第61話

夜まで公家たちと話して、交流を深めた次の日、僕は幕府に久しぶりに出仕した。新築された御所に来るのは初めてだ。と言っても目の前だから、行くのがすごく楽だ。こんなに将軍家の御所の近くに屋敷用の土地を与えてくださるなど義兄上は本当に優しい。


「今川宰相様、お久しぶりです」

僕は御所の玄関の前で、馬から降りた。今川家京屋敷と御所の距離的には、歩いてもいいぐらいだが、一応、権威を示すために馬に乗った。歩く方が早いのは確実だったが、そんなのは大名家の嫡男として許されることはなかった。まあ権威付けにおいて、一番は輿だし、僕も義兄上から使用許可を与えられているがめんどくさいから今日は使わなかった。輿は速さも遅いし、準備も時間がかかるので使い勝手は非常に悪いのだ。ただただ贅沢のためという感じだ。


規定の場所で馬を降りて、御所の中に入ろうとしたら、玄関のところには一色藤長殿が待っていた。

「ああ、一色殿、わざわざお出迎えありがとうございます」

「今川様にはお迎えをせよとの上様の命令ですから」

「義兄上には後で感謝を伝えておきます。この御所に来るのは初めてですので本当に助かります」

僕が一色殿と話している横を、何処かの大名らしきものが通り過ぎていった。僕を睨んでいたが、恐らくこの特別扱いに妬んでいるだけだろう。こうも待遇に違いが出たら明らかに馬鹿にされているように感じるだろうし。

「今川宰相様、上様の元に案内しますね」

「義兄上に伺いを出さなくていいのですか?」

「上様はすぐに連れてこいとの御命令です。伺いを出す必要はないとのことです」

「そうですか」

「上様の御命令では上様の居室に連れてこられるようにと。後、申し訳無いのですが、護衛の方々には恐れながら途中の控え室で待っていただきたいのですが」

「しかしながら何が起きるかわからないのも有り、なるべく近くにしたいのですが。若殿はさまざまなお方に狙われるでしょうし、敵対する三好などの手のものもいるでしょうし」

「わかりました。今川宰相様の護衛は特別に中奥までお通ししますが、居室の外でお待ちください。また、数を限らせてもらいます」

「一色様ありがとうございます」

「しかし大丈夫ですか?そのような独断、許されていないのでしょう?」

「今川宰相様ですから。そもそも中奥は規定では諸侯は入れないはずですが上様によると義弟は良いと。個人的に話したいとのことですので。私どもも今川宰相様ということと上様の義弟ということでまあ良いと判断いたしました。幕臣らは旧三好派も含めて、三好に少し見かぎり始めていますし。本当に三好が好きな派閥は幕府の中枢にはおりませぬ。下に追いやられました。今川家の方が協力的で信頼できるし、強いですから」

「お褒めにいただいて光栄です」


そうして歩いていると、襖があって人が前にいた。


「今川宰相様だ。お通しせよ」

「はっ」

前にいた人が鈴を鳴らし、その上に何回かノックすると中から襖が開けられた。少し襖に様子が見えたが鍵がかかっているようだ。警備上の目的だろう。


しかし、この様子を見ていると僕は結構、特別待遇な気がする。元々特別な扱いだったが、これほど確認されないとは本当にすごいと思う。護衛も素通りされている。


それに、御所の中でもチラチラと人が見えるが、皆、僕を見ると礼をしてくる。皆、直垂などを着ているため、家紋から予測するが、一応、主要な大名家には誰かが案内にはついているみたいだ。ただし、僕についたのは幕臣の中でも圧倒的に高位だったということであろう。


「ここからは少し限定させていただき、一人だけでお願いします。上様の護衛もいますし安全性は保証いたしますので」

「わかりました」

そこで護衛が何人か別れ、どう話し合いで決めたのかわからないが、一人だけついてきた。



「上様は今川宰相様に会うことを大層待ち望んでおいででした。通常は坊主が、案内を務めるのですが、中奥にご案内できるよう私が直接派遣されるほど」

「そのように申していただけるなど誠に嬉しいことです。私も楽しみです」

「着きました。こちらです」

そこはかなり住居区画に感じられる場所だった。この部屋の中に入れば、遂に義兄上に会うことができるそうだ。本当に楽しみだ。







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