第9話 朝おんの翌日

 VRMMORPG BulletS初期の頃のことを思い出しているうちに、寝てしまった。


 翌日、元に戻れた夢を見て目が覚める……も、やっぱりアバターの姿のままだった。

 ベッドの上に見事なぺたんこ座りでへたりこんでぼーっとしていた……しばらくするとお腹が鳴り出す。そういえば、昨日は秀明たちが買ってきてくれた野菜ジュースとミックスサンドしか食べてなく、夕飯も摂らなかったんだ。

 いま何時だ? 昨夜も早寝したから6時30分だ。

 のそのそ起きだして、お湯を沸かす。カップ麺でも食べよう。

 今気づいたけど、メガネかけなくても物がよく見えるようになってるな。これってアバターの身体だからだろうな。乱視がひどく、左右で縦方向と横方向に見え方が違って星なんてひとつじゃなくて、縦と横に数個ずつ見えるんだよな……。

 そんなことを思い出しているうちにお湯が沸いたので、カップ焼きそばにカヤクを入れてお湯を注ぐ。焼いてないのに焼きそばなんて、矛盾してるな……まるでなんか今の自分みたいと思いながら、3分後お湯を切ってソースとふりかけを混ぜ混ぜ……。

「いっただきま〜す」あ、オレの声かわいいな……なんて思いながら食べ始める。

 昨夜の秀明の言葉を思い出す。

『128人が16人に減ったとしても、それってもしかしたら簡単に接続が切れたプレイヤーが112人、残りの16人って……』――そうだよな。

 いまだにアバターの姿のままってことは、おそらくシステム的に最悪のケース、同期が解除出来ないってことなんだろうな……。


 なんとなく、普段あまり見ないTVをつける。

 日曜の朝なんてどうせTVショッピングしかやってないよね〜と、期待せずにザッピングするとニュース番組をやってて画面左上に『VRMMORPG BulletSでトラブル?』のテロップが出てる――

 え? これって……。

 MCと、うさん臭いコメンテーター。それにやたら体格のいい男が映っていて、なにかをまくし立てている。

 この人、まるでシューメイみたいな接近戦用の格好で、スキンヘッドに顔は古傷だらけ――まさに、いかにもって感じだ。


 その男が「私はVRMMORPG BulletSで強制ログアウトされて、今現在もこのアバターの姿で元に戻れていないんです」

「それってつまり、VRMMORPG BulletS内の姿のままってことですね?」と間抜けな感じでMCが聞く。

 コメンテーターは「これは絶対、VRMMORPG BulletSのバグであなたは被害者なんですよ! なんとしてでも……」

 そういうことか。この人もアバターと同期が切断されてないプレイヤーなんだ。オレと同じ状況の人が、ネットだけじゃなくTVに登場するなんてね。


 そしてスキンヘッド男が「私以外にも10数人、同じような人がいるんですよ! VRMMORPG BulletSの運営は、事故以降『現在、引き続き安全な手法での同期切断処理を行なっております』の一点張りで、なんの進展もないんです! しかも、何人かがギアを被ってダイブして、死亡してるっていうじゃないですか!」

 あ〜運営からのメールに書いてあった【重要】の部分をすっ飛ばして説明してるし。事を荒立ててどうしようってんだ?


