第15話 部長との打合せ
「高岡……さんと、勝野くん、秋山さん。ちょっと小会議室Aに来てくれるか?」と部長に呼ばれる。
「はい」少し緊張しながら、部長のあとに続く。
部屋を出ると、部内がざわつくのが耳に入る……。
「高岡って……」
「ロリなの?」
「やっぱりヲタク?」
なんか色々言われてるな。まあ、想定内だけど、受け入れるしかないか。
◇
「――そうか、そんなことがあったのか! だからそのアバター……いや失礼、その姿なんだな。実は私もあのゲームを半年前から始めたんだけど、週に数時間しかやれなくて、まだレベルが100に届かないんだよな。いや〜、高岡くん……いや高岡さんがあの金髪赤眼のスナイパーで、勝野くんがシューメイ隊長だったとは!」
ゲーム内のアバター姿になった経緯をざっと部長に説明すると、彼の第一声がこれだった。
「はい」とそっけない返事をする秀明。
「え、ええ。まあ、そうですけど……よくご存じで」他に返しようがない。
梓ちゃんは「なんで私まで呼ばれるの?」って顔をしている。
でも、同じゲームをやってたおかげで、こうしてすんなり出社できたんだから、感謝するべきところだよな?
秀明は隣でニヤニヤしてる。部長がVRMMORPGBulletSをやってるの、前から知ってたんだな。
「古参プレイヤーはもちろん、初心者の間でも金髪赤眼のスナイパーは有名だよ。君たちのチームS・Sは、常にVRMMORPG BulletS RECOILの優勝候補で、実際に何回か優勝しているじゃないか。そうか、シューメイ・シノブだからチームS・Sだったのか!」
部長、さっきからVRMMORPG BulletSの話しかしてないけど……大丈夫なのかな?
「部長、お話があるのでは?」秀明も同じ気持ちだったらしく、口を開く。
「いや〜、すまんすまん。目の前にレジェンドがいると思うと、ついな」
「はぁ……」レジェンドって言われるほどじゃないんだけど。まあ、いっか。
「で、これからの高岡さんのことなんだけど……その、女子化については、勝野くんから聞いた通り一時的ではなく、このまま、ということなんだね?」
「はい。運営からもそのように聞いています」
「そうか……。では、社内では女性として振る舞ってもらう形で、社員証の作り直しを総務部に依頼するけれど、社員データの性別は男性のままで大丈夫かな?」
「そ、そうですね。女子化したのは身体だけで、精神的には男ですし……それに、戸籍も変えられませんしね」
「わかった。今回の件について、原因となったVRMMORPG BulletSに関しては、会社としては一切関わらず、あくまで高岡さん個人の問題として扱う、ということでいいかな?」
「ええ、それで構いません。運営から伝えられていることで、会社に関わりそうなのが3点ほどありますが」
「うん?」
「まず第1に、民事・刑事を問わず争議を起こさないこと、そして風説の流布を控えてほしいと運営から言われています。ですから、部長のおっしゃる通り会社としてはノータッチで、SNSへの投稿や友人・知人への話は一切禁止、社外秘として扱っていただくのが適切かと思います。この点についても総務へ通知をお願いします」
「風説の流布と情報漏洩の禁止、か。そういえば、昨日の朝の番組に出ていたスキンヘッドの人は?」
「あの方については、運営によるとアバターじゃなかったみたいです」
「そうなんだ。で、次は?」
「2番目はこれが重要で、マスコミへの対応も関係してくると思うんですが、わたしの身辺警護や周囲への配慮を理由に、運営からは専用の場所に転居するよう言われています」
「それって、ほとんど軟禁じゃないか……」
「最初はわたしたち……あ、勝野くんと秋山さんも同席していたのはご存知ですよね? わたしたちも軟禁だと思ったんですが、やはり男から女に変わった以上、今の場所に住み続けるのは無理だと判断しています」
