第16話 運営からの連絡

 タバコを吸ってトイレを済ませ、一息ついたけど、どうにも仕事する気にはなれない。少し早いけど、今日はもう帰宅することにした。


 うちの会社は始業・終業時刻が決まってはいるけど、打ち合わせで直行直帰する日もあるし、月の所定労働時間を大幅に下回らなければ給与からの控除もない。逆に、固定残業代として20時間分があらかじめ加算されていて、それを超えた分が所定外労働としてカウントされる仕組みだ。

 まあ、ソフト業界だから納期が迫ってくると20時間を超える残業も普通にあるけど、時間管理はプロジェクトマネージャーやリーダーがしてくれているから、自分がどれくらい残業してるかなんて普段あまり気にしないな……。もしかして、オレって結構ぼーっとしてる?


「秀明、梓ちゃん。オ……わたし、今日はもう上がるね」

 2人の前だと、つい「オレ」って言いそうになるから気をつけないと。

「そうか……女子化初出社で、精神的にも疲れただろうしな」と秀明が言う。

 なんか、ここ数日やたらと優しいな。


「あ、じゃあ、私仕事が片付いたら、忍さんのお宅に伺って、夕飯作りますね〜 それに身の回りのお世話もしますよ」と梓ちゃんが微笑む。

「え〜、それだと秀明に悪いし、大丈夫だよ」と断ったけど、

「いや、しばらくは梓と一緒にいたほうがいい」と秀明が言う。

「そうですよ〜、女の子として気をつけるべきこととか、いろいろお教えしますからね〜」

「え〜」


 そんなやり取りをしている最中に、携帯が鳴った。

 知らない番号――もしかして運営からか? とりあえず出てみる。

「もしもし……?」

「高岡様でしょうか? 私、VRMMORPG BulletS運営の栗山エイジと申します」――勘が当たった。

「はい、高岡です」

「お世話になっております。お出かけ中かと思い、失礼ながらお電話させていただきました」


 そういえば、ユーザー登録時に携帯番号も入力してたっけ。

「あ、もしかして家にいらしてくださったんですか? 申し訳ないです。本日は出社しておりまして――」

「出社ですか。特にお止めはしませんでしたが、不具合などはございませんでしたか?」

「はい。昨日家にいた2人と一緒なので、大丈夫です」

「それなら安心しました。実は昨日のお話を文書化いたしましたので、それをお持ちしようと思いまして」


「少々お待ちください――」電話を保留にし、

「秀明、梓ちゃん。運営の営業本部長からで、文書ができたって。その件で、わたしの家で話したいんだけど、時間どうかな?」と2人に聞く。

「ん〜……うん、忍んちで話すか。じゃあ、先に俺たちで少し話し合って……今からだと、20時開始ってことでどうだ? 俺は19時ごろに着けるように、もう少し仕事していくけど」

「梓ちゃん、予定大丈夫?」

「ええ、大丈夫ですよ〜」


 保留を解除して、「では、帰宅して準備いたしますので、恐れ入りますが20時にわたしの家までお越しいただけますでしょうか?」と伝える。

「承知いたしました。それでは、20時に高岡様宅にお伺いいたします」と言って電話が切れた。


「ん〜、どんな内容で書いてくるかなぁ……」

「ま、昨日の話に少し加筆したくらいじゃないか? それより、こっちも同じマンションや同じ場所に住むっていう話を認めてもらわないとな」と秀明が言う。

「そうだね〜 じゃあ、先に帰るね」と言うと、

「あ、じゃあ私も一緒に……あと5分だけ待ってもらえますか?」と梓ちゃん。

「うん、大丈夫」

「はい、途中で食材も……」

「そうだ、銀行に行かなきゃ……立て替えてもらった金額、大体でいいから教えてもらえる?」

「は〜い」

 教えてもらった金額は結構な額で、普段現金を使わずにカード払いだから、引き出した後の口座残高が少し心配になった。


「では、お先に失礼しま〜す」

「失礼します」梓ちゃんと2人、勤怠PCで退勤を選択し、カードキーをタッチする。

 あ、そういえば今日の出勤、入力してなかった……あとで打刻申請すればいいか。


「お疲れ様でした〜」

「お疲れぃ!」

「高岡さん、明日は可愛い服で来てくださいね〜」

 あれ? 意外と女子受けいいみたい……ほんとかぁ?

「あ、私も可愛い服、期待してますよ」

「部長、それセクハラに近いですよ……」


 相変わらずの開発2部だ……ちょっと安心した。


 帰る途中、オレは銀行に寄ってから、梓ちゃんと一緒にスーパーで食材と、思い出したリンスを購入。

 なんか、2人で買い物なんて初めての体験で、今は女の子だけど、ちょっとドキドキしちゃうなぁ……。


 帰宅後、梓ちゃんに夕飯を作ってもらっている間、先にお風呂に入らせてもらう。

 お風呂から出て、梓ちゃんにタオルドライしてもらう。

 今日はリンス使ったから、髪がつやつやだ〜

 心は男だからちょっとときめいてしまうけど、まるで夫婦みたいだな〜なんて思うけど、残念ながら身体は女の子なんだよな。

 梓ちゃんはオレを妹として見てるみたいだし。


 秀明が来るのを待って、夕飯をいただく。

「いただきます!」

「いただきま〜す」

「はい、召し上がれ〜」

 いつもの光景になりつつあるなぁ……3人で暮らすの、ちょっと楽しみかも。


 夕飯をいただいたあと、梓ちゃんに立て替えてもらっていた服代とか食材代を精算しても、20時にはまだ時間が少しある。


「あ〜、なんか緊張してきた〜」

「大丈夫だ、忍。俺たちがついてるし、向こうも事を荒立てたくはないはずだから、打ち合わせた内容に沿った覚書か何かを作ってくるさ」

「そうですよ〜 それに、3人で同じ場所に住むことも条件に入れるためには、こうやって既成事実を作るのも必要ですよ〜」

「お、梓、なかなか策略家だな!」

「うん、確かに〜 でも、部屋は別だよね?」

「俺は3人一緒でもいいんだぜぇ〜」

「ひぃ〜、秀明に襲われそう!」

「忍さんの処女は、私がお守りします!」

「お、おまえらなぁ〜」

 などとくだらない話をしていると、玄関チャイムが鳴る――来た。


 ドアフォンのモニターを見ると、運営の2人だった。

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