第11話 運営からの連絡

 タバコ吸ってトイレ済ませて落ち着いたけど、やっぱり今日は仕事する気になれないんで、まだ早いけど帰宅することにした。

 始業・終業時刻は決まってるけど、打ち合わせで直行直帰するときもあるし、月の所定労働時間を大幅に下回らなきゃ控除されない。逆に固定残業20時間分があらかじめ加算されてて、それを上回った分が所定時間外労働になる。

 ま、ソフト業界だから納期近くは残業20時間オーバーは普通にあるけど、時間管理はプロジェクトマネージャやプロジェクトリーダーに任せちゃってるから自分が何時間残業してるかってあんまり気にした事ないな……ってオレってやっぱりぼーっとしてるのかな?


「英明、アズサちゃん。オ……わたし、今日はもう上がるよ」二人の前だとどうしてもオレって言いそうになるな、気をつけないと。

「そうか……女子化初出社で精神的にも疲れたろうしな」と英明。

 まじ、ここ何日かやけに優しいぞ。

「あ、じゃ、わたし仕事メドついたら、忍さんちに行って夕飯つくりますよ〜。それと身の回りのお世話も」とアズサちゃん。

「え〜、それ英明に悪いし、大丈夫だよ」と断るも、

「いや、しばらくはアズサと一緒にいた方がいい」と英明。

「そうですよ〜。女の子として気をつけなきゃいけないこととか、いろいろお教えしますからね〜」

「え〜」

 などと話している最中、携帯が鳴る。


 知らない番号――もしかして運営からかな? とりあえず出てみる。

「もしもし……?」

「高岡様ですか、私VRMMORPG BulletS運営の栗山エイジです」――勘が当たった。

「はい、高岡です」

「お世話になります。お出かけのようでしたので、失礼ですがお電話させていただきました」

 そういえば携帯番号もユーザー登録時に入力してたからな。

「あ、家にいらして頂いたんですか? 申し訳ないです。本日出社しておりまして――」

「出社ですか。特にお止めはしておりませんでしたが、不具合はございませんでしたか?」

「はい。いつもの二人、昨日家にいた者と一緒ですので大丈夫です」

「それならば良かったです。お電話差し上げたのは昨日のお話を文書化いたしましたので、お持ちしようかと」

「少々お待ちください――」電話を保留にし、

「英明、アズサちゃん。運営の営業本部長からで、文書ができたって。その件でわたしの家で話したいんだけど時間どうかな?」二人に聞く。

「ん〜……うん、忍んちで話すか。じゃ、先に俺らで少し話し合って……今からだから、20時にということでどうだ? 俺は19時くらいに着けるようにもう少し仕事していきたいけど」

「アズサちゃんは予定大丈夫?」

「ええ、大丈夫ですよ〜」

 保留を戻し「では、帰宅して準備しますので、大変申し訳ないですが20時にわたしの家にまたご足労いただけないでしょうか?」

「承知いたしました。それでは、20時に高岡様宅にお伺いいたします」と電話が切れる。


「ん〜何つって書いてくるかなぁ……」とオレ。

「ま〜昨日の話にプラスアルファじゃないか? それより、こっちの『同じマンションとか同じ場所に住む』ってのを認めてもらわないといけないな」

「そうですよね〜」

「じゃ、わたし、先に帰ります」と言うと、

「あ、じゃわたしも一緒に……あと5分待ってくださいね」とアズサちゃん。

「うん、大丈夫」

「はい、途中で食材も……」

「そだ。銀行、行かなきゃ……立て替えてもらった大体の額を教えて?」

「は〜い」聞いた額は結構な金額になってた……普段現金使わないでカード払いだから引き出し後の口座残高がちょっと気になる。


「では、お先に失礼しま〜す」

「失礼します」アズサちゃんと二人、勤怠PCで退勤を選択しカードキーをタッチする。

 あ、そういえば今日の出勤、入れてない……あとから打刻申請すればいいや。

「お疲れ様でした〜」

「お疲れぃ!」

「高岡さん、明日は可愛い服で来てくださいね〜」

 あれ? 女子受け良いみたい……ほんとかぁ?

「あ、私も可愛い服、期待してる」

「部長、それセクハラに近いです……」

 相変わらずの『開発2部』だ……ちょっと安心したぁ。


 帰る途中、オレは銀行に寄ってからアズサちゃんと一緒にスーパーで食材と、思い出したリンスを購入。

 なんか二人で買い物なんて、これも初体験で今は女性だけど、なんかドキドキしちゃうなぁ……。

 帰宅し、アズサちゃんに夕食を作ってもらっている間、先にお風呂に入らせてもらう。

 今日はリンスも使ったから、髪がつやつやだ〜

 お風呂から出てアズサちゃんにタオルドライしてもらう。

 心は男だからちょっとときめいてしまい、まるで夫婦だなぁ〜なんて思うけど、残念ながら身体は女性なんだよな。

 アズサちゃんはオレを『妹』として見てるみたいだし。

 英明が来るのを待って、三人で夕食を頂く。

「いただきます!」

「いただきま〜す」

「はい、めしあがれ〜」

 いつもの光景になりつつあるなぁ……三人で暮らすの、ちょっと楽しみかも。


 夕食をいただいたあと、アズサちゃんに立て替えてもらっていた服代とか食材代を精算しても20時にはまだ時間が少しある。

「あ〜なんか緊張してきた〜」

「大丈夫だ、忍。俺たちがついてるし向こうも事を荒立てたくはないはずだから、『録音』内容に沿った覚書だか何かを作ってくるさ」

「そうですよ〜。それに、三人で同じ場所に住むことも条件に入れるには、こうやって既成事実づくりも必要ですよ~」

「お、アズサなかなか策略家だな!」

「うん、確かに〜。で、でも部屋は別だよな?」

「俺は三人一緒でもいいんだぜぇ〜」

「ひぃ〜英明に襲われそう!」

「忍さんの処女はわたしがお守りします!」

「お、お前らなぁ〜」

 などと莫迦話をしていると、玄関チャイムが鳴る――来た。

 ドアフォンのモニターを見ると運営の二人だった。

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