしたり顔になったような気がする。

 ちょっと長ったらしいけいど、趣旨は合ってるから承諾して話を続ける。


「そして3点目。禁止事項に、乙は甲の指定する者に対し一切の監視を行ってはならないと、追加して下さい。つまり勝野と秋山の監視は禁止とし、わたしだけが御社の監視対象となります……監視対象であればの話ですけどね」

「か、かん……承知いたしました。第5条に第3項として、『乙は甲の指定する者に対し一切の監視を行ってはならない』を追加させていただきます……」

 お? 初めて3人を監視対象としていたことと、今後オレだけを対象とすることを認めたな。

「以上ですが、よろしいですか?」

「はい。では、文書を追加訂正し明日にでもまたお持ちします」

「よろしくお願いします」

「これで少しは安心していられるな」と秀明。

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