第10話 部長との打合せ
「高岡……さんと、勝野くん、秋山さん。ちょっと小会議室Aにいいかな?」と部長に呼ばれる。
「はい」三人、少し緊張し、部長の後をついて行く。
部を出るときに、部内がざわつくのが聞こえてくる……。
「高岡って……」
「ロリ?」
「やっぱりヲタ?」
なんか色々言われてる? ま、想定内だけど仕方ないよな。
「そうか、そんなことがあったのか! だからそのアバターいや失礼、その姿なんだな。いや、実は私もあのゲーム、この半年くらい前から始めて週に数時間しかやらないからまだレベルが100に満たないくらいなんだよな。そうか〜高岡くん……いや高岡さんがあの『赤目金髪のスナイパー』で、勝野くんが『シューメイ隊長』だったとはな〜」
「はい」そっけない英明。
「え、ええ。まぁそうですけど……よくご存知で」他に答えようがないじゃん。
アズサちゃんは何でわたしまで呼ばれるの〜? みたいな顔してるし。
けど、同じゲームをやってたおかげですんなり出社できるようになったわけだし、ここは感謝するところかな?
英明は隣でニヤニヤしてるから、部長がVRMMORPG BulletSをやってたのを前から知ってたみたいだな。
「古参のプレイヤーはおろか初心者の私たちの間でも、『赤目金髪のスナイパー』は有名だし、君らチームS・Sは、常にVRMMORPG BulletS RECOILの優勝候補で、実際何回か優勝もしてるじゃないか。『シューメイ・シノブ』だからチームS・Sだったのか!」
部長、さっきからVRMMORPG BulletSの話しかしてないんですけど……いいのかな?
「部長、お話があるのではないですか?」と英明も同じだったようで口を開く。
「いや〜すまんすまん。つい目の前にレジェンドがいると思うとつい」
「はぁ……」レジェンドって言われるほどじゃないんだけど。ま、いっか。
「で、これからの高岡さんの事なんだけど、その……女子化は勝野くんから聞いた通り一時的ではなく、このままということなんだね?」
「はい。運営からはそう聞いています」
「そうか……じゃ社内では女性として振る舞ってもらって、社員証の作り直しを総務部へ依頼するけど社員データの性別は男性のままでいいのかな?」
「そ、そうですね。好きで女子化したのはVRMMORPG BulletS内だけで、精神的には男なんで。……それに戸籍は変えられないですしね」
「わかった。原因となったVRMMORPG BulletSについては会社としては一切関わらず、あくまでもこの件は高岡さん個人の問題として扱うということでいいかな?」
「ええ、それで構いません。運営から言われていることで、会社に関わりそうなのが三点ほど」
「うん?」
「まず一番目として、民事・刑事を含めた争議を起こさず、風説の流布は控えて欲しいと。ですから会社は部長がおっしゃる通りノータッチで、先程の『SNSなどへの投稿や友人知人へ話すなど一切禁止、社外秘』にしていただいたのは正しいかと。これも総務へ通知をお願いします」
「風説の流布、情報漏洩禁止か。そういえば昨日の朝の番組に出ていたスキンヘッドの人は?」
「あの人本人は運営によると、当事者じゃなかったようですよ」
「そうなんだ。で次は?」
「二番目はこれが重要で、マスコミへの対応もあると思われるのですが、わたしの『身辺警護』『周囲への対応と配慮』を理由に運営が用意する場所に転居をして欲しいと言われています」
「それって、なかば軟禁……」
「最初はわたしたち……あ、勝野くんと秋山さんも同席してたのはご存知ですよね? わたしたちも軟禁を疑ったんですが、やはり男から女性になってしまった以上、今の所に住み続けるのは無理と判断してます」
「だが、高岡さん一人だけじゃ色々不安じゃないか?」
「ええ、それについて三人で話し合って、同じマンションとか同じ場所に暮らすのがベストと判断して、次回運営側に提案するつもりです」
