第10話 VRMMORPG BulletS運営来宅
あっ、もしかして……「VRMMORPG BulletSの方……ですね?」
「はい。早朝突然お邪魔して申し訳ございません、高岡様。VRMMORPG BulletS、運営の者です。この度は大変ご迷惑をおかけしております、私は営業本部長の栗山エイジと申します」
「私はVRMMORPG BulletS、システム開発総責任者の崔ケイスケと申します。大変申し訳ございません」
それぞれ名刺を差し出し、頭を下げる。
オレの勤め先の名刺は通勤カバンに入っているけど、それを渡すつもりはない。
「初めまして。アバター姿ですが、高岡忍です」と、ちょっとだけ嫌味っぽく言い、とりあえず上がってもらおうとした……。
だけど、パジャマの上を羽織っただけだったのに気がつき、慌てて「ちょっとお待ちください」と、寝室へ行き、スウェットとジーンズに着替えてから、改めてリビングに上がってもらう。
「今回のアバターの件……で、いらっしゃったんですね?」
「はい。お察しの通り、高岡様がアバターとの同期接続が切断されない件です」と営業本部長が答える。
「やっぱりそうですか。営業本部長さんと、システム開発総責任者の方がいらっしゃったということは、わたしはおそらく元の身体には戻れないんですね?」
「……はい。さすが高岡様、SEをやられているだけあって……」
それ、あんまり関係ないと思うけどな。SEやっていることはプロフにも上げてあるから、別に秘密にしてるわけじゃないけど、なんか個人情報を知り尽くされているようで嫌だな……あ、登録時に個人情報はすべて彼らに知られているんだっけ。
「いや、単なる推測というか、消去法です。まず、あの強制ログアウトで128人のプレイヤーが、わたしと同じアバターの姿になりました。それから約24四時間で、残りは16人まで切断が進んだ。そして今も切断されていないのは、おそらくわたしを含めて2、3人……なんでそう思うかといいますと、上級職の方々がわざわざいらっしゃった、ということですかね」
「……まさに、おっしゃる通りです」
やっぱりな……推測で話してみたけど、本当だったんだ。覚悟はしていたとはいえ、事実となると不安しかない。
「で、今後についてなのですが……」
「あ、それはもうしばらくするとペアを組んでいるプレイヤーと知人が来ますので、それからでよろしいですか?」
「はい。ではお待ちさせていただきます」
「……あの、よろしいですか?」崔ケイスケと名乗った、VRMMORPG BulletSシステム開発総責任者が口を開く。
「私、実はTHX-1489の基本設計もさせて頂きまして……今の高岡様は、THX-1489を生身にした姿そのままですね!」
ん? なんだこの人。ただ単にオレ、つまり生身のTHX-1489を見学に来ただけなのか?
そんなオレの表情を見て「あ、そんなただ興味本位で来たわけではないです。現実世界、つまりVRMMORPG BulletSシステム外で、レアスキルが有効かを知りたくてですね……」なんか説明くさいな。
「ああ、『天の秤目』ですね? 使えましたよ。ベランダから富士山が見えるんですが、ズームはできました。センチ単位での測距は無理でしたが、たしか82,350メートルでした」
「おお! すばらしい! システム外でもレアスキルが使えるんですね!」
「あ、それとメニューの表示はできませんでしたね」
「やっぱりそうですね」
「これは自分でできるかを試したわけではなく、これから来るプレイヤーが提案してくれたんですよ」
「ん〜その方もなかなか……たしかシューメイさんですね?」
「え、ええ……」やっぱりプレイヤーのデータ、すべて把握済みってわけだ。
「いや〜高岡さん、THX-1489のスキルを使用したヒット率の高さ、素晴らしいです!」
なんだかこの人、自分が基本設計したTHX-1489の自慢をしに来たのか? ま、技術者なんてそんなもんだけどな〜
オレの目がそう訴えているのがわかったようで、「あ、それは『天の秤目』と、AWSMを使いこなせている高岡さんのシューティング技術がすばらしいんですよ。金髪赤眼のスナイパーの二つ名で恐れられているだけはありますね!」
そんなプレイヤー間の話まで把握しているなんて……。
「そういえば第3回VRMMORPG BulletS RECOILでの入賞! あのときから使い始めたんですね!」
どんだけTHX-1489好きなんだ? ファンかよ~
なんかちょっと生身のTHX-1489としてはちょっと気持ちが悪い……ってか、さっきからアバターとは言わないのが気になるな……しかもいつのまにか、高岡様から高岡さんに変わってるし。たしかにあの大会で入賞した賞金と、貯まったゴールドでアバターと銃を新調したんだけど……。
そうこうするうちに、ドアチャイムが鳴る。
「は〜い。今いきま〜す」
いまさらだけど、今度はちゃんとドアフォンのモニターを確認した。秀明と梓ちゃんを招き入れ、小声で「VRMMORPG BulletSの運営が来てる」と伝えた。
「!」秀明は察したようだ。梓ちゃんはキョトンとしてるけど……。
「おはよう、忍!」秀明は平静を装う。いつもなら「おう!」とも言わないんだけどな。
「忍さん、おはようございま~す。あ、お客様ですか~?」梓ちゃんはいつも通りだ。
「お客様にお茶もお出ししてないなんて~ 今お出ししますから~」とリビングのテーブルをのぞいて言う。