 ダイブして死亡した人がいるなんて眉唾ものだし……と、あきれてると秀明から電話がかかってくる。

『忍! 起きてるか? いまTVで大変なことになってるぞ!』

「うん、今見はじめたところ……」

『なんだよこいつ。事を荒立ててもしょうがないのに、何やってるんだろうな?』

「オレもそう思う……原因はVRMMORPG BulletSだけど、これじゃ事態を悪化させる一方だよな」

『世の中には目立ちたいっつーか、事を荒立てるヤツがいるからな』

「うん。オレはこのまま運営の対応を信じて待つつもりだけど、もし身バレとかしたら……」

『あのアバター男が出てきたってことは、おまえの身バレ、可能性もゼロじゃあないな……でもこれってもしかしたらチャンスかもしれないぞ?』

「へ?」

『ほら、おまえがアバターの姿のままになった事を会社に説明するのに、ちょうどいいだろ?』

「あのな〜 その前にアバターが女性ってのが……」

『そりゃ自業自得ってもんだろ?』

「うぅぅ~ それ言われるとなぁ……」

『まぁ、俺も梓も知ってるから、証人にもなれる』

「ん〜それはそうだけどさ〜それよりマスコミとかに押しかけられたら嫌だ……」

『それはなんともならないな……。ま、とりあえず今日もそっちに行くから安心しろ――あ、なんか買って行くか?』

「とりあえず、食べ物と飲み物! 昨日買ってきてもらったサンドウィッチしか食べてなくて、今やっとカップ焼きそば食べてるだけだから……」

『なんだよ〜 全然食ってないんかよ〜あ、あと梓がまた何着か服、持って行くってさ』

「えぇぇ〜 もうファッションショーは懲り懲りだよ〜」


 秀明と梓ちゃんを待ちながらTVを見る。

 スキンヘッド男が、胡散臭いコメンテーターにあおられてVRMMORPG BulletSを訴えるような事を言ってる……んな事したってアバターから戻れるもんじゃないのになぁ。

 民事訴訟を起こして損害賠償で訴えたって、判決が下るまで数年はかかるだろうし、そんな事する前に同期解除はされるはず……だよなぁ……なんか自信無くなってきたけど。

 今日は日曜だから、運営の人も休日出勤して対応してくれてるんだろうな。下手すりゃあの強制ログアウト以降、秀明が言うように徹夜だったりして……なんか自分の状況を忘れてちょっと気の毒になる。

 つくづくオンライン系システムやってなくて良かったな――あ、銀行のシステム改修やってたときは、平日の夜間とか土日祝日や、12月29日から1月3日に載せ替えるなんてのはザラだったけど、それってトラブったわけじゃないし、期日はあったしね。

 マスコミ? プレイヤー? が暴露したことでVRMMORPG BulletS側になんか動きがあるかと思い、サイトを見ても放送のせいで案の定、『503. Service Unavailable.』となってる――これじゃどうにもならないな〜

 朝一番でサイトをチェックしなかったのをちょっとだけ後悔したけど、そうかメールなら……とメールをチェックするとやっぱり来ていた。

 そこには――


『Title:【緊急】VRMMORPG BulletS 重要なお知らせ3

【高岡忍】様


いつも本VRMMORPG BulletSをお楽しみいただきありがとうございます。


本日早朝、TSTVの報道番組におきまして、下記の報道がございました。

 1.現実世界においても、アバターの姿となっている状態のプレイヤー様が10数名存在している。

 2.何名かがギアを被りダイブして死亡した。

お知らせしております通り、1に関しましては、【高岡忍】様を含め16名のプレイヤー様につきまして同期切断処理を継続中でございます。

しかしながら、2に関しましては、全くの事実無根であり、番組に出演されていた、プレイヤーと称する方の推測に過ぎませんし、プレイヤーと偽っている可能性もございます。

この件に関しましては該当プレイヤー様の特定作業を行なっております。

従いまして、皆様におかれましては引き続き安全な手法での同期切断処理を行なっておりますので、対応が完了し、御報告さしあげるまで、決してギアを使用してのダイブを試みないでいただけますよう、お願いいたします。

また、今回のような風説の流布が発覚次第、告訴も含めた刑事および民事の法的措置を取る用意があることを申し添えておきます。


重ね重ねこの度はプレイヤー様にご迷惑をおかけして大変申し訳ございません。

今後とも、本VRMMORPG BulletSをよろしくお願いいたします。』


 進捗報告と警告、弁明と謝罪が入り乱れてるな……。運営の中も相当混乱してるんだろうな。

 でも、最初のメールから確認してみたけど、「事実を広めること」に関する明確な禁止の文言は見当たらなかった。

 これ、運営側の落ち度じゃないか?

 まあ、どのみちオレは公表する気なんてない。自分の身を守るのと、あとは同期切断が完了するのを待つだけだ。未完了のプレイヤーなんて16人しかいないんだから、もう特定は済んでるはずだろうな。

 だから、例のスキンヘッド男――運営のメールによれば、あいつはプレイヤーじゃない可能性が高い。

 それを踏まえて、今回のメールにはああいう警告的な文言が入ってたんだろうな……。


 そんなことを考えながら、オレは秀明たちが来るのを待つことにした。


 ピンポ〜ン♪

 ドアチャイムの音がする。あ、秀明たちだ……。ん? ちょっと早いかな。ま、いっか。

「は〜い! 今行くよ〜」

 オレはうかつにもドアフォンのモニターを見ずに開錠し、チェーンを外してドアを開けてしまった。


 そこにはスーツ姿の男が2人、立っていた――

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