「でも、高岡さん1人だけだと、色々不安じゃないか?」
「はい、それについて3人で話し合い、同じマンションや近くに住むのがベストだと判断しました。次回、運営側にその提案をするつもりです」
「ああ、それなら高岡さんのことは勝野くんが守ってくれそうだし、秋山さんが女性としてサポートしてくれそうだな」部長も同じように考えているようだ。
「はい。それで、最後のことなんですが、アストラル製薬が私の身体の精密検査を希望しています。本当かどうかはわからないですけど、CTスキャンやMRIで身体を調べる程度だとは言っています」
「確かにアバターと生身が接続された状態って、異常な状態だしな。親会社のアストラル製薬なら、そういうことを考えるのも納得だ」
お、部長も知ってるみたいだな。
「で、具体的にはこれからどうするんですか……転居はいつから始まるんですか?」
「運営が数日以内に慰謝について文書で持ってくるそうなので、そのタイミングで同居の提案についても相談するつもりです」
「わかった。じゃ、会社としては高岡さんの社員証の作り直しと、現住所変更の手続き……で、いいのかな」
「はい。それくらいですね。あとは、私の精密検査に関する部内の人員スケジュールくらいでしょうか」
「それは、具体的な日程が決まってからでも問題ないだろう」
「はい」
「固い話はここまでにして……」
え? 結構くだけた話ばっかりだった気がするけど……。
「金髪赤眼のスナイパー。その赤眼に狙われたら逃げきれないと言われてるけど、いや〜高岡さん、身近で見るとほんと小さくて、綺麗な金髪が可愛くて……」
「部長、それ以上はセクハラですよ」今まで黙っていた梓ちゃんが忠告する。
「私、高岡さんの身の回りのお世話もしますけど、女の子としても守りますから」
「わ、わかった。悪かった。じゃ、これ以上はVRMMORPG BulletS内で……」
「あ、申し訳ありませんが、VRMMORPG BulletS運営から許可が出るまで、しばらくは決してギアを使用してダイブしないよう厳命されています。そうしないと、生死に関わりますから。それに、ゲーム内でリアルの話をするのは禁止ですよ、新兵殿」とチクリと言ってやる。
「そ、そうか……」部長は心なしか残念そうだ。
ま、部長とはプレイヤーレベルが格段に違うから、もしPvPで出会ったとしても瞬殺できるし。
4人で戻る。
部内は先ほどのざわつきも収まり、皆それぞれの仕事をこなしているように見えるが、時折オレの方をチラチラ見ているのが感じられる。仕方ないけど、なんだか落ち着かない。
仕事に集中できず、息抜きにタバコを吸おうと部屋を出て、1階の共同喫煙室に向かう。そういえば、土曜の朝から今までタバコを1本も吸っていなかったな。
このままいけば禁煙できたかもしれないな〜と思いつつ、加熱式タバコに好みのベリーフレーバーのスティックを刺し、しばらく待つ。
加熱が終わり、一服大きく吸い込み、ゆっくりと煙――いや、水蒸気だけど――を吐く……あ〜、落ち着く。
しばらくすると、開発1部の見知った顔が入ってきた。
軽く会釈程度はしたが、金髪の女の子がタバコを吸っているのに違和感を覚えるようで、少し気になる様子。
あ、やべ。しかも社員証がカードキー兼用でそのまま首からぶら下げてるから、急いで裏返して、タバコを吸うのも早々に切り上げて部屋に戻った。
しばらくしてトイレに行きたくなったけれど、1人で女子トイレに入るのは気が引けて、席に戻って小声で梓ちゃんに声をかける。
「ね、トイレ行きたいんだけど……」
「あ、はい〜 一緒に行きましょう〜」
あ〜、いくら身体が女の子になったとはいえ、女子トイレに入るのはなんだか犯罪みたいな気がするな……しばらくは梓ちゃんに付き合ってもらうしかなさそうだ。
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