第17話 運営が出してきた提案

「こんばんは〜 お待ちしておりました」

「夜分遅くに申し訳ありません。それではお邪魔いたします」

 営業本部長は、夜に指定したのはこっちの都合なのに、あくまで丁寧だな……。

 一方、開発総責任者は「お邪魔します」とだけ。まあ、普通だ。

「あ、勝野様と秋山様もいらっしゃるんですね」営業本部長が玄関の靴を見て言った。

「はい、3人は仕事でも同じグループで、いつも一緒なんです」と、予防線を張る。

「あ、それはこちらも助かります」

 ん? なんだか意味深なことを言うな……。


「では、リビングへどうぞ」今回はちゃんとスリッパを用意して迎え入れる。

「夜分に恐れ入ります。皆さまお揃いで」

「お邪魔します」

「いらっしゃいませ。ただいまお茶を……」と、梓ちゃんが席を立つ。

「あ、お構いなく。高岡様、お電話でもお伺いしましたが、不都合などございませんでしたでしょうか?」

「ええ、アバターの件は秀明が事前に会社に伝えてくれていたので、大きな混乱はありませんでしたが、少々疲れてしまって。早めに切り上げました」

「お疲れさまでした……では、早速ですが、弊社からの示談提案をお持ちしましたので、ご確認ください」


 そこにはこう書かれていた――


 ◇


『 示 談 書 』


 高岡忍(以下「甲」とする)とVRMMORPG BulletS II運営会社アストラル・ゲームス(以下「乙」とする)は本日当事者間にて以下の通り合意した。

第1条(事実確認)

 甲と乙は以下の事実があったことを認める。


(中略)


第6条(保証人)

 保証人 アストラル・ゲームス 営業本部長 栗山エイジ(以下「丙」という)は本契約における乙の債務を保証し乙と連帯して債務を履行することを約した。


第7条(その他)

 甲が第1条第2項から従前の状態に戻っても第2条は履行されるものとする。


 甲乙丙は本示談書の作成により本証書に定める他なんらの債権債務が存在せず本示談書に定める他互いに金銭その他の請求をしないことを相互に確認する。

 以上の示談成立の証として本書3通を作成し甲乙丙により各自1通ずつ所持するものとする。


 合意日

 XX年XX月XX日

 甲

 住所 TS市TS区絶対領域4丁目1番地25号606号室

 氏名 高岡忍  (印)

 乙

 アストラル・ゲームス 代表取締役 栗山エイジ (印)

 丙

 アストラル・ゲームス 営業本部長 栗山エイジ (印)


 ◇


「す、すごい金額ですね……って、栗山さん、社長だったんですか?」

「ええ、お恥ずかしい話ですが、最初から身分を明かすと高岡様が警戒されるかと思いまして」

「まぁ、ソフト業界の営業でもそういうこと、たまにありますね」

「じゃあ、最初から見ていこうか」秀明は冷静だ。ここは任せておこう。


「はい、よろしくお願いします」と、営業本部長改め代表取締役の栗山さんが軽く一礼する。

「第1条の事実確認は特に問題なし。第2条の金額については、忍がオーケーならこれでいいんじゃないか?」

「うん、もらいすぎかもしれないけど、今後のことを考えると……とりあえずオッケー」


「ああ。第3条の遅延損害金は飛ばして……問題は第4条だな」

「うん。転居に関しては同意できるけど、1項の『甲は乙が承認した条件下で甲の望む居所に転居し居住する』って部分についてなんですが、オレ……いや、わたしが望む条件を栗山さんが了承してくれるなら、例えばこの3人で同じ場所に住むことも可能なんですか?」

「ええ、実は私も高岡様がそうおっしゃるのではないかと、うすうす感じておりました……むしろ、皆様が一緒にお住まいになるほうが、リスクが低いのではと考えております」

「それは、栗山さんにも何かメリットがあるってことか?」と秀明が突っ込む。


「はい。言い方が悪くなりますが、皆さまは今回の件について知りすぎてしまっている立場ですし……被害者であるということもあり、マスコミ対策や風評対策も考慮しております」

「たしかにな。その点については同意だ。第5条に書かれているようなことをする気は全くないし、むしろマスコミに押しかけられるのはごめんだからな。御社としても賢明な判断だと思う。ただし、移転先に監視カメラや盗聴器が仕掛けられているのは勘弁してほしいが」

「はい、移転先は皆様でご納得いただける物件を選んでお引っ越しいただければ、第4項に記載の通り、引っ越し費用と居住費用はこちらで負担いたしますので、そのようなことはございません。それでもご不安な点がございましたら、入居後にカメラや盗聴器のチェックをしていただいても構いません」


「え? 居住費用って、家賃も含まれるんですか?」オレはちょっと驚いて聞いてみる。

「はい」

「御社の負担が多すぎないか……? とりあえずは信用するとして……4条の2項に戻るけど、これは本当に忍の精密検査だけに留まるのか?」と疑ってかかる秀明。


「実は、高岡様の一刻も早いVRMMORPG BulletSへの復帰を目指してのことです。精密検査も行いますが、再ログオンテストも実施する予定です」

「え?」

「はい。意外かと思われるかもしれませんが、現在、レジェンドともいえるチームS・Sのシノブ様の不在が、VRMMORPG BulletS内やSNSでちょっとした話題になっていまして……」

「そ、そんなことに?」そういえば、自分のことで精一杯で、SNSなんて全然チェックしていなかった。


「なにしろネット内のことですので、何がどう転ぶかわからないものでして、VRMMORPG BulletSの評判にも影響がありますから」

「じゃ、転居より先に精密検査と再ログオンテストをやって、忍が正常にログオンできるかが優先事項ってことか?」

「その通りです」


「ちょっと3人で相談させてくれるか?」と秀明。

「はい、それでは私どもは……1時間ほど駅前にでも行きますので、その間にご相談いただけますでしょうか?」

「うん。いいよね、秀明?」

「ああ」

「では、のちほどまたお伺いいたします」と、2人は出ていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る