第14話 運営との交渉

 駅前のコーヒーショップでの栗山と崔の会話。

「先方から同じところに住むと言い出してくれたのは良かったですね」と崔。

「そうだね、いずれにしろ彼らは知り過ぎてるから秘密裏に監視は続けなければならないし、THX-1489いや失礼『ユイ』はVRMMORPG BulletSに早く戻さないといけない。そのためなら一億や二億の出費でリスク回避できれば安いもんだよ」と栗山。

「それと、生身の人間とアバターが一体化した状態でのダイブってのは本当に安全なのか?」

「ええ、何度かシミュレーションした後に『もう一人の被験者』で再LOGONテストを本日実施しましたが、ダイブも正常にできました。LOGOFF後にしばらく傾眠、軽度の意識障害がありましたけど」

「そりゃまずいんじゃないか? 報告を受けてないが」

「いえ大丈夫です。フルダイブゲームではよくある状態ですので」

「そうか。ま、いいだろう。しかし『ユイ』はもう『生身』で生き返ったも同然だから君も安心だろう?」

「……ただ、中身は33歳の男ですから『ユイ』と呼ぶには少し抵抗が……」

「おいおい、少し私情が入ってないか? 大事なプレイヤー様を……」

「そうですね、申し訳ありません。高岡さんを早くVRMMORPG BulletSに戻して、今回の報道やらSNSの風評被害を取り戻さないといけないですしね。なにしろレジェンドチームのチームS・Sのシノブの不在がVRMMORPG BulletSに悪影響を及ぼす前に……」

「ああ。次のステップで我々運営会社の本社とサーバーを国外に移して、プレイヤーにゴールドをオンライン通貨に換金可能にしてユーザー数アップする計画があるからね」

「グレーゾーンですけどねぇ」

「いざとなりゃ、親会社の力を借りればいいさ」



「さぁ〜て、どうすっかね〜。まずは忍が精密検査と再LOGONテストを受けないといけないんだよな」

「う〜ん、それってまるきり『人体実験』だよね……」

「そうですよね……安全なんでしょうか?」

「旧世代のギアと違って、今のは脳内にアクセスする電磁波の出力を下げてあるから、それで脳幹部のさらに奥底の『間脳』が焼かれることはないしな」と英明が説明してくれるけど、かえって不安が増したぞ。

「いやさ、そもそも何で強制LOGOUTでアバターと一体化したのかが、オレ全然わかんないよ」

「そうだな、それについてはあいつらもわかってないみたいだしな」

「だから精密検査のおまけまでついてくるんだよな……」

「もしかしたら、あのとき『天の秤目』使ってたろ? それでアバターに接続してる忍の脳がフル稼働してたからだとかな」

「そ、そんなのあり?」

「いや、あくまでも想像だ」

「それにさ、何でオレたちがいないとネットとVRMMORPG BulletS内で話題って? なんか『レジェンド』って言われてこそばゆいよな〜」

「そりゃ2回連続で優勝してるチームのメンバーがしばらく顔見せないのと、あのニュース番組が影響してるんだろ?」

「ってまだ2、3日じゃんよ」

「あの〜いいですか? それよりも示談書の内容のお話のが先じゃないですか?」と、オレと英明の言い合いを遮るようにアズサちゃん。

「そうだった。わりい」

「ご、ごめん」

「ん〜と、じゃあ示談金をもう一桁上げてもらう。万が一のことがあって、最悪死ななくても全身麻痺とかになったら、二人に面倒見てもらう」とオレが金額について決定する。

「……わかった。そうならないことを祈る」

「はい」

「次、三人で同じところに住む件は、二人ともオッケーだよね? じゃ、英明とアズサちゃんは一緒に暮らしてもらう。オレはその隣に住む」

「えっ、おいそれって」

「わたしはいいですよ〜」

「英明、いいかげんアズサちゃんを安心させてやりなよ?」

「お、おう……わかった」

「あとは引っ越しに関しては場所だけこっちで指定して、引っ越しを一切合切運営に任せるつもりだよ」

「な、何でだよ? それって監視カメラや盗聴器は……」

「向こうは三人一緒に暮らさせたがってたの、見え見えだったし、どうせうちらで引っ越しても、そのあと何らかの方法使って監視はされると思うんだ。だから引っ越し費用と居住費用まで出すって言ってるんじゃないかな? だったらそれに乗っかるしかないんじゃない?」

