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先日、あの花が咲く丘で君とまた出会えたらを読み終えたばかり。そのせいか、ふとこのエッセイが目に止まりました。
随分と昔、社員旅行で訪れた事があります。人生には限りがある。自分も同じようなことを感じました。
限りを自分で決められる。それがどれだけ貴重で幸福かということ事ですよね。改めて大切に生きたいと思います。ありがとうございました。
作者からの返信
祭人さま コメントありがとうございます!
昔のことでも社員旅行で行かれたとのこと、とても羨ましいです。
本当に、一日では見切れませんでした。閲覧できる遺書の数々の「文字の綺麗さ」に驚きました。
祭人さまの読まれている映画の原作本は未読でした、今度読みたいと思います。
人生には限りがある、痛感いたします。
第二次世界大戦から80年が過ぎ、再び不穏で危険な雰囲気が漂っています。これは決して他人事ではありません。歳月が経つにつれ、戦争の惨禍と平和の尊さを伝えてきた資料館が各地で次々と姿を消しています。
戦争も特攻も決して美化するつもりはありません。しかし、日本人として、尊い命を犠牲にした彼らに手を合わせ、知覧の切なくも美しい群青の海を思い描きながら、静かに追悼の意を捧げさせていただきます。
作者からの返信
神崎 小太郎さま コメントありがとうございます!
わたしも戦争も特攻も美化する気持ちは、ないんです。ただ、最近あまりにも左傾化している風潮が怖いと思います。仰る通りに、あの戦争から80年経っているけれども……あのときに「国家の行く末」を考えたり、様々な同調圧力のなかで戦地に行かれた方々の礎があってこその「現在の平和(というか秩序?)」だと感じるんです。
全国的に資料館が無くなっているのは知りませんでした。貴重な情報を有難うございます。
今年の2月に広島に行ってきたときに「暁部隊」にいらした方々のインタビュー映像を拝観しました。
そのとき、知覧や大刀洗、靖國などで感じていたわだかまりが、少しだけですが……ほどけるような気がいたしました。