梓ちゃんは、持ってきてくれたお茶のペットボトルをレジ袋からガサゴソと取り出し、氷を入れたビールグラス――独身男なのでそれくらいしか無い――に注いで、どうぞと言いながらお出しする。
そして、オレをソファの端――一応上座なのかな?――に押しやり、主面してど真ん中に座っている秀明の隣に腰を下ろす。
「さてと。こちらVRMMORPG BulletS営業本部長の栗山エイジさんと、システム開発総責任者の崔ケイスケさん」と2人を秀明と梓ちゃんに紹介する。
「勝野秀明です。プレイヤー名はシューメイ。こっちは俺の連れの……」
「秋山梓です。秀明さんと忍さんとは同じ会社で働いてます」
「改めまして、この度は大変ご迷惑をおかけし、申し訳ございません」2人で頭を下げる。
「で、営業本部長さんと、システム開発総責任者の方が2名そろって忍の所に来たということは……おそらく忍は元の身体には戻れないということですね?」
「え! そ、そんな……」梓ちゃんが目を見張る。
そりゃそうだろな……推測で話したとはいえ、事実と言われた自分もまだ実は半信半疑だからな。
「はい……残念ながら。本当に申し訳ございません」再び2人とも頭を下げる。
「あ、頭をあげてください。そんなことされても、なんの解決にもなりませんので……」とオレ。
「そうだな……。で、VRMMORPG BulletS側としては今後どうして頂けるんでしょうかね?」と秀明が単刀直入な質問をぶつける。
オレは隣で、さすがシューメイ近距離戦が得意な前衛だな〜と妙な関心をする。あれ? オレがぼーっとしてるだけか? ま、いいや。
交渉ごとは、秀明にまかせようかな。
梓ちゃんのほうを見ると、同じように思っているらしく目配せをしてくる。
「はい、本日はその件につきましてお伺いに参りました」と営業本部長が話し始める。
「弊社といたしましては、今回の件に関しまして、高岡様への慰謝を検討しております。具体的な内容、金額につきましては、今後詰めさせていただければと存じますので、民事・刑事を含めた争議を起こされることのないようお願い申し上げます。また、風説の流布につきましても、ご遠慮いただけますようお願い申し上げます」
「ああ、今朝のスキンヘッドのプレイヤーのような? あんなことはやらないです」と、オレ。
「はい。しかも、あの方はプレイヤー様ではなく、友人か知人の方に同期接続が切断されないプレイヤー様がいらっしゃったようで、その状況を利用してマスコミへのリークを行ったようです。こちらの対応につきましては、現在別の者が進めております。それと、もう1点、高岡様の身辺警護――といいますか、周囲への対応と配慮も必要かと思われますので、弊社がご用意する場所への転居をお願いできればと存じます」
「な、なんだって? 忍を軟禁するつもりか?」と秀明がいきり立つ。
「いえいえ、とんでもない! そのような意図はまったくございません。ただ、そのご容姿――つまり、男性から女性になられた以上、こちらでの生活にご不便が生じるのではないかと懸念しておりまして……」
「ん〜たしかにそうかもなぁ……この姿じゃいくらご近所付き合いがあまりないとはいっても、ちょ〜っと暮らしにくいかも」
「おい、忍それでいいのかよ?」
「いや、こんなこと急に言われてもハイそうですかなんて即答はしないよ。でもここにいづらくなるのはたしかだよ」
「たしかに……他には?」と秀明。
「こちらは親会社からの要望なのですが、今回のように同期接続が切断されず、生身とアバターが一体化した状態というのは、我々にとっても未経験の事態です。THX-1489は1体のみ――失礼しました、高岡様1名様しかご使用されていない状況でして、可能であれば精密検査をさせていただければと存じます」
「なんだよ、まさか人体実験しようとでも言うのか? どっちかというとそっちのがメインなんじゃないのか?」と秀明。
「いえいえ、採血とCTスキャンかMRIで、お身体を調べるくらいです。これはVRMMORPG BulletSが行うものではなく、親会社のアストラル製薬の医療機関で実施いたしますので、ご安心ください」
「あ、アストラル製薬って、あの会社か――医療機関もあるんだ。そういえばVRMMORPG BulletSの持ち株51パーセントはアストラル製薬だったような……」とオレ。
「おっしゃる通りです」
「え? 忍やけに詳しいな」
「ああ。彼女もいないから、株やってるんだよ。ゲームとデートばっかしてる誰かさんとは違うんだよ」
「なに〜!」
「まぁ2人とも少し落ち着いてくださいよ〜」といつものようにとりなす梓ちゃん。
「ま、今日は話だけ聞いておくけど、後日文書でもって追加があれば提案してくれるか? 今日の会話は全部録音させてもらってるから、もし内容が異なっていたらすぐにわかるからな」と秀明がスマホを見せながらまとめる。
「はい、次回……数日のうちには必ず」と本部長。
「あ、それから高岡さん。メールでもお伝えした通り、決してギアを使ってのダイブは、まだ試みないでいただけますよう重ねてお願いいたします」と開発総責任者が付け加える。
「わかりました……」
「で、あんたらこれから次のプレイヤーのとこに行くんだろ?」
「それは極秘事項ですので」
「ふ〜ん」
「では、失礼いたします。ご迷惑をおかけいたしました」
「失礼します」
2人は次のプレイヤーの所か、会社かどこかにむかったようだ。
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