「それじゃ俺とアズサの暮らしが……」

「そ、そうですよ〜」

「いや、逆に英明とアズサちゃんが同棲したら、プライベートに関しては常識あれば立ち入らないし、そもそも監視対象はオレだけだと思うんだよね」

「そうかも知れないが」

「VRMMORPG BulletSとか仕事の話とか夕飯とか三人で普段からオレの部屋でするようにすればいいんじゃないかな? そうすれば自然じゃない?」

「そうかなぁ……」

「関係ないかもしれないんですけど……」とアズサちゃんが控えめに言う。

「なに?」

「ちょっとわたし、思い当たる節があるんですけど……なんていうか、あの『開発総責任者』の崔って人の忍さんを見る目がなんか気になって」

「そりゃ開発者だし、赤目金髪じゃ目を引くけどな」

「うん、オレもそう思うけど、アズサちゃんそれって、女の勘?」

「ええ、それ以外になんかありそうなんですよね〜。だから忍さんが言うように監視対象は忍さんだけのような気が……」

「そんな気がしなくもなくも……なくもないが……じゃ、条文に『乙は甲以外の第三者に対し監視カメラ盗聴器その他の機器および他の手段での監視を行ってはならない。発覚した場合甲は乙に対する一切の協力を断つものとするが、第2条、第3条および第4条は履行されるものとする。』ってどうだ?」

「う〜ん、それだとなんかちょっと敵対視しすぎだなぁ」やっぱり英明の中では運営は悪の組織扱いだなぁ……。

「監視カメラとか盗聴器を見つけるのも大変そうだし、一切の協力を断つってのも……じゃ禁止事項に『(3)乙は甲以外の第三者に対し一切の監視を行ってはならない。』くらいでいいんじゃないかな? そうすれば自ずと監視対象はオレだけに限定されるんじゃない? っていうか、そうなって欲しい」と提案する。

「ま、それなら平和的に解決しそうだな」

「それでいいとおもいますよ〜」

「じゃ、他はないかなぁ……もうそろそろ1時間くらい経つし」

「そうだな」


 しばらくして、玄関チャイムが鳴る。

 ドアフォンのモニターを見ると運営の二人が戻ってきた。

「お邪魔します」と二人。

 再びリビングに招き入れる。

「いかがでしょうか……」と栗山社長。

「はい、こちらなりにいろいろ検討させていただき、結論が出ましたので、わたしから伝えます」とオレ。

「お茶入れ替えますね……」

「うん、お願い」アズサちゃんがまたお茶の用意に席を立つ。

「三点ほど変更と追加をお願いします。一点めは示談金をもう一桁増やしてください。理由としては再LOGONテストで万が一、最悪死亡しなくても全身麻痺などになった場合、残りの二人に面倒見てもらうつもりです」

「承知いたしました。では、第2条の第1項を、『金一〇〇,〇〇〇,〇〇〇円の支払義務があることを認める。』に変更いたします」と栗山社長。随分とあっさり承諾するな……。

 アズサちゃんがお茶をお出しして、英明の隣に座る。

「二点目は、引っ越しに関しては場所だけこちらで指定して、引っ越しをすべて御社に任せます。ただ、条件としては英明……勝野とこちらの秋山は一緒に、わたしは一人で同じマンションの隣り合った部屋に住みます」

「はい、そちらも承知いたしました。第4条の第1項を『(1)甲は甲および甲の指定する者の身体の安全を図るため甲および甲の指定する者は甲が指定する居所に居住し移転は乙の責任において行うものとする。』に変更、でよろしいでしょうか?」なんかしたり顔になったような気がする。

 ちょっと長ったらしいけいど、趣旨は合ってるから続けよう。

「そして三点目、禁止事項に『(3)乙は甲の指定する者に対し一切の監視を行ってはならない。』を追加して下さい。つまり勝野と秋山の監視は禁止とし、わたしだけが御社の監視対象となります……監視対象であればの話ですけどね」

「かん……。し、承知いたしました。第5条に第3項として、『(3)乙は甲の指定する者に対し一切の監視を行ってはならない。』を追加させていただきます……」お? 初めて三人を監視対象としていたことと、今後オレだけを対象とすることを認めたな。

「以上ですが、よろしいですか?」

「はい。では、文書を追加訂正し明日にでもまたお持ちします」

「よろしくお願いします」

「これで少しは安心していられるな」と英明。

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