「ああ、それなら高岡さんのことは勝野くんが守ってくれそうだし、秋山さんが女性として助けてくれそうだな」
部長も同じような考えだ。
「はい。それで、最後なんですがアストラル製薬が、わたしの身体の精密検査を要望しています。本当かどうかはわからないですけど、『CTスキャンやMRIで身体を調べるくらい』とは言ってますけどね」
「確かにアバターと生身が接続された状態というのは異常な状態だしな。親会社のアストラル製薬なら考えそうな事だな」お、部長も知ってるみたいだな。
「で、具体的にはこれからどう……転居とかはいつからなんだ?」
「運営がこの数日中に慰謝について文書化して持ってくるそうなんで、先ほどの同居の提案時に相談します」
「わかった。じゃ、会社として確定しているのは高岡さんの社員証の作り直しと、転居手続き。君たち三人分の転居の手配と費用はVRMMORPG BulletSが負担するだろうから、会社は関わらない。で、いいのかな」
「はい。現状それくらいですかね。あ、あとはわたしの精密検査時の部内での人員スケジュールくらいですかねぇ」
「そうだな。それは具体的な日付が決まってからでもいいだろう」
「はい」
「固い話はここまでにして……」
え? 結構くだけた話ばっかりだったような……。
「『赤目金髪のスナイパー』その赤目に狙われたら逃げきれないと言われてるけど、いや〜高岡さん、身近で見るとほんと小さくて、綺麗な金髪で可愛くなっちゃって……」
「部長、それ以上はセクハラになりますよ」今まで黙ってたアズサちゃんが忠告する。
「私、高岡さんの身の回りのお世話もしますけど、女性として守りますんで」
「わ、わかった。悪かった。じゃこれ以上はVRMMORPG BulletS内で……」
「あ、申し訳ないですけど、VRMMORPG BulletS運営から許可があるまで、しばらくは決してギアを使用してのダイブは試みないよう厳命されてます。そうしないと生死にかかわりますんで。それにゲーム内でリアルの話はご法度ですよ、新兵殿」とチクリと言ってやる。
「そ、そうか……」心なしか部長は残念そうだ。
ま、部長とはプレイヤーレベルが格段に違うから、もしPvPで出会ったとしても瞬殺できるし。
四人で部に戻る。
部内は先ほどのざわつきも落ち着いて、皆それぞれの仕事をこなしている……風に見えるが、時々オレの方をチラチラ見るのが感じられる。仕方ないけど落ち着かないな。
今日はなんだか仕事する気になれず、息抜きにタバコを吸いに部屋を出て、1階の共同喫煙室へ行く。
そういえば、土曜の朝から今まで、タバコ一本も吸ってなかったな。
このままいけば禁煙できたかもな〜と思いながらも加熱式タバコに好みのベリーフレーバーのスティックを刺してスイッチを入れしばらく待つ。
加熱が終わって一服大きく吸い込み、ゆっくりと煙――といっても水蒸気だけど――を吐く……あ〜落ち着く。
しばらくすると、隣の『開発1部』の見知った顔が入って来た。
軽く会釈くらいしかしなかったけど、『金髪』の女の子が、タバコを吸っているのは違和感あるので、気になるようだ。
あ、やべ。しかも社員証はカードキー兼用でそのまま首からぶら下げてるから急いで裏返し、タバコを吸うのも早々に切り上げ部署に戻った。
タバコついでにトイレに行きたかったけど、いきなり一人で女子トイレに入るのは気が引ける。席に戻り小声でアズサちゃんに声をかける。
「ね、トイレ行きたいんだけど……」
「あ、はい。一緒に行きましょう」
あ〜いくら女の子になったとはいえ、女子トイレに入るのは犯罪感ありありだな……しばらくはアズサちゃんに付き合ってもらうしかなさそうだな〜。
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